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◇11月―日本選手権が行われます。

11月は、京セラドーム大阪で社会人野球日本選手権が開催されるため、今回のお話も、日本選手権にまつわるものになっています。

ただし、いつものごとく、試合の描写はないんですよ……。

ゆるく楽しんでいただけたら、ありがたいです。


日本選手権。

お金と時間がなかなかなくて、ここ何年も見に行けていませんが、私の気持ちとしては、都市対抗と同じくらい大好きな大会です。

関西方面の野球好きの方には、ぜひ見に行ってもらいたいです。

プロ野球のドラフトの後に開催されるため、ドラフトで指名された選手の動向こそ注目されるものの、大会自体が注目されにくいのが、悲しいところです。


関西での野球観戦は、初めてだ。

大阪で行われている日本選手権の、黒々まゆ毛さんのチームの1回戦。

昼間の試合なので新幹線で日帰りで行くことにして、ドームに近い駅で、黒々まゆ毛さんのご両親と待ち合わせた。


大阪での電車の中で、赤いユニフォームの23番の選手の、彼女さんに似た人を見掛けた。

わたしと同じ駅で降りて、先に改札口を出て行った。


今日、あのチームの試合はないはず。

昨日の1回戦で勝ったそうで、今日も1回戦だけが行われるから。

都市対抗での黒々まゆ毛さんの補強先の、決勝戦での対戦相手。この大会が終わると休部になってしまうこともあり、わたしは動向をとても気にしている。

もしもあの彼女さん本人だったら、今日の試合のチームに知り合いの選手でもいるのかな。

良く似た別人かもしれないな。

そんなふうに考えていた。


都市対抗の時と同様に、ドームの外の敷地にチームの受付が設けられていて、入場券とチームのメンバー表、そして、涼しさを求めてあおぐことは季節柄なさそうだけれど応援席では使うであろう、チームの名前入りのうちわを受け取った。

都市対抗ではチームの受付にたくさんの人が列をなしていて、グッズを受け取るまでかなり時間がかかったが、今日は人が多くなく、着いてすぐにグッズを受け取ったのだ。


23番の選手の彼女さんに似た女の人は、わたしと同じグッズを持って、近くの席にいた。

黒々まゆ毛さんのお母様が近付いていき、一声かけると、荷物を持って、わたしたちの席まで来た。


お母様は、誰とでも楽しく応援したい人だから、一人でいる姿が気になったのだろう。


「この人は、ウチの息子とお付き合いしてるの」

お母様が、わたしを指しながら言った。

「息子さんは、今日はご一緒じゃないんですか?」

「息子は今、センターを守っているんですよ」

「息子さんって、選手の方だったんですね! 実は彼のチームが休部になって、彼は来年こちらのチームに移籍することになったんです。今のチームと対戦しない時は、応援したいです。遠くて彼となかなか会えないので、付き合ってるとは言えない状況なんですけど」


「それは、わたしも同じですよ。彼の寮はウチからちょっと遠いところだから、試合の応援は行くけど、デートなんて一度もしたことないし」

わたしが言うと、女の人は、同じ立場のわたしに安心したのか、にっこり微笑んだ。

その笑顔は、都市対抗での、23番の選手のそばにいた時と同じだった。


わたしは、あの彼女さんだと確信しつつ、聞いてみる。

「彼氏さんのチームはどうでしたか?」

「昨日勝ちました。まだ試合ができるのがうれしいんです。チームの皆さんに大変お世話になったので、できるだけ長く見ていたいです」

「もしかすると、彼氏さんって、昨日の夜の試合で勝ったチームのキャッチャーの方じゃないですか?」

「そうですけど……」

彼女の口調には、戸惑いが表れている。

「ごめんなさい。一方的ですけど、都市対抗でお見かけしたことがあったので。仲良さそうだなあと思って」

「あの時は、単なる知り合いでした。でも、彼に会うといつも、顔がつい緩んでしまうんです」

顔が緩んでいたのは、彼氏さんも同じ。だから端から見ていて、微笑ましくなったのだ。


その後も試合の合間に、黒々まゆ毛さんのご両親を交えて、彼女さんと話した。


彼女さんは、勝ち進む限り大阪に泊まるそうだ。

うらやましい限りである。

平日のため、やっとのことで職場から休暇をもらって大阪に来たわたし。この先黒々まゆ毛さんのチームが勝ち進んでも、再び足を運ぶのは難しそう。

都市対抗が行われる東京ドームはウチから近いし、黒々まゆ毛さんのチームの試合は夜が多かったから、仕事の後でも足繁く応援に行くことができたのに。


「家業を手伝ってるので、親にわがままを言って、来させてもらったんですよ。宿泊費は貯金から出してます」

「家業って?」

「居酒屋です。飲まないで食事だけのお客様も結構いますけど」


お店は、チームが毎年春季キャンプを行う球場の近く。

キャンプの時期には、選手がよくお店に来るそうで、先輩の選手に連れられて来た彼氏さんと出会ったとのことだ。


「○○市はどんな町ですか?」

彼女さんは、黒々まゆ毛さんのチームの都市の名前を挙げてきた。

「1月にちょっと行っただけで、その時はお目当ての選手が見られなくてガッカリして帰ってきたから、どんな所だったかあまり記憶にないんです。都市対抗と日本選手権の予選は、違う場所で開催だったし」

そう言ってから、わたしは焦った。

「あっ……。彼のご両親がいるのに、お目当ての選手がだなんて」

「息子から色々聞いていますから。大丈夫ですよ」

お父様が、穏やかに言った。

「お目当ての選手が見られなくてガッカリしたところに、声をかけたのが、息子だったんです。当時彼女がいなかったからって、ガッカリに付け込むなんてね……」

お母様は、あきれた様子で言った。

「いいんですよ。今は、息子さんが第一ですから」

お目当ての選手と会えなかったからこそ、黒々まゆ毛さんはもちろん、ご両親にも、23番の選手の彼女さんにも出会うことができたのだ。不思議なご縁を大切にしたい。


話を弾ませつつ、応援にも力を入れていたら、黒々まゆ毛さんのチームが勝った。


「来年は、彼に会いに行きたいです。働きながら近くに住むことも考えたんですけど、図々しいとか、つきまとう重い女だとか思われるかもしれないから、我慢しておきます」

「くれぐれも、気持ちを溜め込み過ぎないようにね」

黒々まゆ毛さんのお母様の言葉に、彼女さんは、

「わかりました」

と、うなずいていた。


黒々まゆ毛さんのご両親は飛行機で来ていて、帰りも、試合が少し長引いても間に合いそうな便のチケットを取っていたので、試合が終わると息子である黒々まゆ毛さんの顔を少しだけ見て帰って行った。

わたしは、帰りの新幹線の指定席を取っていない。新大阪始発の列車なら、少し並べば自由席でも座って帰れそうだと思ったからだった。

23番の人の彼女さんが第2試合も観ると言ったので、もう少し話したくて、一緒に第2試合を観戦してから帰ることにした。

日本選手権は、ほとんどの日が1日3試合の開催になっている。第2試合の後に帰途についても、家に着くのはそれほど遅くならない。


「昨日は、家族と一緒に応援しました。家族は夜は大阪に泊まって、今朝帰りました。彼の家族とも対面できましたけど、緊張してしまって、何を話したかほとんと覚えてないんです。ただ、彼がわたしのことを、家族に自分の彼女だと紹介してくれたのは嬉しくて……」

その時の状況を思い出したのか、彼女さんは、うっすらと涙を浮かべていた。



彼女さんとは、帰り際に連絡先を交換。

黒々まゆ毛さんのチームの試合の日には、速報をメールで送ってくれた。


黒々まゆ毛さんのチームは、準決勝で負けてしまった。

23番の人のチームは、決勝戦に進んだ。


決勝戦は、テレビの衛星放送で観戦。

彼女さんは応援席のどこかで声を枯らしているのかな、なんて思っていたら、画面に大きく顔が映ったのだった。

この大会が終わったら休部してしまうチームの優勝という、ドラマやマンガでしかあり得なさそうな、劇的な幕切れ。


「おめでとうございます!テレビに映ってましたよ〜」

彼女さんにメールを送ったら、返信には、照れを表す絵文字が付いていた。



数日後。


「監督から、ぼくを来年のキャプテンにっていうお話を頂いたんだけど……」

電話で、黒々まゆ毛さんが告げてきた。

「キャプテンだなんて、すごいじゃないですか!」

「今年までキャプテンだった先輩が引退することになって、その先輩もぼくを指名してくれたらしいんだ。小学生の時から野球をしてきて、キャプテンなんてやったことないから、不安だな。周りを強く引っ張れるタイプでもないし」


確かに、わたしが野球ファンとしてすぐに思い浮かべる『キャプテン像』も、人の上に立ち、リーダーシップを強く発揮するタイプの選手だ。

でも、穏やかで気配りのできるキャプテンもいる。黒々まゆ毛さんは、どちらかというと、このタイプ。


「選手宣誓とか、見てみたいですよ」

「なんで、選手宣誓の話になるの?」

「アマチュア野球のチームのキャプテンがすることで、今パッと浮かんだのが、甲子園とかの大会の開会式でやる選手宣誓なんです」


黒々まゆ毛さんは、笑いながら言う。

「君は、本当に面白い子だね。いつも話していると、疲れなんて吹っ飛ぶよ」


「面白い、ですか?」

「ほめ言葉のつもりなんだけど、そう受け取ってもらえなかったかな」

「あきれられたのかと思いました」

「そうそう、シーズンオフの間に親御さんにあいさつに行きたいんだ。結婚を前提にお付き合いしていますって言うつもりだから、よろしくね」


大事なことを、サラッと言ってきた黒々まゆ毛さん。

思ったことがストレートに言えないのは、照れ屋さんだからなのかなと思うと、愛しさがこみ上げる。


「はい。これからもよろしくお願いします」



【奇数月のお話は、おわり】


奇数月のカップルのお話は、これにて、ひとまず終わりです。

12月のお話に、黒々まゆ毛さんがちょこっと登場の予定です。

お気付きの方もいらっしゃると思いますが、奇数月のお話と偶数月のお話は、一見つながっていないようで、つながっております。

奇数月だけ、もしくは偶数月だけ読んでもわかるようにしてみました(つもり)ですが、通して読んで頂けるとまた楽しめるかと思います。

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