◇1月―プロも社会人も、トレーニングの時期です。
社会人野球のことをご存じない方がほとんどでしょうから、この作品の前書きや後書きでは、ストーリーの補足といいますか、解説らしきことをチョコッと書くつもりです。
1月。
プロ野球は、自主トレの時期です。
社会人野球でも、シーズン前のトレーニングに充てられることが多いようです。
社会人チームの施設を借りてトレーニングするプロ選手もいます。
たいてい、かつて在籍していたチームだったりします。
1月に社会人チームの練習グラウンドに見学に行ったことはありますが、プロ選手が来ている時に行ったことはないので、同じ練習メニューをこなすのか、全く別に練習するのかはわかりません。
今回のお話は、
「プロの選手会いたさに、社会人のグラウンドに足を運ぶ人もいるんだろうなぁ」
と思いながら書きました。
と言っても、プロ野球選手の恋の話ではありません。
社会人ですよ。
よろしくお願いします。
プロ野球は、1月は自主トレーニングの時期。
所属チームの施設を使って自主トレをする選手もいれば、
他の場所で体を動かしてからチームに合流する選手もいる。
わたしの大好きな、プロ野球選手は、プロ入りする前に所属していた社会人野球チームのグラウンドで、今のチームメートを連れて、毎年自主トレを行っているそうだ。
今年も、そのグラウンドでトレーニングをするのだろうと思い、わたしは初めて足を運んでみることにした。
社会人野球のことは全然わからないから、まずはインターネットで検索して、グラウンドの場所を探した。
わたしが住んでいる町からは、ちょっと遠いけれど、新幹線や飛行機を使わなくても、日帰りで行ける所だった。
普段の試合観戦の時は、ユニフォームを着ている姿を観客席から眺めるだけ。
グラウンドでのトレーニングだったら、終わった後に目の前に現れた選手に、話しかけたり、サインをもらったり、写真を撮ったり、気軽にできるはず。
ワクワクしながら、見に行く日を楽しみにしてきた。
グラウンドに着いた時には、すでに多くの選手があちこちで体を動かしていた。
みんな、トレーニングウエアを着ているから、同じように見えてしまった。
トレーニングがひと段落すると、選手たちが次々とグラウンドを後にしたが、大好きな選手がなかなか出てこない。
通りかかった一人の選手に声をかけ、お目当ての選手の名前を挙げて、来ているかどうか尋ねることにした。
「出身地でトレーニングをしていて、あさってからここに来るそうですよ」
「あさってから、ですか……」
気軽に来られる距離なら、ぜひまた来たいものだが、わたしの町からはお金も時間も多く費やしてしまう。
「ぼくが写真を撮って、メールで送ってあげましょうか?」
わたしの落ち込みぶりが顔に表れてしまったからだろうか。選手の人が申し出てきた。
「いいんですか?わざわざ写真を送って頂くなんて」
「ガッカリしているみたいだから、ほんの少しでも、役に立てればいいかなと思ったんです」
お言葉に甘えて、わたしは、写真を送ってもらうために、メールアドレスを選手の人に教えた。
2日後、登録していないアドレスから、メールが届いた。
『約束した通り、写真を送ります。入社した時の同期で、仲が良かったから、会えばいつもこんな感じです。野球部の先輩に撮ってもらいました』
との言葉とともに、グラウンドでお世話になった選手と、わたしの大好きな選手がじゃれ合っている写真が添えられていた。
すぐに、二通目のメールも届いた。
『こっちの写真は、ぼくが撮りました。思いっきり笑わせちゃいました』
ニット帽をかぶった、大好きな選手が、大きく口を開けて笑っている。
すぐに返信をしたかったが、写真を送ってくれた選手の名前を知らないことに気付いた。
『ありがとうございます。ところで、あなたのお名前は』
なんて尋ねるのも、ちょっと失礼だろう。
グラウンドの場所や行き方は、チームの公式サイトで知った。
大好きな選手に会いたい気持ちでいっぱいだったから、グラウンド案内以外のページは見なかった。
写真を送ってくれた人のことを少しでも知りたくて、チームのサイトにアクセスしてみた。
メンバー表が載っていて、名前をクリックすると、その選手の顔写真とプロフィールのページが表示された。
写真を送ってくれた選手のことは、顔全体の作りより、太くて濃いまゆ毛が印象に残っている。
表の上から順に見たが、まゆ毛が濃い選手の顔写真は、なかなか出てこなかった。
最後の選手をクリックすると、黒々としたまゆ毛の選手が載っていた。
メンバー表は、上から監督→コーチ→マネージャー→投手→捕手→内野手→外野手となっていて、ポジションごとに背番号の小さい選手から順に載っている。まゆ毛の人(仮名)は、背番号30番。
同じチームの外野手で背番号が一番大きいから、メンバー表で下に書いてあったのだ。
送られてきた写真を、友人に見せてみた。
高校時代の同級生で、わたしとは違うチームを応援しているが、野球観戦にはよく一緒に行く。
「練習を見に来た女の子にアドレスを聞くなんて、下心があるのかも。好きな選手の写真を送ることを口実にして、ちゃっかり自分が、あなたの彼氏になりたいんじゃないの?」
そう言われたものの、わたしは、顔も体型も飛び抜けているところがない。普通の子。
「彼氏に、なんて有り得ないよ。わたしが、お目当ての選手に会えなくて悲しい顔をしていたから、同情してくれただけでしょう」
「じゃ、どうしても会いたいからって言って、好きな選手との対面をセッティングしてもらうのはどうかな?うまくいけば、彼女になれるかもよ」
どうにかして対面して、あわよくば彼女に……とは思わない。
ファンとして応援したいだけだから。
それから10日ぐらい過ぎた、1月の末。
インターネットで、野球関連の情報をチェックしていたら、大好きな選手が、交際3年の女性の方と婚姻届を提出したとの記事を見つけた。
彼女になりたい、とまでは思っていなかったものの、突然の結婚報道にはショックを受けた。
その当日の夜、写真をくれた選手からメールが届いた。
タイトルは
『ゴメンナサイ』
だった。
『今日、あいつの結婚が球団から発表されたみたいですね。プロ入りした後に知り合った人と、結婚するつもりなんだって、前から聞いていました。夢を持たせるようなことをしてしまって、申し訳ないです』
わたしは、すぐに返信をした。
『そんなに気にしないで下さいね。身近な人に失恋したわけじゃないから、きっと早く立ち直れます』
その後の向こうからのメール。
『ぼくは彼女募集中です。……誰も聞いてないか』
一体、どういうつもりなのだろう。
かつてのチームメートが結婚したことと対比して、自分は独身で彼女は現在いません、と報告してみたかったのだろうか。
とても気になったから、
『なぜ、彼女募集中だなんて書いたんですか?』
なんて、送信してみた。
返事はその日のうちには来なかった。
答えにくい話なのだろうなと思ったのだが、翌日になって、
『一目惚れをしたみたいなんです』
との言葉が返ってきた。
一目惚れをしたんだ、って言われても、わたしには関係のないことね――と、この時には考えていた。
【3月】に続く。
この1月編の主人公の方は、次は3月編に登場の予定です。
先に2月編のもとになるお話を書いていて、組み入れる形になったためです。
読みにくさを感じる方もいらっしゃるでしょうね。
申し訳ありません。