2.母の過去~母と父~
悠人には父親がいない。
悠人の母は男運が悪いらしく、悠人を産む前にも何人かと付き合っていたようだが、逃げられていた。
だから悠人は父親を見たことがない。母も口に出したがらないのだ。
悠人が小さい頃、通っていた幼稚園の帰りに「ねぇ、ねぇ、なんで悠人にはお父さんがいないの?」と聞いたことがあった。
「なんでだろうねぇ……ごめんね、ダメなお母さんで。」
その時の母の顔はとても寂しそうな顔をしていた。それきり、悠人はその事を口には出さなかった。
時は過ぎ、悠人は中学生になり、物事は分かるようになってきた。しかし、母がなぜ父と別れたのかは全く分からなかった。
「ただいまぁ〜」
負け戦から帰ってきた兵士のような声で悠人はリビングに通じるドアを開けた。
「あら、おかえり〜!どうだった?新しい学校は。」
ドアを開けた瞬間母の元気な声とおいしそうなご飯の匂いが漂った。
「新しい学校って……まぁ、隣の子は怖い…じゃなくて怖そうだけど優しそうだし、楽しそうかな。」
「それなら、良かった!」
「一つ言うなら、入学する予定の高校と違うんですけど……」
「ふぅ…過去の過ちは振り返らないの!あなたは男でしょ!シャキッとしなさいよ!すぐに成人でしょ!」
悠人は肩をパンパン叩かれ、闘魂を注入された。
「ふぅ……」
溜息を混じりに悠人は二階にある自分の部屋へ行った。
「過去の過ちは振り返らない……」
二階へ行く時、母が小さく呟いた言葉は悠人に聞こえていた。
翌日、悠人は始業開始ギリギリに学校についた。
「お〜い!おめぇ、おせぇぞ!気をつけろよな」
鬼丸は言った。
キーン、コーン、カーン、コーン。
チャイムが校舎に響いた。
「では今日授業だが、一時間目に体育がある。この朝の会終了後にすぐに体育着に着替え、校庭に移動だ。女子は体育館の横にある更衣室を使え。以上。」
鬼丸は早口で連絡を言い、足早に教室を去った。
悠人は素早く着替え、校庭に向おうとした……が。
「おい。中島」
ハスキーな声の主はやはり西北だった。
「…ん、なに?」
「一緒に校庭に行こうぜ」
「あ、いいよ!」
案外寂しがりやなのかなと思った。
校庭に着いてすぐ体育の授業は始まった。
体育は堀切先生という若い女の先生が担当のようだ。
「はい!じゃぁあ、今日は体力テストをぉ!行います!」
えー、とクラスメイトから不満の声があがったが、体力テストはスタートした。
もちろん悠人のバディは西北だった。
「では、まず50m走です!」
「バディで交代しながら1人2回計測してください!」
先に走るのは西北に決まった。
ヒョウのような目つきでトラックに立った。
西北速そうだな……
悠人は思った。
パン!
耳を裂くような音が校庭に鳴り響き、一斉に走者が駆けだした。
タッタッタッ……
どんどんリズミカルな音は遠くに消えていった……
ん?
悠人は目を疑った。
西北は無茶苦茶遅かったのである。
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