酔っ払い(1)
「みんな、あまり飲まないよね?」という、酒に対するアレスの一言に皆は苦笑いをした。
ここは、国王であるアレスの個人的なサロン。たしなむ程度に飲むことはあっても、泥酔するなど言語道断。そう思って控えているのに、それを覆すような発言をしている。
「飲めないの?」
その質問に対して、その場にいたそれぞれが困った顔をする。代表してエフライムが答えた。
「酔っ払って陛下に対しての警護が疎かになったら困りますしね」
「警護? だってドアの外には交代で近衛の人たちもいるし、カーテンは閉まっているから外からだって狙われないよ?」
「飲みすぎて、陛下の…アレスの前で粗相するのも困ります」
サイラスが陛下と呼ぼうとして、アレスの視線で言い換える。
「いいよ。飲んでみようよ。何があっても怒らないから。いっぱい飲もうよ」
「あの…誰が飲むんですか?」
サイラスのもっともな質問に、アレスがにっこりと微笑んだ。
「ここにいる皆」
その言葉にラオが顔をしかめ、バルドルはやれやれといった顔をし、サイラスは困った顔になり、エフライムは謎の微笑を浮かべた。アレスは部屋の隅に立っていたマリアへも視線を移す。
「マリアも「お断りします」」
礼儀にかなってないとは知りつつも、マリアは即座に断った。なおも誘おうとするアレスをエフライムが制する。
「こういう場で女性に無理強いするのは紳士的ではありませんよ」
「そうなの?」
「そうです」
エフライムがマリアに酒を持ってくるように言いつけると、ほっとしたような表情で彼女は部屋を出ていった。
「念のため…警護を中に2名、外に2名にしますね」
エフライムはそういうと、ドアをいくらか開けて外の近衛に申し付ける。しばらくして部屋の中にオージアスとユーリーが入ってきた。エフライムがいぶかしげな表情になる。
「あなたたちが本日の担当でしたか?」
オージアスは微かに眉を顰めた。
「隊長が酔っ払うというならば、それに匹敵する戦力を置いておく必要があると思ったので、僭越ながら私がきました」
そのまじめな顔に向かって、横からユーリーが口を出す。
「なんて言って、隊長の酔っ払い姿が見たいんですよ。我々は」
「おい。ユーリー」
オージアスがユーリーを軽く小突くが、ユーリーは気にせずに悪戯っぽい笑みを浮かべて、そっぽを向いた。
「まあ、じゃあ、醜態を晒さないようにがんばりましょう」
エフライムが感情の読めない微笑を残して、アレスの傍へと座り込む。そこへ酒が運ばれてきた。
「じゃあ、1つずつ持って」
アレスが手に入れた酒入りのグラスは、エフライムがさりげなく果汁と取り替える。
「あなたは駄目ですよ」
「えー」
「我々が酔っ払うのを見るのでしょう? 本人が酔っ払ってどうするんです?」
その言葉にアレスが頷いた。
「そうだね。じゃあ、僕は飲まない」
エフライムが頷いて、グラスを掲げた。視線でバルドルに合図を送る。
「では、乾杯じゃ」
バルドルの発声で、無礼講のデスマッチがスタートしたのだった。




