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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
一角獣の旗
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第2章  それぞれの決意(1)

 翌日、かなり遅い朝食を、またスープとパンで済ませると、エフライムが皆に言った。


「どちらにせよ、食べ物を調達して来ないといけないですよね」


「確かにな。これだけの人数が食べるにしちゃ、蓄えが少ない」


 ハウトが同意する。


「となれば、僕がとりあえず調達してきましょう」


「残念ながらあまり金銭の蓄えもないのです」


 フェリシアが困ったような声で言った。それをみて、エフライムが力なさげに笑った。


「わかりました。なんとか金銭なしで調達してみましょう」


「えっ?」


 フェリシアとルツアが目を見張る。


「まあ、方法がないわけじゃないですから。ちょっと時間がかかりますけどね。仕方ない。任せておいてください。ただ、ここに戻ってこられるかどうかが問題なのですが…」


 不安そうな顔をして、エフライムはラオを見た。ハウトもラオを見ている。一瞬ラオはハウトを睨みつけた。それにたじろぎもせずに、ハウトが目で催促する。ラオはそれを見てため息をつくと、黙ってポケットからペンダントのようなものを出し、エフライムに放り投げた。思わず落としそうになりつつ、なんとかエフライムはそのペンダントを受け取った。


「帰るときに首にかけろ。特殊な香木で出来ている。あとは行きたくない方へ進むだけだ」


 愛想の無い声で、ラオは言い放った。


「行きたくない方へ?」


「術がかかっている。この家はおまえが行きたくない方にある」


 ラオは相変わらず憮然とした口調でいうと、そのままハウトの方に向き直った。


「ハウト。この件は『おまえに』貸しだからな」


「へいへい」


 ハウトが明後日の方を見ながら返事をする。その様子にフェリシアがくすりと笑った。


「術やぶりの方法を教えるなんて、本来は言語道断だぞ…」


 ラオはぶつぶつと呟いた。






 エフライムが馬に乗って出て行ってしまうと、フェリシア、ルツアは朝食の後始末をしに沢へ行き、アレスはそれについていった。


 そしてラオとハウトだけがこの居間の暖炉の前に残される。


「どうするつもりだ?」


 ラオは暖炉の前で火を見ながらハウトにぼそりと問い掛ける。


「エフライムには借りがあるからな。ある程度は付き合わんといかんだろうなぁ。エフライムはあの王子様を助けたいらしい」


「王子だけではなくて、それについている彼女も助けたいのだろう?」


 感情のこもらない声でラオは呟いた。


「おまえ、よく見ているなぁ」


 ハウトが感心したようにラオを見る。だが、ラオの視線は暖炉に向いたままだ。


「まあ、正確に言えば、彼女の旦那に傾倒していたみたいだからな。恩返しっていうところかな」


「赤毛の男か」


 ハウトが目を見張った。


「なぜ知っている?」


 それにラオは答えず、姿勢も視線も変えずにため息をついた。


「彼らは何者だ?」


「エフライムは近衛。いや、今は元というべきだな。だがそんな表向きの事情よりも、あいつは面白い能力がある。情報屋と調達屋。あいつの情報と調達してもらったもので、なんど俺は文字通り助けられたか」


「それが『借り』か」


「ああ。どこから仕入れてくるのか、わからん。もともとはカード仲間なんだがな。戯れに頼んだ情報をきちんと仕入れてきやがった。あれは参ったぜ。それからは、たまに仕事として頼んでいたんだ。それがあんな牢獄の中で会うとはね」


「女の方は?」


「ルツアか? 近衛隊長の奥さんだ。俺より一つか二つ年上なだけだが、アレス王子の乳母でもある。乳母というよりも教育係っていうほうがぴったりくるな。俺もびっくりしたが、相当腕が立つ。旦那仕込みらしいが」


 ラオはしばらく考えこんでいたが、ようやく視線をハウトに移した。


「三ヶ月だ」


「何?」


「ここにいられる時間は三ヶ月。その間に次に移らなければ、俺達は全員殺されるだろう。あいつらだけではなく、俺も、おまえも、フェリシアも、な」


 ハウトの顔色が変わった。


「それは予言か?」


「ちょっと違う。予感と確信だな。この感覚を人に説明するのは難しい。だがあまりいい状況ではない。向こうもマギか遠見を使ってくるぞ」


「おまえら以上のマギや遠見がいるとでも?」


 ハウトのまじめな問い掛けに、ラオはふっと頬を緩めた。


「それはない」


 その言葉を聞いて、ハウトもにやりと嗤う。


「最強のマギと遠見は我らの手にあり…か」


「そういうことだ。だが、我々の力にも限界がある。行き先を決めておかないと、力が分散する」


 すっとハウトの目が細くなる。


「三ヶ月以内に…か。今、俺達が出て行けば、おまえとフェリシアは助かるか?」


 ラオは暖炉に視線を戻し、炎を読むようにして火を見る。しばらくじっとしていたが、ぼそりとハウトに答えを返した。


「助からんな。すでに三ヶ月後の追っ手については一連托生だ。どちらにせよ、ここから動く必要がある。それに俺とフェリシアがいなければ、おまえらはこの先で死ぬ」


 ラオの言葉にハウトの目が見開いた。


「それも予感と確信か?」


「いや、勘だ」


 ハウトは戸惑った顔をして、頭をぼりぼりと掻いた。どさりとソファに座りこむ。


「よくわからんな。その違いは」


「俺にもわからん。だから、説明はできない」


 ラオからそっけない言葉が返ってくる。今度はハウトがため息をつく番だった。ふーっと大きく息を吐いた後で、ラオを見た。ずっとハウトを見つめていた瞳にぶつかる。ラオはハウトの目を見ながら続けた。


「いいか。俺にも全てがわかるわけじゃない。だが、問題はあの王子だと思う」


「どういうことだ?」


「あいつがすべてを握っている。俺達の命運も。そう感じる」


 ハウトは黙ってラオを見つめながら、話の続きを待った。ラオの視線がそれる。


「俺とフェリシアだけだったら、あいつの影響から抜けられる。だが、おまえは無理だ」


「だろうな」


「あいつから離れろ。そばにいたら巻き込まれる」


「俺達が抜けて、あいつは生き残れるのか? エフライムとルツアは?」


 ハウトがぼそりと尋ねた。


「無理だろうな」


 当然だというように、ラオから感情のない声が返ってくる。


「あいつらを見捨てずに済む方法はないのか?」


 ラオは再び火を見つめ始める。暖炉脇の火かき棒をとりあげて、灰をかく。


「生存確率が高いのは、あの王子を殺すことだ」


 感情のこもらない声でラオに言われて、ハウトは驚いた。


「そうすれば、他は全員生き延びられる」


「勘か?」


「いや、確信だ」


 ハウトはもう聞いてもしょうがないというような顔で、頭を振った。まるで言葉遊びのようで尋ねるほうが混乱する。


「次は?」


「俺達全員があいつにつくこと。それで生き残る確立が高くなる。そしてもう一つの鍵。白いじじいだ」


「じいさん?」


「俺も意味がわからん。白いひげに白い頭の年寄りのイメージがちらちらする」


 ラオは焦点の無い目で火を見つめている。


「誰だそりゃ?」


「わからん」


 ハウトはふっと笑った。


「なんだかはっきりせんな」


 ラオが憮然としたように言い返す。


「俺を万能だと思うな。俺だって、全部わかるわけじゃないと言っただろう」


「へいへい」


 ハウトは肩をすくめて見せた。そんな様子のハウトを見て、ラオは顔をしかめたが、話を続ける。


「問題はあの王子だ。俺だけだったらあいつには触らない。だがおまえの運命の糸はもうあいつに絡みこんでいるのがわかる。そしてフェリシアも…。今だったら、おまえとフェリシアの糸ぐらいなら、俺が断ち切れる。切らなければ、あの王子は見捨てられない。もちろん見捨てないで動くというのも一つの手だ。だが…」


 ラオは一瞬続けることを躊躇した。搾り出すように言葉にする。


「俺達がどう決めても、あいつが決めなければ駄目だ。あの王子の意思が必要なのだ。しかしあの年だぞ。十か? 十一か? 状況が理解できているとは思えん」


「そうだな…」


 ハウトは黙り込んだ。ことりと薪が落ちる音が部屋の中に響く。外からは鳥の鳴き声が聞こえ、家の中には何の音もしない。しばらく黙り込んだ後にハウトが再び口を開いた。


「エフライムと行動を共にするなら、行き着く先は決まっているな」


 ラオが問い返す視線をハウトに送った。ハウトが続ける。


「ヴィーザル王国を取り戻す」


 ハウトの言葉にラオが目線で返す。こいつわかっていたな、とハウトは心中で思った。


「エフライムと話さなくても、俺だって奴が考えているだろうことはわかる。まあ、なんだかんだ言いながらながらも長い付き合いだからな。律儀な奴だよ」


「おまえもそれに加勢したいのか? そして俺にもフェリシアにもそれを手伝えというのか?」


 ハウトとラオの視線が絡まる。


「そうだな…。どうだ?」


 静かな声でハウトは尋ねてきた。その言葉にラオは首を振る。


「おまえは忘れているかもしれないが、俺は人と関わりたくない。おまえが危ない状況だったからこそ動いたのであって、本来なら人の中に交わりたくない。それはわかっているだろう?」


「わかっている。今回のことだけでも感謝しているさ。おまえが城まで来たんだからな。それに俺自身もまだ迷っているし…」


 ラオはため息をついた。


「フェリシアはどちらにせよ、おまえについて行くんだろうな」


 ハウトは視線をそらす。


「どうだろうな」


 ラオはじっとハウトを見つめた。


「少し考えさせてくれ」


 そう言い残してラオはその場を立ち、外へと出て行った。後にはハウトが残される。天井を見るようにして、ハウトはソファに横になり、目をつぶった。







 外は雨上がりの様子だった。明け方に降ったのだろう。畑の植物にまだ水滴がついていた。ラオはハウトとの会話を思い出しながら、野菜を見てまわった。こぼれ種で増えるようなあまり手のかからないものを植えてある。この森は少し中に入れば、薬草の宝庫だ。今からの季節、色々なものが取れる。昨年に取ったものも、この庵には蓄えてあった。


 だが、もしもハウトがエフライムと共に行動することになり、フェリシアがついていくということになるのであれば…。自分も行くことになることは、想像に難くない。


 ラオの心の中には、彼が望む、望まないに関わらず、ハウトがエフライムについていくことも、フェリシアがハウトについていくことも、そして自分が二人を見捨てられずについていってしまうことも、予感できた。


 そのように彼らと行動を共にするのであれば、マギとしての呪術は必須だ。薬草も鉱物も現在用意してあるものだけでは足りないだろう。


 ラオは畑を避けて、周りの草の上で両膝をついた。そのままの姿勢で両手もつく。草もまだ濡れていて彼の服と手を濡らしたけれど、気にはならなかった。大地から穏やかな何かが上がってきて、自分の身の内に入ってくるような気がする。


 ふっと笑みを浮かべた。このような感覚は、自分自身でも不思議な気がするのだから、誰かに説明のしようもない。ハウトがしきりに「わからん」と言っていたのを思い出して頬が緩んだ。予感も直感も、大地からの安心感も、自然からのささやきも、すべて自分の身のうちにあり、人に説明できるようなものではない。多分、フェリシアの遠見の力もそうだろう。


 だからこそ…とラオは思う。だからこそ、遠見も、マギも、迫害されつづけたのだ。長い歴史の中で。ヴィーザル王国は、遠見もマギも迫害されない唯一の王国だ。それもあのアレスの祖父の代から始まった。アレスの祖父ネレウスが、ラオたちの父を遠見として城に迎えて重用したところから、歴史が変わったのだ。彼は遠見とマギを保護した。法を出して、迫害するものは罰せられるとした。


 だから多くの遠見やマギがこの国では生き延びている。遠見は単に遠くを見るだけ。人々から受け入れられるのも早かった。しかし一方で、今もマギは恐れられている。何か怪しいことをすると思われている。


 それでも自分の祖父やもっと前の先祖のように、狩られたり、追われたり、殺されたりすることはない。


 何も悪いことはしていないのに。ただ人には説明できないことができる。わかる。それだけだと思うのだが…。そして、マギは、遠見は、遺伝していく。父親から、母親から、子供へ。血ゆえのものなのだから、どうしようもないのだ。


 力が身体に戻ってきたような気がして、ラオは立ち上がった。大地からもらう力。そして、そのまま手を空にかざす。顔を空に向け、大地に足の裏をつけ、両手を空に伸ばした姿勢になっている。今度は空から力が降ってくる。自分の手のひらと顔から入ってくる何かは、そのまま大地に抜けていく。まるで何かを浴びているようなそんな感じをラオは楽しんだ。これも人には理解できないのだろうな…と思いながら。


「あの…ラオ…さん?」


 子供の声がした。ラオが目をあけて視線を声のほうにやると、アレスが立っている。


「お祈りの…邪魔でしたか?」


 自分のこの姿を祈りの姿だと思ったのか、と思うと、ラオはふっと微笑んだ。そうかもしれない。祈っているのかもしれない。大地に。空に。自然に。そして未来に。


「いや。邪魔ではない。なんだ?」


 アレスの次の言葉が出てこない。子供はおびえているのかもしれない。大人でさえおびえる自分なのだから、ましてや子供は仕方がない。そうラオは諦めてはいても、少し寂しい気分を味わった。目の前の少年を見殺しにしたいわけではない。ラオとて生き延びさせられるなら、助けたい。しかし背負うものが大きすぎる。それだけの器があるのか…。


 アレスは、迷っているような、言い出せないような顔をしながら、しばらく躊躇していたが、思い切って声を出した。


「あの、ラオさん」


「なんだ」


 できるだけ優しくなるように、ラオは返そうと思ったが、失敗したらしい。声の感じが冷たかった。その声にアレスはまたひるんでしまったようだ。


 自分という奴は…とラオは自分自身に舌打ちをしたくなる気持ちを押さえ込んでアレスの言葉を待つ。


「あの…」


 声を出すと冷たくなる。だからラオは、今度は無言で待つことにした。アレスは胸の前に組まれた自分の手を見つめている。しばらく無言で待っていたが、アレスが話しかけてくる気配がない。


 ラオは、自分の無言が威圧感を与えているような気がしてきた。考えてみたら、迷い込んできた村人でさえ、無言で立つ自分を見ると驚いて、おびえて、引き返していくのだ。自分はただ道を教えてやろうと思っただけなのに。


 フェリシアならどうするだろう。あの美しい妹なら。にっこりと笑って「なあに?」とか言うんだろうな。自分がやったらどうだろうか。自分がにっこり笑って、妹のように微笑んでいる姿を想像してラオはふっと笑ってしまった。ありえない。




 


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