寄り添う(8)
館へと戻る間、ラオは黙ったままだった。彼が何も言わないために、マリアもまた言葉が無い。イルマの息子と孫のことは、グィード村に駐在していた軍隊を引き連れていたザヴィールに任せて、二人は歩きにくい雪道をただ淡々と歩き、館に戻ってきた。
「お帰りなさいませ」
「よくぞご無事で」
リカルドの出迎えもジョエルの無事を喜ぶ言葉にも、ラオは軽く頷いただけでマリアの腕を取って寝室へと向かった。
扉を閉めたところでラオがマリアの両肩を掴み、じっと正面から見つめる。全く読めない表情にマリアは戸惑いながらも、目を逸らすことが出来ずにいた。
そしてしばらく見つめ合った後に、唐突に悟る。
(怒っている? 怒っているわ。きっと怒っているんだわ)
「ご、ごめんなさい…」
ラオの両手がマリアの肩から離れた。力なく彼の腕が、下ろされていく。
「座ってくれ」
言われたとおりに、マリアがベッドに腰掛けると、ラオも隣へと座る。居心地が悪い思いながら、正面で睨まれるよりも視線が逸れる分、ほっとした。
「どうして、あんなことになった」
感情を込めずにそっけなく言われた言葉に、彼の困惑を感じる。マリアはできるだけ彼を心配させないように説明しようと考えてから、おずおずと口を開いた。
「あの…何かできないかと思って…ベガに森を見に行かせたわ」
両方の手を組んで、指先を絡める。隣から注がれる視線を感じつつ、自分の指先を見るようにして顔を伏せた。
「そうしたら、雪の中に人影が見えて…。それで…」
話すうちにラオの眉間にしわが寄っていく。ベガの力で地下から地面を暖めた話をしたところで、彼の顔面は血の気を失って真っ白になっていた。
「ラオ?」
マリアに声を掛けられたとたんに我に返り、ラオは目の前の身体を隣から抱きしめた。
「…」
言葉も出ずに抱きしめているラオの身体が小刻みに震えている。マリアはぽんぽんと軽くラオの腕を叩いた。
「私は生きているわ」
「当たり前だ」
顔を首筋に伏せたまま、ラオが唸るようにして返事をする。
「心配させてごめんなさい」
「…全くだ」
ラオが吐き出すように言うと、ゆっくりとマリアの顔を見る。
「お前の生死については、見えない」
「どういうこと?」
「自分の想像と予知の境目がわからない」
「それは…私が死ぬかもしれないと…心配したということ?」
ラオが頷いた。
「何度も目の前でお前の死が見えた。雪に埋もれている姿が頭をよぎった。そしてもう一つ見えたのが、洞窟で火傷を負って倒れている姿だ」
「あ…」
「あまりにもくだらない想像だと思ったが…」
じろりと薄い色素の瞳がマリアを見る。マリアはいたたまれなくなって、すぐに目を伏せた。
「ごめんなさい」
それしか言葉は出てこない。こんなにも心配させてしまったことに、謝るしかない。ラオが項垂れたマリアの頭をそっと撫でる。まるで小さな子にでもするような仕草だった。
「次から何かをする前に俺に言ってくれ」
「ごめんなさい」
「謝って欲しいわけじゃない。ずっとお前の傍にいると約束をした。お前も俺の傍にいると言った。だからだ」
甘えてもいいのだろうか。少しばかり自分のずるさを感じながらも、マリアはラオの肩へ自分の頭を預けた。ラオは変わらず、そっと彼女の黒髪を撫でている。
「ごめんなさい。私…少しでも役に立ちたかったの。何かしたかったの」
「ああ」
「あなたを心配させて…ごめんなさい」
「そうだな」
ラオの手が止まった。
「結果としてイルマの息子も孫も助かった。お前も無事だった」
「そうね」
「だが一歩間違えば、三人とも危なかった」
一瞬明るくなって顔を上げたマリアは、再び項垂れる。それを見てラオはくすりと笑った。
「意外におてんばだったのだな」
その言葉にマリアの顔が再び上がる。ラオはマリアから視線を逸らし、遠くを見るような目をして自分の正面を見ていた。
「出会った最初からそうだったか。そうだ。お前は大人しくしているような女ではなかった」
「大人しい女だと思っていたの?」
ラオがゆるゆると首を振る。
「いや。お前は行動力がある。それを俺が忘れていただけだ」
ラオはじっと自分の腕を見た。
「俺の腕の中に囲い込んでおけるような女ではなかった」
その言葉にマリアは苦笑するしかない。ラオの腕に自分の腕を絡ませた。
「囲い込まれないけれど…傍にいるわ。あなたの傍に。自分の意志で一生」
「ああ。共にいよう」
ラオは呟いて、そっとマリアに口付けを落とした。
ラオたちのグィード村での滞在は今までで一番長くなり、春になるまでいることになった。二人の結婚式が済んでしまったことをアレスが怒り、イリジアへ帰ってくるなと手紙が来たからだ。
「何故か怒られた」
ラオはアレスからの手紙を受け取って読み、ジョエルへと詳細を伝えた。とたんにジョエルが呆れ顔になる。
「それは…陛下はお怒りになりますでしょう」
「そうなのか?」
「そうです。結婚式には陛下もご参加なさりたかったのではないですか?」
「なるほど…そうかもしれない」
「そうですよ。でも帰ってくるなというのは、陛下なりの気遣いかと」
言われてラオも納得する。アレスの拗ねた顔と呆れた顔を想像することができる時点で、あながち間違っていないのだろう。
イリジアに戻ればマリアもラオもそれぞれ城での仕事がある。一方でここにいれば、マリアはラオの傍へといることができる。
「感謝するとしよう」
「そうですね」
イリジアでは滅多に見ることのない雪が降る窓の外。ラオはヴィーザル城にいるアレスへと思いを馳せた。
ラオはまだ知らない。アレス達の祝いの気持ちと悪戯心で、ラオが盛大なパーティーの主人公となることを。そして多いに苦虫を噛み潰した顔になるのは、まだ先のことである。
ヴィーザル王国物語 ~外伝:寄り添う~
The End.




