寄り添う(6)
いつの間にか疲れて眠ってしまっていてらしい。寒さを感じて目を覚まし、マリアは慌てて体を起こして周りを見回した。暗闇の中、周りは一切見えない。地面の暖かさは既に消えていて、すぐそばから呼吸音が聞こえる。静かなものと荒いもの。それを聞いてほっとした。まだ二人とも生きている。
ベガに地面を暖めてもらおうとしてから、ふっと気づいた。この行為は火の上においた鉄板と同じだ。下手に暖めれば、熱くなり過ぎる。身体が凍えていたのと、思考力も低下していたために気づかなかったが、危険と隣り合わせだったのだ。
「ベガ…さっきと同じぐらい…ううん。もう少しだけ遠くで火を起こしてくれる? できるだけそっとね?」
足りなければ、もう一回やってもらえばいい。やりすぎれば逆に死ぬことになる。慎重にベガに頼めば、マリアの竜はするりと地面へと飲み込まれていき、しばらくしてからふわりと戻ってくる。
それから遅れて地面が暖まり始める。最初のときよりは弱いが、それでも何も無いよりはマシだ。
「ありがとう」
竜にお礼を言ってから、洞窟の外へと目を凝らす。全くの闇。何も見えない。風の音がしているということは、まだ吹雪いているのだろうか。
「ラオ」
きっと心配しているだろう。じっと祈るように彼に心の中で話しかける。私はここにいるわ。無事よ。大丈夫。イルマの子供と孫も…生きてはいるわ。
それから荒い息を吐いている男に近づいて、手探りで触った。熱が出ているのだろう。触れた肌が熱い。
陽が落ちる前に、布を濡らして額においてあげればよかった…そう後悔しつつも、そこまで気が回らなかったというのが本心だ。マリアは手探りでポケットに入れてあった布を取り出すと、よろよろと立ち上がって洞窟の入り口に向かった。ほんの数歩の差なのに頬に当たるのは冷たい風だ。
扉代わりの橇の隙間から手を出せば、雪に触れる。それを布に包んで男の額らしき場所へと乗せた。気休めでしかないが、今出来ることは多くはない。
「帰ったら…彼の元へ戻ったら…ラオに色々教えてもらわなくちゃ…」
ほんの少しでも自分で勇気を出そうと、マリアは帰ったら何をするかを考えながら、再び身体を横たえた。
再び目が覚めたときには辺りが明るくなっていた。外の風の音は止んでいる。マリアは急いで身体を起こし、外へと駆け出した。
「止んでる!」
雪は止んでいて、青空が見えていた。洞窟の中の二人にも声をかけようとしたときだった。
「父ちゃんっ!」
悲痛な男の子の叫び声が、マリアの耳に聞こえてくる。慌てて二人の場所へと戻れば、父親のほうが荒い息を吐きながら、ぶつぶつと何かを喋っていた。
マリアは何を言っているのか良く聞こうと男の口元に耳を寄せたが、聞こえてきたのは無意味だと思えるものばかりだ。
「そっちは…ああ…うう…」
意識があって喋っているのではないだろう。額を触れば火傷するかと思われるぐらい熱い。夜中に額に当てたはずの布は、男の身体の横に落ちていた。
布を掴んで洞窟の入り口に積もった雪で濡らすと、男の額に貼り付ける。
「しっかりして」
「父ちゃん」
二人で声をかけるが、男は唸るばかりだ。マリアは唇をかみ締めた。薬を飲ませればいい。それは分かるが、その薬が無い。何もできない状態に焦りを感じる。見る見るうちに荒かった男の息がさらに荒くなる。
「父ちゃん。父ちゃん。死なないでっ」
男の子が悲痛な声を上げた。
「気をしっかり」
声だけをかけるが、それだけだ。熱くなった布を再び雪で冷やし、額へと貼り付けた。何をできるだろう…男の子が必死に父親に呼びかけるのを見ながら、マリアは必死で考えるが答えが出ない。
「父ちゃんっ。父ちゃんっ」
男の子がくるりと振り返った。
「どうにかしてよっ。父ちゃん、死んじゃうよ」
男の子の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「俺が森に行くって言ったから、だから、父ちゃんが…」
うわーっと大声を上げて男の子が泣き始めた。きっとずっと堪えていたのだろう。しかし泣かれてもマリアもどうしようも無いのだ。
「落ち着いて。祈りましょう」
口から出てきたのは、そんな言葉だった。
「祈りましょう。大丈夫。きっと助けが来るわ。神様に祈りましょう。全能の神、ゼーザレス様に祈りましょう」
マリアは男の子のそばに膝をついて、両手を組み合わせて祈りの姿勢をとる。もう自分には何もできない。できるのはただ祈るだけだ。それを見て、男の子も一緒に祈り始めた。
「神様。主神であり、全能の神、ゼーザレス様。どうか彼を助けてください」
「ぜーざれすさま、どうか父ちゃんを助けてください」
男の子の舌足らずな声が、マリアの祈りに続く。マリアはただ一心に祈った。取り乱しても、何もできない。自分の弱さと無力さを感じながら、ただただ祈るしかなかった。
コトリ。何かを動かす音がして、二人は振り返った。
洞窟の入り口に立つ人影。逆光で顔は見えないが、顔の周りが光って見えた。
「ぜーざれすさま?」
男の子が呟く。




