7 エンスト
「自転車で
ちょっとそこまで
散歩するって
言ったとたん
寝ていたソファから
跳ね起きて
今何時だと
思ってる?
危ないだろ?
世話が焼ける!って
けちょんけちょんに
けなした挙げ句
車でドライブ
してくれた
とはいっても
ポンコツ車じゃ
やっぱりエンスト
自転車で
行けばよかった
損した なんて
また言っちゃった
憎まれ口
顔を見てると
ついつい
出ちゃうの
無意識に
あんたは
お手上げだって
首振って
シート倒して
運転席で
勝手に
眠りこけたけど
隣で見上げた
空の満月
なんて明るかったこと
何にもない
真夜中の山奥で
お月さまだけが
煌々と照って
嫌いなはずの
音楽まで
スイッチ押して
聞かせてくれて
運転手は隣で
ふて寝して
エンスト直る
見込みもなくて
いつ帰れるとも
知れないのに
何にも
ちっとも
怖くなかった
いつの間にか
きれいさっぱり
気が晴れた
そして
口に出しては
言えないけど
心の中で
叫んでた
エンスト万歳って」
「いったい
今何時だか
判ってるのか?
夜中に女が
1人でそこらを
サイクリング?
それじゃ痴漢に
手を貸してるだろ
自分から
襲い甲斐がある
女かどうか
襲う前に
確かめるほど
世の中の
痴漢は
暇じゃないんだ
心中
怒り心頭なのに
顔睨んでると
怒る気が
失せてくるから
始末が悪い
君が
『いっしょについて
来てほしい』なんて
か弱いフリして
頼むような
女じゃないって
わかってるから
だから余計に
始末が悪い
眠くて眠くて
しょうがないのに
ああ
腹が立つ
ほったらかしにも
できないだろ
察してくれよ
この鈍感
恩着せがましく
した罰か?
よりによって
えらく侘しい
この山奥で
エンストなんて
ごめんよ
ブツクサ言いつつ
これでも
喜ぶ顔見たさで
ハンドル握って
連れ出したのに
君と2人で
今日は野宿だ
こんなことなら
最初から
自転車で
一回りしてきた方が
はるかに気分も
晴れただろうに
面目ない
かといって
口で言うのも
癪だから
音楽なんか
好きでもないけど
今日だけは
かけてやる
明日の朝まで
一晩がまんだ
襲ったりなんか
頼まれたって
しやしないから
安心しろ
たぬき1匹
通りもしない
山奥で
エンストの
ポンコツ車の
小さな屋根の
その下で
俺なんかと
一晩いっしょじゃ
落ち着かないか?
それにしても
物好きなこと
満月に星は
見えないんだって
何度言ったら
わかるんだ?
好きにしろ
見てたきゃ
朝まで
空見上げてろ
俺は勝手に
眠っちまうぞ」