5 ショボくなんかないよ
「『片思いの
あの人に
会える日なのに
遅刻しちゃう』って
慌てる私を
バスに乗せて
くれようとして
道も混み合う
ラッシュ時
満員のバスの
鼻先で
わざと車が
エンストのふり
今思えば
頼みもしない悪者を
あんたは
買って出てくれた」
「車で送ってやるって
言うのに
意地を張るから
あのザマだ
ひねくれないで
人の好意は
とにかく素直に
受けること
ふだんでさえ
髪はボサボサ
服だって
十人並みの
冴えない女が
あんなに走って
まったく
見られたもんじゃない
いざ目の前に
出た暁には
彼氏が呆れて
顔背ける図が
目に浮かぶ
言っとくけど
今さら
猫かぶろうなんて
無駄だから
絶対やめとけ
バスに乗ったら
深呼吸して
息落ちつけて
着いたらとにかく
鏡の前で
身ぎれいにしてから
会うんだぞ」
「いつもながらの
惨敗で
いつもながらに
落ち込む私を
無理やり
ハンバーガー屋に
連れ出して
注文して
戻ってくるなり
何を言うかと
思いきや
『君が言ってた
アップルパイも
オレンジジュースも
品切れだった』?
自分だけ
これ見よがしに
パクついちゃって
それでも私を
慰めてるの?
喧嘩でも
売ってるのかと
思ったわよ」
「そんなにカチンと
きてたのか?
悪かった
君のしょげようが
尋常じゃなくて
あんまり
可笑しかったから
ちょっと
からかっただけなのに
それにしても
俺の言葉を
そんなに
真に受けて
くれてたなんて
ありがたや
でもほら
腹が立てば
少しは元気も
戻ってきたろ?」
「ハンバーガー屋の
帰り道
通りすがりの
靴屋の前で
自分と同じ
靴を見かけた
ふと足元と
見比べて
『今じゃなんだか
古ぼけて
ショボく見える』と
笑った私に
事もなげに
あんたは一言
『そりゃ
君がもう
手に入れたから』
くやしいけど
一理あるかも」
「チュニ
手に入れるときに
大真面目に
悩んで選んで
手に入れたんなら
後になって
『何だかショボく
見える』だなんて
卑下しちゃ駄目だ
それじゃあまるで
それを選んだ
自分自身を
ショボいって
卑下してるのと
同じだよ
一生懸命
望んだものが
幸運にも
手に入ったんなら
時がたっても
それは絶対
ショボくなったり
するもんか
それでも万一
そう見えるなら
それはつまり
素敵さも
ありがたさも
おいそれとは
感じないほど
それが自分に
しっくり
馴染んでしまってるって
ことじゃないかな」