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友との語らい

また月の宮は大勢の滞在する場所となった。

維心の主だった臣下は15人、そして維心の世話係30人に瑤姫の侍女10人。

仕方なく維心の臣下達には神社の地下に設えた居室を振り分け、蒼の屋敷の一番大きな(たい)に維心の居室を設け、その対に付随する部屋に世話係の部屋を振り分けた。

やっぱり建てる時、龍の助言に従っててよかった。

蒼は心の底からそう思った。

とりあえず龍達は何か食べる必要はないので、食べたい時だけ申告制にした。でなければ食材が無駄になってしまうからだ。酒だけは好きなので、それは行き渡るように考えて発注しておいた。なんだか旅館の女将になった気分だった。


蒼が対応にてんやわんやしている頃、維心は屋敷を抜け出した。

神社の裏の方へ行った維心は、回りに誰も居ないことを確かめ、黄泉への道を開いた。

この「道」は、基本どこにでも開けるが、開きやすい場所は限られていた。もちろん維心の滝は開きやすいスポットのひとつだったが、この月の神社も開きやすい場所であることは、何度もここを訪れるうちに知った。

開いた光り輝く道に向かって、念で呼びかけた。

《炎嘉!我の声が聞こえたら、ここへ来い!》

実は、成功するかどうかは疑問だった。なぜなら向こうからこの門へ来るにはかなりの力を要するようで、並の気ではここまで来れぬらしい。しかし、炎嘉ならばもしかしてという気持ちがあったのだ。

しばらく待ったが、なんの応答もない。やっぱりダメだったかと維心が道を閉じようとした時、聞き覚えのある声がした。

『あ~の~な~維心』その人物は姿を現した。『主はここへ来るのに、我がどれほどの力を使わねばならぬと思っておるのだ。かように時間が掛かってしもうたわ。』

若い頃の炎嘉の人型が、そこに立っていた。維心はその姿に懐かしさと安心感を覚えた。

「すまぬ。どうしても主と話がしたかったのよ。父が昔、友人とこの門で酒を飲んだと言っておったのでな。我にも出来ようかと思うて。」と酒瓶を見せた。「共に飲もうぞ。」

炎嘉はため息をついてそこへ座った。

『まあ時間は腐るほどあるわ。』と、どこから出したのか杯を持った。『それ、酒しかここは通れぬぞ。注げ。』

維心も座って、酒を注いだ。自分にも注ぎ、炎嘉に言った。

「我の妃を帰してくれたそうだの。」炎嘉は酒をもっと注げと差し出している。維心は注ぎ足した。「礼を言う。」

炎嘉は手を振った。

『なんでもないことよ。通り道におったのじゃ。もののついでよついで。』

炎嘉らしいと維心は笑った。

「それでも、あれで維月は帰って来た。我は救われたと思うておる。」

しばらく、黙って酒を飲んでいたが、炎嘉が言った。

『主、まだ何か迷うておるの。いや、悩んでおるのか?何があった?』

維心は迷ったが、頷いた。元より炎嘉に、それを相談するために呼んだのだ。

「我は、今月の宮におる。」

炎嘉は頷いた。

『人のなりであるものな。最初驚いたわ。』

「成り行きで来てしもうたのよ。維月がここへ帰っておったゆえ、洪が我に新しい妃をと連れてきおって、しつこいのに腹が立って宮を飛び出して…気が付けばここへ来ておった。」

炎嘉はほほう!と笑った。

『主、やるではないか。そのようなことが出来るようになるとは。しかし、やはり己の妃の所へ来るよの。そこが主ならではじゃ。』

維心は炎嘉に言った。

「主が言ったのではないか。正妃に愛想を尽かされたのではないのか。我は一時の気の迷いでそのようなことになってはならぬゆえ、一晩と言われても女は傍に置かないと決めたに。」

炎嘉は痛いところを突かれたようだ。

『…確かに言ったの。やはり正妃は迎えには来なんだ。来たのは父であったゆえ、最初はがっかりしておったがな、門をくぐると、すぐそこで待っていてくれた者がおったのよ。』

「なんだって?まあ主はたくさんの妃が居ったし、妃でない者も居ったよの。一人ぐらいは来るだろうて。」

炎嘉は何を?と言う顔をした。手は杯を振って注げ注げと合図している。維心は面倒になって、一本は炎嘉の方へ放り込んだ。

『あいかわらず乱暴な』炎嘉は酒瓶を受け止めて言った。『あのな維心。これは本当に、主にも言ってはおらなんだ女なのよ。』

維心は生返事をした。

「さもあろうな。」

炎嘉は向こうで酒を自分で注いで飲んだ。

『…よし。我はこの話はすまいと思っておったが…まあもう死んでおるのだから出来ようもないと思うておったのだが…主の解決の道になるかもしれぬて。話してやろうぞ。』

「我が何を悩んでおるのかまだ話しておらぬぞ。」

炎嘉は笑った。

『わかっておるわ。どうせ妃が月に抱かれるのが嫌だとかそんなことだろうが。』

維心はグっと詰まった。フフンと炎嘉は笑った。

『話してやろうぞ。聞くがいい。』炎嘉は急に真面目な顔になった。『…我はな、まだ王位にもついておらなんだ若い頃、人の女に恋したことがあったのよ。』

維心は驚いて炎嘉を見た。

「主、人はダメだ、興味はないと常、申していたではないか。」

炎嘉は苦笑して頷いた。

『あまりにもつらかったのでな』炎嘉は視線を落とした。『我は本気でその女を好いておった。しかし、人に神の子は生めぬ。知っておったゆえ、我には手も足も出なんだ。』

維心は父を思い出した。炎嘉は続けた。

『それでも我は諦め切れなくて、毎日その女に会いに行っておったのよ。その女は美しいが気は強く、真っ直ぐな気をしておった。我をその女も好いてくれておるのがわかった時、我は自分が神であることを告げた。神の子を人が生めば死ぬことも話した。それでも生んでもよいとその女は言ったが、我には出来なんだ。』炎嘉はため息をついた。『女に縁談が来た時、我は反対しとうでも出来なんだ。我には女を幸せにしてやれぬ。女はそれを察して、そこへ嫁に行った。これで我にはもう会ってもらえぬと思うたが、我はそれでもよかった。女とその子供が健やかにあるように、見守って行くのが我に出来るただ一つのことだと思い、ずっと天災や人災から女を守り続けた。人の一生など、我らには一瞬であるしな。』

維心は黙って聞いていた。炎嘉は続けた。

『いよいよ女の寿命が尽きる時、女は言ったのだ、「炎嘉様、私を見ていて下さってありがとう。私が幸せでいたら、炎嘉様もお辛くはなかったですか?」とな。女は我がずっと見ているのを知っておった。我が女を愛しているのも知っておった。女がつらそうな顔をすれば、我もつらかったろう。女は最後まで演じてくれたのよ。我のために。そして、ずっと我を愛していたと言い残し、女は逝った。』

炎嘉はそこまで話し、息をついた。伏せていた目を上げる。

『維心よ、我らは体を交えてはおらぬ。しかし我は、誰よりもあの人の女を愛しておった。そして、他の人の男と夫婦になっておろうとも、我を思う女の気持ちは変わらなかった。我のことだけを思うて、最後まで生きてくれたこと、我は感謝したのよ。しかし、その記憶があまりにもつらかったゆえ、我は人の女は避けるようになった。もうそんな思いはしとうなかったゆえな。思えば、維月には二度しか会っておらぬが、我は惹かれそうになって困ったものよ。』

維心がしんみり聞いていると、炎嘉は笑った。

『それでの、我は妃を何人も先に亡くしておるが、誰一人迎えに来なんだにも関わらず、この女が、1500年以上も待って居てくれたのよ!これほどうれしかったことはない。ここではもう、神だ人だと関係ないゆえの。今は、我はこっちで、ただ一人の女と、幸せにしておる。』

維心は面食らった。

「なんだ、主ののろけ話か?我は真剣に聞いておったに。」

炎嘉は首を振った。

『そうではないのよ、維心。聞いておったのか?結局は、心であるのよ。体を何回重ねただの、子を何人生んだだの、関係ない。我は共に暮らし、子まで成した妃より、心でつながって体は重ねておらなんだ女と、結局は最後は一緒におるのだ。月は、おそらくそれがわかっておるのよ。長く維月をただ見ておって、体をつなげなくても、心だけでもと思うて来たゆえ、今体をつなげるようになっても、それだけではなく、心を重視しておる。それに何より、自分のことより維月のことばかり考えておる。我には、それが見えるぞ。主は長く生きておっても、こと女のことに関しては全くの素人ゆえな。分からぬのかもしれぬがな。』

維心はハッとして考え込んだ。我は…自分の気持ちがつらいとか、そんなことしか考えてなかったかもしれぬ。十六夜は昔から、確かに維月のことばかりで自分の気持ちは後回しにしていた…。

維心はため息をついた。

「結局、我はヤツに勝てぬのか。」

炎嘉は首を振った。

『なんだ維心、もう諦めるのか?せっかく月が機会をくれたのであろうが。まああれも維月の気持ちを優先した結果であろうがな。維心よ、どうする?臣下の進める女を妃にするのか?まあ我は止めはせぬ。そこは主が己で決めることだ。』

炎嘉は酒瓶を振った。もう空なのだ。

『さてと、我は女を待たせてるのでな。そろそろ行こうぞ。だがな』と維心に指を立てた。『そう頻繁には呼んでくれるな。本当にここへ来るのは骨が折れたのだぞ。今のところ、ここへ到達したのは我ぐらいだ。』

維心は立ち上がって問うた。

「どれぐらいならいいのだ?」

炎嘉は眉を寄せた。

『そうよの、四年に一回ぐらいにしてくれい。その間に気を溜めておくゆえに。』

維心は苦笑した。

「…我がそっちへ逝くかもしれぬな。」

炎嘉は意味ありげに笑った。

『ふふん主は、まだまだ楽にはならんわ。』

維心は驚いて言った。

「どういう意味だ、炎嘉!」

『さらばだ!』炎嘉は下へと落ちて行きながら笑った。『また四年後な!酒はもっと用意しておけ!』

維心はそれを見送った。

門を閉じ、そこには静寂と、空の酒瓶が残った。


蒼が落ち着いて来た頃、維心が一人空の酒瓶を二本持って、神社のほうからぶらぶら帰って来るのが見えた。

人と同じ格好なので、一見村の人と見間違いそうになるが、気が強いのですぐわかる。そのまま自分の対の方へ歩いて行ったので、直接帰るつもりなのだと思い、いろいろ報告がてら蒼はそちらへ渡ることにした。

先触れを出し、待っていると、維心の侍女が直接蒼の部屋へ来た。

「王がお会いになるとのこと、蒼様、お迎えに参りました。」

蒼は頷いて立ち上がった。それにしても自分の屋敷で先触れ出すとは思わなかった。

蒼は侍女について部屋を出た。


維心が部屋に帰ると、覚えのある安らぐ「気」がしていた。それは本人が居るのではなく、そこに居た残り香みたいなものだったが、維心は慌てて探した。

だがやはり本人はもう居らず、維心が少し気落ちしてテーブルの上を見ると、そこには見覚えのある字で置き手紙があった。

『本日はこちらで休むようにと十六夜に言われました。また、夜に参ります。維月』

それだけの事が、これほど待ち遠しいとは。維心は自嘲気味に笑った。

侍女が入って来た。

「蒼様より、こちらへ王にお目通り願うため、参られたいとのことでございます。」

維心は頷いた。

「迎えに参れ。」

侍女は頭を下げて出て行った。

しばらくして、蒼が侍女に伴われてやって来た。

「維心様、ご報告に参りました。」

維心は側の椅子を示した。

「座られよ。」

蒼は腰掛けて、維心を見た。

「臣下の方々は神社地下の居室へ入って頂きました。お食事は必要な時に言ってくださるよう、もうしております。」

維心は頷いた。

「無理を申す。我もそう気強くここに居座る訳にも行かぬの。」

蒼は首を振った。

「部屋は足りましたので、お好きなだけいらして頂いて大丈夫です。皆様に人の生活に慣れて頂く方が大変そうですが。」

維心は笑った。

「すぐに根をあげよるわ。人は難しいゆえの。」

神の方が難しいけど。蒼は思ったが、黙っていた。

蒼が眉を寄せたので、維心はそれを見て言った。

「蒼よ、何か心配事でもあるのか。」

ハッとして、蒼は目を上げた。

「いえ、何も。」

瑤姫のことを維心に言えるはずがない。だいたい理解してもらえるのか疑問だ。

「…もしかして、瑤姫であるか?」

蒼はびっくりして思わず飛び上がった。

「な、なぜそのように…。」

維心は、やっぱり、という顔をした。

「朝食の席で、本当は聞こうと思ったのよ。何やら主達の空気がおかしかったゆえ。だが維月の腹の子の事で消し飛んでしもうて。」

蒼は下を向いた。

「…維心様にお聞かせするような事ではありませんので。」

維心は眉を上げてしばらく黙ったが、ふむ、と考える形になった。

「維月は我の妃でもあるゆえ、主は我が子のようなもの。また瑤姫の夫なれば弟のようなものよ。我は驚かぬゆえ、言ってみよ。」と、声を大きくした。「皆、去れい。」

カサカサと衣擦れの音がする。控えていた侍女達が下がったのだ。蒼はためらったが、ここまでされて、後に退けない。仕方なく重い口を開いた。

「あの、維心様、神はいかがか分かりませんが、人の男というのは、妻に子が出来ましても、その…夜の寝室で一緒であると、我満出来ないときもございます。」

維心は大真面目に頷いた。

「神も同じよ。我とてそうだ。別に問題はないのだから、良いではないか。」

維心が気を悪くする風でもなかったので、蒼はホッとした。

「ですが…瑤姫はそうは思わないようで」維心は眉を上げた。蒼は続けた。「吾子が心配なので、生み月まではと言われたのでございます。」

維心は眉を寄せて顎に手を当てた。

「それはまた長いの。我にはとても無理だ。」

あまりに真剣なので、蒼は反対に恥ずかしくなった。

「寝室を分けようか、今考えておるところなのです。」

維心はじっと考え込んでいる。長く考え込んでいるので、どうしようかと思っていると、唐突に言った。

「よし、今宵、主らは我の次の間で休め。」

蒼は驚いた。それとこれと何が関係あるのだろう。

「それは良いですが…いったい?」

維心は侍女を呼んで、我の命だと言えと言付け、瑤姫にその旨伝えさせている。確かに維心様の命令は絶対なので、瑤姫は聞くだろうけど。でも結局同じなのに。

「では、またの、蒼。」

維心はそれで解決出来ると思っているらしい。仕方なく蒼は立ち上がり、維心に頭を下げて部屋を出た。


夜になり、維心が言う通りにするしかなかった蒼と瑤姫は、少し居心地悪げに並んで床についていた。

維心様は何を思ってここにオレ達を寝かせてそれでなんだと言いたいのだろう。まさかここへ入って来て瑤姫に説教とかないよね…。

蒼は、隣へ続くカーテンが、少し隙間が開いているのが気になった。これじゃあ余計に何も出来ないのだけど。蒼は思ってため息をついた。それにしても、あの隙間から維心が今にも入って来そうで、蒼はびくびくした。瑤姫もそれが気になるようだ。

「…あの、私、あの仕切りを閉めて参りますわ。」

瑤姫は起き上がって、カーテンの方へ向かった。そしてカーテンに手を当てた時、ハッと小さく息を飲むのが聞こえた。そのまま固まってしまっている。蒼は何事だろうと、慌てて瑤姫に並んで、見た。

(ええっ?!)

蒼は心の中で叫んで同じく固まった。維心様、マジで?!

そこで、維心は維月を抱いていた。こちらが今見ているのを知ってか知らずか、全く我関せずな感じだ。

ちょっと待て、まさか母のこんな姿を見ようとは。

蒼には一応裕馬といろいろ見たりして、ある程度耐性はあるが、マトリョーシカ並の箱入り瑤姫には、これは衝撃的だろう。蒼はさすがに気の毒に思い、戻ろうと促した。

しかし、あまりにも衝撃的だったのか、瑤姫の足は動かない。蒼は困った。これ以上ここに居たら、きっと維心様は気付いてるけど、母さんにまで気付かれてしまう。

ますます維心が激しくなるので、蒼は瑤姫を無理に引っ張ってカーテンを閉めた。

なおも固まったままの瑤姫に、なんと声を掛けていいか分からず、蒼は言葉を探して沈黙した。瑤姫は促されるまま寝台へ戻り、まだ固まっているので、蒼は仕方なく先に横になり、やっと言った。

「もう眠ろう。朝になれば何もないから。」

しかし、朝になって二人の顔を見るのは怖かった。瑤姫は震える声で、何か言った。

「なんだって?」

よく聞こえなかった蒼は、聞き返した。

「…お兄様は、間違ったことは、なさいません。」

蒼はそれで瑤姫の気持ちの整理がつくのならと、頷いた。

「そうだね。」

瑤姫はこちらを向いた。

「私、間違っておりました。お母様もお子がいらっしゃるのに、お兄様はあのように…」

さすがに言葉を濁した。が、続けた。

「蒼様。申し訳ありませぬ。私、お受けします!」

瑤姫があまりにはっきり言い切ったので、蒼はかえって気がそれた。それで、言った。

「とにかく、今日は眠ろう。隣りに維心様が居ると思うと、オレにはとても無理だから。」

瑤姫は渋々頷いた。蒼は隣りが気になりつつも、眠りについた。


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