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里での式

蒼と瑤姫の里での式の日がやって来た。

正に村を上げての盛大な式になる予定で、その日は朝から村の仕出し屋は、臨時に雇い入れた村の女達総動員で、式の後の料理と、夜の宴の料理の準備に追われていた。

男達は役場からテントを持って来て受付を設営し、そこで来客の対応に追われていた。車でしか到達出来ない村のこととあって、蒼の友人やら何やらの車が大挙してやって来たので、美月の広大な敷地に誘導して車はきれいに並べられていた。

人口三百人ほどの村は、全員の総力を上げて蒼の結婚式に挑んでいた。


蒼も朝早くから起こされ、その時点でもう瑤姫はとっくに侍女に起こされて準備に連れて行かれていたのを知った。途中、蒼がそっと覗いて見ると、瑤姫は長い髪を島田に結われ、傍には白い打ち掛けが吊るしてあった。

もっと見ようとしたところを侍女に阻まれ、蒼は仕方なく、羽織袴田姿で家の方へ渡った。


家の方には、朝早くから十六夜が、龍の宮へ迎えに行った維月が居た。

「あら、蒼。おめでとう。あの時はロクに話も出来なかったものね。」

蒼は久しぶりに見る十六夜と維月に、なんだかほっとした。

「ありがとう。それでね、母さん…最近瑤姫が、お母様にお話ししたいことがあるってすごく言うんだよ。すまないけど、式が始まったら花嫁も大変だから、始まる前にでも控え室に行ってもらっていい?」

維月は頷いた。

「いいわよ。あの子も実の母がとうに亡くなっていらっしゃるから、私しかいないのよね。今から行くわ。」

維月が向かおうとすると、蒼は慌てて言った。

「いいよ、母さん今着いたとこなんだろ?十六夜と話すこともあるんじゃないの?」

察した十六夜がニッと笑った。

「…蒼、なんか大人の事情がわかるようになって来たじゃねぇか。嫁をもらうと違うなぁ。」

蒼は真っ赤になって手を振った。

「何言ってるのさ!家も建て替えたし、母さん達の部屋だってすごく広くなったし、式の前に案内しておいてもらった方がいいと思ったんだよ!」

「何慌ててんだよ、それが大人の事情じゃねぇのか」十六夜は意地悪く言った。「維月、部屋を教えとくよ。」

「でも、一時間ぐらいで戻ってよ!」

蒼は念を押すように、歩いて行く十六夜に言った。

「そんなにかからねぇよ。」

十六夜は言い置いて、維月を連れて出て行った。

確かに、家はとても大きくなっていた。作りが龍の宮にそっくりで、天井が高い。慣れ親しんだ宮なので、新築の家でもそんなに違和感はなかった。

違和感と言うと、天井の電気ぐらいだった。龍の宮には電気もガスもないので、そこが違うのだ。

十六夜と維月の部屋は、場所こそ変わらなかったが、全然違った作りになっていて、戸を開けると、そこは龍の宮で見たのと同じ大きな寝台があった。きっと頑張れば10人は横になれるだろう。あくまでも押せ押せで頑張ればだが。横のインテリアは皆龍のコーディネートのようで、すっかり神仕様だった。

だが、机の上には手元灯が置いてあり、横の台にはテレビがあった。違和感いっぱいだった。

家の前に向けて窓が大きく開いており、光が入って明るかった。十六夜は維月を抱き寄せた。

「どうだ?蒼が龍達と考えて作ったのだそうだ。最も設計はほとんど龍らしいがな。まあ広くなった分、掃除も大変だと有がこぼしていたよ。たまに蒼のところの侍女達が来て、上の方まで掃除してくれる。飛べるから手が届くんだな。」

維月は笑った。

「本当にすごいわ。でもこんな大きなお屋敷になっちゃって、下の村から見たらびっくりでしょうね。ここの高台は、全て美月おばあちゃんの土地なんだもの。今まで質素に昔の作りだったのに。」

十六夜は維月を抱き上げた。

「それが、蒼は今実業家なんだぜ。村を活性化して若者の村の中での仕事を増やす為、いろいろ考えてるよ。最近はちょっと潤って来たんだ。人の世とも、あいつならうまくやれる。」

まるでそれが自分のことのように嬉しそうだ。維月は微笑んだ。

「独り立ちして行くのね、子供って。」

「そうだな。」

十六夜は維月を寝台へ降ろすと口付けた。

「さあ、蒼の結婚式まであと数時間しかねぇぞ。久しぶりに二人きりなのに、慌ただしいな。」

「あら、夜まで待つって手もあるのよ?」

十六夜はニッと笑った。

「もう待てねぇな。」


結婚式が始まる前に、維月は瑤姫のところに行っていた。

蒼は何をあんなに話したかったのだろうと思ったが、母と話して出て来た瑤姫がとても晴れ晴れとした顔をしていたので、まあいいか、と思った。

白無垢に身を包んだ瑤姫は、また美しかった。瑤姫の美しさは万国共通なのだ。

裕馬が学校時代の友達を連れてやって来ていた。もちろん、みんな男だ。神社での式が終わって、蒼の屋敷の広間での宴席では、蒼は皆に挨拶して回った。

実は、龍の宮で仲良くなった、若い龍達も今日は呼んでいた。向こうでの式の時は、彼らは警備に回っていたし、話すことなど不可能なほど神の来客が多かったからだ。初めは恐縮していた彼らだったが、維心から直々に行って来るがよい、と言われ、やって来たのだった。今日は人の出で立ちで、回りに気付かって、人の中で困っているように見えた。

「来てくれたんだ、李関(りかん)翔羽(しょうう)明賀(めいが)。」

三人は、人の形で龍のように頭を下げた。蒼は苦笑した。

「そんなに固くならなくていいよ。今日はオレの友人として呼んだんだからな。ほら、あっちに裕馬がいるから、行こう。」

三人はほっとした顔をして、蒼について歩いて来た。

裕馬は、蒼を見るとまず文句を言った。

「おい蒼!お前もう二か月前に結婚してて後から式挙げたんだって?オレそれ、今日聞いたんだよ。」

蒼はしまったと思った。

「ごめんごめん、龍の宮での式は、あまりに満員で呼べなかったんだよ。ほら裕馬、李関と翔羽、明賀だ。」

裕馬はコロッと表情を変えた。

「お、久しぶりじゃないか!お前ら携帯持ってないし、仕事の休みもないなんて言うから、連絡取れないんだよなあ。こっち来いよ、オレの友達紹介するから。」と歩き掛けて、「でも、外国人ってことにしとくからな。龍なんて言っても誰も信じないから。人の間って難しいんだ。」

三人は真剣に聞いて頷いている。蒼はそれを見送った。裕馬に任せておけば安心だな。

瑤姫の所に戻ると、瑤姫は維月とまた話していた。蒼に気付いた維月が言う。

「ちょっと蒼、こんな重たい着物早く脱がしてあげたいから、もう瑤姫は下がらせるわよ。あなた、ここの場ちゃんと見ててちょうだい。」

「え?」蒼は慌てて母を追おうとした。「なんでだよ、まだ紹介してない人も居るのに。」

母はちらりと振り返った。

「あなたね、自分が身軽だからって瑤姫まで一緒にしないの!もう、とにかく、あとは頼んだわよ!」

なんで叱られたのか分からず、蒼はちょっとムカついた。十六夜が横から来い来いと呼んでいる。蒼は場を気にしつつ、そちらへ行った。

「何?」

十六夜は声を潜めた。

「瑤姫に子が出来たんだよ。」

蒼は驚いて叫んだ。

「ええ!?」

十六夜はしーっと口を押さえた。

「オフレコなんでぇ。維月に体がおかしいと、今日聞いて来てたんだ。お前に話すのが恥ずかしいと言うから、じゃあオレからってちょっと変なんだけどよ」十六夜はため息をついた。「あの通り維月は瑤姫についてるし、オレが言うべきだろうと維月に今言われた。」

妻の妊娠を父親から聞くって、普通だろうか。いや、普通じゃないと思う。

「なんで恥ずかしいんだろう。神って感覚違うんだろうか。」

蒼は悩んだ。今更ながらに神と結婚したんだと実感した。

「考えてもみろ、瑤姫は箱入りも箱入り、マトリョーシカの一番内側並の厳重な守りの中に居たんでぇ。兄の維心が最強の神で、瑤姫に手を出せるやつなんざ誰一人居なかった訳なんだからな。宮でも他の男とは全く話したことはなかったらしいし。侍女達だって、俗なことは一切瑤姫に話さなかった。ここまで徹底した箱入りは、神の中でも珍しいぐらいなんだ。」

蒼は困ったが仕方なく言った。

「とにかく、瑤姫が身籠ったことはおめでたいよ。でもなんでオフレコなんだ?」

「まだ維心にも報告してねぇからだ」十六夜は言った。「お前と結婚したとはいえ、あいつは龍族だからな。王で兄の維心が知る前に、他の一般人は知っちゃいけねぇのよ。」

面倒くさいが、理屈はわかった。とにかく、維心様にご報告しなきゃならないんだな。

「でも、それって誰がやるんだ?オレ?」

十六夜は肩をすくめた。

「そこまで維月に教わってねぇよ。ああもう、神の決まりごとってのはウザったらしいな。」

十六夜はそれだけ言うと、母屋へ帰って行った。おめでたいけど、なんかこんな知らされ方だとなあ…。

裕馬が蒼を呼んでいる。

「おおい蒼!こっち来いよ!」

蒼は笑ってそこの集団へ合流した。


蒼は町に唯一やっとできた携帯ショップへ行って、携帯を一台契約して来た。

合わせて蒼が持っていたソーラー充電器を二つ持って来た。どうしても裕馬が翔羽達に携帯を持たせてやってほしいと言うので、龍でもわかるように皆で寄ってたかって使い方を教えたのだ。

もちろん、龍族のことは維心様に聞かないとわからないらしい。

これを持って帰って、維心様にご報告の時、お話するということになっていた。果たして維心様にこれの便利性は理解できるだろうか?

オレもだけど、龍だって神は皆、念や気で、遠くに居ても話したり、存在を感じたり出来る。それに、行こうと思えば、結構瞬間に移動したりする。携帯なんて、はっきり言って、あまり使う意味がない気がする。

もちろん、裕馬や他の人と繋がりたかったら、携帯は重要なんだけど。

他の人達は皆、外国人だと思ってるもんなあ…。

とにかく蒼は、判断は維心様に任せようと思った。


蒼は夜、瑤姫におめでとうと言った。

「でも、恥ずかしいことじゃないから。次があったら、オレに言ってくれたら嬉しいな。まず二人で喜び合いたいなって思うから。」

瑤姫はためらった。

「お母様ではいけないのですか?」

「いけなくはないけど」蒼は困った。「うちの母さんもまず維心様に言って、維心様からみんなに言ったんだと思うんだ。オレは王じゃないけど、一応ここでは当主だから。」

瑤姫はやっと頷いた。

「はい。次からは蒼様に申します。」

蒼はホッとした。そして瑤姫の肩を抱いた。

「それにしても、男かな、女かな。」

瑤姫は身を固くした。

「男のほうが、よろしいですか?」

蒼は瑤姫が固くなっているのが気になったが、言った。

「どっちでもいいよ。元気に生まれてくれたら。」

蒼は瑤姫に口付けた。そのまま倒れ込もうとすると、瑤姫は横を向いた。

「蒼様、今宵は…。」

蒼は驚いた。

「え、結婚式の夜なのに?」

瑤姫は下を向いてお腹を押さえている。

「吾子が心配でございます。」

そうなのだろうか。でも、昨日までは…。それに母さんは維心様と…。

「では、生み月まではってことだろうか。」

蒼がまさかと思って聞くと、黙って瑤姫は頷いた。

蒼には強要は出来ないが、これはさすがに十六夜に聞いてみなければと思った。


「…だからよぉ、お前何時だと思ってる。これが事の最中だったらどうしてくれたんだ。」

十六夜は部屋の戸を開けて言った。

「え、ごめん!」

蒼は言った。そういえばそんなこと考えてもなかった。

「…もう終わったけどよ。」十六夜は素直に言って戸を大きく開けた。「入んな。」

おずおずと中へ入ると、母が着物の帯を絞めていた。

「ほんとにあなたは何でも十六夜なのねぇ。」

維月は呆れたように言った。十六夜が戸を閉めて椅子に座るよう促した。

「で、なんだ?しょうもないことだったら怒るぞ。早く済ましてくれ。」

蒼は急ごうと思った。

「あのさ、お腹に子供が居たら、その…十六夜と母さんみたいなことしちゃいけないのか?」

二人は目を丸くして顔を見合わせた。

「…確かに初期はあまり刺激しないほうがいい人もいるわね。」

維月が答えた。

「母さんは大丈夫そうだね。」

母は顔をしかめた。

「確かにそうだけど、息子に言われるとなんだか複雑ね。」

「でも生まれるまでってどうだろ?」

十六夜は眉を寄せた。

「瑤姫にそう言われたのか。」

蒼は仕方なく頷いた。

「まあオレ達は月だから詳しいことはわからんが、普通は安定すりゃ大丈夫じゃねぇか?よっぽど弱いとかなら別だが。」

蒼は考え込んだ。維月が言う。

「だけど、たまに居るわよ。精神的に男性を受け付けなくなるタイプ。子供が大切過ぎてね。」

「瑤姫みたいな箱入りタイプか。」

十六夜は納得したように言った。

「どうしよう?別に住んでるならオレだって我満出来るけど、毎日横で寝てるのに。」

「まあ針のムシロだわな。」

十六夜は同情したように言った。

「仕方ないわよ、そういう奥さんだったんだもの。」

維月はあっさり言った。そりゃ母さんは女だから。

「あきらめろ、蒼。」

十六夜は気の毒そうに言った。

「他人事だと思って…。」

蒼がそう言うと、十六夜は言った。

「じゃあお前、もう一人もらうか?二人でローテーション組んだらいいんじゃないのか。」

「ちょっと変なこと言わないで。」

維月は十六夜をつついた。

「さすがに結婚して早々にそれは…。」

蒼は渋ったが、でもちょっと考えなきゃならないな。寝室分けるとか…。

蒼は立ち上がった。

「ありがとう。ちょっと考えるよ。お邪魔してごめん。」

「ほんとだぜ。」

十六夜は呟いた。

二人で蒼を見送りながら、早く結婚させ過ぎたのだろうかと思った。

「まあなあ、オレから見たら、まだまだ子供だからな。」

「推定1500歳だものね。」

維月は言った。十六夜は立ち上がって寝台へ歩み寄った。

「さて」と維月を引き寄せ、「仕切り直すか。」


十六夜が寝たのを見届けた維月は、なぜか胸騒ぎがして家の前へ出た。今は誰も居ない月が出ている。

蒼のことも気になるが、維心のことも気になった。今朝別れる時の、悲しそうな目は忘れられない。

維月は空を眺めて、そこで佇んでいた。

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