表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/51

リミット

蒼は絶句して、十六夜を見つめた。十六夜の能力に、寿命を見るなんてあったっけ?

「な、なんでそれがわかるんだ?月の能力か?」

十六夜は首を振った。

「あいつが維月に話していたのを聞いた。実際やつは老いて来ている。しかも急速にな。今朝も様子を見ていたが、人型が維心と年が近いなど、到底思えぬものになっていた。」

蒼は考え込む顔になった。

「でも、炎嘉様には炎翔殿が居たし。跡継ぎ問題はない訳だよね。」

十六夜は頷いた。

「そうなんだが…。」

十六夜は黙り込んだ。言うべきかどうか悩んでいるようだ。

「何か問題があるのか?」

十六夜は視線を上げた。

「炎嘉と維心が、神の中でもあり得ないほど長生きなのは知っているか?」

蒼は頷いた。

「瑤姫が言ってたよ。本来龍も鳥も800年ぐらいしか生きないって。」

「維心も炎嘉も、1700年は生きているらしい。その頃に生まれた神で、残ってるのは二人きりなんだそうだ。炎嘉もついこの間の戦までは、維心と変わらない外見で、気も強かった。なぜこんなに長生きなのか、本人達にもわからないのだそうだ。つまりいつ死んでもおかしくねぇ。それが、炎嘉だけ死斑と言われる鳥族の死期が近づくと出る痣が出て、途端に老い始めた。」

蒼はハッと思い当たった。

「それは…維心様もいきなりそうなる可能性があるってことか?」

十六夜は考え込む顔になった。

「わからねぇ。そもそも龍と鳥が同じなのかがわからねぇからな。オレもおそらく目覚めて1500年ぐらいなんだが、オレには体がねぇからな。老いることはねぇ。寿命のこととなると、まったく専門外なんだよ。」

蒼は、維心がそうなった時の瑤姫を思うといたたまれなかった。たった二人きりの兄弟だと維心も言っていた。

「本人にもわからないんじゃ、維心様に聞いてもわからないだろうね。」

「多分な。わかっても維心は言わねぇだろう。あいつはそんな性格じゃねぇよ。でも、今のところわかってねぇんだろうな。炎嘉に自分を斬らせようとしたぐれぇだから。」

蒼は頷いた。

「でも、十六夜はその炎嘉様の死期が近づいてるのを知って、何が問題なんだよ。」

十六夜は視線をそらした。

「…まあ、な。それはオレ達の問題で、こっちが決めることだ。お前には関係ねぇ。ただ、炎嘉のことはお前にも知らせておかなきゃならねぇと思ったんだ。維心もいつそうなるかわからねぇわけだからな。」

蒼はなんだか要領を得なかったが、とりあえず頷いた。

「わかった。龍の宮に行ったら、そこはきちんと見ておくよ。」

十六夜は頷いて立ち上がった。

「じゃあ、オレは行く。またなんか用がある時呼んでくれ。」

蒼は慌てて立ち上がった。

「え?もう?夕飯だけでも食べて行けばいいのに!」

十六夜は笑った。

「オレは元々食べる必要がねぇと言ったろうが。お前はほんとに親離れできねぇな。」

蒼の頭をぽんぽんと叩くと、十六夜は光の玉になって空へ上って行った。

「十六夜…。」

十六夜から、なんだか悲しい感じがしたのはなぜだろう。蒼は気になって、しばらく考え込んでいた。


維心は、居間で昨日の炎嘉の話を維月から聞いていた。やはりあの死斑のことは、維心も気付いていた。鳥族の常として出るあの痣は、決まって左手首に出る。そして、急速に老けて行くのだ。

「…炎嘉の気が、半分以下になっていた。」維心は言った。「それに人型が、前に会った時より老けていた。動きに前の素早さがなかったし、歩くのも億劫そうだったのでな…まさかと思うたが。」

維心は深刻な表情で目を伏せた。やはり最後の生き残りとして二人で生きて来たので、つらいのだろうか。

「それで…炎嘉様は、維心様のことが気になるとおっしゃっていました。」維月は続けた。「自分と二人でここまで残って来たので、維心様を残して行くのが気がかりでいらっしゃるようで。」

維心は目を上げた。

「炎嘉が?」

「はい」維月は頷いた。「維心様が一人で生きて来られたので…自分の寿命がもう尽きるなら、維心様ももしかしたらと思われたようです。せめてこれから先の残りの時間を、私に共に居てやってくれぬか、と。」

維心は眉を寄せて立ち上がった。維月に背を向けて窓の方を向く。

「…あやつ、自分だけ楽になるのが、さすがに悪いと思ったのだな。」

そのまま黙っている。維月は、維心が気持ちの整理をつけるのを、黙って待った。ふと、維心は窓の外を見上げた。

「十六夜…。」

維月はハッとして空を見た。光の玉がみるみる人型になって、窓から居間へ入って来た。

「…急に来てすまねぇな、維心。」

維心は首を振った。「どうしたのだ?昨日は早々に帰って行ったのではないのか。」

「それから用事が出来たんだ。話がある。」

維心は頷いた。

「維月はどうする?」

十六夜は維月を見た。

「維月…。」

維月は十六夜を見た。

「十六夜…。」

しばらく見つめた後、十六夜は首を振った。

「いや、まずお前に話がある。維月とは後で話をする。」

維月は立ち上がった。

「では、私はあちらへ。」

維心は頷いて、維月が居間を出て行くのを見送った。

「座ってくれ。」

維心は十六夜に促した。十六夜は傍の椅子に腰かけた。

「維心、お前炎嘉のことは聞いたか?」

維心は頷いて目を伏せた。

「ああ。聞くまでもなく、我は昨日気付いたがな。」

十六夜は頷いて言った。

「それが今朝は、もっと老いた人型になっていた。オレは見て来た…鳥の宮が大騒ぎになっていた。」

維心はさもあろう、というそぶりで頷いた。

「やはり早いな。あれの父の炎真殿の時もそうだった。一週間もしない間に、旅立った。」

十六夜はしばらく黙っていたが、維心に問うた。

「…維心。龍はどうなんだ?死期が近づくと、何か印は出るのか?」

「何も」維心は首を振った。「ただ、急に老いが進む。我はこの人型になって、もう1200年以上になるか。普通の龍は、なだらかに老いて、800年前後で死ぬのだがな。我はこの姿になってから、老いが止まった。気が付けば、1700年以上生きていた。おそらく、主より早く生まれておったであろう。」

十六夜は頷いた。

「オレはせいぜい1500年程度だ。ただはっきり覚えてねぇがな。」

維心は窓の外へ目を向けた。

「…我の寿命は、はっきりわからぬのよ。だから主が我の寿命を聞きにまいったのであれば、答えることはできぬ。我とて今日明日にでも死ぬかもしれぬし、まだ何年も生きるのかもしれぬ。我には自分のことがわからぬのだ。」

十六夜は維心を見た。

「…お前、維月を返すつもりはあるか?」

維心はピクッと反応してこちらを見た。

「…どういうことだ?」

「お前からは、なんかの覚悟が見え隠れするんだよ。お前、まさかオレにお前を消せと言うのでないだろうな?」

維心は立ち上がった。

「維月は返さなければならない。我は主と約束したゆえな。だが…」

「…返したくねぇんだ。そうだろう?」十六夜は問い詰める口調になった。「それでオレを怒らせて、お前を消させたいんじゃねぇのか。将維が生まれた。炎嘉も去る。瑤姫も嫁に行った。維月はオレに返さなきゃならねぇ。お前は、もう、自分を消すためにオレの力を使おうと思ってるんじゃねぇのか!」

維心はブワッと闘気を湧き上らせた。自分でも思ってもいないほど、怒りの感情が湧き上って来る。その力の波動で、宮がびりびりと音を立てた。

「…なんで怒る?オレはお前を消さねぇぞ。お前はこれまで自分の望みなど何も叶えずに生きて来た。だからお前の望みを叶えてやろうと、維月をお前に託したんだ。そのあと殺すためじゃねぇ!」

維心の闘気に気付いた家臣が慌てて居間へ駈け込んで来た。維心はそれに気付き、言った。

「皆、下がれ。」

静かな圧力に皆が慌ててその場から転がるように出て行く。維月も慌てて戻って来ていたが、彼女はそこに居続けた。

「我は」維心は言った。「我はお前に甘えているのだ。分かっている。だが、一人で生きていた時は感じなかった孤独を、二人になって感じるようになったのよ。こんな皮肉があろうか。我はこの先、これを抱えて生きて行かねばならぬ。あと何年続くかわからぬ孤独を、耐えきる自信は我にはない。お前に消してもらうより他に、どうしろと言うのだ!」

十六夜は、維心の闘気を目の当たりにしても、その場に座ったままだった。

「…維心。オレも、維月なしでこれから先何年も生きて行くのは耐えられねぇ。だからお前の気持ちはわかる。お前の寿命はあと何年かわからねぇ。だが、確実にお前はいつか死ぬ。」十六夜は維月を振り返った。「維月、お前はこいつの寿命が尽きるまで傍に居てやるのか?それがいいと思うのか?」

維月は黙った。どうしたらいいのか、本当にわからない。十六夜は、小さな時から愛し続けて来た、ただ一人の存在だった。その人のために、自分が死ぬことを考えて子供を生んだ。死んだ後も、一人きりにさせないために。それなのに、自分は維心の人柄やその生き様に触れ、維心をも愛している。十六夜を一人にさせないと思っていた自分が、もし維心としばらく一緒に居るとすれば、十六夜を一人にしてしまう。

「ああ十六夜」維月は涙を流した。「私には選べない。私は…本当に最低な女ね…。」

私が居るから、こんなことになってしまう。でも、月になった私は不死で、死ぬこともできない…。

「維月!」

十六夜の声が聞こえる。維心の闘気が消えて行く。私はどうしたんだろう…前が見えないわ…。

誰かが私を抱き上げている。誰…?十六夜?維心様?


維月の意識は、そこで途切れた。


「月花を呼べ!」

維心が叫んだ。召使いがあわただしく走り回っている。目の前には、全く反応のない維月が、横たわっていた。まるで人形のように、なんの意識も感じない。伏し目がちに開かれた目は、何も見ていないようだった。気は失われておらず、体もなんの異常もない。なのに意識だけがなかった。魂が抜けたとは、おそらくこんな感じなのだろう。

「維月…オレがわかるか?」

十六夜が維月の手を取って話しかけている。しかし、眼球も動かず、反応はなかった。

「王、お呼びでございますか。」

女の龍が、膝をついて頭を下げた。

「維月を診てくれ。我ではわからぬ。」

月花と呼ばれたその龍は、維月の額に手をのせ、じっと目を閉じていた。しばらくのち、月花は首を振った。

「…王よ、維月様は、ご自分で意識を閉じてしまわれております。おそらくそうしようとしてなった訳ではないようですが…要は、ご自分で、ご自分を封じてしまわれたのでございます。」

「なんだって?!」

十六夜は言った。どうして自分を封じるんだ。お前はいったい何を思っていたんだ…。

「我の責だ」維心は言った。「維月には物思いがあった。維月は十六夜を愛していると言っていたのに…我が維月に愛してくれと言ったばかりに、ずっとどちらも愛してしまった、浅ましい女だと、維月は思い悩んでいた。我が後から割り込んだせいで、このようなことに…。」

十六夜は首を振った。

「違う。オレのせいだ。オレがあんなことを維月に言ったばっかりに…維月は自分を責めたんだ。こいつも月で、自分を封じる力があるってのに。」

十六夜は自分の力で、維月の封印を解こうと頭を両脇から包んで念を飛ばした。光が流れ込むが、維月の状態は全く変わることがない。本当に大きな人形のように、ただ伏し目がちに一点を見つめているだけだった。

「…クソ、ダメだ。陰の力で強力に封じてやがる。」

維心が変わって額に手を当てて念を飛ばす。しばらく額に汗をにじませながらそのまま念じていたが、手を離した。

「我にも無理だ。意識が深く沈み込んでいて、そこまで潜っていけぬ。意識のある場所に近づくと、何かに押し返されてしまう。」

十六夜は頷いた。

「それが月の陰の力だ。維月はその中に居て、閉じこもった状態だ。自分から出てくる気にならなきゃ、出ては来れないだろうな。若月がいれば、方法を知っているかもしれねぇのに。」

十六夜はなす術なく部屋の中をうろうろと歩いた。どうしてオレは若月ともっと話しておかなかった?どうしてオレは、今まで他の何者とも話そうとしなかったんだ…。維月は、話を聞けといつも言っていたじゃねぇか。自分のことすら何もわかっていなかったのに、オレは…知るのが怖かったのだ。

維月は、自分の力のことを何もしらねぇ。オレが知らないから、教えてやることも出来なかった。そのせいで、自分でも何をしているのかわからず自分を封じてしまったんだ。自分がどうなっているかもわからないこいつが、自分から出て来ることなんて出来ないかもしれねぇ…。

「…コイツは、多分もう出て来れねぇ。自分で何をしているのかも知らずに自分を封じたんだ。今は眠っているのかもしれねぇし、目が覚めて、中で訳がわからず一人でぼーっとしているのかもしれねぇ。それでも、コイツは自分の状態がわかってねぇから、そこから出て来ることも出来ねぇんだ。」そして維月を見た。「月は不死だ。このまま死ぬこともなく、体は生き続ける。その中に、封じられた意識を抱えたままな。」

維心は目に見えて狼狽した。維月の頬に触れ、呼びかける。

「維月!」

それでも動くこともない瞳に、維心は確信した。十六夜の言う通りだ。これは…歩く屍のようなものなのだ。

込み上げて来る感情に、維心は皆に背を向けて表情を隠した。我は…我と十六夜は、維月の意識を殺してしまったのだ。

しばらくのち、十六夜は言った。

「可能性があるとすれば、誰かがあの中に入って、維月に自分の状態を知らせるより他ない。だが、お前の力を持ってしても、オレの力を持ってしても入れなかったあの中へ、誰が入れるのかってことだ。」

現存する中で一番力の強い神の維心が破れない結界。同じ月の力でも破れなかった結界。それを破る力…。

「…もしかすると、力の強さの問題ではないのかもしれぬ。知りえる全ての神に打診して、試させてみよう。相性の良い力があれば、それを破れるかもしれぬゆえ。」維心はすぐに命じた。「諦めてはならぬ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ