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婚儀

その日は朝から大変だった。人の家族や友人達は、今日あまりにも神の人数が多いとのことで、今日は呼ばれなかった。後日、里で式を挙げることにしていた。

龍族の儀式とやらで蒼は早朝から狩りに出なければならなかったし、戻って来るとそこらじゅうから集められた神々で宮は満員御礼状態であった。

それをまた一人一人維心と共に挨拶を受け、それがどこの誰なのかいちいち維心は教えてくれるのだが、覚えることなど出来そうになかった。

そうこうしているうちに、炎嘉が炎翔を連れて到着した。知っている顔に、蒼はホッとした。維心は言った。

「炎嘉よ、よう来たの。炎翔殿も、式までゆっくりくつろがれよ。」

炎嘉はキョロキョロと回りを見た。

「この度は誠にめでたいの、維心。ところで主の子を生んだ妃はどこだ?我はそれを見に来たのよ。」

維心は苦笑した。

「あれはまだ奥で休んでおる。今日は出て来ぬかもしれぬぞ。」

炎嘉は目に見えて消沈した。

「なんだ、もったいぶるのう。宴席には呼んでくれ。」

維心は仕方なく頷いた。

「まあ、準備はするよう言っておこう。」

炎嘉はおもしろくなさそうに言った。

「フン、尻に敷かれておるの。命じれば良いではないか。」

炎嘉はクルリを踵を返すと出て行った。炎翔は居心地悪そうに頭を下げてそれについて行った。

蒼は相変わらずだなあと思って見ていた。ここまでずっと挨拶に付き合って来たが、維心にあんな口をきく神はただの一人も居なかった。それでも維心は怒る風もなく、クックッと笑っていた。

「あやつだけはいつもああよ。やってられぬわ。」

次の神が入って来て、蒼はまた背筋を伸ばした。


挨拶もやっと終わり、いよいよ式が始まる。

婚儀の前に、将維が皆にお披露目され、祝いを述べられていた。あんなに小さいのに、頭に冠をつけられ、金の糸で縫った着物を着せられていた。生まれたての時よりは成長していたが、それでもまだ一か月なのだ。人間で言えば一か月検診に行くような年なのである。お披露目の間一度目覚めて目を開けたが、回りの皆がじっと見ていると言うのに、うるさそうにまた目を閉じて眠りに入った。あまりに維心にそっくりなので、炎嘉が大笑いしていた。

それも終わり、蒼が立ち位置を指定されそこで待っていると、瑤姫が侍女に手を引かれて現れた。その姿を見た蒼は息を飲んだ。金銀のかんざしをたくさん結い上げた髪に挿された瑤姫は、本当に美しかった。その美しさは、気が遠くなるほどと言ったらいいのだろうか。蒼は衝撃で足が動かなくなったほどだった。

それを見ていた十六夜が、そっと蒼に念を飛ばして来た。

《おい蒼、口が開いてるぞ。》

蒼は慌てて表情を引き締めた。落ち着いているフリをして、瑤姫に手を差し出す。ベールの向こうの瑤姫は、にっこりと笑った。

ただでさえ美しいのだから、これ以上割増しないでくれ!と蒼はその瞬間思った。


式は滞りなく進み、場は宴席の場へと移った。

広い広間がびっしりと神で埋め尽くされている。隣に座っている十六夜が、眉をしかめた。

「オレ達の時よりすごい数だな。息が詰まるぞ。」

蒼は苦笑した。

「仕方ないよ、龍の跡継ぎのお披露目もあったし、みんな呼ばれてるみたいだからさ。さっき、白蛇も見たよ。」

十六夜は眉を上げた。

「沙依のところのか?本当にほとんどの神が呼ばれてるんだな。オレはとてもじゃないがこんなに付き合ってられねぇよ。そういうのは、お前に任せる。」

蒼は頷いた。

「あんまり自信ないけど、がんばるよ。龍族の方は、やっと顔覚えて来たし。」

「さて」十六夜は立ち上がった。「ちょっと維心に挨拶でもして、オレは上へ帰る。」

「もう?」蒼は一緒に立ち上がった。「まだいいじゃないか!」

十六夜は笑った。

「お前なあ、いつまでも親父を頼りにしてちゃダメなんだよ。里に有や涼を残したままじゃねぇか。夜は向こうを見てやらないとな。お前も今日は瑤姫を連れてあっちへ帰るんだろ?」

蒼は頷いた。

「うん。今日からあの家に住むからね。」

「じゃあ待ってるからな。」十六夜は蒼に座るよう促した。「だが、まだ早い。」

十六夜が維心の方へ歩いて行くのを、蒼は見送った。


十六夜は維心の前に立った。

「維心。」

維心は慌ててそちらを向いた。

「十六夜、どうしたのだ。」

十六夜はフッと笑った。

「もうオレは帰る。里にまだ何人か残して来てるんでな。」

「ああ」維心は頷いた。「これからは瑤姫も世話になるな。よろしく頼む。」

十六夜は手を振った。

「それは蒼の仕事だ。オレじゃねぇ。」と戸口の方へ足を向けた。「じゃあな。次は二か月後だ。」

それが何を意味するかは、維心にはわかった。十六夜はそのまま月へと戻って行った。

維心は、立ち上がって広間を出た。


居間から寝室へ入ると、維月が召使い達に囲まれて宴席に出る準備をさせられていた。維月はこちらに背を向けている。

「そんなに挿したら重いわ。」

召使いが髪にかんざしを挿しているのだ。召使いが答えている。

「王の妃であられる方が、貧相では示しがつきませぬゆえ。」

「だってこの着物も、前に着たものより重いんだもの。」

維月がぷうと膨れている。

「縫い取りが全て金銀の糸でございまするゆえ。ご辛抱くださいませ。」

維心がそれを聞いて堪え切れずに笑った。

「維月よ、王妃は誰よりも大変なのだ。しばらく我慢せよ。」

「維心様!」維月は振り返った。「まあお人が悪いですわ、聞いていらしたなんて。」

いつもは化粧も薄いが、今日はしっかり化粧させられていた維月は、髪も結い上げられ、とても美しくなっていた。維心は手を取った。

「さあ、皆が待っておるぞ。我と共に来い。」

維月は維心に伴われて、宴席へと出向いた。

宴席に着くと、真っ先に炎嘉が立ち上がって歩いて来た。そして維月の手を取ると、言った。

「おお主がこの維心の妃か。我は炎嘉、鳥族の王よ。この堅物の子をよくぞ生み申したぞ。我はどうなることかと思うておったに。ささ、こちらへ座られよ。」

維月はためらって維心を見た。維心は苦笑しながら頷いたので、維月はそれに従って座った。炎嘉はまだ手を取ったままだった。

「なるほど、美しいの。あの折り見た時は、これほどとは思わなんだが。」

維月は思い出して真っ赤になった。そうだ、私が子供を生んであげるとか叫んだ時、炎嘉様も居たっけ…。

「主はほんに気の強い女じゃ。我はあの折りより興味があったのよ。」

維心が眉を寄せた。

「炎嘉、いつまでも手を取っているのでない。」

炎嘉は維心を見て、意地悪そうに笑った。

「ほほう維心よ、さては主、我に取られると思うておるな?」

「ふん、主はこやつの好みではないわ。早よう手を離せ。」

炎嘉は肩をすくめて手を放した。維月は慌てて手を引っ込めた。

「実は我は、維心の妃に話があって今日参ったのよ。」炎嘉は言った。「少し二人で話せぬか?」

維月はびっくりしたが、維心もびっくりしたようだ。炎嘉はこれまでの雰囲気とは違い、真面目な顔をしている。

「…なんの話だ。我が居ては言えぬようなことか?」

維心が訪ねた。炎嘉は頷いた。

「主に言えんことはないが、聞かれとうないな。」維心がますます眉を寄せるのを見て、炎嘉は付け足した。「我が何かするとでも思うておるのか?主のただ一人の妃に手を出すほど、女には困っておらぬわ。それほどに大切な妃なら、ほれ、我はここから見えるあの庭で話す。それなら良かろうが。」

維心は庭を見た。月明かりで明るく照らされ、また、広間からの明かりで広く見渡せる。しばらく迷っていたが、渋々頷いた。

「では、あまり長くは許さぬぞ。ここから見ておるゆえな。」

えー!と維月は思ったが、維心の決めたことだ、仕方なく立ち上がり、炎嘉に伴われて庭へ出た。

やっぱり着物も頭も重ーいと維月が思って歩いていると、炎嘉は維心からも見える庭のベンチへ座るよう促した。ホッとした維月は、そこに座ると、炎嘉も横に並んで座った。

「その着物は重いであろうが。我の妃も、公式の場で着物を着るたび文句を言っておるのよ。特に主は龍の常であるそのかんざしの量よ。それでは肩が凝って仕方がないの。」

維月は思った。案外、女の気持ちのわかる神様かもしれない。だから妃が多いのかも…。

「はい。でも召使い達が、王妃が貧弱ではいけないって言って、こんなにたくさん挿しましたの。」

炎嘉は笑った。

「確かに維心ほどの王の妃であればの。何人もおれば別じゃが、主一人きりであるゆえな。」と広間の維心をちらりと見た。「見てみよ、あやつ、主のことが心配で仕方ないのよ。こちらばかり見ておるではないか。」

維月は維心を見た。本当に心配そうにこちらをチラチラ伺っているのがわかる。

「さて、これ以上維心を苛々させてはならぬの。我の話とはな、維心のことよ。」炎嘉は前を見たまま言った。「我と維心は、年が10年も離れておらぬ。お互いもう1700年は生きておるのよ。あやつは王位について1500年、我は1300年になる。と言って、我らの寿命はこれほど長いのではない。本来なら、せいぜい生きて800年ほどなのだ。王になるほどの気の持ち主は、たいがい寿命は長くてな。それでも、我の父でも1000年で死んだ。我も維心も、なぜにこんなに長生きなのか、お互い分かっておらぬ。死ぬどころか、老いることもないゆえに、我らはいつまで生きねばならぬのか、わからぬままに生きておる。あとから生まれた同族でさえ、先に死んでいくのだからの。だが、先日」と炎嘉は左手の袖を少し上げた。「我には、我の一族の寿命が近づくと出る、死斑と言われておるものが現れたのだ。」

維月は驚いて炎嘉の手首を見た。そこには、赤い炎のような痣があった。

「…これはまだ炎翔にも見せておらぬ。」炎嘉は袖を下げた。「最近は、体が思うように動かぬようになって来た。しかも人型になると、少し老いた型になり始めた。それが毎日のように進んでおってな。今朝は背を伸ばすのも苦しゅうて、妃に支えられてやっと立ち上がったのよ。我は、もう長くはない。」

「炎嘉様…。」

維月はなんと言っていいのかわからなかった。炎嘉は続けた。

「何も主に同情してもらおうと思ったのではないぞ。」と広間の維心を見た。「これほど長生きした神は、我と維心のみであるのだ。我らは強大な力を持って生まれ、ここまで永らえて来た。ケンカもしたが、結局は我らは共に来た。たった二人しか、残らなかったゆえの。」

維月は炎嘉が何を言いたいのかわかった。維心様が一人になる。維月の顔色を見て、炎嘉は頷いた。

「そうよ。我は維心を残して逝かねばならぬ。たった二人しか残らなかった、その片割れを残して逝かねばならぬのだ。あれは妃もいなかったゆえ、我は心配しておった。だが、主があれの子を生んでくれた。」

維月は黙り込んで下を向いた。それでも、私は…。

「主は、月の妃であるそうだの。あと僅かでここを去るのだと聞いた。そこで、我は、頼みがあるのだ。我はもうすぐ死ぬ。おそらく維心も、どれほど生きるのかわからぬ。せめて、主らが不死であるなら、あれが寿命を全うするまで、傍に居てやってくれぬか。1700年生きて来て、これほど執着した女は主が初めてなのだ。せめて最後だけでも、孤独にさせてやりとうはないのでな。」

「炎嘉様…。」

維月は炎嘉の心に涙が出そうになった。いくら戦をしようとも、共に生きた同士であるのだ。自分の死期を知り、維心を置いて逝くのが気がかりでならないのだろう。この人は、ただの女好きな神様ではなかったのだ。

「無理な願いだとは思っておる。しかし、一考してくだされい。維心にはおそらく主しかおらぬ。あやつがあんなに気に掛けておる女など初めて見たわ。」

また、維心がこちらを見ている。炎嘉は立ち上がった。

「さて、戻ろうかの。これ以上待たせると、へそを曲げてしまうかもしれぬゆえ。さあ、参られよ。」

炎嘉が差し出した手を、維月は今度は素直に受けた。天空に出ている月を見ながら、二人は広間へと戻って行った。


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