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迷いと戸惑い

次の日、維月が目を覚ますと、維心が顔をのぞきこんでいた。

「維月よ、気分はどうか?侍女達は、みるみる主の体が元に戻るので驚いておったが、大事ないか?」

維月は、他の子達を生んだ時のことを思い出した。確かにこんなに体が軽いことはなかったのに。気分もスッキリとして、今朝はとても清々しかった。

「維心様、ご心配には及びません。やはり私は、月なのでございますね。子を生んだなどとは思えないほど、体が軽うございます。」

維心はホッとしたように頷いた。

「安堵したぞ。侍女達が申すには、主はもう、すっかり体の中まで元通りで、これが月の力かと驚くばかりであった。もう何も手当ては要らぬそうだ。気も安定しておるの。」

寝ている間に、修復したのだろうか。維月は自分が人外であることを実感した。

その時、召し使いが入って来て頭を下げた。

「王、臣下のもの達が、外に参っております。」

維心は寝台から降りた。

「参る。」と維月を振り返り、「主も参れ。祝いを述べに参ったのよ。支度をさせよ。」

維心は召し使いに命じ、他の召し使い達も上着を持って入って来た。維心も上着を着替え、維月も着物を着せられた。

「こちらへ。共に参ろうぞ。」

維月は身が軽いことに驚いた。昨夜生んだのがまるで夢であったようだ。維心に手を取られ、居間へと向かった。

先に歩いていた召し使いが、出口の所で言った。

「お出ましにございます。」

横に避けて頭を下げた前を通って居間へ出ると、臣下達が正装で揃い、頭を下げていた。

先頭に額付いている古参の龍が言った。

「この度は、お世継ぎ将維様のご誕生、誠に喜ばしく臣下一同お祝いを申し上げます。また、蒼様と瑤姫様の婚儀の日取りの定まりましたこと、重ねてお喜び申し上げます。維月様には、お体の状態はいかがでございましょうか。」

自分のことを聞かれているが、これは維心が答えることなのだと、維月はもう知っていた。神の世界では、女が発言することはまずない。特に誰かの妃であれば、滅多な事では公式の場で臣下と話すことはなく、臣下も王の不在に維月に話し掛けることすら許さていなかった。

思った通り、維心が答えた。

「もうすっかり良い。侍女達も驚いておったほどよ。主達も、昨夜は飲み明かしたのであろう。今日は皆休むがよい。」

臣下達が平伏して頭を下げ直す。

「王におかれましても誠にご機嫌が麗しいご様子なれど、昨夜はお休みになられておられぬと聞き及んでおりまする。何卒お体をお休めになってくださいまするよう。」

維月はびっくりした。そういえば維心様は私が目が覚めたらもう起きてらした。もしかしたら、眠らなかったの?

維心は頷いた。

「我は大丈夫だ。我が子を生んだ訳ではないゆえの。もう下がれ。」

臣下達は、もう一度頭を下げると出て行った。また奥の部屋に戻りながら、維月は問うた。

「維心様、お休みにならなかったのでございますか?」

維心は笑った。

「一晩くらい眠らずとも我は平気だ。人ではないゆえの。主は気にせずともよい。それより、主は何か食してもう少し休め。すぐに用意させるゆえに。」

なんでもないようにそう答える維心を見て、維月の心は痛んだ。もうすぐ、私はここを去るのに。人であった時も、そこまで自分を心配して傍に居てくれるものは居なかった。ただ病院に居て子達を生んで、そして家に帰って子供を育て…それが当然のことのように。維心は王であり、自ら何もしなくても、召使いや侍女達が私の世話をすることはわかっているはず。それでも、ずっと傍について居てくれるなんて…。


ここを去ることが、なぜか寂しくて仕方がない。自分の心がわからなくなって、維月はそっと十六夜のことを考えた。今まで十六夜しか居なかった心の中に、今は維心の存在もあるような気がして、維月はいたたまれなかった。もしかして私は、どちらも選べなくなっているのでは…。

用意された食事を前に、あまり箸が進まなかった…。


《そいつはオレは行けねぇな》十六夜は蒼に答えた。《考えてみろ。確かにオレはお前の父だが、お前の母は誰だ。》

蒼は月に向かって、答えた。

「…確かに母さんは将維の母でもあるけど…。」

蒼は渋々答えた。

《あいつの立ち位置が難しくなるじゃねぇか。オレだって維心と維月が並んで座ってる所へ行くのは嫌だしな。だからと言って、オレと維月が並んでいたら、維心の立場がねぇだろうが。一年にはまだ間がある。オレは約束を違えるつもりはねぇよ。》

まさかこんなにややこしいことになるとは思わなかった。蒼は頭を抱えた。

「でも、オレは十六夜に出てほしいんだよ。オレ、よっぽどのことがない限り、結婚式なんてこれが最後だと思うし。」

十六夜は、ちょっと考えて深刻そうな声を出した。

《…悪いがな、そいつはそうはいかねぇと思うぞ。》

蒼は驚いて顔を上げた。

「なんでだよ?」

《あのなあ、お前はオレの子だと言ってるだろうが。今まで月は神の世界に立ち入らなかったのに、今度のことで関わらずにはいられなくなっちまった。瑤姫を嫁にもらったお前が、他の神を嫁にもらわねぇと言えるのか?これからいざこざを抑えるために、心ならずも縁組なんてことに、なる可能性はないとは言えねぇよ。維心の子など、もう嫁が決まってるじゃねぇか。おそらくその一人ではないから決められるんじゃねぇのか。》

蒼は思い当たって考え込んだ。十六夜の言う通りだ。この先もし維心様に何かあったりして、力関係が危うくなったりしたら、一族を守るために、オレに縁組なんてこともありうるんじゃ…。もちろん月の力は絶対だから、絶対嫌だと言えば済むことだが、相手を封じたり消したりって戦になるんじゃ…。

蒼は頭を抱えた。ああ、神の世界って想像以上にめんどくさい。人の一般市民がどれほどいいか。

「…とにかく、オレもう一回話し合って来るよ。十六夜の言うことは的を射てるし。でも式にオレの父が居ないなんて嫌だし。」

十六夜は、はいはい、というような口調になった。

《まあ無駄だと思うが、好きにしな。》

蒼は維心の居間へと急いだ。


居間へ入って行くと、召使いの一人がびっくりしたような顔をした。そうか、同じ宮の中でも、先触れを出すのが礼儀だった…。

それでも、入って来たのが蒼だとわかると、召使いは頭を下げて奥へ引っ込み、すぐに維月を連れて出て来た。

「まあ蒼。いきなり来ても、維心様は今お休みなのよ。」

腕に将維を抱いている。母はしゃんとしていて、まるで生んだのがもっと前にような風情だった。

「母さん、もういいの?人の時でもたいがい元気だったけど、尋常じゃないよね。」

維月は肩をすくめた。

「包丁でお腹刺しても瞬く間に治ったんだもの、子供生んでもすぐ元に戻るのよね。自分でもびっくりだわ。」

将維があくびをした。維月はそれを愛おしそうに見た。

「オレの弟か…。いや、甥になるのか?」

確かにややこしい。でも、この目はオレに似ている。間違いなく血縁の子なのだ。

「…維心様は、出産の時も立ち会ってくださって、昨日は一晩寝ずについてくださっていたようなの…だから、今お起こしするのは嫌なのよ。」

母の声には、愛情があるように思えた。蒼は少しためらいながら、十六夜のことを話した。維月は黙って聞いていたが、言った。

「じゃあ、私は表に出ないでおくわ。私なら産後のひだちがどうのって言って、出なくても大丈夫だもの。蒼の結婚式だけど、見れない訳じゃないからね。影から見ておくわよ。」

蒼はどうしたものか悩んだが、頷いた。

「結局それが一番なのかな…母さんは、オレ達の結婚式の一か月後には里へ帰って来るんだもんね。きっとまた瑤姫が母さんにべったりなんだと思うし。」

維月は戸惑った顔をした。しかし、頷いた。

「そうね。」

将維はこれだけ話していても、とてもよく眠っている。顔立ちは維心様にそっくりだが、気は莫大なものではない。それでも十分に強かったが。蒼は少し不安になった。

「…母さん、もしかして里へ帰りたくないの?」

維月は驚いて顔を上げた。

「…いいえ、そうではないわ。早く帰らなきゃと思っていたの。でも…」

「維心様なの?」蒼は少し厳しく言った。なぜこんなにきつい声音になったのかわからない。「母さん、維心様の妃になってここに居たいのか?」

維月は黙った。わからない。そうではないと思う。十六夜に会いたいのも事実だし、愛情だって…。

「十六夜は?維心様のために我慢してるのに!母さんがそんなだったら、どうするんだよ!」

維月は首を振った。

「わからないのよ!私は自分がわからないの。十六夜のことを愛してるのは変わらないわ。でも…本当にわからないのよ。」

奥の部屋への入り口に人影が見えた。

「…蒼よ。」維心だった。「十六夜との約束を違えるつもりは我にはない。維月は間違いなく、約束通りに返すつもりでおるゆえ、そのように伝えてくれぬか。」

維心は落ち着いていた。蒼と維月の激しい様子に驚いた将維が目覚めて泣き出し、乳母が飛んで来て維月から抱き取り、奥へ引っ込んで行った。

「維心様…。」

「ただ」維心は維月を自分の方へ引き寄せた。「今はまだ我の所にとどめるゆえに。主はもう下がっておれ。」

蒼は維心の、怒りとも悲しみともつかない感情を感じ取った。維心様もまた、苦しんでいるのか。

「では、また改めて参ります。」

蒼は軽く頭を下げて、その場を後にした。

維月は、その後ろ姿を黙って見送った。ふと、傍の維心が自分を見ているのに気付き、ぎこちなく言った。

「申し訳ありません、維心様。お休みでいらっしゃいましたのに、お起こししてしまいましたわね。」

維心は首を振った。

「主が傍を離れてすぐ目が開いておったのよ。声で起こされた訳ではない。」

維心は維月の肩を抱くと、奥の部屋へ促した。そこの寝台へ並んで腰かけると、維心は言った。

「主は…わからぬと申したな。何がわからぬのだ。」

維月は顔をそむけた。

「それは…私自身のことでございます。」

維心は維月の両肩を掴んで自分の方を向かせた。

「主自身のなんだ。我は真剣に聞いておるのだぞ。話すのだ。」

王である維心は、時にこのように強く問いただすことがある。自分に答えぬ者などこれまでに居なかったからだろう。怒ってはいないものの、それは強要するように命じているかのようだった。

「私の心でございます。私は…自分のことが分からなくなってしまった。ゆえに今ご説明も出来ぬのですわ。」

維心は眉を寄せた。明らかにムッとしたようだ。

「では、我が直接見るゆえに。」

維心は口付けて心をつなごうとした。維月は顔を背けた。今心をつなぐのは嫌だわ!全部見られてしまう!

「お許しくださいませ!今は…」維心はグイと維月を押して押さえ付けた。「おやめくださいませ!」

尚も顔を背けて抵抗する維月に、維心はきつく言った。

「今は我が妃ぞ!拒絶することは許さぬ!」

「時をくださいませ!」維心は組み敷いて顔を押さえた。「イヤ!」

「我に心を見せよ。」

維心は心をつないだ。お互いの心が解け合うようにして見える。維月はいたたまれなかった。こんな浅ましい状態の心を見られるなんて!維心の心も見えたが、ほとんど頭に入らなかった。

あまりにも恥ずかしく、いたたまれなく、維月は早くこれが過ぎ去ってくれればいいのにと願った。

ようやく解放された時、維月は疲れ切っていた。こんな時に心をつなぐなんて、ひどいと思う…。ぐったりしてふと維心を見ると、維心は放心したようにこちらを見ていた。きっと、呆れてものも言えないのだろうと維月は思った。その視線から逃れたくて、維月は顔を背けて体ごとあちらを向いた。

「…維月」維心は絞り出すように言った。「我は…。」

そのあとがない。なんだろうとちらりと維心のほうを見ると、すぐ近くに身を寄せていて、体ごとそちらを向かされた。

「乱暴に扱ってすまなかった…我は、どうしても主の心が知りたくて…しかし」と戸惑いがちに目を伏せた。「主は、迷うておるのか…?」

維月は消えてしまいたかった。私はどっちつかずな気持ちになってしまっている。それを維心に知られてしまった。いい加減な女だと思われたに違いないのだ。

「…私は、いい加減な女なのです。こんな気持ちになるなんて、いけないことだとわかっておりますのに。だから、維心様には見られたくなかったのに。」

どうせなら、きちんとした心を持った女として最後まで居たかったのに…。私はやっぱり、心は人のまま…少しも進化することなく…。

維心は黙ったままだった。あまりにも沈黙が長いので、維月は場を外そうと起き上がろうとした。

「……。」

維心は、それを抱きしめて止めた。維月は胸の中で維心を見上げた。

「維心様…?」

「見るでない」維心は自分の胸に維月の顔を押し付けた。「我は…主の心に入ることなど…不可能であると思うておった…であるのに今…。」

維心はふるふると微かに震えていた。

「私は…」維月は涙が流れて来るのを感じた。「十六夜を愛しているのに。維心様まで愛し始めているような、そんな浅ましい女なのですわ。お忘れくださいませ。もう心をつながないでくださいませ…!」

逃げ出そうとする維月を、維心は腕に力を込めて止めた。

「後から割り込んでいったのは我のほう。主が悪いのではない。」そして維月を見た。その目には涙が溜まっていた。「我は毎日のように体を重ね、心の中で主に願った。我をその心に受け入れてくれと。それでも無理だと思うておったのよ。それが叶ったなら、我はもう思い残すことはない。離れて暮らしても、心の中に置いてくれておるのだからな。だが今一度、その心を見せてくれぬか。我が刻まれている心の中を、もう一度感じてみたいのだ。」

維月はためらったが、頷いた。維心はもう一度維月に口付けて、心をつないだ。

そして自分への愛情を感じ、それに酔いしれた…。


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