表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/51

逢瀬

十六夜は、龍の宮の上に浮かんだ。

最近はまったくこの辺りを見ることはなかった。見ないでおこうと思えばそれが出来るのだから、五人兄弟姉妹が生まれる前のことを思うと楽なのだが、これほど長く維月と話をしないのは初めてで、時にそれが、全て幻であったのではないかと思う事もあった。

維月は、窓辺に腰掛けて外を眺めていた。あれは奥の維心の居間辺りだなと十六夜は思った。

《維月…。》

声に出したつもりはなかったのだが、維月は上を見た。そして、立ち上がった。

「十六夜!」

十六夜はためらったが、そこまで降りて窓の前に浮いた。

「今日は会合だと聞いていたのよ。行かなかったの?」

十六夜は首を振った。

「もう終わったんだ。他のヤツらは酒盛りしてるんじゃねぇか。」

中を見ると、居間には誰も居なかった。維月は目に涙をためて、十六夜を見ている。

「とても久しぶりで…こんなに話さないのは、初めてだから。」

維月は言い訳をして横を向いた。十六夜は窓から居間に入った。

「子供が生まれるんだってな。和解のために血縁を結びたいと炎嘉が言い出して、その話になってたよ。」

維月は頷いた。

「ええ。これで私の役目は果たせるわ。」

目の前で見上げる維月に、十六夜は思わず抱き締めた。

「オレは自分で決めた事だ。だが、お前と離れてるのが、苦しくて仕方がねぇ。月に居ればこんなに自由に地上へ来ていたことなんて忘れてしまえるかと思ったが、気がつけばお前の気を探してる…。」

維月は十六夜を抱き締めた。

「もう少しよ。月から降りて来れなかった事を思ったら、何でもないわ。もうすぐ帰るから、待っていて。」

十六夜は維月の頬に手を触れた。

「維月…」

「愛してるわ。もうずっと、子供の頃から、あなただけを。」

「オレもだ。」

十六夜は維月に口付けた。


維心は、龍の宮の自分の結界に、事も無げに入る十六夜を感じていた。多分、維月に会うために降りたのだろう。

元より、自分にはわかっていたことだった。子を成すことを頼んだのは自分で、それを受けてくれたのはあの二人の好意であることも。おそらく自分が十六夜の立場であったなら、相手を討ってしまったかもしれない。だが、十六夜は自分に一年の間維月を譲ってくれた。その間、自分の留守に十六夜が維月に会いに行ったとして、なぜに咎めることが出来ようか。

維心は、この半年、確かに満たされていた。いつも傍に居て、自分と心をつないでくれる存在は、心に余裕をもたらしてくれた。子が出来た時は、今まで感じたことのない喜びを感じた。だが、その子が生まれる時、また、彼女も去るのだ。おそらく同じ痛みを感じたであろう父を、維心は思っていた。

炎嘉が問いかけた。

「どうしたのだ、維心よ。急に難しい顔をして。」

維心ははっとして炎嘉を見た。目の前の炎嘉は、杯を持って不思議な顔をしていた。

「…主が、羨ましいのよ。」

炎嘉の回りには炎翔を始めたくさんの子達が座っている。その離れた後ろには、21人の妃が並んで座っていた。炎嘉はちらりと後ろを振り返ると、小声で言った。

「…そんなに良いものでもないぞ。妃同士はよく諍いを起こす。我はその度に、政務を放り出して行かねばならん。抑えられるのは、我だけであるゆえの。」

維心は苦笑した。

「それは主が悪いのであろうが。まああの数では、我でも統率しきれんとは思うが。」

「まあ10人までならなんとかなったのだがな。しかし主だとて、宮には美女が山と居るに、なぜ他に妃を迎えぬ?今の妃はそれほどまでに恐ろしいのか。そもそも主が妃を迎えたなどとは聞いてはおらなんだが。」

維心は視線を落とした。

「あれは我が妃ではないのよ。本来なら、我は討たれておったやもしれぬ。」

炎嘉は驚いた顔をしたが、豪快に笑った。

「おお!主は人のものを盗ったのか!それは我より遥かに巧みであることよ!」そして杯をあけた。「ああ良い良い、主を討てる者などおらぬゆえに、そのまま己の妃にすれば良いのよ。」

維心は首を振った。

「我など一瞬で封じられてしまうわ。今はあれの情けで手元に置けているだけよ。」

炎嘉は、絶句した。

「主…それは…」

維心はわざとフンと鼻を鳴らした。

「ゆえに主が羨ましいと申したのよ。」そして天空に現れた月を見上げた。「我の求めるものは、全てを見通しているものの妃であるゆえな。」

炎嘉も月を見上げ、考え込むような表情になった。

「なんとのう…。この世に手に入らぬものなどない最強の龍の王が、そのようなことになっておろうとはのう…。」そして、向こうに控える、女達を指した。「あやつらは皆、主目当てよ。主は見目も良い上、未だ一人の妃も迎えておらぬと聞いておるゆえ、皆朝から化粧して大変であったのだぞ。それであるのに、主は少しの目もくれぬゆえ、恨んでおるのだ。少し気分を変えて、今夜はあやつらと戯れてみればどうだ。」

炎嘉は、そう言って維心の肩を叩いた。こやつはいつもこうなのだ。口も悪く喧嘩っ早く、いつも臆することなく我に絡んで来るが、長い年月過ごして来た中で、こやつほど近かった王は居ない。情け深く世話好きなゆえ、あのように妃がたくさん居るのも維心にはわかっていた。

「酒を注がれるぐらいなら良い。それ以上は、相手を殺してしまうのよ、我は気が強すぎるゆえ。これは主には話してなかったか?」

炎嘉はハッとした顔をした。

「…そう言えばそのようなことを申しておったな。本当に言葉通りであるのか。」

維心は頷いた。

「そうよ。我はな、これを受けとめられる女としか子は成せぬ。相手が死するゆえの。不便であろうが。そうそう居らぬのでな。なんなら主が我が妃になるか?」

炎嘉はにやりと笑った。

「フン、妃ならば主の方であろう。女のような顔をしておるくせに。ここへ!」炎嘉は居並ぶ女達に向かって叫んだ。皆待ってましたとばかりに立ち上がる。維心が眉を寄せていると、「酒を注がれるぐらいなら良いのであろうが。少しは憂さを晴らせ。」

こちらへわらわらと集まって来る女達を見ながら、維心は維月を思い出した。結界に月の気配はもうない。気を探ると、維月は黙って月を見上げていた。

「炎嘉よ。我はあとしばらくで帰るゆえな。待っておる者がおる。」

炎嘉はなんだ、という顔をした。

「ほんに主は堅物であるよの。それは強い気のせいではないわ。主の気質よ。」

それでも寄って来た女達に酌をされ、仕方なく維心は杯をあけた。


召し使いが頭を下げて維月に言った。

「王のお帰りでございまする。ただかなりお酒を召していらして…」

維月は立ち上がった。

「まあ。すぐに参ります。」

珍しいこと、と維月は思った。維心はめったにそこまで飲まない。炎嘉様と何かあったのかしら。

居間へ出て行くと、維心が臣下に支えられて入って来る所だった。維月は駆け寄った。

「お帰りなさいませ、維心様。まあ、このようにお酒を召されるなんて…。」

維月は臣下と共に維心を支えた。そして、側の召し使いに言った。「お水をこれへ。」

寝室の寝台へ維心を寝かせると、臣下達は下がって行った。召し使いが水差しに入れた水を持って入って来た。

「お水はそこへ。後は私がやります。もう、あなた達はお休みなさい。」

召し使いは下がって行った。

維月は維心の腰の刀を外し、甲冑を脱がせにかかった。重い上に横になっているので、かなり重労働だ。

「維心様、お手をこちらへ。このままでお休みになってはいけません。」

わかっているのかいないのか、維心は黙って横を向いた。その隙に維月は、ささっと甲冑を抜き取った。

冠を取ろうと手を伸ばすと、維心の頬の辺りに、神の女が化粧の時に塗る白粉がついているのが見えた。よく見ると、そこかしこについている。

そのままにするわけにもいかず、維月は布を絞って持って来て、それを丁寧に拭っていった。

「ん…」

維心が目を開いた。

「維心様、お気がつかれましたか?お水はいかがですか。」

維心は何も答えずに、維月の手の布を見た。維月は気付いていった。

「白粉がついてございましたので、拭っておりました。もう少しご辛抱なさいませ。」

維月は残りの白粉も拭い、乾いた布で優しく拭いた。

「さあ、これでお休みになれますわ。今日はずいぶんとお酒を召されましたのね。」

維月は笑って布団を掛けようとした。維心がその手を掴んだ。

びっくりした維月は維心を見た。

「維心様?」

「…主は、何とも思わぬのか」と、グイと維月を引っ張って引き寄せる。「我がこのようなものを、つけて帰っておるに。」

維月は困った顔をした。

「維心様は王です。誰も維心様のすることには口出し出来ぬはずですわ。それに心ならずも、このようなことになることは、人の世でもあること。私が何か申す訳には参りません。」

維心は眉を寄せて、維月を組み敷いた。

「そのような事を申しているのではないわ!主はどう思うのかと聞いておるのよ!」

維月は維心の常にない激しい様子に驚いた。

「維心様…私は…」

維月が戸惑っていると、維心は言った。

「もう良いわ!」

突然、口唇を塞がれ、維月は驚いてじたばたした。維心の声に召し使い達は何事かと覗きに来て、叫ぶ。

「王!お止めくださいませ、維月様にはお子が!」

維心は維月を組み敷いたまま、召し使い達を睨んだ。

「下がれ!」

召し使い達は震え上がった。維心はめったに声を荒げたりしないので、その迫力に後ずさりし、部屋を出て行った。

「維月…」

子まで成したのだから、当然体は重ねているが、こんな維心は初めてだった。維月は、目をつぶり、維心の心の中をつないで見ようとした。

「…見るでない」維心は耳元で呟いた。「我は醜い心になっておる…見るな、維月…。」

だが、ドッと維心の心が頭に流れ込んで来た。

…愛している…。我を見よ…。

「ああ維心様…。」

維月は、維心の寂しい心を感じ、涙が流れた。

そのまま彼に身を任せ、その心を全身で受けた。

それ以外、どうすればいいのかわからなかった。



朝の光に、維心は目を覚ました。

昨日は炎嘉に遅くまで引き留められ、酒を煽って、なんとか帰って来た気がする…。

隣に眠る維月を見た時、維心は昨夜の事を思い出した。

我はなんと心無いことを…。

それでも側に居て眠っている維月の頬に、維心はソッと口唇を寄せた。

維月が目を覚ました。

「維心様…お目覚めですか?ああ、お水がそこに…。」

維月が起き上がろうとするのを制して、維心は言った。

「よい。」と維月を撫で、「我は…昨夜どうかしていたのだ。すまぬ、維月。」

維月はかぶりを振った。

「お酒を召してらしたのですから。きっと炎嘉様に強いられて、ご無理をなさったのでしょう?」

維心は維月を抱き寄せた。

「あれには理解出来ぬのよ。自分に妃が21人おるゆえ、男は誰でも女に囲まれれば機嫌が良うなると思うておる。」

維月は驚いて言った。

「まあ21人も?!それはまた…お元気なかたでいらっしゃっいますのね…。」

とても理解出来ない。そんな人の妃になんか、望まれなくてよかった。例え一晩って言われても嫌だわ。まあ、私も人は選ぶけど。

維心が低い声でクックと笑った。

「…こら維月、我にその声、聞こえておるぞ。」

「あ!」

維月は真っ赤になった。そうだった。維心様とは昨日心をつないだままだった…。

維心は笑った。

「そうか、我は選ばれたのか。」

「あの、そういう意味ではないの。私、人でしたから、そんな俗な考え方で…申し訳ないです。」

神で、王の維心様から見たら、なんて俗なって、幻滅されたかもしれない。維月は落ち込んで下を向いた。

維心は首を振った。

「確かに人と神では考え方は全然違うのだがな、我は主に幻滅したりしてはおらぬ。主の命を調整した時に、幼きことからの全て、見させてもらったが、むしろ主は清々しいよの。主も我の記憶を見たのであろうが。」

維月はおずおずと言った。

「はい…。でも私、人としてもそんなに褒められた生き方していなかったし。だから、維心様が、どうして私なのかって、やっぱり気を受け止められるからなのかなって、思っていたのですけれど。」

そうよ、高校生の時なんて好きでもないのに利用する為に付き合ったりしてたのですもん。

維心はまた笑った。

「だから、主の心は聞こえておると言うに。」そして顔を上げない維月の顎を持ち上げた。「分かっておるよ。我達の間で今、隠し事は出来ぬ。我が嘘を申しているのでないのは分かるであろう。我は受け止められるだけで主を選んだのではない。」

確かに今、そう思っていらっしゃる。でも、それがわからない。維心様って、珍しいもの好きなのかしら…。

維心はため息をついた。

「そうよの、そう思っていても良いわ。」と頬に触れた。「それでも、我の言葉は真実よ。」

深い愛情が流れ込んで来る。その感情に飲まれてしまいそうで、怖かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ