新たな命
維心は、その力の全てを使って、気を補充して維月をつなぎとめた。
維月の気とは反対に、大きく膨れ上がって来るもう一つの気を感じながら、維心はその瞬間を待った。子は、通常の子とは明らかに違う生まれ出方をしようとしている。なぜなら、維月の胸の辺りに気が膨らみ、そこから外へと出ようとしていたのだ。感じるのは、やはり命のエネルギーのみ…個の感情や意思は全く感じられなかった。そして、その身さえも感じられなかった。器のないまま、命のみが生まれ出ようとしているのだ。
「維月よ、聞こえるか?主は一度行っておるからわかっておるの。そちらへ行ってはならぬ!楽になるのは分かっておるが、そちらへは絶対に行ってはならぬぞ!」
おそらく足が勝手に向かうのであろう。維月が門の方へ向かって、少しずつ歩くのが、維心には見えた。目の前の体から、それに伴って少しずつ気が抜け出て行く。どうすることも出来ず、維心は咄嗟に維月と心をつないだ。
《行ってはならぬ…こちらへ戻れ!》
つながった心が目を覚まして答えた。
《維心様…。》
ハッとしたかのように、維月が目を覚ました。その時、維月の体から、光の玉が飛び出して浮き上がった。
サッカーボールほどの大きさのそれは、明るく光輝き、浮いている。まさに十六夜が月に帰って行く時に取る光の玉と、大きさこそ小さいが、同じものであった。
「これは…どうすればいいの…?」
維月が小さく呟く。維心にもわからなかった。ただ、それが何か目的があって生まれ出たのは、感じ取れた。維心は念を飛ばした。
《十六夜!生まれたぞ!主にこの意味はわかるか?》
その念は龍の宮に響き渡るほど強く大きなものだった。生まれ出た瞬間、十六夜はその命を感じていた。意味?意味なんてわからねぇ。ただそれは、確かに自分と同じ波動を持っている。同じ生命だということはわかった。そして、なぜかここへ呼ばなければならないような気がした。
「維心!オレのところへそいつを引き寄せる!お前は維月を見ててくれ!」
十六夜は手を上げた。まるで吸い付くように、瞬間的にその光の玉は十六夜の手の上に引き寄せられ、じっと留まっている。これが…オレと同じ命か…。
と、その光の玉は、大きく震えた。何かがその中へ飛び込んだかの様に、なぜか重さを感じ、それまで感じなかった個の意識が充満していくのがわかる。それは光を増し、大きく膨れ上がり、回転し始めたかと思うと、蒼の体に飛び込んだ。
蒼は光輝き、回りで気を補充していた龍達を退かせた。手を握っていた瑤姫は、その手を離さず、叫んだ。
「蒼様!蒼様…ああ、お手が温かくなり申した!」
呆然として見ている中、蒼が目を瞬かせて開いた。
「蒼…。」
維月の声に、皆が振り返る。維心が維月を抱いて、そこへ瞬時に飛んで来ていたのだ。
蒼は回りを見回した。ああ、戻って来た。オレはあと何年生きることになるんだろう…。
「お前がオレ達の子になるとはな」十六夜はホッとしたように言った。「これは何かの意思なんだろう?」
蒼は頷いた。
「使命があると、言われたんだ。それには人ではダメなのだって。どちらか選べと言われたけど…戻って来ちゃったよ。」
蒼は身を起こした。ふと、左手を見ると、何かを握り締めているのがわかる。小さなビー玉のようなものだ。こんなもの、倒れる時には握って居なかったのに…。
“我の記憶、維心に渡してくれ”
そうか、張維様…。
「維心様」蒼はその玉を差し出した。「張維様が、これを維心様に渡してくれと。」
維心と維月は驚いて絶句した。十六夜は怪訝そうに言う。
「なんだ?張維とは誰だ?」
維心は、恐る恐るその玉に手を伸ばしながら言った。
「…我の父よ。」そしてその玉を手に取り、「我が千五百年前に殺した、な。」
やっぱり、と蒼は思った。あまりにも維心に似ていると思ったのだ。
「張維様は、維心様に謝らねばならないことがある、と言っていました。それで、オレに張維様の記憶を渡して欲しいと。」
維心は、その玉をじっと見つめた。
「父に会ったのか。」
蒼は頷いた。
「オレを導いてくださったんです。その時、母さんがこっちに向かってふらふら歩いて来るのも見えて、助けようとしたけど、張維様は、維心様が必死で繋いでいるから、こっちには来れないって言ってて…そのうち、母さんは光に包まれて消えたんだ。」
維心は、その玉を懐に入れた。
「では、父はこちらの様子を知っているのだな。」
「はい。とてもよくご存知のようで、オレにも親しげに話してくださいました。とても維心様と似ていたから、きっと近い血縁のかただと思っていたけど。」
維心は黙って頷いた。表面上は取り乱していないが、かなりためらっているようだ。維月が腕にそっと触れた。
「維心様…お傍におりましょうか?」
維心は維月を見た。そして、こちらを見ている十六夜に気付いた。
「ああ。十六夜も共に、我の部屋へ来てくれぬか。」
十六夜は黙って頷いた。そして、蒼を見た。
「お前はもう、大丈夫なのか?」
蒼は立ち上がって見せた。
「大丈夫だよ。体自体はなんともないんだし、これはどうやら決められていたことみたいだから…母さんみたいに何かがズレてる感覚も全くないよ。」
十六夜は頷いて維月の手を取り、維心と共にその部屋を出た。
維心のいつもの居間の、さらに奥には維心の部屋があった。主に休む時に使っているようで、居間よりは遥かに狭く、それでも落ち着いた感じであった。
天蓋の付いたベッドのような広いスペースがあり、そこに、維心は二人を促した。
「こちらへ。父の記憶を見るには、横にならねばならないのでな。」
維月が黙ってそこへ入って行くのを見ながら、十六夜は顔をしかめた。
「男と寝る趣味はねぇんだか。」
維心はそこに座ったまま言った。
「別に主は月に帰っても見れるというのなら止めはしないが、ここで我と維月の二人になるぞ。良いのか。」
だからお主も誘ったのよ、とでも言いたげだ。仕方なく十六夜は、維心を挟んで維月と両側に分かれて横になった。維心は懐からあの玉を出すと、宙に浮かべた。
「さあ、我の手を取れ」維心は両手を差し出した。維月はすぐに従い、十六夜は少しためらった後手を握った。「目を閉じ、我と心を合わせよ。我が見た父の記憶を、主らへ送ろう…。」
暗闇の中、スーッと情景が浮かび上がって来た…。
張維は、歴代の王の中でも、力は格段に強く、逆らう龍は居なかった。王座について八百年程になるが、その間目立った反乱などもなく、平穏に過ごしていた。たまに鳥との小競り合いはあるが、それも張維にとっては退屈しのぎぐらいにしか思えなかった。
張維は、人が好きだった。短い期間とはいえ、少ない能力を駆使して頑張る様は見ていて清々しい。今日も、張維は人と話をしに、人の格好で村外れを歩いていた。
ふと横を見ると、そこにはまるで隠されているかのような屋敷があった。回りには木が生い茂り、人には見つけられにくいであろう。張維は好奇心に駆られて、その屋敷を覗いて見た。
奥に意外なほど広くのびる庭の軒先には、長く伸ばした髪を束ねた女が一人、座っていた。庭には粟や稗が育てられていた。人の女が一人でこのような事が出来るはずがないので、おそらく他にも人は居るのだろうと、張維は思った。
「邪魔をするが…」
女はビクっとしてこちらを見た。男が一人、そこに立っているのを見ると、見るからに怯え、奥へ引っ込もうとする。張維は慌てて言った。
「道に迷うてこのような所へ来てしもうたものだ。この近くの村には、どう行けばよろしいか?」
しばらくシンとしていたが、女はおずおずと戻って来て、こちらを覗いた。
「…お困りなのですね?ここを出て、日の沈む方へ歩いて行かれれば、村へ参ります。」
体は半分、戸の辺りに隠れている。その様がおもしろくて、張維は思わず笑った。
「礼を申す。しかし、そのように怯えておられるとは、この辺りには賊など出申すのか。」
女は頷いた。
「去年は、この穀物が実った時に、全て持って行かれてしまいました。」
張維は、そんな賊などという種類の人は嫌いであった。何度罰を与えたかわからない。
「では、我はまたここへ参りましょう。我は、そのような輩を、退治して回っておるのよ。」
女は一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに下を向いた。
「お礼は、穀物でございますか?どれほどお分け出来るか、わからないのですが。」
張維は笑った。なんと、我が退治した褒美を取らそうというのか。
「そのようなもの、要らぬ。我は穀物は食さぬしな。では、また参る。」
帰り道、空を飛びながら、おもしろいものを見付けたと、上機嫌になりながら龍の宮へ急いだのだった。




