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月の命の

そして、四年の歳月は流れ、蒼は社会人になっていた。一番上の有も、大学病院で医者としての修業を積んでいる。涼は同じ大学の医学部で、まだあと三年間学ばなければならない。恒と遙は、共に同じ大学の家政学部と薬学部に進学していた。


蒼も兄弟姉妹達も、神達の婿とり合戦からも逃れ、今は平穏だった。人としての生活は滞りなく進み、父も再婚し、今は皆、里から通学や通勤していた。

曾々祖母の美月が残した財産と、曾祖母の佐月の残した財産、それに祖母の美咲が残した財産は、それぞれに蒼が管理運用し、皆の生活に乱れはなかった。


瑤姫は、この四年の間、毎日維月にベッタリとくっついて人としての生活を学び、それをまた嫌がらずに楽しんでいた。姫として育ち、自分のことでも自分でしたことのなかった瑤姫が、料理を学び、食したこともないのに物を食べることを覚え、一生懸命であった。その甲斐あって、今ではその類い稀なる美しさのほかは、人の娘とさほど変わらぬ生活が出来るようになっていた。夜には迎えの者が龍の宮から来て、瑤姫は帰って行くのだが、次の日の早朝からまた訪れる毎日だった。

蒼がパソコンの画面を睨んでいると、瑤姫が部屋へ入って来た。

「蒼様、お食事の準備が整いました。」

蒼は振り返った。

「ありがとう。すぐ行くよ。」

蒼はそう言ったものの、また目はパソコン画面を見ている。瑤姫はそばへ寄って来た。

「蒼様?何か問題が起こったのでこざいますか?」

蒼は画面を見たまま答えた。

「うん〜ここの里を活性化させようと、オレが考えたカリンの飴のこと知ってるだろ?」

「はい。この里ではカリンをたくさん生産しているからと、産業を考えられた時にお作りなったものでございますね。」

瑤姫はわからないながらも、並んで画面を見ている。

「あれは出荷出来なかった形の悪いものや、屑として捨てられるような小さなものを使って作っているし、皆手作業だから、そんなに量は作れないんだ。でも、村人に少しでも給金を多く払おうと思って、値段は高めに設定している。つまり、普通の人なら買おうか迷うぐらいの値段だね。」

瑤姫は頷いた。

「はい。」

「さすがに全く売れないのも困るから、オレが十六夜から引き出した光の力を、密かにカリン達に分けて浄化してからあれを作ってもらってたんだけど、あれを食べるとスッキリするとか、イライラが無くなるとか、鬱々した気分が良くなるとか、そんな噂が広まって…ただののど飴のつもりだったのに、すごい数の注文が来てるんだ。数は限定してるし、もちろん宣伝文句に気分スッキリなんて書いてないし、あまり話題になるのも困るんだけどね。近くの道の駅で、細々と売るだけのつもりだったのになあ。あまり村人も過度に働かせるは嫌だし。」

蒼はため息をついた。

「人は良い力には敏感でございますわね。お兄様もおっしゃっていました。宮で祈祷を受けいている人を見て、本当に困っているような者を見た時は、お兄様が自ら力を分けてやるのだそうです。でも、その後しばらくは、祈祷を受ける者が増えて、滝の回りは人で埋まって身動き出来ないほどになっているのだそうですわ。見えないのに、良くわかるものよと感心しておられました。」

蒼は頷いた。

「しばらくカリンに光の力は入れないで置いたほうがいいのかもしれないな。」

蒼はそう言って立ち上がった。

「さあ瑤姫、食事にしようか。」

「はい、蒼様。」

瑤姫がそう答えて蒼のあとに付き従おうとすると、蒼はふらふらとして壁に手をついた。瑤姫は慌てて蒼を支える。

「蒼様?!」

心配げにのぞきこむ瑤姫に、蒼は笑いかけた。

「最近よくあるんだ。急に立ち上がったのが良くなかったんだよ、きっと。」

「お疲れなのですわ。少し休まれた方が…。」

蒼は無理に元気な顔をした。

「大丈夫だよ。さあ、それよりせっかくの料理が冷めてしまう。」

二人は居間の方へ歩いて行った。


居間では、もう十六夜がいた。母はまだ食べているので、そこには座っているが、十六夜は食べ終わったらしく箸を置いている。

「蒼、遅せぇぞ。オレはもう終わっちまった。」

十六夜の食べるのは本当に早い。瑤姫が食事をするようになって、彼女も早いのかと思いきや、おっとりとゆっくり食べているので、単に十六夜がせっかちなだけのようだ。

「十六夜が早いんだよ。もっとゆっくり楽しめばいいのに。」

蒼は自分も瑤姫と並んで食卓についた。

「別にオレはどっちでもいいんだし、いいじゃないか。お前らは二人でゆっくり食べな。」

維月が食べ終わって、食器を片付けて持って行こうとしている。十六夜は慌てて維月の後をついて行く。

「オレが運ぶから、お前は座ってろ。」

維月はなんだか具合が悪そうだ。蒼は食べながら問うた。

「母さん、どうしたの?どっか悪い?」

維月は無理に微笑した。

「ちょっと最近吐き気がするのよ。私ももう食事はしなくていいのかもしれないわね。でも、あまりしんどそうにすると、十六夜の心配の仕方が半端ないので。」

蒼には想像できた。何しろ十六夜は母さん命な感じで、それは結婚して四年経っても一向に変わらなかった。

「維心様に診てもらった?」

維月は首を振った。

「あまりお手間をお掛けしたくないし。」

「維心に診てもらったほうがいい」十六夜が戻って来ていて、言った。「何かあったらどうするんだ。連れていってやる。来い、維月。」

十六夜は維月の手を取った。

「ちょっと待ってよ、このカッコで今?」

「なんでも早い方がいいんだ。行くぞ!」

十六夜は今度は維月の腰を抱いて、そのまま戸口から飛び上がった。蒼は慌てて上を見上げる。

「ちょっと十六夜!乱暴にしちゃダメだよ!ゆっくり行かなきゃ!」

上空から十六夜が言った。

「わかってらぁ。留守を頼んだぞ!」

見る間に姿が見えなくなった。

「…お兄様、今日は神の会合に出ていらっしゃるはずなのですが。戻っているかしら…。」

瑤姫が呟く。

「ええ?!」

蒼は呆然と見送っていた。


「主はほんにもう」維心は呆れたように十六夜を出迎えた。「なんぞ用がある時は先触れを送れと申しているであろうが。我もいつなり時間が空いておる訳ではないぞ。」

維心は正装をしていた。どうもどこかへ出掛けて帰って来たばかりのようだ。

「すまんな。急に思い立ったもんでよ。」と維月を前に出した。「体調が良くないようだから、診て欲しい。」

維心は中へ促した。

「奥へ来い。」そしてため息をついた。「主の気配が近付いて来るゆえに、こちらも慌てて飛んだのでほんに疲れたわ。」

維月がふらふらとして座り込んだ。十六夜は維月を抱き上げた。

「大丈夫か?急ぎ過ぎたかもしれねぇな。」

「…大丈夫、ちょっと貧血気味なだけだから。」

維心は居間へ入って刀を召使いに渡し、維月に近付いて額に触った。十六夜は心配そうに見ている。

「また、ズレているのか?」

維心は眉を寄せて居たが、急にびっくりしたように十六夜を見た。

「…主…月であるよな。」

十六夜は訝しげに維心を見た。

「他の何なんだよ。」

維心は維月から手を離した。

「ズレてはおらぬ。我はこれで大丈夫とこの前申したであろうが。」

「だったらなんなんだ。まさか人の体が変になったとかって訳じゃあないだろうな。」

維心はフフンと笑った。

「変になった?そうよの、変調をきたしておるの。」

十六夜はイライラと言った。

「だから、その原因はなんなんだ。治るのか?」

維心は奥のソファのような椅子に腰掛けた。

「おお治るであろうよ。しかし、時期は我にも分からぬわ。」

「時期だって?」十六夜は維月を見た。「いったい維月はどうなってるんだ?」

維心は、頬杖をついて言った。

「それは主の責よ。せいぜい世話をするのだな。」と、ため息をついた。「主の子が、腹におるのだ。」

十六夜は絶句した。反対に維月は、合点がいったという顔をした。

「ああなんかこの感じ覚えがあると思ったら、つわりなのね。」

維心は頷いた。

「月に子が出来るなど聞いたこともない。ゆえに我には、いつ生まれ出るかも、それがどういう形でいるのかも、全く分からぬのだ。しかし、間違いなく月の波動を持った命がもう一つある。感覚は…そうよの、その子が意識を持っておるのかもわからぬな。つまりは純粋な命だけだと言う可能性もあるのだ。」

維月は首を傾げた。

「純粋な命だけって?」

「つまり、個の意識がないのよ。目覚めることの無い、ただの命ということだ。器があって、初めてそれは意識を持つゆえな。元々十六夜もそう言ったものの一つであったのかも知れぬ。ある日、月を器に目覚め、それゆえに個の意識を持った可能性もあるな。」

十六夜はただ黙っている。維月は十六夜に呼びかけた。

「十六夜?大丈夫?」

十六夜はハッとして維月を見た。

「ああ…驚いただけだ。オレにはそんなこと、有り得ないと思っていたからな。」

維心はニッと笑った。

「今更責任逃れは出来ぬぞ。その波動は主達と同じものだ。他のものなど混じってはおらん。間違いなく主の子よ。」

「そんなこと疑っちゃいねぇ。ただ、びっくりしただけだ。」十六夜はなんだかフラフラとしている。「邪魔したな。戻るよ。」

維心は心配げに言った。

「おい、本当に大丈夫なのか?送らせるぞ。」

「大丈夫だ。じゃあな。急に来てすまなかった。」

十六夜は維月を抱いて飛び上がった。

「…ほんに大丈夫なのか、十六夜。」

維心は気遣わしげに見送っていた。


蒼は瑤姫と共に、自分たちが結婚した後に住むことになる家を見ていた。母たちの家の裏手、神社の横辺りに、昔の作りで幾つかの平屋の対を繋げて屋敷の形に建てているのだが、完成の近付いているのだ。

大きめに作ったのは、どうしてもついて行くと聞かないらしい龍の侍女達何人かの部屋も用意しなければならず、それ用の対も作ったからであった。

蒼は、十六夜の気配が近付くのを感じて空を見上げた。母を抱いて帰って来る。

蒼が慌てて建設途中の家を出て、母たちの家の方へ歩いて行くと、十六夜は地に降り立った。

「十六夜!早かったね、維心様には会えた?」

維月が言った。

「会えたわよ。ちょうど帰ってらしたところだったの。」

「で?体調不良は何が原因だったんだよ?」

蒼は十六夜に言った。十六夜はしばらく黙っていたが、意を決したかのように言った。

「…子供が、出来たからだ。」

蒼は絶句した。子供?そして頷く十六夜を見て、その言葉がじわじわと頭に浸透して来るのがわかった。

「ええ?!月の子供?!」と叫んでから、考えた。「…って、いったいどんな感じなんだろう?」

維月は蒼の表情を見て苦笑した。

「そうね、維心様にもわからないと言ってらしたわ。だから生まれても、普通の子供って感じでなく、ただの命だけって可能性があると言ってたの。十六夜が月を器にしたように、何かを器にしないと、個の意識がないのだと言っていたわね。」

蒼は考え込んだ。

「それって生まれたら子育てどうするの?」

維月は苦笑した。

「その時考えたらいいわ。大丈夫よ、あなたが育てるんじゃないから。」

維月は十六夜から離れて家の方へ歩いて行く。十六夜が慌てて言った。

「維月!大丈夫なのか?」

維月は振り返った。

「つわりなんだったら病気じゃないし平気よ。だてに五人生んでないもの私。晩ご飯作らなきゃ。」

瑤姫が走って維月を追い掛けた。

「お母様、私がご用意致しますわ。」

声が遠ざかって行く。蒼はその後ろ姿を見ながら、なんだか複雑だった。オレの兄弟か…。人じゃないけど。



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