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挙式

その日は、とても寒い日だった。

どうしても蒼の嫁が見たいと言う裕馬も連れて、一同は龍の宮へ赴いた。維心のはからいで、普段神が見えないもの達も、皆見えるようにしてもらい、その宮の中へ入った。

それぞれが部屋へ案内され、昔の中国の国々でつけられていたような衣装を着せられ、まずは維心の居間へと集められた。

十六夜は相変わらずの金茶の目だが、今日は蒼が人型にした時になった、あの青銀の髪だった。甲冑のようなものも着せられ、腰に刀も差していた。髪も結われて頭に冠のようなものもつけられている。維心の正装とほぼ同じだった。

でも、それこそが十六夜の本来の姿のような気がした。やはり十六夜は、神の仲間なのだ。

蒼は自分も同じような格好で気恥ずかしかったが、十六夜に歩み寄った。

「似合うじゃないか、十六夜。」

十六夜は振り返った。

「ふん、重たくて仕方ない。」十六夜は不機嫌に言ってキョロキョロとしている。「維月はまだか?」

蒼は苦笑した。ほんとに母さんばっかりなんだなあ、十六夜は。

裕馬が蒼に追い付いて来て、小声で言った。

「蒼、オレには絶対これ、似合ってないと思う。なんか帰りたくなって来た。」

見てみると、いやどうして似合っている。蒼はニッと笑った。

「よく似合ってるじゃないか。美人の龍にモテるかもしれないぜ。」

裕馬は眉をひそめて、そうかあ?とか言っている。ふと見ると、入り口付近の布が揺れた。

母や有、涼、遙が、そこに立っていた。

皆髪を高く結い上げられ、かんざしをいくつも刺されていた。耳飾りに、頸連、額飾りも金で作られていて、裾の長い着物を何枚も重ね、腰より高い位置で前に帯のような紐が結ばれている。その上にまた美しい色の上着が重ねられていた。家族である蒼であっても、この四人には目を奪われた。

十六夜がゆっくり維月に歩み寄った。

「維月…。」

まさかここでラブシーンとかないよねと蒼はハラハラしたが、十六夜は手を取って見つめただけだった。

「これとても重いのよ、十六夜」母が声をひそめて言う。「着物はそうでもないけど、頭のかんざしをめちゃくちゃ刺すんだもの。」

十六夜は笑った。

「しかしよく似合っているぞ。このままもう家に連れて帰りたいぐらいだ。」

「まあ」維月は扇で口を押さえた。「ダメよ。でも十六夜も、とても似合っているわ。これからそれで過ごす?」

十六夜は慌てて首を振った。

「こっちこそ重いんだぞ。勘弁してくれ。」

そう言いながらも、母さんが絶対って言ったらあれを着るんだろうなあと、蒼は思って見ていた。

維心が現れ、皆に言った。

「さあ広間の準備は整ったようだ。参るか?」そして皆を見、「なんと維月、美しいの。これを十六夜に渡すことになろうとはな。我の宮で。」

十六夜はフンと鼻を鳴らした。

「維心、龍は相当に美しいと聞くぞ。お前ならより取りみどりだろうが。」

維心は同じようにフフンと言った。

「美しいだけではダメであるのよ。主もそれはわかっておろうが。」そして、蒼を見た。「蒼よ。我の申し出お受けいただき、礼を申すぞ。瑤姫!」

横の布が開き、侍女に手を取られた瑤姫が現れた。

「はい、お兄様。」

瑤姫は、今日は化粧をし、着物も晴れの場にふさわしいものであった。まさにまぶしいほどの美しさとはこれだろう。裕馬が絶句して見ている。

維心は瑤姫の手を取り蒼を呼んだ。

「主が広間まで連れて行くのだ。瑤姫がやっと嫁ぐというので、侍女達は大喜びよ。これは難しい奴であるからな。」

「まあお兄様!そのようなことを…。」

瑤姫は真っ赤になっている。蒼は維心から瑤姫の手を引き取り、広間へと維心について歩いた。

歩きながら、維心は小声で蒼に言った。

「こやつはここまでの縁談、全て反古にしよっての。最後のものなど、奥にこもって出て来ず誰も引き出せなかったゆえ、我が戸をこじ開けねばならんかった。それからは誰もこやつに縁談を持ち込まなくなったわ。此度はあまりにあっさり承諾しよったので、我はまさかと思うたものよ。」

横で瑤姫が真っ赤になっている。維心は構わず続けた。

「強情なのは生まれる前から知っておったがなあ。蒼よ、そなたには申しておこうぞ。瑤姫は生まれてまだ三百年しか経っておらん。」

蒼は驚いた。だって維心様の父上は千五百年前ぐらいに、維心様が殺したって…。

蒼の顔色を見て、維心は笑った。

「そうよ。龍の身ごもりは長いがな、何百年もではない。こやつの母は龍であったが、こやつは(らん)で生まれ、我が父を殺したことに怒り、出てこなんだのよ。我が卵に向かって話、ようやく出て来たのが最近のことであったのでな。」

三百年が最近か…。蒼は身を引き締めた。早く慣れないと、ついて行けなくなる。

瑤姫は横で身を震わせた。蒼が何も言わないので、あきれられたと思ったのか、泣きそうな顔になって下を向いている。

蒼は、取っているその手を握りしめた。瑤姫は少しびっくりしたように顔を上げて蒼を見た。

その目を見て、蒼は笑い掛けた。瑤姫はそれを見て、花のように笑った。

維心はその様子を満足そうに眺め、たどり着いた戸の前に立ち、顔を上げて背を正した。

「戸を、開けよ!」

その場に居た全ての龍が頭を下げ、戸は開けられた。



式は滞りなく済み、蒼も言われるまま瑤姫と並んで皆の前で式を済ませた。

親族として有、涼、遙、恒は前の方に立って居たので、その間裕馬は他の神達や龍達と混ざって後ろに一人きりで、蒼はとても心配した。

しかし、式が終わって裕馬を探して見ると、裕馬は他の龍達と楽しそうに話していたので、少しホッとした。裕馬の社交性は、人限定ではないらしい。

皆がくつろいで歓談しながら、思い思いに食事をしたり、酒を飲んだりと、広間もあちこちでは明るい雰囲気が立ちこめていた。床には無数の敷物が敷かれ、皆がそこへ座って思い思いに過ごしていると言った風だ。

維心とその親族は、奥の上座で例の大きなソファのようなものに並んで座り、その様子を見ていた。

ふと、その雰囲気に似つかわしくない一団が、維心の前に膝まづき、頭を下げた。

「龍の神よ、お願いの儀がございまして参りました。」

維心はめんどくさそうに手を振った。

「なんだ、このような時に。後にせよ。」

「我々は、東の山向こうの神に仕えるもの」その一団のリーダーらしき者が言った。「月の君にお願いがございます。」

維心は十六夜を見た。十六夜はチラッとそちらを見たが、すぐ横を向いた。

仕方なく維心は言った。

「申してみよ。」

そのリーダーはホッとしたように話し始めた。

「実は我が神に、そちらの維月様をと我々臣下は望み、月の里へ参り、お話を致しました。その際先走った者が維月様を連れ去ろうと無礼を働き、月の君のお怒りをかい、あの里へ封じられてしまいました。」

蒼は思った。そういや十六夜が激怒して封じてやったと言ってたっけ…。

維心は眉を寄せた。

「もっともなことであろうが。消されずに済んだだけでもありがたく思わねばならぬ。」

相手は深くうなだれた。

「しかしながら龍の神よ、そのうちのお一人は我が神の弟君でありまする。誠に勝手はこととは重々承知ながら、どうか弟君の封印だけでも解いて頂くことは出来ぬものかと、お願いに参った次第でございます。」

蒼はなんだか気の毒になった。きっとこの人達も、自分の神のためと一生懸命だったのだ。その弟も、きっとそうだったのだろう。蒼は傍らで龍達に囲まれてひたすら嬉しそうにたくさん食べていている恒を見て、その気持ちを思った。

十六夜はそちらを見ようともしない。本当に維心様以外の神とは話す気もなさそうだ。瑤姫も横で心配そうにその者たちを見つめていた。蒼は十六夜に言った。

「なあ十六夜。腹が立つものわかるけど、もう母さんは正式に十六夜の奥さんなんだし、誰も手を出して来ないと思うよ。だいたい神様達のこと何にも知らなくて、自分が月で、どんな立場か自覚してなかったのは十六夜じゃないか。また祟神なんかになったらどうするの?」

十六夜はフンッと横を向いた。

「やったことに対して、それ相応の代償は受けてもらわなきゃならねぇ。でなきゃ安心して維月が暮らせねぇだろうが。」

蒼は食い下がった。

「そうだろうけど。でもそのために今日、維心様にお手数掛けたんじゃないの?ここで式を挙げさせてもらって。」

維心は笑った。

「ああ、それは良い。我も毎日退屈しておったからの。たまにはこんなこともないと、我が臣下もうるさくて仕方がないのよ。」

維月は十六夜をつついた。

「十六夜、今日はおめでたい日なのよ?」

十六夜はため息をついた。

「わかったよ。」

十六夜は片手を上げた。光が走り、目の前に二人、ドサッと音を立てて落ちた。気を失っているようだ。嘆願に来た臣下達は慌てて駆け寄って二人を抱き起こしている。

「ありがとうございます!」

十六夜は横目で臣下達を睨んだ。

「今度だけだ。二度はねぇ。次は始めから消してやるから、来るならそう覚悟して来るんだな。」

頭を下げる臣下達にプイッと横を向いて答えず、十六夜はそのまま押し黙った。

維心はその者達に下がれと促し、彼らは気を失っている二人を連れて出て行った。

蒼も立ち上がった。なんだか座ってるのに飽きた。裕馬も気になるし、見に行こう。

「蒼様?」

瑤姫が不思議そうに見上げる。そうだ、一度裕馬を紹介してみるかな。こんなことは、お互いに知り合わないといけないし、オレははっきり言って、そんな上品な生まれでもないんだから。それで瑤姫様が断って来るんなら、それはそれだ。

「瑤姫様、オレの親友をご紹介しますよ。参りましょう。」

瑤姫は戸惑っていたが、蒼の手を取って立ち上がった。

「我のことは、瑤姫とお呼びくださいませ。」と立ち上がり歩き出しながら、「我は、私、と申した方がよろしいですか?人はそのように申すことが多いと聞きました。」

蒼はびっくりした。瑤姫も「人」を学んでいるのか。

「どちらでもよろしいのですよ。聞き慣れているのは私、の方ですがね。」

瑤姫は大真面目に頷いた。

「では、私、と申します。あ、でも、時に間違えましたらお許しくださいませ。」

必死な表情に蒼は思わず微笑した。人も神もあまり変わらないのではないのか、と少し瑤姫が近く思えた。


宴はたけなわであった。



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