とにかく一つ一つ
家に戻った蒼は、宿題を片付けてから物思いにふけった。
戻って晩ご飯を食べる姿は魂が抜けたかのようで、有がかなり心配して十六夜に相談したらしい。
ほんの一年ちょっと前まではこんな事もなく、悩みと言えば試験ぐらいだったのに。人はわからないものだと、蒼はつくづく思った。
でも、母さんがただ一人で何もかも決めて歩き抜けて来た事なのだから、確かに自分は神が見える分ゴタゴタも増えているけど、男なんだし、兄弟姉妹も居るのだ。悩んでないで一つ一つ片付けて行こう、と蒼は思った。
《明日、そっちへ行く。》
十六夜の声が急に言った。
「何しに来るんだ?オレは大丈夫だよ、十六夜。」
蒼はベッドに横になったまま言った。
《維月も行くと言うんだ。夜になると思うがな。9時には戻っとけよ。》
「わかったよ。」
蒼が答えると十六夜の念は消えた。
明日はきっと疲れるなと、蒼は思って眠りについた。
次の日、いつも通り授業を終えた蒼は、裕馬を乗せてまず一度自分の家まで帰り、そこで裕馬を降ろして、その後、沙依の待つ駅前の公園へと引き返した。数日前は、ここで楽しく話していたのに。
蒼は心が重くなるのを感じた。
何も知らない沙依が、こちらに向けて手を振っている。蒼はそこまでたどり着くと、近くのベンチに腰掛けた。
「どうしたの?裕馬達のこと、何かわかったの?」
沙依に言われて、そうだったと蒼は思い出した。まあでも、それも今日きっちり聞いておこう。皆が集まるチャンスだし。
「裕馬達のことはまた、本人に聞くことにしたよ。」蒼は言った。「あれこれ探っててもラチあかないと思ったからさ。」
沙依は頷いた。
「そうなの。でも蒼くん、なんだか雰囲気変わったね。顔つきが違うみたい…お母さんのところに行って、何かあったの?」
蒼は頷いてじっと沙依の目を見た。
「実は、いろいろ神様達とも会ってね。沙依の所の白蛇様とも、この間行った時に話してだろ?あんな感じで、皆からひとあたり聞いて来たんだ。」
沙依は不安げに目を見開いた。
「白蛇様、やっぱり何か言ったのね。」
「いや、それだけじゃないんだ。」蒼は言った。「オレが、月の当主と呼ばれているのは知ってる?」
沙依は頷いた。
「ええ、白蛇様がいつもそう言うから。」
蒼は続けた。
「覚醒するまで全然知らなかったんだけど、オレって生まれた時から、他の神様達が守ってる巫女達の婿候補だったんだって。この間十六夜に聞いて、ほんとにびっくりしたんだけど。」
沙依は、ああやっぱり、という顔をした。蒼は構わず先へ進んだ。
「龍神様も知っていて、これは神達の間じゃ有名みたい。オレ、簡単に女子と歩き回る訳にいかなくなってしまったんだ。」
「それって…これからは出掛けたり出来ないってこと?」
沙依は顔をしかめた。蒼はちょっとムッとした。出掛けたり出来ないって?そんなレベルではないのに。しかもそれで機嫌が悪くなるんなら、やっぱり無理だったんだろうか。
「そうだな、全く出来ないと思う。どう思う?」
蒼は沙依がどう考えるか聞いてみた。試すようで嫌だったが、自分と同じ思考を持てないと、これから先絶対に神達の間で立ち回っていけない。当主として、心を鬼にしなければ…。
「…私やっと、普通の女の子みたいに、お買い物したり、デートしたり、出来るようになったの…。」沙依は涙ぐんだ。「だから、全く一緒に出掛けたり出来ないのは、嫌だな。月に一度とかでもいいから、ちょっと隠れて出るとか、出来ないかなって思う…。」
蒼は、頷いた。やっぱりダメなのか。オレにはやらなきゃならないことがあるのに…。
「…沙依、神様達には、隠れてなんて通用しないんだよ。それに、個人の感情とか、そんなものはあまり通用しない世界なんだ。神様達の間で、なんだか攻防みたいなのがあって、この家の子とこの家の子が結婚する、みたいな感じで。他は排除されてしまったりする。オレ達の意思など関係なくね。」
沙依は涙ぐんだままだった。
「え、私達も?」
「オレ達はオレ達の意思で付き合い始めたけど、これから回り次第で別れるとか、結婚するとか、そんなことになって行くことになる。オレはなんでも自分の意思で決めたいと思っているし、流されたくない。でも、誰か特定の人と付き合っていると、オレに結婚の意思ありとみなされてしまうんだ。」
「どういうこと?」沙依は驚いている。「蒼くんは私と結婚するつもりはないってこと?」
蒼はため息をついた。
「そんな話はまだ先のことだ、そうだろう?そんな事まで最初に決めて付き合いだした訳じゃない。だからオレはそんなことはまだ約束出来ないよ。口先だけって言うんなら、いくらでも言えるけどね。ましてオレは、当主だと言われて今あっちこっちから大変なことになってるんだ。それをうまく抑えるためにも、今は独り身で居たほうがいいと思ってる。」
沙依はぼろぼろと泣き出した。
「そんなの、蒼くんの都合じゃない!私は関係ない。」
「そうだな。オレの都合に巻き込みたくないから、別れたいんだよ。同じ価値観を持てないと、これから間違いなく不幸になる。お互いがね。一緒に出掛けるとか、そんな小さな枠じゃないんだよ。すごく大きな枠で見られていて、自分もその枠でものを見なきゃならないんだ。」
蒼は言った。
「どうして一緒にこれを乗り越えようとか、そんな風に考えてくれないの?」
沙依が責めた。
「一緒に乗り越えられるかどうか、質問したんだ」蒼は言った。「どう思う?て。ごめん。きっと無理だ。オレ達、意識が違いすぎてるんだよ。」
沙依は思いっきり蒼の頬を打った。予測はしていたので、蒼もよけようと思えばよけられたが、あえて受けた。
蒼は立ち上がった。
「…送るよ。」
「結構よ!」沙依は叫んだ。「どうせ、私はその程度だったんだから!」
駆け出して行く沙依を、蒼は黙って見送った。
返す言葉がなかった。
家に帰ると、先に裕馬が夕飯を食べていた。
「おう、おかえり!先に食べてる…」
裕馬は言いかけて言葉に詰まった。蒼が疲れきっていたからだ。
「…ちょっと蒼、早くご飯食べなさい。なんか死にそうな顔してるわよ。」
有が流し台の前で振り返って言う。
「なんだか疲れてさ。母さん達はまだ?」
有が首を振った。
「まだよ。9時ぐらいって言ってたしね。まだ7時じゃない。」
蒼は頷いて、二階へ上がった。先にちょっと涼と話してこよう。
「ちょっと蒼!先にご飯食べなさいって!」
有の声が追いかけて来るが、蒼はとにかく部屋へ戻った。
「蒼、左の頬っぺた真っ赤だったね。」
恒がボソリと呟いた。
蒼は、涼の部屋をノックした。
「涼、入るぞ。」
中へ入ると、涼は机に向かっていた。蒼に気付くと、眼鏡を外して振り返った。
「ああ、ご飯って言ってたわね?ごめん、すぐ行くわ。」
蒼は首を振った。
「いや、ちょっと聞きたい事があって。裕馬のことなんだけど。」
涼はえ?という顔をしたが、側の椅子を示した。
「座って。なんか顔色良くないよ。」
蒼は座って話し出した。
「この間さ、二人で駅に歩いて行くの見掛けてさ。それから気になって仕方なかったんだよ。十六夜もたまに見掛けるって言うし、なんでオレには話してくれないんだろうって。まさか涼、遊びのつもりで裕馬と…とかさ。」
涼はびっくりしたように一瞬黙ったが、すぐ笑いだした。
「やあね、蒼。あなた二人の所しか見なかったんでしょう?」涼は大笑いしている。「やめてよね、第一遊ぶにしても、あんな身内みたいな子選ばないわよ。私、かなりの面食いなの、悪いけど。」
あんまりにも母に似た反応に、蒼は焦った。コイツほんとにそっくりなんだよな。
「じゃあなんなのさ。」
「何よふて腐れないの!あれはね、友達を紹介してあげるって、この間里に行った時約束したからなのよ。ほら、沙依さんと蒼が少しでも話せるように、私、あの子連れ出したりしたでしょう?あの時よ。あんまりうるさいから、何回か友達変えて、三人でご飯とかお茶したりしたの。でも、裕馬ったらあの通りだから、私の友達すぐ帰っちゃうの。かわいそうだから私は最後まで一緒に居るし、帰りはいつも二人だったわ。さすがにこの間はもう諦めたら?って言ったけど。」
蒼はなんだか拍子抜けした。でも、嘘ではないようだ。
「だったらなんで、言わなかったんだよ!」
「あら、裕馬の名誉のためよ。」涼はサラッと言った。「あなたに一番知られたくなかったんじゃない?こんなこと。」
蒼は横を向いた。
「別にいいんじゃないか。オレ、沙依と別れて来たし。」
涼は目を見開いた。「え?!」
蒼は立ち上がった。
「別れたんだよ。オレは当主だ。そう簡単に、付き合う訳に行かないってやっと自覚したのさ。」
蒼は部屋を出て行った。涼は唖然としていた。




