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龍の参戦

蒼は週末を待ちかねて里へと車を走らせた。

正確には今日は金曜の夜だった。沙依には事情を話して週末の約束は断ったが、何やら向こうにも白蛇との話がなんやらと都合があるらしく、ブツブツ言っていた。でも、蒼は今それどころではなかったので、どうしても断らねばならなかった。

あれから十六夜に何回か話を聞いたが、そのことに関してはだんまりで、それに里に実体化している感覚もないので、未だ問題は解決していないのは明白だった。

十六夜が話さない限り、母に話を聞くよりない。

手の掛かる子供を持った親とはこんな心境だろうか。どんどん自分が老けていくような気がする蒼であった。


「母さん」蒼は開口一発言った。「いったい何したんだよ。」

戸口で蒼を迎えた維月は目を丸くした。家の中を見ると、やっぱり十六夜のエネルギー体の気配はない。

「とにかく入りなさい」維月はため息をついて言った。「話してあげるから。」

蒼は母について部屋の中へ入った。何かの気配が残っているような気がするのだが、それが何かわからない。十六夜でないことは確かだが、覚えのある気だった。

「座って」母に言われ、蒼は座った。「月から聞いたの?」

蒼はかぶりを振った。

「十六夜は何も言わないんだ。だからここまで来たんだよ。」

母は心配そうに眉を寄せた。

「あなた他に心配事があるんじゃないの?私達のことまで心配しなくてもいいのよ。私は自分のことは自分で責任持つわよ。」

蒼は母の性格は知っていた。だからそう言うとは思ったが、ほうっておけなかったのだ。

「いいから、話して。何か出来るかもしれないし。」

母は苦笑して話し始めた。



維月は、実は人でありながら月の命をもらったため、一度も月に帰った事はなく、まだその命とこの体の調整がうまく行っていなかった。時々ズレが生じて体に変調を感じ、そのたびに、側に居る月と波長を合わせて自分なりに調整し続けていた。

それでもうまく行かない時は、月に心配を掛けないように、龍神にひそかに念を送り、どうするべきか教えをこうた。ここ数ヵ月はそれでうまく行っていた。

それがあの、蒼が十六夜を夜中呼び出した日の次の朝、急に目覚めた瞬間から体が動かないのを感じた。呼吸も荒くなり、人の体は熱を出していた。言葉もうまく発しられないほど、体は別の場所にあるかのようだった。維月はなんとか念で月に伝えた。

《大丈夫よ、龍神様が治して下さるから。》

「どうしたんだ、維月?龍神に何が出来るんだよ?」

月は心配そうに問うた。

《私の月の命がこの体ときっちり合っていないの。ずっと龍神様に教えてもらって調整していたけど、限界みたい…。》

「なぜ、それをオレに言わなかった?」

『主は病人相手に何を問うておるのだ』振り返ると、人型になった龍神が立っていた。『主に心配掛けまいと、維月は己れで調整しておったのよ。だが、もうそれも限界じゃな。』

龍神は維月の側に膝間付いた。

維心(いしん)様…。》

月は確かに維月の念がその名を呼ぶのを聞いた。それは、月も知らない名であった。

『維月よ、よく頑張ったな。だが主の力ではこれが限界じゃ。我に任せよ。』そして月を振り向き、『おそらく主は良い気はせぬであろう。だが、我と維月の意識をつなぐのが一番早いのじゃ。個の感情は捨てよ。』

月は龍神を鋭い目で見据えた。

「…何をする気だ?」

『主もよくしている事よ。』龍神、維心は維月の顔の横に手をついた。『維月、すぐ楽にしてやる。』

そう言うと維心は、維月に口付けた。維心は光輝き、その光は維月をも包み、しばらくのち、維心は口唇を離した。維月の呼吸が元に戻る。維月は目を開けた。

「ああ」維月は声を出すことが出来た。「体が動くわ。ありがとうございます。」

維心は穏やかに微笑んで頷いた。

『なんと維月よ、主はまこと我慢強いヤツよ。主が人であったとは我は信じられぬ。』そして、月を振り返り、立ち上がった。『維月の命、安定させるために、我はしばらくここへ参る。主の怒りは我にも分かるが、これは命を司る我でなければ出来ぬこと。どうしても我慢ならぬなら、主は天上へ戻っているがよい。我も、この維月という命、失いとおないのでな。』



「…それから、月は上に帰って、戻らなくなったの。多分月にもわかっているのよ、これが必要な事だということも。」維月は続けた。「でも、私が維心様には話して、月には言わなかったことを怒ってるのでないかしら。でもね、きっとまた心配するでしょう?私が死んだ時、あれほど私を呼び続けたのに…ずっと聞こえていたわ。また居なくなるかもなんて、とても話せなかったんだもの…。」

蒼は十六夜の複雑な気持ちがわかった。同じ精神体でありながら、自分には何も出来ないことでも、きっと自分に腹を立てている。そして龍神にも。これは多分嫉妬なのだろうけど、仕方のないことだからどうすることも出来ない。そして母にも。自分に言ってくれなかったことを…。

「…母さん、それはいつ終わると龍神様はおっしゃってるの?」

維月は答えた。

「明日には完全に固まるだろうと今日言っていたわ。確かにだいぶ固定されて、危うさがなくなったの。」

蒼は考えた。

「ほんとにここのところ、十六夜はここに降りてないんだね。」

「あなたわかるでしょう?力使われないんだもの。」

維月は頷いて言う。

「念でも何も話さないの…?」

そう問う蒼に、維月は悲しげに言った。

「なんて言えばいいの?月もどう話していいか分からないと思うわ。今まで、少し離れていた私達と違うのよ。とても近くて、人のように接していたから。一度離れてしまうと、どう声を掛けたらいいのか検討もつかない。」そして蒼の手を握った。「蒼、あなたが当主なのよ。あなたが月と話して力を使えたら、世の中はうまく回る。私の使命は終わったの。月と、もしこのまま私が離れてしまっても、それは仕方がないと思っているわ。それでも世の中はうまく回るんだもの。私個人の感情など関係なくね…。」

母は苦笑して寂しそうに笑った。


蒼は母に勧められて風呂に入り、ここでいつも使っている部屋に布団を敷き、横になった。窓から月が見える。十六夜は今、どんな気持ちで居るんだろう?

なんとかまた二人で、せめて話せないかと、蒼は考え続けた。


次の日、蒼は家の中に別の気を感じ取った。これは昨日も感じた…龍神の気だ。

慌てて居間へ行くと、そこには龍神の気をまとう、精悍な武者が立っていた。前はどう見ても武骨な感じだったのに、そこに居るのはスラリとした若武者に見えた。

『当主よ。久しく会わなかったな。』

「龍神様」蒼は頭を下げた。「この度はまた、母がお世話になっております。そのお姿は…?」

龍神は自分の身を見て言った。

『おお、我は自在に姿を変えられるのでな。本来はこの姿なのだ。人の中でもたまに我が見える者がおるゆえ、あのような姿で居る時もあるのよ。だがあまりむさ苦しいと、維月に嫌がられるのではないかと思おてな。ここへ来る時は、本来の姿のまま来ておる。』

大真面目なようだ。神とは本当に嘘がつけないものらしい。

「今から調整をされるのですか?」

蒼はキョロキョロと回りを見た。母はまだ居ない。龍神は笑った。

『おお、維月まだ休んでおるのだろう。朝は苦手なようだからの。よい、我は待っておるよ。』

蒼は頭を下げて、その部屋を出た。龍神様は良い人なんだけど、いや良い神なんだけど。やっぱりオレは十六夜が好きだなあ…。

ふと、蒼は思い直して龍神の居る部屋へ急いで戻った。

「龍神様、少しお話よろしいですか?」

龍神は少し驚いたような顔をした。

『良いぞ。まだ時間はあるようなのでな。何用か?』

蒼は龍神を戸の方へ促した。

「外で話しませんか?」

龍神は何か察して、蒼の言う通り共に外へ歩き出た。

龍神は、背も高く体格も良く、男の蒼から見ても堂々とした惚れ惚れするような人型であった。刀は差しているが、甲冑は身につけておらず、服装は至ってシンプルで、特にここでは戦闘モードではないらしい。

神社の近くまで歩いた時、龍神は立ち止まって蒼を見た。

『ここなら良いであろう。当主、我に何用か?』

蒼は頷いた。

「十六夜…月の事です。」

龍神はそうであろうな、という風に頷いた。

『あれは何か申しておったか?』

「何も。」蒼はかぶりを振った。「だから私はここへ来たのです。」

龍神は微笑した。

『意外であるかもしれぬが、我には月の気持ちがわかるのよ。しかし、これは我にもどうしようもないこと。維月を失いとうないのは、月ばかりではないゆえな。』

蒼にはよくわからなかった。

「それは…龍神様も母を、ということでしょうか?」

龍神は一瞬びっくりしたような顔をしたが、すぐに笑った。

『ハハハハ、当主よ、確かに我は維月を気に入ってはおるがな、そうではない。我も、月と同じ立場になったことがあるのだ。ゆえにわかると申したのよ。』そして少し意地悪く笑うと、『最も、月がもうここへ降りぬと申すなら、その限りではないがな。維月は思ってもいなかったほど、我の好みであったのでな。我のような神であれば、さらってでも我が物としようとするであろうよ。あれはそれほどまでに、神好みの性質であるのよ。主にはわかるまい。』

蒼には言われた通りわからなかった。確かに母は母なのだから好きだが、彼女とか妻とかなるとかなり大変な人だと思う。蒼は素直に答えた。

「…わかりません。」

龍神は豪快に笑った。

『主は素直だな。嫁取りはさぞ大変であろうが?何でも白蛇が主に談判したとかで、神の間は騒然となっておったぞ。維月も心配しておったわ。』

母さん、知ってたんだ…。蒼は龍神にまで知られているとは、ますます面倒に感じた。

「私はまだそのようなこと考えておりません。母にも自分のことは自分で決めろと言われておりますし、正直、結婚というもの自体、やめておこうかと思っているぐらいです。」

反対されるかと思ったが、龍神は頷いた。

『それは主の決めることぞ。我も我が民のことは気に掛けておらぬ。人のことは人が決めるがよい。限りある命であるゆえにな。』

龍神にそう言われて、なんだか蒼はホッとした。やっぱりこんな神様も居るんだ。龍神はふと、家の方を向いた。

『維月が起きて来たようだ。当主よ、月のことは我に任せよ。今日調整が終わってから、我が直に話すほどに。まずは、維月じゃ。』

龍神は家に足を向けると、歩き去って行った。

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