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それぞれの恋路 2

《…十六夜!十六夜聞こえる?》

遠く月に向かって呼びかけている声が聞こえる。十六夜は目を開けた。

「…まったくアイツは今何時だと思ってやがるんでぇ」

《十六夜〜話があるんだよ!》

十六夜は横になったまま月と道を開いた。

「なんだよ蒼。今何時だと思ってる?」

蒼の声はためらいがちに言った。

《だって十六夜は眠らないんだろ?》

「最近はちっとは寝ねぇと朝だりぃんだ。」

維月が横で眠そうに目を閉じたままもぞもぞ動いた。

「…行ってあげたら?」

「仕方ねぇな」十六夜は起き上がった。「ちょっと待ってろ、蒼。」

そして維月に口付けた。蒼の声がまた呼ぶ。

《すぐ終わるから早く来てくれよ!》

「あ〜もう、うるせぇな」十六夜は立ち上がった。「これで沙依とのことがどうの言いやがったら怒るぞ。」

十六夜は光になって月へ戻った。


《で?なんだよ。》

明らかに機嫌が悪い。確かに夜中一時に呼び出したのはまずかったかも知れないが、自分の寝る準備をして、十六夜が月に戻っている時を考えたら、この時間だったのだ。前に会った時、母が寝たら月に戻ると言っていたからだ。

「ごめん…だって前に夜は母さんが寝たら月に戻るって言ってたから。」

蒼は申し訳なさげに言った。

《今は事情が変わってんだよ。まあいい。で、なんかあったのか?悪い気は別段感じなかったがな。》

蒼は頷いた。

「いや、闇とかそっちのことじゃないんだけど。十六夜、裕馬と涼のこと、知ってる?」

《なんだって?》

十六夜は意味がわからないようだ。蒼は言い方を変えた。

「あのさ、二人が付き合ってるとかそんな様子、見たことある?」

十六夜は考え込むような話し方になった。

《いや、たまに一緒に飯行ってるのは見てるが、特に仲がいいという訳でもないようだったがな。》

「そうなんだ…。」

蒼は考え込む表情になった。

《なんだよ、別にアイツら付き合っててもいいんじゃねぇのか?》

「そうなんだけど」蒼は困ったような表情で言った。「何しろ二人とも何も言ってくれないからさ。」

《照れくせぇのかもしれねぇな》十六夜はあくびをした。《何しろ兄弟みたいに近い訳だしよ。》

蒼は今日の様子を話した。

「今日、沙依を送って帰る途中に見掛けだんだ。だから帰って来てから涼に聞こうと思って、今日どこに行ってたんだよって軽く言ったら、あいつ…」

《自分は沙依とよろしくやってたクセによ。》

蒼は月を睨みつけた。

「違うんだよ、ちょっとからかおうと思っただけなんだって。別にそれがいけないとか言うつもりも無かったし。なのにアイツ、シラッとして、ああ、友達とお茶って。」

蒼は唸った。涼は母さんと一番、外見も性格も似ている。一度こうと言ったらこうなのだ。それ以上は言わないつもりなら、絶対に言わない。仕方ないので、それ以上聞かなかったが、どうして言ってくれないんだろうと、なんだか寂しかった。

《ああ、アイツは維月と一緒だ。自分の意志は、テコでも曲げねぇよ。話してくれる気になるまで、気長に待つんだな。》

「でも、裕馬までオレに話してくれないなんてさ。」

蒼はショックだった。オレは沙依のことは真っ先に話したのに。

《お前な〜考えてみろよ。もし涼が裕馬に話すなと言ってるんだったら、裕馬に話せると思うか?》

蒼は想像してみた。そう言えばそうだ。あの涼にあの裕馬が逆らえる訳がない。

「でもさ〜じゃあ考えてみてくれよ十六夜。あの涼が裕馬と付き合うと思う?」

十六夜はフフンと鼻で笑った。

《そんなこたあ本人でなきゃわからねぇんじゃないか。でも、まあ、確かにな。》そしてしばらく口をつぐみ、《本気でなきゃあ有り得るかもな。》

蒼は目を見開いた。

「ええ!?」

十六夜はカラッと言った。

《人の間じゃよくある話しなんだろ?特に涼は維月と良く似てやがるから、なんかメリットあるなら割り切るのもお手の物なんじゃねぇのか。高校生の時の維月には、昼飯用彼氏、晩飯用彼氏、足用彼氏と何人か居たぞ。アイツは誰にも指一本触れさせなかったがな。ちょうど涼と同じ歳くらいの時だ。》

蒼は考えた。そう言われれば、アイツはモテる。あの顔だけどあの性格で、オレにはとてもじゃないけど彼女にしようなんて気は起こらないが、頭は飛び抜けて良く、学区一位の進学校に入学したし、運動神経もいい。裕馬もいつも涼ちゃんはめっちゃかわいいと言っていたっけ…まあ有のことも美人だと言ってたけど…。

「母さんの過去は置いといて、十六夜、それはあんまりやっちゃいけないことだと思うよ」蒼は言った。「騙してるようなもんじゃないか。」

《…まあ確かにそうだ。》十六夜は同意した。《あの頃は別段考えてもいなかったからなあ。オレは維月が普通だと思ってたからな。》

蒼は心配になった。まさかとは思うけど、有り得る可能性はとても高い気がする。

「どうしよう。オレ、なんか言うべきかな。」

十六夜はなだめるように言った。

《お前が気に病むこたぁねえよ。あまりに目に余るようなら、オレが見ててそう言ってやるさ。だがな、そんなに頻繁に一緒な訳じゃねぇぞ。ここ最近になって2、3回見るぐらいだ。いつも飯だけ食って、駅まで裕馬が送って、帰ってるよ。まあ長くて2時間くらいかな。》

蒼はなんだかすがる気持ちになった。

「頼むよ、十六夜。最近月に戻ってること少ないと思うけど。」

《最近は戻らなくても結構鮮明に月からの映像が見れるんだぞ。維月がよくオレの目を使って見ていた方法を教えてもらってな。自分の目だから、便利なんだよ。》

なんだか誇らしげだ。蒼は頷いた。

「よろしく頼むよ。」

《ああ》十六夜は答えた。《もう帰ってもいいか?》

「うん、ごめん、起こして。」

《目が冴えちまったぜ。》

十六夜の念が消えた。

蒼はなんだか母にまで迷惑を掛けるような気がしながら見送った。


次の日、裕馬に、学校で会ったがやはり何も言わず、一緒に食事をした相手をさりげなく聞いてみたがはぐらかされた。やっぱり涼が口止めしてるんだろうか。昨日十六夜が言っていたことを思い出して、蒼はなんだか重い気持ちになった。

裕馬を家まで送った帰り、蒼は沙依の家に寄った。沙依は進学せず、巫女の仕事に専念しているのだ。あとを継ごうと思うと、覚えることは山ほどあるようだ。沙季は子供の頃から修行していたらしいので、きっと沙依は遅いぐらいなのだろう。

いつもの場所に車を停めると、二匹の犬が歓迎して激しく尻尾を振って待っていた。蒼は二匹を撫でてやり、そのあと本堂の白蛇様に頭を下げて挨拶をした。あちらも人型をとり、こちらに頭を下げた。と、いつもならそのまま中へ消えるのに、今日はこちらへ近付いて来た。蒼も慌ててそちらに足を向けると、沙依が家から出て来た。

「蒼くん、」そして白蛇に気付き、「あら?」

《お前は少し外しておくがよい。わたくしは当主にお話がありまするゆえに。》

沙依は頭を下げて、後ろへ退いた。白蛇は蒼を見て促した。

《こちらへ、当主。》

蒼はためらいながら沙依を見て、白蛇の後に続いて本堂へ向かった。

本堂の中へ入ると、白蛇はまた美しく座って蒼にも座るよう促した。蒼は落ち着かない気持ちで座った。沙依と付き合うなとか言われるのかなとハラハラする。

《当主、わたくしは巫女達をそれは大切に見て参りました。》白蛇は突然話し出した。《沙依はあの容姿ゆえ、人の中にあってつまらぬ男が近付いて来ることもそれは多く、いつもわたくしがそれを逐って参りました。沙依は未熟であるため、そのような見極めが今まで出来なかったからでございます。》

蒼は頷いた。どんな風に逐ったのかは聞かない方がいいなと思った。

《わたくしは、当主とのことを見て参りました。わたくしから見ても当主は申し分ないお力の持ち主、血筋から申しましても、わたくしに依存はございませぬ。》

「はぁ…。」

蒼は何の話かわからなかったが、とにかくおとなしく聞いておくことにした。

《沙依はあのようにまだ未熟でありまするが、この度は月のことも話聞かせ、わたくしも当主のお役に立つよう、心砕いております。どうか沙依のこと、共にお側へ置いていただくこと、お考えいただけませんでしょうか。》

「ええ?!」

蒼は思わず叫んだ。それって…それってもしかして嫁にもらえってことか?!

《何を驚かれますか。当主は沙依のこと、いかがお考えでいらっしゃいますのか?》

蒼はなんと答えていいやら戸惑った。それは沙依は好きだが、そんな先のことまで考える余裕は、まず今ない。それにもし嫁にもらうとしても、本人に何も話してないのに、白蛇に言うことではないのではないだろうか。

蒼はどうしたら白蛇の機嫌を損ねずにいられるか考えた。が、何も浮かばなかった。ここは当主として答えるのがいいのだろうか。

「白蛇様」蒼は背を伸ばして答えた。「私は月を継ぐ当主としてつい最近まで自覚がございませんでしたが、母はあのように月になり、考えるところもございました。沙依さんとの付き合いも、それに関係して始めさせていただきました。」

白蛇は黙って頷いた。

「沙依さんのことは、私の希望として月にも母にも話をさせていただいております。共に居ることには異存はないかと存じますが、次の当主に関わることとなると、私個人では決めることは出来ません。これは月に関わる者全てが集って決めねばならないこと」白蛇は固唾を飲んで聞き入っている。「妹や弟が結婚を決めるようには行かないのです。もうしばらくお時間をいただければと思います。」

白蛇は頭を下げた。

《当主よ、ご無礼を申し上げましたこと、お許しくださいませ。わたくしは、巫女がかわいいあまり、先走りました。何しろ、ご当主に是非に我が巫女をと言う神が、最近は増えておりまするゆえ。沙季の時にはあまりにわたくしがおっとりとしていたために、あのような平凡な「人」をここに迎え入れねばならなかった。同じ轍を踏まぬと、はしたなくも取り乱しておりました。あの輩はこの宮にあのような闇を持ち帰り、この宮を闇に沈めたなんとも愚鈍な「人」であって、わたくしも神の間で肩身が狭もうござまして…。》

白蛇は愚痴っていたが、要は他の神も婿にと狙っているらしい蒼を婿に取って、なんとか鼻を明かしたいと思っているのだろう。神もまるで人のようだと蒼は思った。それにしても自分はものかよ、という気分になって、面白くなかった。確かに育ちの良さそうなおっとりとした物言いの蛇なので、前回はボーッとしていたというのは本当なのだろう。

蒼は座り直した。

「白蛇様の意向は私の方から月や母にもお伝え致しましょう。しかし、私は人の世も生きねばならぬことを念頭にお置きください。私はまだ学んでいる身、仮に皆の賛成があったとしても、人の世でそれ相応に生きられる術を持たない限りは、このお話、お受けすることは出来ません。それはご了承頂けますか?」

白蛇は頷いた。

《もっともなことでございます。それでは当主、どうぞよろしくお願いいたします。お時間を頂きまして、ありがとうございました。》

白蛇が畳に頭が付くくらい頭を下げて、そのまま頭を上げないので、仕方なく蒼は挨拶をして、そこを出た。出るときにもう一度振り返ると、まだ白蛇は頭を下げていた。


慣れない話し方をしたので、いつになく頭を使った蒼は、すっかり疲れて本堂から出て来た。最近めっきり神様達と話すことが増えたので、いつの間にか話し方や考え方がわかってて本当によかった・・・。

沙依が慌てて駆け寄って来た。

「蒼くん!ごめんなさい、なんだか時間取らせちゃったみたいで…何の話だったの?」

蒼は沙依を見た。内容は話さない方が絶対いいだろうな。

「気にしないでくれ。挨拶みたいなものだったよ。それより今日は、裕馬達のこと話しに来たんだけど…」蒼は思った。もうなんか、その気が失せてしまった。「今度にするよ。今度時間が開いたら、土日にでもうちに来てくれる?」

沙依は納得行かないようだったが、頷いた。

「わかった。」

蒼は車に乗り込んで、家路についた。それにしても、オレって人外の中では、どういう風に言われてるんだろう?今度十六夜に聞いてみよう。


《そりゃお前、月の継承者やら当主やら呼ばれてるさ》十六夜は答えた。《若月も歴代最強の当主って聞かされてたらしいぞ。》

「なんだよそれ」

蒼はうんざりした。十六夜は続けた。

《今はな、どこも婿不足なんだとよ。巫女は多いし血統は残したいが、婿に相応しい男がいないらしい。ここの家系も代々女ばっかりだったが、オレは別に誰でもいいし、みんな好きに決めてくれりゃいいと思っていたからな。別に神社どーのこーのオレには関係ねぇしよ。蒼、お前が生まれた時にゃ、神の間じゃお祭り騒ぎだったんだぜ。》

蒼はびっくりした。

「そんな前から?!覚醒するかもわからないのに…。」

《どっちでもいいのさ》十六夜は吐き捨てるように言った。《要は対面なんだろうよ。オレには神達のことも人の世のことも、よくわからんがな。恒だってそのうち婿取り合戦に巻き込まれるぞ。》

蒼はなんだかめんどくさくなった。自分を理解してくれる子を選ぼうとしたら、神達のこんな諍いに巻き込まれ、理解してくれない子を選んだら、隠し通すために自分が疲れてしまう…。

「もうさあ、母さんが月になったんだし、オレ結婚しなくてもいいんじゃないの?なんだかめんどくさくなったよ。」

十六夜は笑った。

《お前の好きにすればいいさ。したくなったらすればいいし、そうでないなら、しなけりゃいい。誰もお前の決めることにゴチャゴチャ言わねえよ。それにまだまだ先の話じゃねぇか。今は闇も始末したんだから、ゆっくり遊んで考えな。なんかあった時に行動すればいいんだよ。》

蒼は頷いた。でもなあ、付き合う付き合わないに関しては、遊ぶとかって気持ちにはなれないんだよ…。よく考えなきゃなあ…。

「ありがとう、十六夜。母さん待ってるんだろ?長いこと引き留めてごめん。」

十六夜は黙った。蒼はなんか嫌な予感がした。

「…まさかと思うけど、また母さんが怒ってるの?」

十六夜は不機嫌そうに答えた。

《アイツは怒ってねぇ。》

「え」蒼はびっくりして聞いた。「まさか十六夜の方が怒ってるの?!」

十六夜は黙っている。十六夜が怒ってて母さんが怒ってないなんて、母さんいったい何をしたんだろう。

しばらく後に、やっと十六夜は言った。

《…まあな、アイツは自分は悪くないって言ってるんだけどよ》なんだか納得の行かない感じだ。《オレはどうしても我慢ならねぇ…。》

蒼はなんだか寒気がした。


ダメだ、もう涼や裕馬や沙依は後にして、明後日の週末は里へ行こう。

蒼はなんだか、自分の方が親になった気分だった。



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