里にて 3
結局、その後二人は普通に戻って来て和やかにバーベキューを楽しみ、今、蒼は男性達皆で風呂に入っていた。
ここのお風呂はとても広く、檜で出来ていて気持ちいい。
「えー?!まだ結婚してないの?!」
蒼は風呂に浸かりながら叫んだ。
「なんでそんなに驚くんだよ。あれから維月も何も言わねぇし、別に急ぐこともねぇよ、時間はあるんだから。それにな、お前らの結婚の定義ってなんなんだよ。一緒に毎日暮らしてりゃあ結婚してるんじゃねぇのか。オレ達は紙切れ役所に出す必要もないしよ。」
十六夜は横で湯に浸かって言う。
「それにしたって三ヶ月も二人で居るのにさあ…。」
蒼は言葉を無くした。
「毎日二人で何してるの?」
裕馬が聞く。
「飯食って、お前らの様子見て、村人の話聞いて、またお前らの様子見て、飯食って、風呂入って、向こうの家に居た時と同じように夜、月を見ながらその日の事を話して、アイツは寝る。オレはアイツが寝たら上へ帰る。また明け方戻って来て、起きるの待ってる。」
十六夜はすらすらと答えた。おそらくほんとに毎日そんな感じなのだろう。
「…なんていうかその…やり方知らないとかじゃないよね?」
裕馬は控えめにゴニョゴニョ言った。十六夜はキッと裕馬を睨んだ。
「何の話だ。」
蒼と裕馬は顔を見合わせる。なんて言ったらいいんだろう。恒がさらっと体を洗いながら言う。
「つまり二人が言いたいのはさ、人って心をつなぐと体もつなぐってことなんじゃないの?」
蒼と裕馬はびっくりして赤面した。お子様はこれだから…。
しかし、十六夜はカラッと言った。
「なんだそれか。知ってるよ、千年も上から人のやってること見て来たのに、知らねぇはずねぇだろうが。」
「ええ?!見てたの?!」
十六夜は眉を寄せた。
「見たくなくても見えらぁな。別に好んで見てた訳じゃねぇ。なんだよ人外なんて見えてないだけで回りにうようよ居るってのに、人ってのはおかしなもんだな。」
裕馬が、いいなぁ…と呟くのをほっておいて、蒼は言った。
「その体じゃ無理とか?」
十六夜は目を丸くした。
「いや、出来るだろうな。だがな、オレは月なんだよ。人と違ってその必要を感じねぇんだよ。」
そういえば十六夜は、性別はないと言ってたっけ。
「じゃあ母さんと結婚とか無理じゃん!性別ないんだったし!」
蒼は叫んだ。だって母さんは女なんだし。月にはなったけど。
十六夜は難しい顔をした。
「それがオレ達は陰と陽だろう?維月が女、若月も女だった。だからオレは男なんだろうなと、最近思っている。」
裕馬は茫然として言った。
「それもわからなかったんだ。」
十六夜は頷いた。
「誰も教えてくれねぇしな。だいたい今まで、別にどっちでもよかったんでな。」
恒が石鹸を洗い流して風呂に入って来た。
「でもさ、母さん人だったんだから、十六夜は良くても母さんはどうなんだろ。」
ーしばらく皆、沈黙した。蒼は思った。なんでこいつはこう何でもストレートなんだよ。
「…誰かあの母さんに、そういうこと無しでもいい?って聞けるヤツいるか?」
蒼の言葉に、恒が手を上げた。
「オレ、聞けるよ~」
「お前は黙っとけ!」と裕馬。
「なあ十六夜」蒼は十六夜に迫った。「じゃあさ、母さんが別の人とそういうことだけをしに行くのは、別に何とも思わない?」
十六夜は目を見開いてから、ちょっと宙を見た。その眉が見る見る不機嫌そうに寄った。いちいち想像してみなきゃわからんのかいっ!と裕馬が小さく突っ込みを入れる。まぁまぁ人じゃないんだから、と蒼は裕馬をなだめた。十六夜はそんなことも気付かず、答えた。
「…腹が立つな。」
やっぱり、と一同は顔を見合わせた。
「でもさ、十六夜母さんとキスしてたじゃん。」恒が爆弾発言をした。「ほら、滝から帰る時。もっと見ようと思ったら、有と涼に前だけ見なさいって顔を押さえられたんだもん。」
みんな気付いていたのか。蒼は思った。オレしか気付いてないと思ってたのに。
「いいから、恒!」
蒼は慌てて黙らせた。十六夜は茫然としている。裕馬も口をパクパクさせていた。言葉が見つからないらしい。何か言おうと思ったら、十六夜が口を開いた。
「…あれか」何か答えを見付けたように呟いた。「あの衝動か。」
「その衝動だよ!なんだかわからないけど」裕馬が叫んだ。「別に人だってしょっちゅうそればっか考えてる訳じゃないんだよ!そんな衝動に駆られるの!」
十六夜は訝しげに裕馬を見た。
「そうかあ?結構そればっかりの奴もいたけどな。」
大真面目なようだ。
「とにかく、その感覚が進化した感じだと思ってもらえたらいいと思うんだけど。」
蒼がなんとかまとめようと必死になった。もうそろそろ風呂も出ないとのぼせるし。
「それなら、わかる。そうか、あの続きがそうなのか。」
「そうだよ!わかったんじゃないか十六夜!」
裕馬がホッとして立ち上がり、風呂桶の淵に腰掛けた。のぼせて来たのだろう。
「あれからキスはするの?」
恒がまた横から言う。十六夜は律儀に答えた。
「ああ。オレもあれは嫌いじゃねぇ。」
蒼は風呂から出ようと立ち上がりながら、プッと噴き出した。
「好きなんじゃなくて?」
十六夜はムッとしたように言った。
「どっちかと言うと好きかもな。だからなんなんだよ?」
裕馬も風呂から出ながら言った。
「あーよかった。ホッとしたよほんと。なんだ、やっぱり男なんじゃないか。」
「さっきからそう言ってるじゃねぇか。」十六夜は腑に落ちないようだ。「なんでぇ、人ってのはわからねぇな、まったく。」
立ち上がった十六夜は、ふらふらとした。蒼と裕馬が慌てて戻って支えた。
「十六夜!もしかしてのぼせたんじゃない?」
十六夜は具合が悪そうに支えられて前に進みながら言った。
「のぼせるってなんだ?」
部屋の布団に寝かされた十六夜が、維月に団扇で扇がれている。
「のぼせるまで入ってるなんて、なんの話してたのよほんとに。」
蒼は申し訳なさげに言った。
「ついつい話し込んでしまって。まさか十六夜がのぼせるなんて思わなかったから。」
裕馬も頷いた。
「だって月なのに。」
維月はふーっと溜息をついた。
「ここのところ、この体でいる方が多くて、あまり月に戻らないでしょう?段々反応が人らしくなって来てるのよね。ほら、私死んだから、この体出たら、ダメになちゃうでしょう?だから月なんだけど、月に戻れないから。月のほうがこっちに来てくれてて、こんななのよね。でものぼせたのは初めてよ。」
維月は十六夜の頭に乗せたタオルを冷やして絞った。またそれを頭に乗せると、十六夜が言った。
「維月、目が回るとはこのことか。」
維月は苦笑した。
「そうね。大丈夫よ、すぐに収まるから。」
「維月…」
十六夜は手を引っ張った。
「月!」維月は慌てて言った。「今、ここに蒼と裕馬が来てくれてるの!」
十六夜はパッと手を放した。
「なんでぇ、居たのかよ。」
蒼と裕馬は慌てて立ち上がった。「とにかく、早く直してくれよな!」
「わかってらぁ。」
裕馬が部屋を出てから蒼を小突いて言った。「なにが嫌いじゃねぇ、だよ。なあ?」
蒼は笑った。「十六夜らしいよ。」




