里にて 1
美月の里は、紅葉して美しい。
去年の今頃は、ここで闇を向かえ討とうと待ち構えていたっけ。
蒼は思いながら、高台で車を停めてしばらく景色に見入った。
「維月さん、待ってるんじゃない?」
沙依が助手席から降りて来て蒼に並んだ。後部座席には、沙依の母と裕馬が座って待っていた。
「そうだな。行こうか。」
蒼は運転席に戻り、エンジンをかけた。
夏休みからのこの数ヵ月、いろいろなことがあった。しかし、母の死を一度経験してから、蒼は何があっても動じなくなっていた。十六夜の視点からの記憶を断片的に共有したあの時、蒼にはいろいろなものが見えたのだ。そして、自分の日常の些細な問題は、自分でなんとかできることばかりであることも知った。よく十六夜に、夜その日の事を聞いてもらって愚痴っていたが、それが恥ずかしくなった。
要は、自分のやる気と思いきりだけなのに。
ガキだと十六夜にからかわれて怒っていたが、確かにそうだった。
《お前は恵まれてるんだよ》
十六夜はよくそう言っていた。それに気付かなかった自分が、歯がゆく思えた。
母は若月の命をもらった後、家を出て美月の里の家に移った。
父とはその前に二人で話していたが、母は父に全てを話したらしい。
「よく信じたね。」
蒼が驚いて言うと、母はさらっと答えた。
「目の前で、自分を包丁で刺したの。死ぬどころか傷がすぐ治るもんだから、信じるなって方が難しいわよね。おかげで血みどろよ。」
母は上着を上げて見せた。下のシャツは破れ、血に染まっていたが、その向こうの体は傷一つなかった。
「人でなくなった私が、人と結婚している訳にはいかないからね。でも、なんとなく納得したようよ。結婚以来、怪我ばっかりしていたでしょう?戦場に取材に行ってる訳でもないのに。」
確かに母さんは生傷が絶えなかった。有や涼を連れて行くようになっても、いつも母さんだけが傷だらけで。
父は、それから何も言わなかったが、蒼は自分から話した。母さんはもう、一度死んだのだから、オレがこれから戦って行くことにした、と。父は黙って頷いた。
兄弟姉妹達は、皆家に残った。有は、家事を主に引き受けると宣言して残り、涼はそれをサポートすると残り、恒と遙は、蒼達の力のサポートの為にと残ったからだ。
「でも、父さんが再婚するって言うなら、いつでも出て行くから。」
父は苦笑して手を振った。
「あいつがあまりに放任だったから、あんな相手が見つかるかわからんけどなあ。」
今日は皆で美月の家に集まる約束をしていた。有達は先に着いているはずだった。蒼は、家の前に先に停まっている有の車を見て、それを確信した。
沙依達と戸を開けて入って行くと、母が出て来て笑った。
「いらっしゃい。ちょうど紅葉してきれいだったでしょう?」
母は月になったのだから、こちらが見えていて当然なのだが、蒼はまだ慣れなかった。
「今日はお招き頂きまして。」
沙依の母の沙季が、手土産を手渡しながら言う。
「まあ、ありがとう。どうぞお上がり下さいな。」
二人を見ていると、その美しさには驚く。二人とも間違いなく40を結構過ぎていて、もちろん母さんは人でないからこれ以上年はとらないが、人である時でも間違いなく若かった。蒼は子供の頃から、母というものは年をとらないのだと思っていたものだ。
居間に通されて座ると、まだ仲良く話している二人に、蒼は思わず言った。
「母さんも沙依の母さんも、なんで年とらないの?」
二人は目を丸くしてこちらを向いた。母が笑いだした。
「やあね、蒼。間違いなく年はとってるわよ。」
沙季が頷く。
「私は維月さんと同い年なのよ。」
だったら、母さんが有を生んだのが21で、有が今21だから…「42?!」
二人とも大きく頷いた。裕馬が小さく呟いた。
「うちの母さん40なのに。」
維月は微笑した。
「私は月の守りがあるし、沙季さんは白蛇様の守りがあるでしょう?うちの家系だけ見ても、一番長生きした53歳の美月ですら、今の私とさほど変わらない外見だったわ。今でも覚えているけど、49で亡くなった祖母の佐月は、母の美咲と姉妹でもおかしくなかったわ。」
蒼は若いことより、皆短命なのにショックを受けた。
「みんなそんなに早く亡くなってるんだ…。」
維月は慰めるように言った。
「そりゃこんなことしてたら、長生き出来ないわよ。皆あまり体力なくて、一人ずつしか生んでないし、常に弱った親と子供一人の状態で戦って来た訳じゃない?私は何人も生んだから分散出来たし、特に蒼が生まれたから長生き出来たほうよ。闇に間違いなく殺されてるところよね。」
沙季はコロコロと笑った。
「こんな危ないことしてるんだから、外見若いくらいの特典なきゃやってられないわよね~。」
維月も笑った。
「ほんとよね~」
それを見た裕馬が、蒼にこそっと横から言う。
「お前が山中と結婚するなら、オレはお母さんと結婚しようかな。」
蒼と、横に居た沙依が真っ赤になった。
「何いってんだよ裕馬!」
「どっちの母親を狙ってんだ裕馬。」
後ろから、聞き慣れた声がする。
「そりゃ山中の方だよ。蒼の母さんめちゃ怖い…」
振り返ると、十六夜が立っていた。
「十六夜!」
裕馬が口を押さえると、十六夜はため息をついた。
「確かにな。」
維月が気付いてプイと横を向いた。蒼は小声で十六夜に言う。「またケンカしたの?」
「いつものことだ。怒ってるのはあっちさ。」
蒼と裕馬は同情的な表情をした。十六夜はフンと鼻を鳴らした。
「ま、時間は捨てるほどあらぁな。」
十六夜は外を示した。「ちょっと出ねぇか?」
二人は頷いて、女性達を残し、外へ出た。




