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藤の中将 1

十六夜と蒼が部屋を出ると、涼が遙を連れて入れ代わりにその部屋へ入ったのが見えた。

「お母さんー!」

遙の泣き声がまるで悲鳴のように背後から聞こえて来る。遙は自分を責めるだろう。蒼はそれを思うと、胸が締め付けられた。誰のせいでもないのだ。母は、いつもこうなることを覚悟していた。蒼は今になってそれがわかった自分が歯痒かった。


有が、蒼を待っていた。わかっているようだ。

「行くのね。」

蒼は頷いた。

「有、明日美月おばあちゃんの家に、皆で移動しておいてくれ。全て終わったら、オレもそこへ行くから。」

有は頷いて、蒼の肩を叩いた。

「わかってる。待ってるわ。まだ体が本調子じゃないんだから、気を付けなさいよ。」

蒼は十六夜を振り返った。十六夜は軽く頷いて、蒼の手を取って空へと飛び上がった。

あの皆で泊まった旅館に風を切って向かいながら、蒼は若月の話を思い出していた。



若月は、月の使いとして遇されることになった。屋敷も宮と呼ばれるに相応しい形に建て替えられ、庭も手入れされ、橘の木も以前の美しさに戻っていた。若月は橘に成り代わり、必ずこの体を幸せにするのだと思っていた。

若月は本当に月であったので、橘の体から、いくらでも人を浄化することが出来た。生活に困ることなどなかった。

ある日、ひどい野分きの風で、宮の木戸が激しくバタバタと開け閉めされ、女房達は対応に走り回っていた。

若月も所在なく立ち尽くしていると、視界の端に、何かが動いた。

人の世では、女は人に見られてはならぬものらしい。慌てて扇で顔を隠し、奥へ行こうとしたが、着物の裾がうまくさばけず立ち往生した。

男の声が、若月の背に話し掛けた。

「月の君でいられるのか?」

若月はドキッとした。女房達にこのような所を見られては、大騒ぎになってしまう。扇のほかに袖まで駆使して、若月は顔を隠した。

「そのように怯えないで下さい。私はあなたに病を治して頂いたもの、皆には(ふじ)の中将と呼ばれております。」

若月は考えた。そういえばそのような名のものも居たような…しかし皆が皆覚えておらぬ。何しろ御簾越しに浄化するのだから。

若月はそれでも黙っていた。軽々しく声を掛けてはならぬと女房達に言われているのだ。

「突然にこのような所へ押し入ったようになり、申し訳ありません。また、出直して参りますゆえ、お許しを。」

藤の中将というものは、それでも軽やかな声でそう言い置くと、去って行った。

気配が側から消えたのを感じると、若月はすぐに御簾を下ろした。まだ風が激しく、御簾もその風に踊っている。

その御簾越しに見ると、先ほどの声の主は、馬を引かせ、それに股がって、都の方へ帰って行った。

若月は、変わった人も居るものよ、と奥へ戻った。


次の日から、藤の中将よりの文が、頻繁に届けられるようになった。どうやら藤の中将とは、生まれもよく、主上の覚えもめでたい男らしく、女房達は好意的にその文を迎えた。

若月は文を取り交わしながら、これが橘の望んでいたことかと、心が弾んだ。

ある日、中将は病の治癒の祝いだと言って、内裏での宴を主上より賜った。その席に、病を治した若月も招待され、若月は初めて内裏の門をくぐった。

藤の花も盛り、若月の目から見ても、大変に美しいものだった。

所々に置かれた松明の明かり、行灯の明かり、そして、何よりも輝いている表の光の君の月の光。

若月がそれに見惚れていると、藤の中将より文が届けられた。

『あなたに捧げましょう。私をよくご覧になっていてくださいね。』

何のことだろうかと思っていると、楽士達が調子の良い音楽を奏で出した。

そこに、主上からの所望とのことで、中将ともう一人の殿上人が、烏帽子に藤の花を刺し、片袖を脱いで舞い始めた。

若月はあまりの美しさに言葉を失った。翻る袖、舞い差す脚、その所作のひとつひとつに心を奪われ、見とれた。

若月は返事を書いた。

『あまりに美しい舞いに、月を見るのも忘れてしまいました。』

女房達もすっかり心を奪われてしまい、帰りの車の中では、ずっと中将の噂ばかりだった。

若月はいつしか、中将よりの文を心待ちにするようになった。


中将は満月の日によく訪問した。共に月見を、という口実もだが、満月の日には若月が力を使えず、皆の浄化もしないのを知っていたからだった。

中将はいろいろな話をしてくれた。宮中行事のこと、狩りのこと、仲間のこと、話していると、夜が更けるのも忘れてしまい、明け方慌てて帰って行く…ということが多かった。

そんな毎日の日に、中将はポツリと言った。

「私があまりに毎日明け方に思わせ振りに都へ帰るので、噂になっています。いっそ本当に、私の恋人になってもらえませんか?」

若月は、自分の顔が赤くなるのを感じた。

「我で、本当によろしいのですか?」

もはや御簾の内に居た中将は、几帳を避けて若月の前に出て、手を取った。

若月は自分の気持ちに、これが恋なのだと気付いた…。

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