別れ
十六夜がその上空へ着いた時、有と恒が遙を二人で抱え、車へと必死で移動している最中だった。二人とも泣きながら、ぐったりとしている遙を気遣っている。
十六夜が見ていたのは、蒼に降りるまでの間だった。ここに移動してくる間の事は見えていない。心が急きつつも、十六夜は涼を三人の所へ降ろした。
「蒼!」と有はパッと明るい顔をした。そして目の色に気付き、「十六夜?」
「どうしたんだ。遙はまだ息があるな。」
十六夜は頷きながら言った。
「母さんが早く逃げろって」有は涙を流した。「若月が戦ってくれてるけど・・・私たちが逃げる前に、後ろで若月の悲鳴がしたの。でも振り返れなくて。」
十六夜は飛び上がってその現場へ急いだ。必死で戦う若月は、倒れて動かない維月の前で庇うように防いでいる。しかし、もう時間の問題だった。
十六夜は蒼に聞いた。
「力を出しても大丈夫か?あれを封じなきゃならん。」
“大丈夫だ。早く十六夜!”
頭の中に声がする。蒼は異変に気付いた。気が・・・。
しかし十六夜は気付いていないようだ。若月の前に飛び出して浮かんだ。
《ああ、十六夜様!》若月は叫んだ。維月を抱き込むようにしている。《お願い申す!もう我は・・・。》
「わかってらあ!」十六夜は手を上げた。大きな光の玉だ。「久しぶりだな。その姿、封じさせてもらうぞ!」
《月め!この姿、主のためぞ。我をこのような所へ封じ・・・我が民を苦しめた月を恨み、このような姿に変化してしもうた》
祟神は、どこか寂しげな声で唸るように言った。
十六夜は厳しい顔をしながら光の玉を祟神に向けた。
「お前から売って来たケンカだ。オレの守るものに先に仇なしたのはお前の方じゃねぇか。」
光が祟神を飲み込んで行く。祟神はしかし勝ち誇ったように言った。
《お前の負けだ、月よ!お前の大切なものの命、戴いたぞ・・・!》
再び封じられたその神は、そう言い残して消えた。
「・・・何を言ってやがる。」
そう言って、若月の方を振り返ると、倒れる維月の前に座り、頭を下げていた。十六夜は気付いた。
・・・そう言えば、ここに着いてからずっと、維月の気を感じない・・・。
頭の中で蒼が泣いているのが聞こえる。なんだってそんなに泣いてやがる?全て封じた。終わったのでないのか・・・。
若月が振り返った。
《十六夜様》
十六夜は蒼の体で維月に屈み込み、顔を見た。若月が上を向かせて手を胸の上で重ねさせている。
「維月・・・?」
彼女は目を閉じている。体に損傷はどこもなく、ただ眠っているようにしか見えない。
《一瞬のことであり申した。他のものが逃げる手助けをしようと飛び出し、自らあの力に食われ、生気を抜かれてしまい・・・このように・・・。》
十六夜は蒼の体を使って維月を抱き上げた。冷たい…なんの生命の兆候も見られない。念で必死に心の中で呼びかけたが、応答はなかった。
「維月」十六夜は声に出して呼んだ。「維月ー!!」
頭の中の蒼が号泣している。有や恒や涼がこちらに気付いて駆け寄って来る。
十六夜の意識は、真っ暗になった。
十六夜が抜けた蒼は倒れ、若月の屋敷へと維月と共に運ばれた。
無理やり門を開いた後に、十六夜を降ろしたこともあり、蒼は次の日も起き上がれなかった。繊月が現れたが、十六夜の声は聞こえない。しかし、力が戻って来たので、月が出ているのは分かった。
遙はまだ何も知らされず、看病を受けていた。しかし、生気の消耗はそれほど激しくなく、元気になってきていた。
母は、若月の勧めで、美月の里の神社へ連れて帰ることにした。若月の陰の力は、母の亡骸を包み込み美しく保ち、安置しておくことが出来るのだという。
《当主、どうか我にお時間をお与えくださりませ。》若月はそう言って頭を下げた。《我は必ず、全て良しなにおおさめ申す。維月様をしばらく、里にてこのままお隠しくださりませ。》
蒼は今度こそ、全てを聞いておくべきだと思った。
「若月、オレに全て話せ」蒼は言った。「お前は何をしようとしているんだ?」
若月は蒼の表情を見てビクッとした。
《・・・はい当主。》
若月は座り直した。《あるかたの封印を、解きたいと望んでおりまする。あくまで私情であるゆえ、当主にはお話せずにおりました。遙は我に同情し、あのように我を追いました。》
蒼は、その話に耳を傾けた。その時、自分の力が微かに誰かに使われるのを感じた。それが何に使われているのかわかったが、蒼はそのままソッとしておいた。
若月の話が終わった後、蒼は一人起き上がり、母を安置してある部屋を覗いた。思った通り、十六夜が人型になり、母の傍に座って、顔にかけてあった白布を外して見ていた。
「…勝手に力を引き出すことも出来るんだな。」
蒼は十六夜に声を掛けた。十六夜はこちらを向かなかった。
「十六夜、母さんとの記憶、途切れ途切れだけど、見えたよ。」
蒼は近付きながらもう一度話し掛けた。十六夜はピクリと反応した。
「オレには想像出来なかったけど、あんなに小さい頃から、ずっと一緒だったんだな。」
十六夜はフッと微かに笑った。
「…フン、だからお前のオレへの認識が変わったってことか」十六夜はこちらを向いた。「姿が人の常識での、維月に見あうものに変わっていたのでな。」
十六夜の姿は、二十代後半ではなかった。母の外見がそうであるように、三十代半ばの男性の姿になっている。しかし、やはりそれは十六夜だった。
「十六夜…。」
十六夜はまた母の方を向いた。
「全く変わったヤツだった。オレのことを月とは呼んでいたが、人のように扱っていた。何度も感情をぶつけられて、そのたびオレは、どうすればいいのかわからなかった。段々自分が人のような感情を持って来るように思えた。コイツにだけは幸せになってもらいたかった。オレの気持ちよりコイツの気持ちだと思って…最後まで守り抜いて共に居ようと思っていたよ。それしかオレにはしてやれることがなかったし、傍に居ればコイツは笑っていてくれたからな。」
蒼は、十六夜が自分の心をどうすればいいのかわからなくて、それが何かも理解出来ず、試行錯誤していたのがわかった。十六夜は続けた。
「以前は何度も話し掛ければ、念の気配ぐらいは感じ取れたんだ。怒って応えない時でも、念の波動は伝わって来た。」十六夜は母の頬を触った。「だが今は、何もない。他の誰にも最期は一緒に居てその瞬間まで念を感じたのに。誰より側に居てやりたかった維月に、オレは何の言葉も掛けられなかった。別れすら言えなかった…。」
十六夜はただ泣いていた。冷たくなった母の手や頬に触れ、ひたすら後悔しているようだった。その姿は、誰よりも「人」だった。
「若月の話は、聞いていたか?」
十六夜は頷いた。「ああ。」
「今のお前なら、気持ちがわかるのでないのか?」
十六夜はしばらく黙っていたが、頷いた。
「そうだな。」
「母さんならどうしたと思う?」
十六夜は立ち上がった。
「…わかったよ。蒼、手を貸そう。」




