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文字化けする手

作者: 成瀬衣幌

 私は昔から要領が良く、勉強も結構出来たので、東京の国立大学を卒業し有名な総合商社に入社することが出来た。しかし、入社してからしばらく経つと仕事が忙しくなり、すれ違いから高校のときからずっと付き合ってきた彼女とは別れてしまい、その後ずっと彼女が出来なくて、毎日すこし寂しい生活をしていた。

 今から二年前、建築資材を扱う部署に異動して二年が経ち、そこで主任に昇格した矢先のこと。

 ある日、取引先の工務店から、部下に電話があった。しかし、そのときその部下は別の取引先に出向いていて、ちょうどオフィスに居なかったので、電話があったことを、私がいつも使っている付箋にメモして彼の机に置いておいた。

 取引先から帰ってきた彼はその付箋を持って、デスクで書類を作っていた私のほうに向かってきた。

「この付箋、主任のですよね?」

「ん? そうだけど」

「あの、主任、これ何て書いてあるんですか?」

「え? 14時20分に斎藤工務店から電話って書いたんだけど。まさか日本語も読めないのか?」

 と私がからかうと、彼は私にメモを見せてきた。……読めない。

 字が汚い、とかそういう次元ではなくて、私が最初に思ったのは「まるで文字化けしてるみたいだ」だった。

 

 その後、書いたもの書いたもの全て文字化けしていった。私としてはきちんと書いているつもりで、しかも書いているときは、私だけでなく他人もちゃんと日本語として読めるのに、あとで読み返すと読めない。誰も読めない。

 一度病院に相談しに行って、医者に症状を話し、実際に文字を書いて見せたが、原因は突き止められなかった。

 というわけでメモ等は全てパソコンや携帯で取ることにしたのだが、それもやがて出来なくなった。

 こちらも、保存したり印刷したりすると文字化けするようになったのだ。

 エンコードの設定を変えたり、いろいろ試したがすべて無駄だった。

 この症状は自分のパソコンだけでなく、他のパソコンでも起こった。家電量販店の展示品を触ってもそうなった。

 こうするといよいよ仕事もままならなくなり、とうとうクビになった。普段からよく飲みに行ったりした課長が上層部に掛け合ってくれ、しばらくは生活出来るように、と退職金を出してくれた。失業保険も適用されたので、当分は生活できる。

 

 それから私は退職金の一部を使って家賃の安い郊外に引っ越し、履歴書を友人に代筆してもらってコンビニでバイトを始めた。

 私の面接の相手はコンビニの店長だった。年は40を越えているように見える。下町で生まれていそうな、どこか人情味の溢れる風貌をした人だと思った。軽く面接をしたあと、その店長に私の症状とそれで会社を解雇されたことを伝えた。最初は怪訝な顔をしていたが実際に文字を書いて見せると、兄ちゃんも大変だなあ、よし、雇ってやるから安心しろよ、と外見通り江戸っ子のような言葉遣いで言ってくれた。嬉しかった。

 ただ、私が恐れていたのはレジ打ちだった。レジもキーボードのようなもの、もしかしたらとは思うがレシートが文字化けする可能性もあるのではないかと思った。

 面接を終えた私はそのまま店長に頼んでレジを少し打たせてもらった。学生時代にスーパーでバイトしていたのでレジ打ちは何となくだが覚えていた。出てきたレシートは、文字化けしていなかった。私は心底ほっとした。ただ、最近のレジは電子マネー決済をしたり、チケットを発券したり、公共料金の払い込みをしたりとやたらと高機能だったので、最初は覚えるのが大変だった。

 こうしてコンビニで働くことになった私だが、いろいろ不便が起こった。まず、宅配便の手続きが出来ない。伝票が書けないからだ。また、領収書も書けない。

 というわけで私は店長と同じシフトを組み、書く必要のある作業はすべて店長に任せた。

 店長は少し大変そうだったが、気にしなくていいぞ、と言ってくれた。いい人だ。


 そして最初に文字化けした日から一年が過ぎた、一年前の今日、不思議な夢を見た。

 なんだかやけに神々しい、例えるなら聖母マリアのような人がパソコンをいじり、私の名前が書かれた画面を見て、いろいろ操作している夢だ。

 朝起きて、何故だかその夢が文字化けと何か関わりがあるように思えて、紙に字を書いてみると、読めた。文字を書くと読める、という当たり前のことがとても嬉しかった。

 もしかしたら、と思い押入れにしまいこんであったパソコンを久しぶりに起動して、メモ帳にいくつか文字を打ち保存した。やはり読める。

 その日はちょうどシフトが入っていたのでコンビニに出勤し、早速店長に報告した。

「店長、私、文字が書けるようになりましたよ!」そう言うと、店長は驚いた顔をしたあと笑い、「そうか、良かったなあ!」と言ってくれた。

 その日は一日気分が良く仕事が出来た。……途中までは。

 お昼も過ぎ、客のなくなったコンビニで、私が商品の整理をしていると、レジの方でガタッ、と大きな音がした。

 気になってレジの方へ向かうと、店長が倒れていた。私はすぐに救急車を呼んだ。


 店長は運ばれた病院で亡くなった。過労による心臓発作ということだった。病院で必死に応急措置が行われたが、それもむなしい結果に終わった。しかし店長は死ぬ間際に一旦意識を戻し、私の方を向いて、かすれた声で言い始めた。

「俺、もう死ぬんだろうな。いろいろあったし苦しい人生だったけど、悪くはなかったな。お前、字書けるようになって良かったな。お前はまだ若いし勉強も出来るし、いくらでも働き口はあるだろ。コンビニなんかさっさと辞めて、ちゃんと就職しろよ。でないと俺みたいにぶっ倒れて死ぬぞ」笑いながらそう言って、そして「じゃあ、俺は先に逝っちまうけど、達者でな。お前と酒飲んだり、いろいろ楽しかったぜ。ありがとよ」と言い残し、店長はそのまま眠るように亡くなった。

 私は店長と働いていたときに言い合った冗談や、飲みに行ったときに店長がよく話してくれた自らの人生の話など、店長との様々な思い出が頭の中に浮かんできて、涙をこぼした。


 店長は奥さんと十年以上前に死別し、子供も居なかった。また、店長は両親など親戚縁者とは縁を切っていた。奥さんの実家とは別に縁を切っているわけでもなかったがほとんど交流が無かったので、店長の葬式の喪主は私が務めることとなった。店長の墓は奥さんの遺言に「夫が死んだら私の家の墓に」とあったので奥さんの実家が負担してくれた。

 遺影に写る、笑っている店長を見て私はまた泣いてしまった。

 

 葬式から一週間。オーナーでもあった店長がいなくなったため閉店となることになったコンビニの閉店準備などが一段落したある日、私は文字化けするようになってから色々と相談に乗ってくれたり、金銭面や生活のサポートをしてくれた中学からの友人に電話してみた。

 私が文字が書けるようになったことを伝えると、友人は喜んでくれた。

 そして他愛のない話をして、私がお世話になった人物が亡くなったこと、そして現在働き口を失い就活していることを告げると、友人は意外なことを言った。

「俺、今働いてる会社から独立しようと目論んでるんだよね。お前も俺が会社興すの手伝わないか。最初は給料もあまり出せないと思うけど、それでも良ければ一緒に頑張ろうぜ」

 私は驚き、そして「ああ、こっちからお願いしたいくらいだよ。ぜひ働かせてください!」と言った。

 友人は電話口で笑い、「じゃあ、決まりだな。今度飲みながらでも話すよ、また電話しろよ」と言った。私はおう、と言って電話を切った。


 そして店長の一周忌である今日、私は店長の墓前に向かった。店長は先述の通り独り身だったので、忌日にもとくに何も行われなかった。

 墓には枯れかけの花が添えられていた。私は墓をきれいにして、買ってきた花を添え、手を合わせた。

 そして店長に向かって心の中で話し始める。

 店長、友人と私で起業した会社もどうにか軌道に乗ってきました。店長には本当にお世話になりました。これからもどうか見守っていてください。

 どこからか「頑張れよ」と声が聞こえた。その声はたしかに店長の声だった。

 最後までお読みくださりありがとうございます。

 短編を書くのは初めてで、しかも深夜のテンションで一時間程度で書き上げているのでおかしな点も多々あるかと思いますがご容赦ください。

 ご意見ご感想お待ちしております。

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