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奇妙な関係  作者: ねこ
2/19


玄関で体育座りで膝をかかえて顔を隠して、どうしようもなく泣けてしまう。

いけない。このままじゃあいけない。


顔を上げて、腕まくりをした長袖ブラウスの袖で力任せに涙を拭いた。ついでに鼻水も。


なんでこうなったんだろう。まずは、それを思い出そう。


じっと自分の黒いローファーの爪先を見つめ、頭を動かしてみても何も浮かんでこず焦りはじめてしまう。


大丈夫大丈夫。

うっかり忘れてしまう事が誰でもあるじゃない。


自分で自分に言い聞かせてみてもさっきまで泣いていたのに、今度は額に嫌な感じの汗がにじみはじめる。


じゃあ、簡単な基本的な事か確認して行こう。

まずは名前…。


今度は、すうっと背中が冷えた。


「うそ…。」


顔色まで変わるのがわかり、震える手で自分の口を押さえた。


何も思い出せなかった…。どうして…?


「あのさぁ…。」


途方に暮れていると、ため息まじりの何かを諦めた佐野さんの声が近くから聞こえビクッと身体が固くなる。


自分がさっきまで何をしていたか思い出し、恐る恐る顔を上げると目の前にしゃがみこんでいる何かを観察するような佐野さんと目が合った。


「とりあえず上がったら?」


は?


信じられない言葉に目が離せなくなった。観察する目が徐々に柔らかく笑う目になり


「君、ここから出られないんでしょ?生身じゃないみたいだし。話しは出来るみたいだから聞くけど、ここじゃあ嫌だ。」


そう言うと佐野さんは立ち上がり、目の前に手を差し出された。

おずおずど手を乗せようとしたら、かすかな温もりを感じてすり抜けた。気付かれないように奥歯をグッと噛み締める。


「今、凹んだでしょ?見つけた時から比べたら段々薄くなってきてるよ。凹み続けてるんでしょ?ここで消えられても迷惑っちゃ迷惑だし。」


苦笑する佐野さんの言葉を聞いて恐くなり、勢いよく立ち上がりグッと握った手に力をこめる。


幽霊になったとしても、このまま消えてしまいたくない。

佐野さんが初めて私を見た時の態度から、私の居場所はここじゃないはず。

私にも帰る所があるはず。

何もわからないまま終わるのは嫌だ。


「元気でた?少し濃くなったよ。先に行くから、出来たら靴は脱いできて。」


そう言い残し、先にリビングに行く佐野さん。その背中を見つめて私も一歩足を踏み出した。


靴を脱いで揃えて置いて二、三歩進み振り返ると消えていた。二、三歩もどり、靴を置いていたはずの空間を靴の事を考えながらじっと見る。


すると、薄く薄く靴が浮かび出てきて、しばらく続けると置いた状態になってきた。履いてみると、履けた。


何も消えてしまうばかりじゃなかった。

少し安心して顔がほころぶ。

また、靴を脱いで揃えて置いて今度は振り替えらずにリビングに向かった。


電気もついて明るいリビングに入るとコーヒーの良い香りが漂っていた。ソファーに座りくつろぐ佐野さん。


私を見つけるとソファーをすすめて、キッチンに行きしばらくしたらマグカップを二つ持ち戻ってきた。

ソファーの端っこに座る私の前にその一つを、柔らかい声と一緒に置いてくれる。


「甘めのカフェオレ。一人じゃ飲みにくいから良かったら…。」


佐野さんの心遣いが嬉しかった。

マグカップは持てないだろうから、手を添えてみた。ほんのりと暖かく心に沁みた。


「で、どうしてここに?」


私から少し離れてソファーに座った佐野さんは、ゆっくりとマグカップを傾けていた。


「気が付いたらここにいました。なんでいるのか分からないんです。ここは?」


「ここは俺の家だよ。俺の事は知ってるよね?」


「知っています。佐野悠斗さんですよね?私、自分の事は名前も何も思い出せなくて…。」


口にだすと本当に思い出せるのか不安が大きくなってきて、俯いてしまう。


マグカップを置いて私の近くに座りなおし、ニヤニヤ笑いながら佐野さんが下から私の顔を覗きこむようにして聞いてきた。


「そんなになってまで家にくるくらい俺の事が好き?ファンになってくれてた?」


予想外の近さにグッと身を引いたものの、本当に悩んでいる時に茶化されて腹が立ってしまった。

八つ当たり気味に大きな声を出してしまう。


「違います!いままで佐野さんを好きでもないし、興味もなかった!家も知らなかった!なのに気が付いたらいるなんて、私だって訳わからないよ!

思い出せないのは私の事だけ!家に帰りたいの!大事な人に会いたいの!けど思い出せないし、どうにもならないの!」


「元気だねぇ。仕方ないから好きなだけココにいたら?」


そんな私ににっこり笑いかけながら身体を起こしてマグカップをもち、言葉を続ける佐野さん。


「俺も幽霊とか興味無かったけど、こうもハッキリ見えたら信じる他ないし。思い出せる様に手伝うよ。

その制服の高校に心辺りあるから、まずはなんとか家を出られるようにしようよ。学校にいってみたら何か思い出すかもしれないでしょ?明後日は、久しぶりに昼からオフだから出られたら行こうよ。」


佐野さんが出した思いがけない提案に、希望が見えてきて頷いた。

じっと顔を見てみると、少し茶色い髪に緩くウエーブがかかり少し長めの髪。優しい感じに見える綺麗な二重の眼差しに、形よく高い鼻。


さっきまで恐い人だった佐野さんが、私の周りにはいない整った顔立ちの素敵なお兄さんに見えてきた。さらに、大人の有名人にも。


「この都会のマンションに素朴な女子高生…。いいねぇ。

それが、佐野さん…。これも、たまらないねぇ。

しかも、大事な人に会いたい、ときた。俺も大事にしてもらいたいねぇ…。」


なのに、そんな佐野さんの口からそんな言葉がこぼれた。


「おじさんみたい…。」


「そりゃあ、君からみたらおじさんでしょう。24だしね。

けど、思い出せないのに大事な人って誰?」


あまりにもイメージと違う言葉に、つい言ってしまったが佐野さんは気を悪くした風もなく聞いてきた。


自分で勢いで出た言葉だった。大事な人…。

マグカップに手を添えてみると温もりと一緒に浮かんできた。


帰りたいといえば家だった。家には家族がいる。父と母と弟。

私の事を心配してくれてるだろう。顔が浮かんできた大事な人たち。

じゃあ、家は…。


「誰?彼氏とか?」


すぐ近くで声が聞こえる。

せっかく少し思い出せてきた流れが途切れた。


「秘密です。」


少しムッとして答えると、佐野さんはクスクス笑いながら


「ぜひ俺も大事に入れて欲しいもんだ。風呂入るから覗かないでね。」


楽しげに笑いリビングを出ていった。


そんなこんなで私は、居候させてもらう事になりました。




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