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家からかと思って見た着信は、佐野からさんからだった。
「ちょっと電話してくるね。」
慌てて個室の座敷から席を外して襖を閉めて電話に出る。
「もしもし。佐野さん?」
『何?賑やかだね。居酒屋?もしかして合コン?』
佐野さんにも賑やかな合コン相手達の声が聞こえていた様子。悪い事はしていないけれど、やましい気持ちになりながら少し距離をとった。
「いや…食事会のつもりが…。」
『あれ?智恵ちゃんは?智恵ちゃーん。』
酔ってふざけてるのか、大声で叫ぶ声が聞こえる。最悪だ。
『へ〜。いいね。さすが女子大生。今から行こうかと思ってたけど、またにするよ。絶対にお持ち帰りされるなよ。』
苛立ったように佐野さんが言って電話を切られてしまう。
もしかしたら、佐野さんだから家の近くに来てくれてるのかも知れないと、慌ててかけ直しても繋がらない。
少し嫌な感じになり、後でまたかけようと皆の所に戻った。
その夜、帰宅後にかけた電話は繋がったけれども会話は弾まない物になった。
11月になっても私の忙しさは変わらないばかりか、合コンから周りにも目を向けるようになった。皆、何してるのか観察する様に。
そんな毎日の中でも、佐野さんからの連絡は嬉しくて待つようになっていた。
月初めのある日、佐野さんが今日の午後はオフだと朝、メールをくれた。
前回は、マンションでモデルさんに会った。その次は居酒屋ですれ違い。
久しぶりに部屋で会える。
一緒にゆっくりと話しをしよう。
とても楽しみに心弾ませ、学校が終わるとすぐに、ケーキを買って佐野さんにメールをしてからマンションを訪ねた。
なのに、また熱愛スクープのモデルさんに降りてきたエレベーターの扉が開いた所で会ってしまった。
あまりに重なる偶然に顔が強張り立ち止まってしまう。
「あら?前にもあったわね。あなたが悠斗の?ふ〜ん。せいぜい頑張ってみたら。ふふっ。」
相手は私を知っているのか、私を見下し意地悪そうに見える笑みと甘い香水の香りを残して外に出て行った。
忘れようとしていた、あの日のキスをしていた光景が蘇ってくる。
我慢してエレベーターに乗ると甘い香水の香り。
佐野さんの部屋のチャイムを鳴らすと、開いたドアの中にもわずかに残る甘い香水の香り。
「智恵。いらっしゃっい。」
笑顔で向かた佐野さんにも笑顔を返せず、リビングに向かいローテーブルにケーキを置いた。
顔が強張らないように、気持ちが爆発しないように気をつけて、佐野さん尋ねた。
「今、あのモデルさん来てました?」
「ん?さっきまでね。あれから友達になったんだ。さっぱりしていい奴でさ。ロケのお土産くれたんだ。」
キッチンで何でもないように答える佐野さん。
じゃあ、私はぐじぐじしよね。と、捻くれてしまう。
佐野さんを見たくなくて、背中を向けた。
「じゃあ、友達でキスするんですか?」
「え?」
「あの日、エレベーターの前で見たんです。」
「あ〜。あの時か。ふざけたみたいなんだ。いきなりキスされただけ。ごめん。」
驚いた後、困った様子で言う佐野さん。
「ふざけてキスされて、怒らずにあんなに仲良さそうに笑えるんですね。」
「智恵…。」
私の声が震えはじめて、ただならない様子に気が付いたのか、リビングにきた佐野さんが私の肩に両手を置く。
キスが何でもないような普通な佐野さんの態度に、私がキスを気にしすぎなのかと胸を過ぎる。
けれど、我慢ならなかった…。
「なんでこの前もあの人部屋に来てたの?私には忙しいって言ってた時間のはずなのに、モデルさんには会えるの?
もういい。別れよう。佐野さんと居ても寂しくてたまらなくなるだけだから!」
そのまま、佐野さんの腕を振り払い帰ってしまった。
勢い良かったのはドアを出て数歩だけで、後はトボトボ歩いた。
夜に佐野さんから何度も電話がかかってきた。
泣いてしまっている声を聞かれたくなくて、何度目かで電話をとった。
「もしもし…。」
『智恵…。会って話しを聞いて欲しい。』
「もう会わないでしょう?」
『どうして?会いたいもなくなった?』
「違う…。疲れたんです。だから、もう止めにしましょう。」
『…分かった。』
あっけない終わり。
佐野さんの声は、終始穏やかに聞こえた。電話を切られても、自分でも何故別れたのか自分でもわからなかった。
今日の自分を後悔してしまう。
もしかしたら、今なら間に合うかも知れないと電話に手が伸びるけれど、かけられない。
人と比べたり気にする前に、自分が素直になければ良かった。
佐野さんの周りには、私達が憧れるような人が沢山いるだろうけど、彼女は私だけで一緒にいたかった。
それがモデルさんを見て佐野さんの態度に、ずっと感じてた不安と寂しさに私は潰された。
好きだった。今でも好き。
佐野さんに追い掛けて引き止めて欲しかったのに、あっさり納得された。
あっけなかった。
佐野さんにとって私はそんな物だったのかと泣いた。
腕時計を触り、佐野さんに会いたくて寂しくなった時についた癖に気が付いて、また泣いた。
それから一ヶ月。
抜け殻のように過ごしていた私。
周りには、遠距離恋愛の彼氏が女の人とデートをしているのを見て別れた事にしてある。
そんな自分の嘘にも苦しくなって、真美ちゃんと二人で学校帰りにお茶をしながら話してしまった。
「あのね…。私の彼氏、近いけどなかなか会えなくて遠距離恋愛みたいだったの。すむ世界が違って見えてて…。」
名前は出さずに付き合い初めから、一気に話した。真美ちゃんは黙って話しを聞いてくれた。
「智恵ちゃん。素直じゃないね。世界は一つだよ。職業はちがうから、仕事のやり方とかは違うだろうけど…。」
「だって…。」
鼻をすすりながら、ハンカチで目をふく、私。
「色々、考えちゃったんだね。私も、一人で考えちゃってたよ。そうしたら良い事にならなかった。智恵ちゃんもこれからは、少し素直になろうよ。」
真美ちゃんに言われて、真美ちゃん達の馴れ初めの話しを聞きながら涙も止まった。
「真美ちゃん…。大変だったんだね。」
「うん?大変じゃあなかったよ。悩んだけど。今の智恵ちゃんがたっくんや桜ちゃんと仲良かったら、絶対に笑顔で攻撃されてるよ。」
真美ちゃんは、遠くを見て溜息をつきながらアイスコーヒーのストローをクルリと回した。
それから、佐野さんの事は忘れようと連絡もしないまま半年程が過ぎた頃。
いつか心配した様に、男の人の誰と会っても頭のどこかで佐野さんと比べてしまっていた。
そんなある日、佐野さんからメールが来た。
『智恵ちゃん。学校もバイトも頑張ってる?元気にしてるか?』
メールが来るとは思っていなかった。
しばらく悩んだ後で返信をした。
「普通に元気です。佐野さんはどうですか?」
『俺もぼちぼち。これから友達付き合いとかも俺とは無理?』
佐野さんのメールを見た時に意味がわからなかった。
別れたよね?なんで友達になれる?
私には無理だ。友達にはなれない。
そう思い返信しようとしたら、また佐野さんからメールが来た。
『メールなら、またしてもいい?』
「いいですよ。お仕事頑張って下さい。」
メールくらいなら、私も未練がないかもしれない。断らずに、返信をした。
それから、前みたいに会話をするばかりじゃない、気持ちの言葉もない他愛のないメールが月に数回はじまった。
それは半年続き11月。
私には佐野さんとは違う彼氏ができた。