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高校三年の夏休み前のある日。
いつものように、学校帰りのいつもの道を、普通にテクテク歩く私。
赤信号に私を含めた何人かが引っ掛かった。
時間潰しに携帯を出してゲームを少し見ていたら、青信号になったので携帯をしまい横断歩道を皆より少し遅れて一人渡り始めた。
そうしたら、それは突然にきた。
キキキッっとタイヤが出す嫌な音とドンッと横から物凄く大きな力で押された衝撃。
何が起きたのか分からないまま倒れた私。
一番に目に入ったのは、すぐ目の前にある黒い大きなワンボックスの車。
周りの騒ぐ声もだんだん小さくなり、私の視界も少しずつぼやけて暗くなりやがて無くなった。
*********
パチッと目が覚めると、大きなテレビがあった。
こんな部屋知らない…。
身体を起こしてみると、存在感のある焦げ茶色の大きな座り心地の良さそうなソファーに寝ていた。
制服で…。しかも足元は学校指定のローファーだ。
キョロキョロと辺りを見回してみても、私の記憶には無い場所。見覚えのある品もなに一つ無い。
リビングらしい部屋の窓にはレースのカーテンがかかり外は見えないけれど、暗くなる手前の明るさ。
ここどこ?土足だし外国?
なんでここにいるの?
私、寝る前に何してた?
急いで思い出そうとすればするほど、何も思い出せない。
頭が混乱してくる。
その時、ガチャリとリビングのドアが開き、悪い事をした訳でもないのにビクッと身体がすくんだ。
「で、どんな感じなんだ?」
目線の先には携帯で話しながら入ってくる記憶にある人。
人気歌手でありながら俳優もできる佐野悠斗だった。よくは知らないけれど、テレビや雑誌で見た事はある。
あまりにも意外すぎる人物に呆然とする私。
ただ、靴を脱いでいる日本人だから、ここは日本なんだろうと心の隅で安心した。
佐野さんが持つ携帯からは何か話す声は聞こえるが、私に気が付いた佐野さんの顔はだんだん険しくなる。
「ごめん。またかけ直す。」
通話を終わらせた佐野さんが私を見据え、さっきの電話の時とは打って変わった敵意丸出しの地を這うような恐ろしい声で言った。
「お前誰?どうやって入ってきた。とっとと出ていけ。」
自分でも分からない状況ばかりで頭がついていかない。
オロオロしながらでたやっと出た言葉は
「怪しい者ではありません。」
睨まないで下さい。
わからないから答えられません。
こっちが教えて欲しいんです。
怪しさ満載ですよね…。
佐野さんは、腕を組みイライラしてるのか更にきつく怒鳴られた。
「出ていけ!」
あまりの迫力に身体がビクッとして私は、出て行こうと小走りに佐野さんの横を通り抜け見えた玄関のドアに辿りついた。
ドアノブに手をかけ押し開け飛びだそうとしたら、布団のように柔らかな壁にぶつかった。
思わず痛くもない額を撫でてドアを見ると開いてさえいない。
なんで?なんで?
後ろに人の気配を感じて慌てて振り向けば、腕を組み見るからに怒っている佐野さん。背も高く整った顔なので余計に迫力があり恐い。
けれど、開けたはずのドアは開かなかった。逃げ場も無いのでドアの前で立ち尽くすしか出来なかった。
そんな私にじれたのか、佐野さんは内鍵を開けロックを外しドアノブに手をかけ押し開き、出て行けと言うように私を睨み顎でしゃくった。
そんな佐野さんの一連の動きに感じた違和感は、頭から無理矢理追い出した。
やっと出られると勢いをつけて飛び出せば、今度も来たのは柔らかな壁にぶつかる衝撃。
出ようと体当たりまでしてみたけれど押し戻されるだけで出られない。
恐る恐る何もない空間に手を伸ばすと、今度はペタリと固い壁に当たる。何度しても、手の届く範囲は全て壁。
「ふざけてないで出ていけ。」
私の耳元でキツイ口調で言われた。
佐野さんから見たらパントマイムをして遊んでいる風に見えたのだろう。
痺れを切らした様に、テレビで見かけた事の無いような険しい顔で舌打ちをした佐野さんの長い腕が伸びてくるが、それは私の腕をすり抜ける。
息を飲む私と、自分の手をじっと見つめる佐野さん。
佐野さんも私の様子から見えない壁の何かを感じたのか、玄関に入りドアを閉めた。
そして、再びドアを開き当たり前に通路に出た。
見えない壁を通り抜けた…。私だけなの…。
「…佐野さん。ごめんなさい。で…、出られない…。」
あまりにも普通じゃない状況に泣きながら、その場にズルズルしゃがみこんだ。
私、一体どうしちゃったんだろう…。