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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚04章 ~遊探の旅路編~
91/157

05 ザックス、驚く!


《大砂漠》――。

 サザール大陸のおよそ中央部から西部の山脈地帯にまで広がる一帯の砂漠を指して、そのように呼ばれる。

 西端の《ロクセ》、東端の《サンダスト》、という名の二つの街、さらに南北に点在する名もなき小さな町々とオアシスを結ぶいくつかの交易路を支配するのは、『砂漠の民』と呼ばれる人々である。彼らは一定の街に定住することなく、交易を通して生活する。

 東西南北を結ぶいくつかの交易路を通して、周辺の小さな国々は資材を流通させ、自由都市とは異なる経済圏の中で生活を送る。

 唯一、自由都市群と《転移の扉》で結ばれた街《サンダスト》にやってきた一人の若者は、初めて見るその光景に目を丸くし、呆気にとられたまま一言叫んでいた。

「カ、カメだ!」

 彼のその言葉を聞くや否や、三人の同行者達は腹を抱えて笑いだした。

「言った、言った!」

「ほら、やっぱり……」

「まあ、予想通りって奴だな」

 間抜け面を同行者達に笑われつつ、彼は眼前に広がるその光景に呆然としていた。暫しの後、同行者達を振り返る。

「でもよ、カメなんだぜ!」

「うん、そうね」

「分かったから、その間抜け面、いい加減に直しなよ……」

《転移の扉》は街の西側にあり、直ぐ側にある港の埠頭にも似た施設からは広大な砂漠が見下ろせる。カラリと乾いた空気と抜けるような青空が広がるその場所で彼――ザックスを驚かせたのは幾体もの『亀』だった。

 カメである。ただし、『只の』ではない。『巨大な』カメである。

 三十、否、それ以上の数の巨大なカメ達が、のんびりと甲羅干ししているその迫力は筆舌に尽くしがたい。故にこの街を初めて訪れた者は皆、只一言、叫ぶのみである。

『カメだ!』と。

 その大きさは先日《貴華の迷宮》で戦った《イエロードラゴン》をも軽く上回るだろう。甲羅の丘とでもいえばよいのだろうか?

《冒険者》という商売柄、巨大な生き物は見慣れているものの、一度にこれほどの数となるとザックスとて初めてである。

「でもよ、こんなでかい奴らが何かの拍子で襲い掛かってきたら……」

「砂漠の民はカメ達と一緒に長い長い年月を過ごしてきたんだから……。こんな光景、彼らにとっては当たり前なのよ」

「彼らにとってカメは守り神のようなものだからね、一匹でも暴れたりしたら、きっと彼らの生活の全てがひっくり返るだろうさ」

 冒険者らしい心配をするザックスに、クロルやアルティナがひとしきり笑った後で、ヴォーケンが口を開いた。

「今は族長会議の時期だからな。ザックス、オメエ、ついてるよ。ここまでの光景は、滅多にお目にかかれねえからな」

「族長会議?」

「まあ、行けば分かるさ」

 首をかしげる三人にヴォーケンは笑って答えると、つかつかと歩き始めた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



《サンダスト》は街の東側と西側で造りが異なる。

 街の東側には《ペネロペイヤ》と同じ石造りの建物が立ち並び、街の西側には色彩豊かな多数のテントが軒を連ねている。街に定住する事のない砂漠の民は、その場所に幾つものテント村を形成し、商いをとおして情報交換をしながら交流を重ねている。

 一行は、《サンダスト》を縦横に走る大通りを街の東側に向かっていた。広すぎる造りの大通りの向こう側から、一体のカメが砂煙を立てて歩いてくる。巨体を揺らしのんびりと歩くその姿は圧巻である。

 砂地が地響きを吸収するものの、それでもカメの圧倒的な重量感が損なわれる事はない。人々は、大人から子供まで、その光景が当たり前であるかのように気にする事もなく、道を行き交っている。

 ふと、聞きなれぬ笛の旋律がザックスの耳に届いた。

「なあ、ヴォーケン。あんな速さで砂漠を横断するのかよ? 本当に大丈夫なのか?」

 先を行くヴォーケンの背中にザックスは問いかける。振り返ることなくヴォーケンは答えた。

「安心しろ、街中ではゆっくり歩くように《操作士》が、誘導してるんだよ」

「《操作士》?」

 ザックスは首をかしげる。ヴォーケンがカメを指さした。

「あの甲羅の先端に座って笛を吹いてる奴がいるだろ。あれが《操作士》と呼ばれるカメの操り手だ。彼が吹く笛の音色に操られて、カメ共は歩調や行く先を決めるらしいぜ」

「背中に乗ってるのは、何なんだ」

 甲羅の上には、小屋のような形をした置き物が乗っている。着いた時に見た無数のカメの背中にもそれらがあった事を思い出す。

「あれは単なる飾りものさ。カメに感謝と敬意を捧げる砂漠の民の信仰――たしか《やしろ》っていうんだったかな。あれの大きさや形を競って、いろいろと手を加えるのが好きらしいぜ、ここの奴らは」

 結構な重さになるであろうそれを苦にする事もなく背中に乗せ、カメは砂漠に向かってゆうゆうとザックス達の傍を歩き去っていく。どこか眠そうな顔が実にユーモラスである。

「こいつら、何食ってんだろ?」

「さあな、水だけで十分だって俺は聞いてるけどな」

「水だけ……ねえ?」

 歩き去っていく姿を見送りながら、ザックスは首をかしげた。「目がかわいいのよね」と呟くアルティナの傍らで、クロルは興味津々に、歩き去るカメの背中を見送っている。

 ふと、ヴォーケンが立ち止まった。少しばかり険しい表情を浮かべて前方を見つめている。

「どうしたんだよ?」

「いや、妙なモン造ってるな、と思ってな……」

 大通りが交わる街の中心地にあたる大きな広場のど真ん中に、建造中の銅像があった。おそらく砂漠の民の誰かを模したものであろう。足場で囲まれ、九割方完成しているそれは、最後の顔の部分に覆いがかけられている。その向こうでは数人の人足達の威勢のよい掛け声が聞こえてくる。

「銅像くらい……、別に珍しいことじゃないだろ」

《ペネロペイヤ》の大広場にも《聖者の像》と呼ばれる首のない銅像が存在する。小さな国や都市では権力者が己の示威行為として自分の銅像を建てるのは珍しい事ではない。尤も、生きている間にそんな真似をするのは、大抵、ろくでもない奴だと相場は決まっており、死んだ後で暴徒と化した民衆に引き摺り倒され無残な瓦礫と化すのは、繰り返される人の世の習いである。

「いや、定住を好まないここの連中にとってカメが信仰の対象みたいなところがあるからな、あまり人型の置き物は造らねえ筈なんだよ。砂漠の民は砂漠と共に、ってな……。禁忌というほどじゃねえが、あまり好まれることはねえはずなんだが……」

 しばし、眉を潜めていたヴォーケンだったが、すぐに気を取り直し再び歩き始める。一行は大通りを北に北上し、テントが立ち並ぶ区画にあるうちの一つに向かっていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



《サンダスト》の街の西側区画の彩り豊かな円形のテントが立ち並ぶとある一角に、一際大きなものが建っている。

 その外で小さな子供たちと共に、まかないの準備をしていた女性がふと振り返り、声をかける。

「あら、ヴォーケンさん。お久しぶり」

「あんたも相変わらずみてえだな、ルゼアさん、皆、元気なのかい」

「ええ、義母様も大爺様も相変わらずよ。この間もワシに笛を吹かせろなんて大爺様が駄々をこねて、甲羅から転げ落ちそうになったんだから……」

 砂漠の民の衣装に身を包み、そろそろ三十路に至ろうかという年頃のルゼアとよばれた浅黒い肌のふくよかな女性は、朗らかに笑う。その濃い目の美貌は、十分美人の範疇に入るほどに魅力的である。

「旦那は……、ナシェムの奴は中にいるのかい」

「ええ、只……」

 一瞬、彼女が眉を曇らせた時だった。テントの入口の布が大きく翻り、数人の男達が現れた。

「待って下さい!」

「悪いが、話は終わりだ。今回は手を引かせてもらう。ナシェム、あんた達一族とは古い付き合いだが、俺達も一族の生活と将来を抱えてるんでね」

「でも、私達には砂漠の民の伝統が……」

「お前にいわれなくても伝統が大事なのは分かってる。だが、それを守り続けることで、俺達の暮らしは苦しくなる一方だ。それにブリトバ一家の隆盛を見て、流れていく奴らの歯止めが利かねえ。親父さんがいればまだどうにかなっただろうに……。とにかくだ。古い付き合いに免じて、今度ばかりはやつらにつかずに俺達は中立を保たせてもらう」

「そんな……」

 この話は終わりだと言い置いて男達は去っていく。あとにはぽつりと一人、ナシェムと呼ばれた男が肩を落として立っているだけだった。

 妻のルゼアに促され、ナシェムは顔を上げるとヴォーケン達に挨拶をする。

「すみません、折角お会いできたというのに、変な所をお見せして……」

「なあに、いつものショバ争いだろ……と言いたいところだが、どうにも深刻みてえだな」

「ええ、まあ……」

 人の良さげな顔に薄く投げ遣りな笑みを浮かべ、ナシェムは一行をテントに招待する。

「つもる話もありますし、まずは大爺様に会ってください」

「そうだな、今回はちっとばかし、世話になる事だし、まあよろしく頼むぜ」

 二人の後を追って、ザックス達は嗅ぎなれぬ香の焚きしめられたテントの中へと入っていった。




《大砂漠》にはいくつかの交易路が存在する。

 一般に《黄金路プラチナロード》、《白銀路シルバーロード》、《青銅路ブロンズロード》と呼ばれる三種の交易路によって東西南北を結ばれたその場所での交易の利益によって、砂漠の民は生活する。

 特に西端の《ロクセ》と東端の《サンダスト》を直接結ぶ《黄金路プラチナロード》で上げられる利益は大きい。

 大砂漠の西側の山脈とその向こう側の狭い平野部には、ドワーフ郷といくつかの小さな国々、そして諸島連合が偏在している。

 大陸の西側の国々にも創世神殿は存在するものの、その影響力は微々たるものであり、自由都市群や古王国と距離を置く事を望んだ各国家は《転移の扉》の設置を拒絶し、長らく交易路を通しての交易による小さな繁栄で満足してきた。

 ドワーフ郷で造られる質の良い道具や、西側諸国の特産品、特に織物や香辛料などは莫大な利益を上げるため、その往復に砂カメ達を必要とする《黄金路プラチナロード》での交易順路の優先順位を巡って、砂漠の民の部族同士は時折衝突する。

 その解決手段となるのが、彼らの足であり、守り神でもある巨大な砂ガメ達を用いた『カメカメレース』だった。

 数年に一度、利益調整の為に開かれる族長会議での最終的な判断材料として行われるこのレースは、砂漠の民たちにとって生活基盤の確保であると同時に、大いなる娯楽でもある。


 ナシェム達の一族は、一族の有するカメの力もあって、《黄金路プラチナロード》の優先順位を長年独占し、古くから砂漠の民の間に強い影響力を与えていた。数年前に砂漠の民全体を統べる次期酋長になるだろうとみなされていた彼の父親が病死し、ナシェムが一族の長の地位を引き継いだ頃から、砂漠の民の力関係やその生活様式が少しずつ変わり始めたらしい。

 もともと鷹揚な砂漠の民であったが、ここ近年は小さな諍いが頻繁に発生し、族長会議による調停が行われている。

 さらに、有力部族出身のブリトバとその一族の羽振りが急激に良くなり始め、それにあやかろうと多くの一族がブリトバを支持するようになっていた。

 その裏側には、砂漠の民が長年距離を置いてきた創世神殿と自由都市同盟の影がちらほらと蠢いているというのがもっぱらの噂であったが、確かな証拠はない。日の出の如き勢いのブリトバの隆盛は、この街にも影響を与え、この街の大通りの中心にあった古いカメの像を壊して、己の銅像を建てるなどという暴挙に誰もが眉を潜めるものの、面と向かって意見をするものはなかった。長いものにまかれろ、というのはどこの人間も同じらしい。

 加えて砂漠の周回に欠かせぬカメ達の力が、全体的に徐々に衰え始めていると言われており、とりわけナシェム一族の有するカメ、《カメジロー》の力の衰えが近年目立ち始め、前回の《カメカメレース》でも相当な苦戦にさらされたという。《カメカメレース》で勝利するには、カメを有する多くの一族の支援が必要である。たとえレースで一族の有するカメが勝てなくとも優勝したカメが有利にレース展開を運べるように協力すれば、見返りは大きい。

 これまで、ナシェムの一族を中心にまとまってきた砂漠の民の保守層は、いかに協力しても勝つ見込みの薄い《カメジロー》を有するナシェム達を見限って、新しい勢力を作ろうとする者と、ブリトバに協力しようとする者達とに分かれ、僅かに残った者達も、おそらく今回のレースを最後に距離をとることになるだろう。そして、今年のレースを境に、砂漠の民の生活は大きく転換点を迎え、ナシェム達一族の生活はより苦しいものとなっていくだろうと予想された。


 訪れてすぐに憂鬱な話題を耳にしたザックス達だったが、その後は重苦しい空気を振り払うかのように、ナシェムとその一族に歓待された。保存食や発酵食を元にして作られた砂漠の民ならではの味の濃い食事や珍しい果物を振舞われ、聞きなれぬ音色の楽器の調べに耳を傾ける。大人も子供もひとしく笑い合う様は暗澹と広がる未来への不安をふっ切ろうとしているようにも見えた。

 部屋の奥に座っていた大爺様がふと思い出したかのように、ヴォーケンと一族との出会いの慣れ染めを語って聞かせる。

 その昔、ヴォーケンは師匠と喧嘩をして《ドワーフの郷》を飛び出した後、徒歩で《大砂漠》を渡ろうとしたらしい。カネがなく、気合と根性ですべてを解決する年頃だった彼は、当然のごとく行き倒れとなり、運よく通りかかった彼ら一族に助けられ自由都市へと流れついた。

『いやぁ、あの頃は若かった……。無知と貧乏ってのは、おそろしいモンだ』

 酒で満たされた杯を片手に、「がはは」と笑うヴォーケンに、「只のバカじゃねえのか」とテント中の人間が突っ込んだ。

 食事を終えると様々な砂漠の物語を語り部の老人が子供達に語って聞かせる。語られる物語は楽しいものばかりではない。

 暗い夜の砂漠の中を二本の《湾曲刀》を持ってどこまでも追いかけてくる魔人や、巨大な戦鎚を振り回して、幾つもの都市を滅ぼして回った悪魔の話に小さな子供が泣き出す事もあった。

 悪い事をすれば必ず報いをうけ、恐ろしい目にあうことになるのだ、というありきたりな説話は、子供達に砂漠の民としての自覚と役目の大切さ、そして世の中の恐ろしさを無意識に植え付ける役割を果たしているようだ。

 見覚えのあるどこか懐かしいその光景に、ザックス達はそれぞれの故郷の姿を思い出していた。

 初めて過ごす異質な文化の中で、心地良さの中にもどこか居心地の悪さを感じつつ、砂漠の街での初めての夜は、静かにそっと更けていった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 翌日の昼下がり、少しばかり激しい通り雨が止んだ後、ザックスとアルティナは雨上がりの澄んだ空気の中、街の西側の砂の埠頭を歩いていた。

《カメカメレース》を翌日に控え、《サンダスト》の街全体がざわざわとした空気に覆われている。

 明日のレースを控えて、埠頭から大通りにかけては臨時の観客席が仮設され、人夫達がその最終作業に追われていた。

 近くのテント村には多くの砂漠の民が集まり、水面下で様々な駆け引きが行われているようだ。


 レースで使用される区画から外れた場所には幾隻もの交易船が停泊している。

 重厚な造りのそれらは、長年の砂漠の過酷な環境にも十分に耐えてきたらしく、破損個所は丁寧に補修され、揺るぎない存在感があった。

 大きな車輪のついた交易船が鎖で繋がれた巨大なカメ達によって引っ張られることで、砂漠の民は《大砂漠》を横断する。一部の船には海を走るものと同じように帆が張られている。風の勢いで力の鈍りがちなカメ達の負担を減らす工夫のようだ。

「砂漠に船なんて非常識な話だな」

「そうでもないわよ」

 ザックスの感想にアルティナが答えた。

「《大砂漠》の西側には《幻砂海》と呼ばれる、砂の細かい粒が水のように見える場所があるらしいの。そこはカメ達でなければ渡れない……。私もまだ実際に見た事は無いんだけどね……」

「砂が水に?」

「私とクロルは冒険者になる為に《ペネロペイヤ》に来る途中、この砂漠を渡ったの。私達が使ったのは北の小さな街とこの東の《サンダスト》を繋ぐ《白銀路シルバー・ロード》だったから、《幻砂海》は通らなかったけど……」

 アルティナの視線の先には、昨夜、仲良くなった子供たちと一緒に腹ばいになっているクロルの姿がある。彼は直ぐ傍からカメ達の姿が見える高台に寝転んでいた。朝からずっとそこにいるらしく、通り雨で濡れた身体を再び差してきた日の光で乾かしているようだ。年齢こそ違えど、小柄なホビットの姿は子供達の中にまぎれていても全く違和感がない。

「クロルったら、まだまだ、子供ね」

 その光景に、アルティナがクスリと笑った。

「本人が聞いたら、絶対に怒るだろうな」

 同意しながらザックスは頷いた。

 子供たちと戯れるクロルの邪魔にならぬよう、二人はそっと行き先を変え、再び歩き始める。

「ねえ、ザックス、あそこにいるのってナシェムさんじゃない?」

 アルティナの示した先には、その言葉通りにナシェムの姿があった。彼らの歩いている埠頭から見下ろせる少し離れたテント村の区画。その場所にあるテントの一つに、ナシェムの姿があった。話していた男に袖にされ追いすがるものの、邪険に追い払われる。それでも彼は又、別のテントへと向かっていた。おそらくレースの協力を求めて、断られ続けているのだろう。

 一族の長としてその未来を守る為に、彼は必死のようだった。

「私達に何かできる事はないのかな」

 尋ねるアルティナに、ザックスは首を横に振った。

「これはあの人の長としての仕事だからな。俺達よそ者が割って入れば、あの人の立場が悪くなる一方だろ」

 彼ら一族の問題に、ザックス達は口出しをすることはできない。彼を助けるべくは一族の者たちであり、その姿が見えないという事は、これが長としての役割であると任されているのか、あるいはどこか別の場所で協力を依頼しているのだろう。

 一族から正式に依頼されれば、客分のザックス達とて何か手伝えるのかもしれない。尤も彼らに出来る事などありそうには思えないが……。

「そっか……。そうだよね」

 すこしばかりアルティナは肩を落とす。長としてのナシェムの姿に、彼女は《姫君》としての己が背負っている物を重ねているのかもしれない。

 通う先々で次々に断られ、暫しうつむき気味で立ち尽くしていたナシェムだったが、それでも諦めることなく再び別の場所へと向かっていく。その背を遠くから見送りながら、ぽつりとアルティナが言った。

「知ってる? ナシェムさん、子供の頃《泣き虫ナシェム》って、呼ばれてたんだって」

「なんとなく、想像つくな」

 気のいいというよりはむしろ気弱な男というイメージのあるナシェムは、一族の長としてはもう少し威厳が欲しいところである。

「それでね、ナシェムさんとルゼアさんって、一族で決められた結婚とかじゃなくて、恋愛結婚だったそうよ。私ね、昨夜、ルゼアさんにどうして彼を選んだのか聞いてみたの? ルゼアさん、なんて言ったと思う?」

「大方、放っておけなかった、とかだろ?」

 この手の話のあまり好きでないザックスに、たっぷりとミン達の悪影響を受けているアルティナが目を輝かせながら答えた。

「それがね、全然違うの。私もね、始めはそうかなと思ったわ。でもルゼアさん、笑いながら言ったの。『あの人、やる時はやる男だから……』だって、信じられる?」

「いや、全然……」

「……でしょう? ルゼアさんってすごくきれいな人だから、競争率も高かったみたいだし……。一体、二人の間に何があったか知りたくない?」

 アルティナは朗らかに笑った。

 彼女の言うように、浅黒い肌に濃い美貌のルゼアは、砂漠の民らしく懐深い女性という印象を受けた。包容力があるとでも言えばよいのだろうか。昨夜の宴会をしっかり取り仕切り、濃いメンツに押されて存在感の薄いナシェムの傍らで、族長の妻としての十分な貫禄を見せていた。

 決して出しゃばることなく、それでいて如才なく事の一切を取り仕切る縁の下の役割をしっかり果たす若き族長夫婦と、愚痴をこぼし我がままを言いながらも先達者の役割をきちんと果たす老人達、そして元気いっぱいやんちゃ盛りの子供達。

 彼らの姿はこの先この一族にどんな苦難が押し寄せてもきっと大丈夫だろう、という安心感を客人であるザックス達に与えていた。ふと、ナシェムの傍らで朗らかに微笑んでいたルゼアの姿に、なんとなくマリナの姿が重なった。

 創世神殿という特殊な組織の中でイリア達妹分やライアットに囲まれ、確かな繋がりの中で生きる者のみが持ちうる安心感がそうさせるのだろう。

 ――まあ、少しばかり似てるかな。

 ぼんやりとそのような事を考えていたザックスの横顔を、アルティナがじっと見つめている。

「な、なんだよ?」

「ふーん、ザックスはああいう女性が、好みなんだ」

「ちょっと待て、何でそんな話になるんだよ」

「知らない!」

 突然、プイッと頬を膨らませ、彼女はすたすたと先をいく。

「お、おい、何、怒ってんだよ?」

 どうにも分からぬエルフ娘の理不尽な豹変に戸惑いながら、ザックスは慌てて、その後を追うのだった。




2013/10/04 初稿




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