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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚04章 ~遊探の旅路編~
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04 ザックス、旅立つ!

 店内に吹き荒れた奇妙奇天烈な嵐がようやく去っていくと、井戸水を被って頭を冷やしてきたらしく、ヴォーケンはスッキリした様子で現れた。

「全く、口ばっかり達者になりやがって……。そんな暇があったらナイフの一本もしっかり打ったらどうなんだ」

 ヴォーケンの皮肉に、少年は「えへへ」と舌を出す。愛想のかけらもない鍛冶屋の店がそれなりに繁盛しているのは、この鍛冶屋見習いの少年のお陰であることに、当の本人が気付いているのか怪しい所である。

 だが、タイミングの良すぎる登場は、愛弟子の成長を影から見守る親心からというところだろう。店の奥のテーブルに再び着いたザックス達三人分の飲み物を用意すると、少年は再びカウンターへと戻っていく。展示されている商品を取り上げては、一つ一つ丁寧に磨き始めた。

「ずいぶん、繁盛してるじゃないか」

「ふん、まあな、でもご覧の通り、次から次へとバカが湧いて出てきやがる。……ったく、世も末だぜ」

 毒づきながらヴォーケンはカップをすする。

「クロルは裏にいるの?」

 アルティナの問いにヴォーケンは頷いた。

「暫くほっといてやってくれ。今朝方まで徹夜続きで例の物を作り続けていたから、今は泥のように眠ってやがる。小さいなりして大した奴だよ、アイツは」

滅多に人を褒めることのないヴォーケンの心からの賛辞に、驚いたザックスはアルティナと顔を見合わせる。二人の様子を目にしながら、ヴォーケンは続けた。

「その様子だとアイツからは何にも聞いちゃいないんだろう?」

「あ、ああ」

 請求書の顛末があって以来、クロルとは全く顔を合わせていない。自身の預かり知らぬところでの、一連の騒ぎとその事情について、そろそろきちんとした釈明を求めたいところである。

「事の始まりはお前達の武器捜しの時だな」

 クロルが初級職の《技能士》に転職を済ませたその帰り道、新しい武器を購入すべくザックス達三人はこの店に寄った。己の武器の選定に今一つ熱心にならなかったクロルが、《爆片弾》に異常に興味を示していた事を思い出す。

「あの翌日にアイツが一人で現れてな、《爆片弾》の改良案を出してきやがった。作った俺が言うのもなんだが、知っての通りあれは起動に大量のマナを必要とする欠陥品だ。それを威力を落とさずに誰でも使えるレベルまでに改良したい、なんて言いだしやがって。こっちも少しばかり暇だったんで面白半分に手伝ってたら、これが偉く出来の良いものになっちまった。何でもあいつの師匠直伝の特殊な薬剤の調合法を応用したらしくてな、威力のほどはオメエも目にしただろ?」

 ザックスは一つ頷いた。

「試作品をいくつか試して、十分に商品化できる事が分かってからが大変だった。自由都市で新しい品を売り出すにはギルドを通さなきゃならねえのは知ってるだろう? 幸い《招春祭》っていうでかいイベントがあったから、その時までに何とかしようってことになってな」

 自由都市の店で売られるあらゆる品々は、その販売権を管理するギルドが存在する。無用な競争により値段の乱高下を防ぐのがその役割であるが、良いことばかりともいいきれない。

「アイテム屋ギルドは管理する品数が膨大だから、とにかく仕事が遅せぇ。とりあえず伝手を頼ってギルドに仮登録を済ませたんだが……。まあ、そこまでは順調だったな」

 少しばかり遠い目をしてヴォーケンは語る。

「一番のネックは材料の一つである《火晶石》だな。季節がらこの時期の相場は荒れやすいし、俺みたいな鍛冶屋が大量に買い付けるとそれだけで、他の店の奴らに目を付けられちまう。高騰すると他の職人の材料の調達費にも影響を与えるからな。アイツのせいで値段が上がったなんて噂が立とうものなら、ギルドどころか自由都市内で、はぶられかねねえ」

「マジかよ……」

「でもって、クロルの奴がその調達に少しばかり協力してくれて……、そういやお前も協力してくれたんだってな」

「いや、それはまあ……」

 突然に舞い込んできたクロル宛ての請求書の顛末を思い出す。勿論、ザックスは同意した覚えはない。一方的な成行きにさんざん振り回されただけである。

「どうにか、材料の調達もうまくいって製作の方も順調だった。問題なのは宣伝と売り方だったんだが……、こっちの方はお前のところの元気な娘……ほら、名前はミンって言ったかな、アイツが上手くやってくれた」

 丁度ザックスが《エルタイヤ》近辺でイカサマクエストに励んでいた頃に、クロルが一旦店に戻り、アルティナの知り合いだった彼女に頼んだらしい。

「俺は武器屋としての腕は誰にも負けねえが、愛想がないし、要領も悪い。その辺りをあのミンって娘は実にうまくカバーしてくれてな……。《爆榴弾》の噂も実に巧妙に街に広めやがった。ありゃ、冒険者よりも商売人のほうが向いてんじゃねえかな……」

 ザックスにとっては、己のパーティの結束を脅かす只のはた迷惑な女冒険者なのだが、意外な才能があるようだ。

「後は知っての通りだ。アルティナ嬢の力もあって、発表会は大成功。《爆榴弾》はバカ売れで追加注文も殺到中ってところだ」

「その割にはあまり嬉しそうじゃないみたいだな」

「まあ、本業じゃねえからな。副業がバカ当たりしちまって、手放しで喜べねえってのが本音だな」

 ヴォーケンは苦笑いして続けた。

「でも、そこからがな……。《爆榴弾》のバカ売れに目を付けたギルド同士で色々と画策が始まってよ……」

 忌々しげな表情を浮かべてヴォーケンは語る。

「《爆榴弾》がアイテム屋ギルドで仮登録だって事を、どこからか聞きつけた武器屋ギルドのやつらがやってきてウチに登録しろなんて言いだしやがった」

「なんで、ギルドが出てくるんだ?」

「ギルドに登録すれば、以降はギルドを通して所属する各店で売り出せるからな。こっちは生産一本に絞って、ギルドに卸す事になる。売った店から上がるマージンがまずギルドへ、さらに俺達の所に入るって寸法だ」

「それって儲かるのか?」

「今回みたいにバカ売れしそうな新規の品ならな。ギルドが受け取るマージンの額もバカにはならなくなる。それで武器屋ギルドが出ばって来たのさ。『《爆榴弾》は武器として扱われるべきである』って論法でな」

 そこでヴォーケンはククッと笑った。

「さらにそれを横目で見ていた防具屋ギルドまでが参戦してきてな……。『攻撃は最大の防御――故に《爆榴弾》は防具として扱うべきである』ってな。どいつもこいつもマージンの事で頭が一杯らしくて、毎日手を変え品を変え、詭弁を弄してやってくる始末だ」

 あきれ果てるザックスの隣で、アルティナは声を押し殺して笑っている。ヴォーケンは続けた。

「タチが悪いのはギルドだけじゃねえ。なんとか《爆榴弾》を模造して、儲けに乗ってやろうって奴らもわんさかいるらしくってな、さっきの包帯野郎はバラシ損ねて大怪我したらしい。欠陥品だのなんだのと言いがかりを付けてレシピを教えろって押しかけてきやがった」

《ロングソード》を投げ付けられた男はどうやら同業者だったようだ。

「《爆裂弾》を作ってた頃は、そんなモン誰が使うんだ、なんていって冒険者だけでなくギルドの奴らだって誰一人として見向きもしなかったってのに、売れると分かった途端に手のひら変えてきやがって……。気概もなければ骨もねえ。要領だけが物を言う情けねえ世の中になっちまったもんだぜ」

「でも、そのうち、偽物は出回るんじゃない?」

「まあ、当然だな。『自分じゃまともな物を生み出せねえ癖に、他人のモノマネはお上手』なんてカスヤロウはごまんといるからな。その時の為のギルドだ。人間、徒党を組むと自分達の権益を侵す者には容赦がねえ。残酷なほどにえげつねえ手段を平然と行使しやがる。奴らにとっても俺にとっても今は見定め期間。《爆榴弾こいつ》のレシピがどのくらいのカネになるのかってな……」

「作り方、教えちまうのかよ?」

 信じられぬという表情のザックスが声を上げる。誰一人見向きもしないアイテムとたまたま相性の良かった彼の協力の元、ヴォーケンが地道な改良を重ね続けてきた事をザックスは知っていた。ヴォーケンは苦笑いして答えた。

「《爆裂弾》、《爆片弾》とお前にはずいぶんと手間をかけさせたからな。思い出だって色々あるだろうから、納得いかねえのは分からんでもねえ。でもな、俺の店だけで作る数には限界がある。知り合いを巻き込んで人を使ったとしてもな。材料調達の問題、そして、偽物の問題。なにより本業の邪魔にもなりかねん。いろんな要素がからむと《ペネロペイヤ》全体、いや、下手したらもっと大きい世界でのバランスが狂いかねねえ。どうしても調整役ってのが必要になる。それに……」

 一息ついてヴォーケンは続けた。

「富って奴は一人だけが独占しても意味はねえ。多くの者達が富んでこそ、それが巡り巡って自分の元に帰って来るもんだ。自分たちじゃ物一つ作れねえくせに、カネだけせびるギルドの奴らにもそれなりに使い道はあるのさ。質の悪い偽物作る奴らには、俺に代わって奴らが目を光らせ、そこそこのカネをこっちに廻してくれる。長い目で見れば相当な儲けになる。それでいいんだよ」

「そういうものなのか?」

「まあな。これはクロルの奴も了解済みだ」

「どうして、クロルが出てくるんだ?」

 意外そうな表情を浮かべるザックスとアルティナに、ヴォーケンは真面目な顔で答えた。

「当ったりめえだろ。今度の事はアイツの工夫と協力があってこそだ。《爆片弾》のままじゃ、まるっきり金にならねえ、俺の趣味の世界だ。アイツの正当な取り分まで横取りするつもりはさらさらねえよ。俺の誇りが廃っちまう」

 ヴォーケンは胸をはる。彼らしいといえば彼らしい。アルティナがおそるおそる尋ねた。

「ね、ねえ、じゃあクロルの手元には相当な額が入るって事?」

『大丈夫、大丈夫。すぐに倍にして返すから』という酒場での彼の言葉は、あながち出鱈目ではなかったようだ。

「まあな。一財産、以上のものは確実だな。当の本人はそんな事、眼中にねえみてえだが。アイツはもっと先を見据えてるみてぇだしな」

「もっと先?」

 ザックスの問いにヴォーケンは頷いた。

「もともと、お前達の武器探しが話の始まりだっていっただろ。《爆榴弾》ってのは、確かに威力はあるが、戦闘の度に毎度毎度使えるモンじゃねえ。そして既存の武器にかかるアイツの習熟期間をのんびり待っていられる程、お前達の道のりは呑気なモンじゃないはずだ」

「そりゃ、まあな……」

 ザックスとアルティナは顔を見合わせる。

「だから、アイツはアイツにあった物を自分で作るしかないんだ。だが、どんなにいいアイデアがあっても物を作るのに失敗はつきもの。失敗を重ねて工夫を続け、欠点を一つ一つのりこえて到達に至ることこそが、物作りの醍醐味だ。だが、かかるカネだって相当なもんだ。それを見越しての《爆榴弾》の改良だったのさ。あれで入るカネを元手に、アイツは自分の頭の中にある何かをやろうって、考えてるんだろうな」

「クロルの奴、そんなことを……」

 小柄なホビットの顔が思い浮かぶ。仲間に受け入れてまだ日が浅いせいもあり、彼との隙間から生じる小さな不協和音の消し方には、時間のみでなく工夫の余地もある。

「水臭い奴だな。きちんと言ってくれれば協力の仕方だってあったのに……」

人はぶつかり合わねば分かりあえぬ――『貴華の迷宮』でのライアットの言葉が思い出された。表情を曇らせるザックスにヴォーケンは続けた。

「初めてお前がアイツを連れてウチに来た時、お前達、余りうまくいってないんじゃないかと思ってたんだがよ……。あの後もひと悶着あったんだろ」

「まあな……」

 ヴォーケンに指摘されて苦笑いする。クロルに武器の扱いの手ほどきをしようとして結局、上手くいかなかった事を指しているのだろう。

「アイツ、気にしてたぜ……。お前達を落胆させたんじゃないかってな……」

「落胆ってそんな……」

 アルティナも又、表情を曇らせる。

「冒険者としてのアイツとお前達の間の差ってのは、お前達が思っている以上にでかいんだよ。特に追っかける側からしてみればな……。それに気づかず上位者である自分のやり方を押し付ける事が、必ずしも他人の成長を促す訳じゃねえ。先を歩く奴ってのは、大抵、未熟だった頃の己の悩みや不安を忘れて、今の理想を無理矢理押し付けるもんだ。人間の成長ってのは、段階踏まなきゃ駄目なんだよ。まあ、俺も他人の事言えた義理じゃないんだが……」

 彼の視線の先にはカウンターで武器を磨いている見習いの少年の姿がある。

「そいつの長所を見抜いて、それを引き上げるなんてのは、口で言うほど簡単なことじゃねえ。誰かの成長をのんびり待ってられる程、世の中はお気楽でもねえしな。冒険者ならなおさらだ……。《造り手》としてのクロルの半端ない才能を、どう扱うかってのが、お前らのこれからの課題になるんだろうな」

「アイツ、そんなにすごいのかよ?」

 ザックスの問いにヴォーケンは小さく頷いた。

「俺の目から見ても、アイツはまぎれもない《造り手》さ。物を生み出すことの喜びを知り、それに十分以上の情熱をかける程に狂ってやがる。本人の資質だけでなく、きっと師匠の仕込みが良かったんだろうな」

「狂ってる……の? クロルが……」

 首をかしげるアルティナにヴォーケンは笑った。

「まともな奴なら、あるもので我慢し、どうにかやりくりする。我慢できない奴が、己が想像した新しい何かを創造するんだ。『想像するほどに狂い、狂ってるから創造できる、それが《造り手》だ』ってな。こいつは俺の師匠の受け売りなんだが……」

 ふと何かを懐かしむような表情が、ヴォーケンの顔に浮かんだ。

「狂ってねえ奴に物は造れねえ。そんな奴にはモノマネが精々お似合いだ。他人のモノマネをしてそいつの肩書と同じ扱いを受けることで十分に満足なのさ。そのくせ評価だけは人並み以上に求めやがる。時に、本当に狂ってる奴を妬んで足を引っ張ったりしてな。さっきのイチャモン野郎もそうさ。以前はそれなりに《造り手》としての才能はあったんだろうが、半端な才能に胡坐を掻いて満足してるうちに、才能が擦り切れちまったのさ。それでいながら《造り手》としての肩書にこだわり、それでもまわりに身の丈以上の評価をされたい――いつしか、恥も外聞もなく他人に擦り寄り、モノマネしかできなくなっちまった自分にすら気付かない。俺達の世界じゃ、よくあることさ。一度《造り手》としての誇りをなくしちまったら、取り返しは絶対に利かねえ。美味しいとこだけいいとこどりなんてモドキは論外だ! 《造り手》としての絶対条件である『己の価値観』を他者のそれに委ねちまった奴はその瞬間に死ぬ……。《造り手》として終わっちまうんだよ。でもな……」

 ため息混じりに彼は続ける。

「カネを持ったやつらから見れば、そんな奴の方が不安を煽ったりおだてたりして使い易いんだな、これが……。世の中は賢い奴よりバカな奴の方が圧倒的に多い。狂った奴が命がけで生み出したクセのある本物よりも、単純で質の低い紛い物のほうが、バカには理解できるし扱いやすい。そして理解できぬモノはチンケな己を惨めにするだけだから遠ざける。いつも安心でいられる己の小さな世界を守ることばかりに固執して、己の世界を広げるきっかけになる本物の器に己を合わせ、変えていこうとする努力を惜しむから、バカはバカのままなんだな。それでも結局、圧倒的なバカの数はでかいカネへとつながり、必然として紛い物がホンモノとして世の中に溢れ返っちまう。全く嘆かわしいもんだぜ……」

 いまいましげに吐きだすヴォーケンに、ザックスは尋ねた。

「じゃあ、クロルはあのままでいいのかよ?」

「あん?」

「アイツが《造り手》としての才能に恵まれてるんだったら、冒険者やっててもいいのか、って話さ」

「そいつを決めるのはアイツ自身だろ?」

 じろりと二人を見つめたヴォーケンは手元のカップを勢いよくすすった。

「アイツはお前たちと共にやっていくために、新しい何かを模索している。今のアイツは冒険者である事を望んでいるんだ。それに……、俺も今のアイツにはそうある事が必要だと考えている。」

「どうしてだよ?」

 ヴォーケンは一呼吸置いた。暫しザックスの顔をじっと見つめる。

「今回、《爆榴弾》を作るにあたって、一つ大きな問題があった。誰にでも使えるようにする――それは《爆榴弾》を作った者の意図とは全く違う方面で使われる可能性も高くなるってことだ。例えばモンスターとの戦闘という場面だけではなく、人間同士のつまらないイザコザにも……とかな」

その言葉の意味する事を理解し、ザックスはごくりと唾を飲み込んだ。

「俺は武器屋だからな。商売柄、俺が作った物で、俺や俺の大切な者達が傷つけられる場合だってある事に対して覚悟はしてるつもりだ。でもな、アイツにはまだ、その覚悟はねえ。ただ、情熱の赴くままに道具を作り上げ、そこから己の世界を開いていくことしか考えてないんだから当然だ。まだ、若ぇからな……。自分が作りあげたもので、思いもよらぬ光景が眼前に繰り広げられた時、アイツがそれでも造ろうとする意思を持ち続けられるかは分からねえ……。冒険者として様々な現実と向き合うことがアイツには必要なんだよ」

「でも、それは道具を使う側の問題であって……」

 アルティナの言葉にヴォーケンは首をふる。

「世の中、そんなに割り切れるモンじゃねえ。道具ってのは生まれたその瞬間から、人の役に立つと同時に、人を傷つける。優れた物ほどそのギャップは大きい。《造り手》という人種は、それをそういうものだと割り切り、その覚悟をしなきゃならねえ。世の中が決して自分の思い通りに動かないってことを実感として受け止めるにはアイツはまだ若く未熟だ。今回、僅かばかりのマナを起動条件にして、『マナを使えるものならば誰しも』という制限を付けたのはそういうことだ。《冒険者》あるいはそれに類する者達――修羅場に身を置きなれた者の最後の良心の歯止めに期待しての制限だ」

 ヴォーケンは一つため息をつく。

「それでもこいつが守られる事は決してないだろう。それが現実って奴さ……。それでもあれを扱う全ての人間が、見境なく感情の赴くままに扱う事に比べれば、まだ救いはある」

 彼は淋しげな笑顔を小さく浮かべた。

「カネに目がくらんだ心ない奴の手によって、いつかはその制限も外され、危険極まりない道具とされることもあるかもしれない。だが、それでも時間は稼げるはずだ。これまで作られてきたあらゆる道具と同じく、《造り手》が《爆榴弾》という道具に込めた願いを使う側が正しく理解するまでの時間がな……。俺はそう信じている、いや、願っているのかな……」

「…………」

 ザックスとアルティナに言葉はなかった。暫しの沈黙が周囲を包んだ。ヴォーケンはカップをぐいと飲みほすと少年にお代わりを求め、明るい調子で話題を変えた。

「まあ、アイツの事はどうにかなるさ。まだ、走り出したばっかりなんだからな。そんな事よりも問題はオメエの方なんだよ、ザックス」

「へっ、なんだよ、いきなり?」

 名指しされたザックスは当惑する。ヴォーケンはザックスの傍らに立てかけられた《地斬剣アース・クラッシュ》を凝視していた。

「そいつの使い勝手はどうだ?」

 挑むようにヴォーケンは尋ねた。

「ああ、問題ないよ」

 数日前の《騎士の迷宮》でのクエストを思い出しながらザックスは答えた。特異な形状の幅広の刃と彼の背丈ほどもある大きさには、ずいぶんと助けられた場面も多い。《ミスリルセイバー》よりも遥かに威力のある一撃は、上級ダンジョンに徘徊するモンスターに対しての圧倒的なアドバンテージとなっていた。

「問題ない……か。十分に満足しているとは言わねえんだな、オメエ」

 だが、ザックスの答えにヴォーケンは皮肉気に笑った。

「言葉の綾って奴だよ。満足は……してるさ」

 言っておきながら、己の言葉にどこか力がないことを自覚する。

「らしくねえぞ。テメエの命を預ける道具に、あっさり妥協なんかしてんじゃねえ。オメエぐらいの腕前になったら、傲慢であるくらいで、ちょうどいいんだよ」

 ヴォーケンは少しばかり遠い目で呟く。

「そいつはな……」

 その視線の先には立てかけられた《地斬剣アース・クラッシュ》がある。彼は続けた。

「何年か前に《冒険者》達の間で流行ったものでな……。当時、あまり気乗りしなかったものの、売れなきゃ飯はくえねえからよ、試しにいくつか打ってみたんだが……。結局そいつが一番出来が良かったにも拘らず、売れ残っちまった。《造り手》としての己の仕事にいろいろと迷いを抱えてた時期の物だったからな……。お前がそれを選んだ時に直感したんだよ。お前は今の自分に何か迷いを抱えているんじゃねえかってな」

 ヴォーケンの指摘に返す言葉もなかった。

 先日の《騎士の迷宮》のクエストの最中にも、バンガス達に同じ指摘を受けた事を思い出す。先達の指摘をどこか素直に受け取れぬ己の心の中に、認めたくない何かがある事をぼんやりと自覚する。

「オメエをウチの武器庫に入れた時、正直、そいつを選ぶとは思わなかった。そいつよりも出来のいい自信作は幾つもあったからな。たしかあの時、言ったのは『こいつが一番輝いて見える……』だったかな。武器屋としては少々傷ついたぜ」

 言葉とは裏腹にヴォーケンは声をあげて笑った。


 あの日、クロルやアルティナと共に訪れたこの店で、カウンターに並べられたどの武器にもザックスは首を振った。これまで相棒として共に死線を潜り抜けた愛剣ミスリルセイバーに比べれば、どれも色あせて見えたからである。今、思えば、それはヴォーケンなりのザックスへのテストだったのかもしれない。納得しなかったザックスを、ヴォーケンは店の裏手にある母屋の地下武器倉庫へと連れていった。

 魔法錠で何重にも封じられたそこに、自身の仕事の全てを収めてあると言うヴォーケンに促され、彼は足を踏み入れた。魔法光の眩しい光を受けて、怪しく輝く無数の刃の輝きの中からザックスが選んだのが、件の《地斬剣アース・クラッシュ》だった。


「仕方ないだろ。攻撃、防御共に以前よりも上がっているし、何よりこいつが一番馴染んだんだ。前の剣の時みたいに絶対的に信頼できるとまではいかねえが、今のオレが求めてる物に、なんとなく感覚が合っちまったんだよ」

「でも、そいつはオメエの冒険者としてのスキルの大半を無意味にしてんじゃねえのかよ?」

 その指摘に言葉を失った。

地斬剣アース・クラッシュ》の大きさと重さは、攻防力と引き換えに、ザックスの持ち味であるスピードを生かした技の全てが使えなくなっている。《抜刀閃》、《居合斬り》という技は意味をなさない。

 六人という頭数がそろっていた先日の《騎士の迷宮》でのクエストでは表面化こそしなかったものの、自身のパーティでのミッションともなれば、アルティナやクロルとの連携に少なからず影響を与える事になるはずだ。

《魔将》との戦いで砕かれた《ミスリルセイバー》と同型のものが、なかった訳ではない。だが、その存在感の希薄さに直ぐに選択肢から外れることとなった。これまでの冒険の反省として、一振りほど予備の武器に選んだが、それはザックスの信頼を勝ちうるには程遠い。

 ヴォーケンがぽつりと言った。

「あれは《星付き》だったからな」

「《星付き》?」

 聞きなれぬ言葉に眉を潜める。

「星の加護を受けた武器って意味だ。《星護器》なんて気取った呼び方をする奴もいるがな」

「何だよ、それ?」

「表立ってあまり知られちゃいない、知る人ぞ知るってやつなんだがな……。魔導三金――つまり《魔法銀ミスリル》、《精霊金アマルガム》、《神鋼鉄オリハルコン》で造られる武器防具や道具の中には《造り手》のマナと材料の持つ《マナ》、それと道具自身の仕上がり具合が偶然上手く合わさって、通常よりもランクの高い物ができることがある。《造り手》の極限までの集中が大きな要素になることから、俺達の世界じゃ『《造り手》が守護星に強く加護された』なんて言われるんだが、あながち的外れでもねえ。造った物が《星付き》と認められるのは鍛冶屋の勲章の一つだし、バカ高い値段で取引もされる。ただ、そのせいで、多くが金持ちやコレクターの蔵に眠ったままになって、ふさわしい使い手の元でその能力が存分に振われるということは少ない。あの《ミスリルセイバー》は俺が初めて作った《星付き》であり、同時に師匠に初めて一人前と認められたものだったのさ」

 ヴォーケンの言葉にザックスは青ざめる。相手が《魔将》だったとはいえ、それほどに大切な物を壊してしまったという事実に申し訳なさが生まれた。

「その、済まないな、ヴォーケン。そんなに大切なものだったなんて知らなくて……」

 だが、ヴォーケンは声をあげて笑った。

「気にするな。あれはお前にやったもんだし、俺はむしろ感謝してるんだ。お前にあれを贈って以来、日が経つごとにお前はあれに相応しい使い手として成長していった。そんなお前が、あれを持ってそれでも尚、敵わぬ相手がいた。鍛冶屋としての俺も又、更なる高みを目指さなきゃなんねえって事を思い知らされたんだからな」

「なんだか、珍しいわね、いつも自信満々のヴォーケンさんがそんなに殊勝な事を言うなんて……」

 アルティナの冷やかし気味のつっこみに、ヴォーケンはフンと鼻をならす。

「テメエに自信がなけりゃいい物は造れねえし、謙虚さが無けりゃ、何事も向上しねぇものさ」

「それは……、そのとおりだわ」

 なぜかアルティナがその言葉を真摯に受け止める。ヴォーケンは続けた。

「武器屋として情けない話なんだが、あの剣は俺にとって最高傑作、自信と名誉の象徴であると同時に、傲慢と増長の象徴だった。確かに俺はこれまで幾度も《星付き》と評価されるものを打ってきた。客や同業に十分に腕も認められてきた。だが、あれを越えた、と確信したことはまだ一度もねえ。何より悔しいのは、自分が納得できねえものを使い手に選ばせちまった俺の腕の悪さだ! さすがに三度目となると、もはや我慢出来ねえ!」

「三度目?」

 首をかしげるザックス達に忌々しげにヴォーケンは語る。

「ああ、三度目だ。一度目はラヴァン、二度目はウルガ、そして三度目がオメエだ、ザックス」

 懐かしい響きの名前が耳朶を打つ。ザックスとアルティナは思わず顔を見合わせた。

「ラヴァンの奴は口が悪かったからな、悪態をつかれて拒否されたよ。ウルガは何も言わずに首を振っただけだった。俺もあの頃はまだ鼻っ柱が高かったからな。よりランクの高い《星付き》が打てれば、素材なんて関係ねえなんて高を括ってた。使い手の心よりも《造り手》としてのテメエのプライドの方が大事だったんだな。結局、二人は自分達の冒険の中で、その生涯の相棒を見出し、それを手に散っていった」

 じっと宙を見据えるヴォーケンの表情には、複雑な色がいくつも見え隠れする。

「あの時、俺があいつらに相応しい武器を打つ事ができたなら、奴らのその後の運命が変わったんじゃないんだろうか――そんな風に考えたこともある。まあ、こいつは《造り手》の傲慢だな。アイツらの人生はアイツらだけのものなんだから、他人がとやかくいえるもんじゃねえはずだ……。でもよ……、今、又、同じような場面に出くわして、指を咥えて見てるだけってのはさすがにどうかと思ってな……。俺もいい加減テメエのこだわりを捨て去って、一段前に踏み込まなきゃいけねえんだよ」

「アンタのこだわりって……」

 ザックスの問いにヴォーケンは暫し沈黙する。やがてぽつりと口を開いた。

「《神鋼鉄オリハルコン》だ」

 聞き覚えのあるその言葉に、とあるぬいぐるみの姿が思い浮かんだ。譲られた《ドラゴン・キラー》――竜殺しの武器を握った時の感触が手の中にふと蘇る。話のネタとしてよく聞く素材の名前だが、なかなかお目にかかれぬ代物である。

「なんで、そんな物にこだわってんだ?」

 ヴォーケンは一呼吸、間を置いた後で静かに語り始めた。

「そこそこの冒険者になじみのある《魔法銀ミスリル》、《精霊金アマルガム》。金だの銀だの言われるが、こいつらは見た目の色彩がそう見えるのであって、本質的には別モンだ。そして、《神鋼鉄オリハルコン》ってのはな、他の魔導三金と違って、鉱脈から掘り出されたり、ダンジョンでの換金アイテムとして出現する訳じゃねえんだ。あれは人の手のみによって生み出される特別な、いや、奇跡の『鉄』。その希少性ゆえのいろんな伝説くらい聞いたことがあるだろ。昔、それを大量に生み出すことのできた無敵の国があったとかなんてさ……」

 冒険者達の間で酒の肴になる程度の与太話は、無数にある。

「《神鋼鉄オリハルコン道具製作者マイスター》って称号は《造り手》にとって最高の名誉だが、そこに至るまでの道のりは厳しい。特にギルドが幅を利かせる自由都市じゃあな」

 事情が分からずザックス達は首をかしげる。

「まず、素材がなかなか手に入らねえ事。それゆえにそれを扱う確かな技術者も滅多にお目にかかれねえ。《ペネロペイヤここ》程の大都市でも年に数回ってところだ。昔、その名誉に目がくらんで鍛冶屋連中が競って挑んだ事があったんだが、残ったのは失敗作と借金の山だ。成功した奴と失敗した奴の評価の差があまりにはっきりして、ギルド内で色んな対立が生まれたらしくってな、それ以来、奴らは《神鋼鉄オリハルコン》での武器や防具の製作にあまりいい顔をしねえ」

「なんだかややこしい話だわ……」

「全くだ……。ともかく今の俺にはその技術の習得が必要なんだよ」

「あんたでも打てないのか? 《神鋼鉄オリハルコン》の武器ってのは……」

 ザックスの問いにヴォーケンは珍しく焦ったような表情を浮かべた。

「ま、まあな。実はその技術を師匠から学ぶ前に、俺は飛び出しちまってよ……」

 いやあ、あの頃は若かった、などと呟いている。

「でも、ヴォーケン、俺の方はまだそんなに急いではないつもりだぜ。それに手持ちの方も……」

 一人の戦士として強力な武器というのは魅力的ではあるが、希少な材料と技術で生み出されるというならは、値段の方も相当なものだろう。

 上級冒険者になったばかりとはいえ、まだ実績のほとんどない貧乏パーティのリーダーであるザックスには、手の届く物とは到底思えない。そんな彼の言葉にヴォーケンは笑った。

「別にオメエの為だけってわけじゃねえ。これはウルガ達の為でもあるんだ。忘れちまったのか?」

 首をかしげるザックスとアルティナを置いて、テーブルから離れたヴォーケンはカウンターの下の金庫から小さな小箱を取り出し、二人の元へと戻ってきた。

彼らの前にそっと静かに箱を開く。中には、楕円の形をした二つの石のかけらが目の細かい布に丁寧にくるまれていた。

「ヴォーケン、これって……」

 ザックスの表情に緊張が走る。

「ああ、オメエから預かったままのウルガの魂の石だ」

《貴華の迷宮》での《魔将》との衝突の際に、ザックスの腕輪に嵌め込まれていたウルガの石は、綺麗に二つに割れていた。それを回収し、どうにかならぬかとヴォーケンの元に持ち込んだのが、《アテレスタ》から帰ってすぐの頃だった事を思い出す。

「あれから知り合いにもいくつか当たったんだかな、分かった事はこの石がまだ死んじゃいねえって事くらいだ。この石を嵌めこむに相応しい道具を作る為にも、《神鋼鉄オリハルコン》はどうしても必要なんだよ」

 その貴重な石に込められた様々な想いと共に、ヴォーケンは丁寧な手付きで石を包んで箱にしまう。

「でも、自由都市内にはそれを扱える人はいないんでしょう? 一体どうするつもりなの?」

 アルティナの問いにヴォーケンはポリポリと鼻を掻いた。決まり悪げな表情を浮かべて彼はぽつりと言った。

「その事なんだけどよ。俺は……、師匠の元へ、つまるところ《ドワーフの郷》に行こうと思ってるんだ」

「《ドワーフの郷》って……。もしかして、あの《大砂漠》の向こうの?」

 アルティナが目を見張る。

「まあな。ささいなことで喧嘩して飛び出しちまったんで、格好がつかねえんだが……、この際、背に腹は代えられねえ。ついてはオメエらにクエストを依頼したい。俺も少々年食っちまったし、近頃は何かと物騒だ。それで《ドワーフの郷》まで俺を警護してほしい、どうだ?」

 暫しの沈黙が流れる。

「正式なクエストだし、これもいい機会だわ。私は別に構わないけど……」

 アルティナがザックスを見つめる。

「なあ、《ドワーフの郷》って大砂漠の向こうって言ったよな。それって大陸の西の果てだろ? 滅茶苦茶、時間がかかるんじゃないのか?」

 大陸の西岸には小さな国々が集まるが自由都市は存在しない。創世神殿の力が本格的に及ばぬ地では、《転移の扉》で移動する事もできない。広大なサザール大陸を横断するには一体何年かかるか計り知れない。

 心配するザックスの言葉にアルティナとヴォーケンは一瞬キョトンとした表情を浮かべたものの、やがて声を上げて笑った。

「なんだ、お前、《大砂漠》の渡り方、知らねえのか」

「ダメよ、ヴォーケンさん。せっかくなんだから、ザックスにも驚いてもらいましょう」

「そうだな。こいつが『あれ』を言うかどうか、賭けをしねえか?」

「きっと賭けにならないわ。だって私は言う方に賭けるもの……」

 ザックスを蚊帳の外にして、二人は盛り上がる。

「な、なんだよ。リーダーがキチンとクエストの詳細を把握してないと……」

「ダーメッ! 貴方は砂漠を渡ったことが無いんでしょう。だったら今回は私が仕切るわ。日程は往復で四カ月程度とみればいいかしら、帰りは夏の盛りになりそうね」

「まあ、そんな所だな、旅費の心配は必要ねえ。全部、こっちもちだ。《爆榴弾》でずいぶんと稼がせてもらったからな」

「分かったわ。後は……」

 膨れっ面のザックスをそっちのけに、二人は出発の日取りや旅程について相談を始めた。


 その日からしばらくして――。

《ペネロペイヤ》のとある鍛冶屋が、次のような臨時休業の札を出した。

『しばらく自分探しの旅に出ます』

 小さな店ではあったが《招春祭》以来、何かと周囲に話題を振りまいた店主が残したその文言は、この街に暮らす商人や工房主達の間で大いに受け、以来、多くの店で使われることになったという……。




2013/10/01 初稿




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