表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚03章 ~騒乱の都市編~
85/157

42 ザックス、決着する!

「テメエ、おっさんをどこへやった?」

 ザックスの言葉にヒュディウスは可笑しそうに笑いながら首を振る。

「違いますよ、ザックスさん。どこかへ行ってしまったのは貴方達の方です。彼の力は少し厄介ですからね、退場していただいたのです。彼は今頃、突然消えてしまった貴方達を探して、元いた場所を右往左往している頃でしょう。それよりも周囲をご覧になってはいかかですか?」

 その言葉に周囲を窺うザックスの表情に驚きの色が浮かんだ。

「ここは……」

「ええ、貴方には覚えがあることと思います」

 それは忘れもしない、ザックスとウルガ達が《剣の魔将》エイルスと共に戦ったあの場所だった。

「あの場所は皆さんのお陰で閉じざるをえませんでしたのでね。新しく造らせていただきました。尤も今の私の力では前回のものよりも遥かに小さいものしか作れませんが、今の私達には十分だと思いますよ」

《魔将》の言葉通り、さほど、遠く離れていない場所ですらゆらゆらと蜃気楼のように揺れている。

「さて、それでは始めましょうか。さっきの威勢はどこへ行きましたか。やはり、あの方がいないと心もとないとか……」

「ご託はもう十分だ!」

 これはザックス達自身の戦い。アルティナもクロルも同じ考えのはずである。

 ――必ず勝ってこい!

 消えてゆくライアットの視線にそんな思いが込められたのを感じとったザックスは、ヒュディウスに対して戦闘開始の雄叫びをあげた。素早く補助魔法で己を強化し、《抜刀閃》で斬りつける。先ほどと同じような先制攻撃を、ヒュディウスは左手にひと振りの剣を生み出すと、ザックスの一閃をしっかりと受け止めた。見覚えのあるその剣にザックスの顔に驚きの表情が浮かび、慌ててその場を飛び下がる。

「ええ、あなたもご存知の通り、先日、貴方が《狭間の世界》で偶然、召喚した《異界の剣》です。銘を《アークセイバー》と言いましてね、とある『愚か者』の愛剣ですよ」

 僅かに目を細めるとそのままそれを構える。無駄な力が抜けきった全く隙のない片腕での構えに《剣士》としての本能が警告を発した。

「せっかく力が少し戻ったところですし、久しぶりに身体を動かす事にしてみましょう。ザックスさん、お相手をよろしくお願いしますね……」

 まるで剣の稽古をつけようとでもいう軽い言葉と共に僅かに剣先を揺らした瞬間、凄まじい打ち込みがザックスを襲った。反射的に受け切ったもののさらに畳みこまれ、気付けば柄の一撃を頬に受けてそのままあっさりと弾き飛ばされる。慌てて立ち上がったところにさらに強い一撃が叩き込まれる。かろうじて受け切って反撃を試みるも、あっさりといなされて鋭い刃先が腕の内側に赤い筋を付けた。

「お前……」

 一連の流れるような動きにザックスは驚愕する。

「今度は本気で行きますよ」

 その言葉とともに再び流れるような攻撃は、次々にザックスの身体の至る所に赤い筋を生み出し、傷口から血が噴き出してゆく。

 堪らず、左手の《魔法障壁の籠手》を展開して防御に入ろうとしたザックスに対してヒュディウスはさらに踏み込み、《アークセイバー》で一閃する。瞬間、鈍い音と共に何かが砕け散り足元に転がる。僅かにそれに目をやったザックスの心音が跳ね上がる。

 左腕の魔法障壁の籠手があっさりと砕かれ、さらにその下の己の腕の傷口からは血が噴き出している。どうやらヒュディウスの剣には障壁を無効化する能力があるらしい。これまで幾度もザックスの窮地を救ってきた防具をいとも簡単に破壊されたことによる動揺をついて、ヒュディウスはさらに激しく斬りつける。全く手が出ぬままに押し切られたザックスが再び地に叩きつけられた所で、ヒュディウスは攻撃の手を休めた。

「私の剣技はいかがなものでしょうかね、ザックスさん」

 手首を、関節を、首筋を。剣を握らぬ側の手を巧みに使って自在に剣の軌道をコントロールするその動きは、洗練された型どおりかと思えば、時として足蹴りや頭突きなどの実戦的な技で撹乱する。対人戦闘技術を極め尽くしたその技巧にザックスは翻弄され手も足も出ない。

「セイバーとはこういう使い方が理想的なのですよ。巨大なモンスター相手に力任せに剣を振り回してばかりだと、こういう戦いはなかなか難しいでしょう……」

 出会った時よりてっきり魔導士タイプであると思っていただけに、その完璧といってもよい剣技に舌を巻く。

 フィルメイアで一通りの技術は叩き込まれてはいても、《剣士》としてのザックスの剣技はモンスター相手の我流の気が強く、魔法強化によってほぼ同レベルの世界での戦闘においては、対人戦闘技術を確立しているヒュディウスに対して明らかに分が悪い。ザックスの不利を見て取った仲間たちがすぐさま援護に入る。

「ザックス、離れて」

 アルティナの言葉が二人の間を駆け抜けると同時に《ヒュディウス》に向かって《火炎連弾》が襲いかかる。慌てて距離をとりつつザックスは《バッグ》を探った。

 アルティナの火炎攻撃を受け、立ち尽くしたままのヒュディウスは動じることはない。さらに連続するアルティナの《火炎弾》はすべて直前で彼の結界に阻まれ、消滅した。

「そんな……」

 弾着の瞬間、魔人の周囲の青白い炎が僅かに揺れる。アルティナの生み出した炎を自身の生み出した炎で相殺する。扱う炎の色が全く異なるほどの圧倒的な実力差があって初めて出来る事である。

「コノヤロー」

 力任せに《鉄機人》で襲いかかるクロルに対して、ヒュディウスは《アークセイバー》を握ったまま懐に入り込み小さな足払いと軽い体当たりであっさりと地に倒す。「邪魔ですよ」という言葉と共に、まるで毬でも蹴り飛ばすかのように鉄機人を離れた場所に蹴り飛ばした。

「さて、ザックスさん、続きをしましょう、もう十分に回復されましたよね」

 再びザックスに向きあうヒュディウスの視線の先には、《高級薬滋水》で傷とダメージを消したザックスの姿がある。ヒュディウスの挑発に応えるかのように戦闘を再開したザックスは果敢に攻め立てる。

 巧妙な返し技を技術の基盤にすえるヒュディウスに対して、ザックスは決して己の間合いの内側に入りこませずに、圧倒的な剣速を頼みに常に機先を制し続ける。相手の技術力が上である以上、相手に合わせた闘い方は自身の敗北に直結する。

 薄氷を踏み続けるかの如き剣戟戦を繰り広げながらも、ザックスは己のうちから奇妙に湧きあがり続ける高揚感に支配されている事を自覚していた。戦闘前、正確にはラフィーナの死を侮辱し続けるヒュディウスに対して湧きあがる怒りが抑えられなくなった辺りから、彼はその高揚感に支配され始めていた。圧倒的に不利な状況にもかかわらず、彼の精神は、戦士として極めて理想的な好戦状態に支配され続けている。

 ――冷静に、それでいて、熱く。

 まるで何かの魔法にでもかかったかのようにザックスは、ヒュディウスとの心胆寒からしめん剣戟戦をいつしか楽しんでいた。だが、絶対的な技量の壁は彼の高揚感とは関係なく残酷に彼を敗北へと誘っていく。

 ――緻密に、それでいて、巧妙に。

 一見押されているかの如き戦況をヒュディウスは巧みに操り、僅かな隙をついて、己のアドバンテージへとつなげていく。圧倒的な手数にもかかわらず再び地に這ったのはザックスであり、ヒュディウスに至ってはほとんど息も切らしていない状態だった。

 倒れたザックスを踏みつけようとしたところに再び《鉄機人》が襲いかかる。低い態勢からの重量を活かしたタックルに対して小さな舌打ちとともに一瞬ザックスの前から姿を消したヒュディウスは、僅かに離れた場所で態勢を整える。

 二度目のタックルを敢行する《鉄機人》の肩を踏み台にして飛び越えようとしたヒュディウスだったが、自分からわざと体勢を崩した《鉄機人》のバランスに巻き込まれ、うっかり砂地に膝をつく。そのまま転がった《鉄機人》の至近距離から《マナ砲》の一撃が炸裂し、ヒュディウスを中心にして大きな爆発が起きた。

「やった!」

 鉄機人の中で小さな喜びを上げるクロルだったが、晴れて行く爆炎の中には傷一つないまま立っているヒュディウスの姿があった。やはり結界で防いだらしく、ゆらゆらとカーテンのように揺れる青白い炎の結界の中で、身にまとう衣にすら焦げ目一つついていないその姿にクロルは戦慄した。

 地に転がったままの《鉄機人》に無造作に近づいたヒュディウスは、首元を掴み上げるとその細腕からは信じがたい程の膂力で《鉄機人》を引き起こす。怯えながらも左腕で殴りつけようとする《鉄機人》を《アークセイバー》を握ったままの右ひじであっさりとガードする。

「少しだけ大人しくしててくださいね……」

 言葉と同時に一閃する。両足をあっさりと切断され、そのまま殴り飛ばされた《鉄機人》は背後の大岩に強かにぶつけられ、そのまま動かなくなる。どうやら中のクロルはその衝撃で気絶したようだった。

「ヒュディウス!」

 声をかけたアルティナを一瞥すらせずに、ヒュディウスは立ちあがったザックスに向き直る。

 炎弾が、氷塊が、風刃が、雷撃が。

 アルティナによる攻撃魔法が次々にヒュディウスの背に襲いかかるも、それらはヒュディウスを守る炎の結界の前には全くといって効果がない。圧倒的な魔力の差、否、その質の差が歴然としていた。あたかも肌理細かく折り込まれた布地を連想させるようなヒュディウスの炎結界のカーテンの前で、アルティナの攻撃魔法は全て弾かれるようにして消滅し、彼の本体に届く気配は全くない。

 戦闘中にも拘わらず、アルティナに対して一切視線を合わせることなく、ザックスに向かって歩いてゆくヒュディウスの背を、屈辱感で顔を赤く染めたアルティナが睨みつける。

 再びザックスの前に立ちはだかるヒュディウスは、小さな笑みを浮かべると言い放った。

「弱すぎますね……。貴方達は……」

「なんだと!」

「弱すぎるといったんですよ。これでは力試しにもなりません。ザックスさん、あんなに大口を叩いておいて、まさかこの程度で私に勝てるなどと思っていたわけではないですよね……」

 その言葉に心音が跳ね上がる。侮辱された怒りがさらに身体の中の高揚感を押し上げた。そんなザックスに対してヒュディウスは意外な事実を告げた。

「知っていますか? ザックスさん。貴方がのんびりと弱者と仲間ごっこにうつつを抜かしている間に、貴方のお知り合いはすでにマナLVの上限に達しつつあるという事を……」

「なんだと……」

「彼、といえば、お分かりになりますかね……」

 その言葉に直感的に一人の男の姿が思い浮かぶ。『ハオウ』――同期の者達にそう渾名された獅子猫族の男の事を指しているに違いない。

「お前、どうして、それを……」

「さあ、『弱者』は知らなくて良い事ですよ。それとも私を倒して彼の行方を聞きだしてみますか。『弱者』である貴方に出来ればの話ですが……」

 明らかな挑発である事は分かっている。その上でザックスは憤怒する。

 ――自身が『弱者』と侮辱されたからか

 ――仲間をまるで足手纏いのように扱われたからか

 ――『ハオウ』に先を越されていると知ったからか

 それらがどうでもよくなるほどに、頭の中が真っ白に染まる。湧きあがった怒りが下腹から脳天にまでつきあがるような高揚感へと変化したとき、ザックスの身に異変が起きた。

 彼の右腕にあった《ウルガの腕輪》が輝き始め、やがて生み出された光がザックスの右腕を、指先から肩口まで覆っていく。《光の腕甲》とでも呼ぶべき現象をその右腕に宿したザックスの姿に、ヒュディウスは小さく笑みを浮かべた。

「そういえば、貴方にはそれがありましたね……」

 自身に起きた不可思議な現象に気付く事のないまま、ザックスは手にした《ミスリルセイバー》を握りしめ、さらに加速する高揚感に突き動かされるままにヒュディウスに挑む。

 例え、力任せと笑われようと自身の最大の持ち味であるスピードを活かして次々に切りつける。僅かに反撃のヒュディウスの気配を感じ取ると同時に、一時後退をかけ、すかさず剣を鞘に納める。間髪をいれずに《抜刀閃》で襲いかかり、そのまま、《居合斬り》で生み出した幾筋の閃光がヒュディウスを襲う。膂力の弱さと剣と技との相性の齟齬を《光の腕甲》の力によってカバーしつつ、ザックスはこれまで経験した事ないほどに鋭敏な感覚の中で、ヒュディウスに挑んだ。

 だが、対するヒュディウスはそれに冷静に対応する。

 ザックスの生み出した誘いをすぐさま見破った彼は、本命の《抜刀閃》からの《居合斬り》をあっさりと封じる策に出た。

 重ねの厚い《アークセイバー》の強靱な耐久力を活かして己の前方に十分な間合いを取ると、襲いかかる《居合斬り》の軌跡を、剣を衝突させることで僅かにずらし、ザックスの攻撃を尽く防いだ。

 それでもザックスは止まらない。

 彼の剣の軌跡が生み出す制空圏とヒュディウスのそれが激突し、火花をちらす。天井知らずの高揚感に突き動かされるままに生み出されるザックスの攻撃は、少しずつヒュディウスを押し込み始め、彼の制空圏が徐々に小さくなりはじめる。だが、異変はザックスの側に生じた。

 柄を握る指先から広がる違和感が徐々に大きくなり始め、その迷いがザックスの剣速を鈍らせはじめる。

 ――まずい!

 戦士としての本能が、取り返しのつかない何かが一寸先の未来にある事を予感させた。

 だが、全ては手遅れだった。

 右手にかかっていた負荷があっさりと消え去り、その瞬間、《ミスリルセイバー》の刃が粉々に砕け散る。これまで幾多の戦場で共に闘ってきた《愛剣》の最後の輝きにザックスは動揺した。

 そのザックスの一瞬の隙をついてヒュディウスの鋭い一撃が《ミスリルダイン》で守られたザックスの腹部を直撃する。撥ね飛ばされるかのように背中から崩れ落ち、ザックスは砂地に尻もちをつく。

「貴方の力に剣が耐えられなかったようですね。どうやら、悪あがきもここまでのようだ……」

 尻持ちをついたまま倒れたザックスを見下ろしながら、ヒュディウスは言う。だが、そんな彼にザックスは僅かに笑みを浮かべて言い返した。

「お前、冒険者(オレ達)を舐めすぎだよ!」

 傲然と言い放ったその言葉に、不快な表情を浮かべたヒュディウスは構わず《アークセイバー》を振りかぶる。


 ――その瞬間、一筋の閃光が戦場を走り抜け、絶対不可侵の炎の結界をものともせずに、魔人の背後からその胸を貫通した……。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ザックスがヒュディウスに苦戦していた頃、少し離れた場所の大岩にもたれかかるようにして《鉄機人》はその機能を停止していた。ほんの僅かな時間とはいえ気絶していたらしく、押し寄せる背中の痛みを我慢しつつクロルは戦況を把握する

 胸甲板を跳ね上げ、激しく舞い上がる砂塵の中、目を凝らしたその先には、一人、ザックスがヒュディウスに挑む姿がある。自身に《加速》をかけているとはいえ、目で追うのがようやくの二人の戦いに、《クロル》の介入する余地などない。

 今更、自身の非力さを嘆くつもりはない。足りぬ物は仲間たちが補ってくれている。だが、それでも湧きあがる理不尽に対する悔しさは拭いきれない。

「世界は簡単に理不尽をボクに与えるのに、どうしてボクはアイツ一人にすら理不尽を与えてやれないんだ!」

 まだ彼の腕の中には、消えていったラフィーナの重さと温もりが残っている。懐かしい言葉と儚げな微笑みを残して消えて行った彼女の為に、否、それを守る事の出来なかった小さな自分の中にある悔しさを晴らす為に挑んだはずの闘いに、彼の居場所はない。

 世界を生きて行くのに必要なのは腕力や暴力だけではない。もっと別の価値観など世の中にはいくらでも転がっている。だが、それでも、この状況で必要とされるのは強さなのだ。それも圧倒的な……。

 ――間違ってたのかな……ボクは……。

 遠い故郷の懐かしい景色をクロルは思い出す。とても居心地のよかったその場所を彼が飛び出したのは、様々な動機はあれども、やはり抑えきれない冒険への憧れからだろう。ここまで小さな己を支えてくれた《鉄機人》は、両足を切断されて、もう戦闘力とはなりえない。

(ゴメン、師匠)

 ふと、懐かしい老いたひげ面が思い浮かんだ。

 二人でこれを組み上げた日々のことを思い出す。尤も幼い彼はただ横から見ていただけだったのだが……。


 荒れ地を切り開いていくために、時にその小さな身体を酷使しながら、村中で力を合わせて生きる場所を作り上げていく。そのホビットの生活は他種族の想像以上に厳しい。

『小さな身体でも大きな物が動かせたらいいのに……』

 幼いクロルの何気ない思いつきに耳をとめた老ドワーフが、日々の鍛冶仕事の傍らでコツコツとずいぶんと時間をかけて作り上げたのがこの《鉄機人》だった。だが、完成したそれは押しも押されぬ、欠陥品。動作に必要なマナの供給量の絶対的な不足によって、腕をようやく動かすのが関の山だった。

『失敗しちゃったね……』

『うむ。だがな……、技術屋に不可能はないのだ!』

 そういってニヤリと笑った師匠は、動かぬガラクタの傍らに座り込んで、来る日も来る日も思案した。幼いクロルもその隣に座り込んで彼の真似をする。幼い彼にアイデアなど出てくる訳ではない。ただ、大好きな師匠とともに過ごすその時間が愛おしかった。

(そう、そして、師匠は一つの工夫を思いついたんだった……)

 それを思い出した瞬間、クロルの脳裏に一つの名案が閃いた。


「アルティナ!」

 直ぐそばに立ってドラゴンとの死闘の時以上に悔しげな表情を浮かべる、仲間を呼ぶ。彼の呼びかけに振り向いた彼女にクロルは再び協力を依頼した。

「アルティナ、ボクに力を貸して!」

「何か名案を思いついたの?」

「うん、アイツにひと泡吹かせてやれる、とっておきの奴を……」

 慌てて近づいてくる彼女にそれを話す。クロルの話を聞いた彼女は僅かに眉根を寄せた。

「そんなことして大丈夫なの? 鎧が保たないんじゃ……」

 だが、その言葉にクロルは寂し気に笑った。

「こいつはもう駄目なんだ。足を斬られたからじゃない。ここまで無茶苦茶な使い方に耐えてきた代償として、もう魔導靭帯のあちこちが擦り切れかけている。道具として寿命を迎えかけてるんだ……」

 それは大切な師匠の思い出との別れを意味していた。

「だから、せめて、こいつの最後の力とボク達の力を合わせてアイツにぶつけてやりたい! 協力してよ、アルティナ!」

 クロルの切望にアルティナは小さく微笑んだ。

「分かったわ、私にも協力させて。私もね、ザックス流にいえばこうかな、『アイツをブッ殺してやりたい』の……」

 じゃあ、頼んだよ、という言葉を残してクロルは胸甲板を下ろす。その傍らに立ったアルティナが鉄機人を引き起こし、銀白色の装甲に手を触れる。

「準備はいい?」

「ああ、思いっきりやってよ。手加減はしちゃダメだよ。一回だけしかできないんだから」

「分かったわ」

 言葉と同時にアルティナはありったけのマナを鉄機人の装甲に叩き込む。銀白色の装甲に鮮やかな模様が浮き上がってゆく。

 魔力吸収文様マジック・スウィーパー――鉄機人の全身に施されたそれは、マナ不足で動かぬガラクタと化しつつあった《鉄機人》に対する老ドワーフの工夫だった。

 限界値を遥かに超えるマナを吸収する事によって文様の描かれた装甲が徐々に発熱する。

「くっ……」

 発熱する装甲の内側からクロルの苦悶の声が聞こえる。胸甲板の中は相当な温度になっているはずである。

「大丈夫、クロル?」

「ボクは、大丈夫。まだまだ足りないよ。こんなものじゃアイツの結界を打ち抜く事はできない!」

 その言葉でアルティナも覚悟を決める。自分の攻撃魔法を何度も阻んだ忌々しい炎のカーテンと、視線すら合わせようとしなかったヒュディウスに対する怒りが沸々と湧き上がる。

「やられっぱなしは、イヤなのよ!」

 さらにマナが注ぎ込まれた《鉄機人》は、熱によって装甲の一部を融解させつつさらにエネルギーを蓄積していく。


 離れた場所で倒れたザックスの声がクロルの耳に僅かに届いた。

『お前、冒険者(オレ達)を舐めすぎだよ!』

それは間違いなくザックスの合図だった。彼はクロルの事を仲間と認め、後方で逆転の秘策を練る彼らの力を信じていたに違いない。

 ――そう、お前は冒険者(ボク達)を舐めすぎだ!

 背を向けたままのヒュディウスに《マナ砲》の狙いを合わせる。撃てるのはたった一度。失敗は許されない。

 ふと、クロルの脳裏にラフィーナの儚い微笑みがよぎる。彼女の想いをしたり顔で語るヒュディウスの言葉が思い出された。

「ふざけるな! ラフィーナの人生はお前の玩具なんかじゃない!」

 その叫びと共に狙いを定める。

「離れて! アルティナ!」

 指示に従って彼女が大きく飛び離れるや否や、《マナ砲》の閃光が目標目掛けて疾駆する。発砲の反動と同時に胸甲板が弾き飛び《鉄機人》の各部が崩壊してゆく。

「クロル!」

 慌てて、駆け寄るアルティナはバラバラになった《鉄機人》の破片の中に火傷と傷だらけのクロルの姿を見出した……。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 鮮烈な閃光が走り、一条の光線が強力な炎の結界をものともせずに、背中からヒュディウスの身体を打ち抜いた。それはあたかもラフィーナに止めをさしたヒュディウスが行ったその状況に酷似している。

 己を貫いた輝きに呆然とした表情を浮かべるヒュディウスの姿を見てとったザックスは、残った力を振り絞って立ちあがる。同時に失った剣の代わりに、己の光り輝く右腕を武器として、力任せにヒュディウスの胸部に前面から貫手を突きこんだ。

 思わずうつむきながらもヒュディウスはその左手でザックスの光り輝く右腕を掴む。光が生み出す熱で、掴んだ左手からブスブスと煙が上がるのを気にも留めず、ザックスの顔をまじまじと見つめる。

 やがて、そこに不気味な笑みが浮かぶ。それを見たザックスの背に初めて悪寒が走った。くつくつと笑いながらヒュディウスは言う。

「舐めている、そうですね、確かにそうだったかもしれません。では、お望み通り、全力を見せてさしあげましょう」

 次の瞬間、ザックスの腕を握る手に力が込められ、自身の身体に深々と刺さった貫手をあっさりと抜き取った。そのままさらに魔人が腕に力を込めると、ザックスの《光の腕甲》に衝撃が走り何かが砕け散った。同時に腕甲の輪郭がぼやけて消えてゆく。

 二人の足元に、砕けた腕輪の破片と二つに割れたウルガの魂の石が転がった。

 その様子にザックスは顔色を変える。身体の中に湧きおこっていた高揚感がみるみるしぼんでいき、代わりに己の心を占めるのは只の怒りのみとなった。

「ヒュディウス、テメエ!」

 だが、ザックスに笑みを浮かべたまま、ヒュディウスは手の中の《アークセイバー》を消し去ると拳を軽く握る。そして激しい拳の連打がザックスの身体に叩き込まれた。ほんの一瞬で数十発の打撃を受けたザックスの身体はピクリとも動かず、そのまま砂地に放り出された。

「ザックス!」

 彼の身体を放り出し、振り返ったヒュディウスの視線の先には、アルティナと彼女に支えられて立っている傷だらけのクロルの姿がある。二人の顔には驚愕と怯えの色が見て取れた。

「お見事です、やってくれましたね、貴女達は!」

 胸に大穴を開けたまま、凄絶に笑う魔人の姿に二人は言葉もない。反撃によるほんの一瞬の喜びもつかの間、あっという間に状況を逆転させたヒュディウスの力の前に、もはや打つ手はない。確実に差し迫る死の予感が、二人にゆっくりと忍び寄ってゆく。

 と、ヒュディウスの視界に映る二人の表情に変化が現れた。

 僅かにあった怯えの色が完全に消え、逆にそこに闘志が浮かぶ。もはや、切るべきカードは全くないにも拘らず、クロルとアルティナは堂々と魔人と向き合い、身構えている。その姿に僅かに眉を潜めたヒュディウスだったが、何気なく後ろを振り返り、全てを理解した。

「成程、そういう事でしたか……」

 彼の背後には再び立ち上がったザックスの姿があった。すでに武器はなく全く丸腰のまま立ちはだかる彼の姿が、クロルとアルティナに再び闘志を植え付けたらしい。

 その姿に、笑みを浮かべるヒュディウスの背後で、一歩また一歩と前進してくる二人の気配が感じられる。

「ボクはもう、お前の事なんか怖くない!」

「貴方の思い通りになんて、絶対にさせない!」

 生死を度外視して闘う意思を貫かんとするその言葉は、二人が《魔将》という恐怖の象徴の幻想から逃れ、ヒュディウスを対等の敵とみなした彼らの覚悟の現れを示していた。

「結局、貴方なのですね、ザックスさん……」

 ヒュディウスは大きく息をつくとそう呟いた。

「どうやら、貴方にはここで消えていただかなければならぬようです。このままだと、いずれ貴方は私の計画の大きな障害になりかねません」

 言葉と同時に歩み寄る。ヒュディウスの背後から幾つもの攻撃魔法が襲いかかかるも、その全てが結界によって消滅する。最後の力を振り絞ってその小さな身体で直接体当たりをかけるクロルの身体を、無造作に掴んで放り投げたヒュディウスは、ザックスの前に立って、《アークセイバー》を再び取り出した。

 大きく上段に構えるヒュディウスに対して、ザックスはピクリとも動かない。彼の名を叫ぶ二人の声を耳にしながら、ヒュディウスはピクリとも動かぬザックスの様子に小さな不審の念を浮かべて、その顔を僅かに覗きこむ。そして小さく微笑んだ。

「成程、そうでしたか……」

 剣を構える魔人の眼前で、足元の砂地を己の血で黒く染めながら、ザックスは立ったまま気絶していた。すでに限界近くに達していた疲労と全身無数の怪我の痛みに意識を持っていかれたのだろう。


 瞬間、周囲の景色が大きく歪み始める。そして彼らがもといた第31層の大広間の景色が混じり始め、《輝く大盾》を構えたライアットの姿がぼんやりと現れ始める。

「どうやら、ここまでのようですね……」

 呟きと共に《アークセイバー》を納めると宙へ逃げる。間一髪、実体化したライアットが《輝く大盾》と共に二人の間に突撃した。

気絶するザックスの周囲に集まった3人の《冒険者》達を見下ろしながらヒュディウスはその輪郭を徐々にぼやけさせ、《幻像》を映し出した。

「どうやら、今回はこれまでのようです。互いに痛み分けという事にしておきましょう」

 どうみてもザックス達の敗北にしか見えぬが、彼らの与えた深手は予想以上のものだったということだろうか?

「ザックスさんにお伝えください。次はもっと面白い勝負をしましょう、と」

 言い残して幻像は消えてゆく。後にはただ呆然と立ち尽くす四人の姿が取り残された。


 ヒュディウスの退場と同時に、まるで、戦いの終わりを感じ取ったかのように、ザックスの身体がその場に崩れ落ちる。アルティナとライアットに支えられたその身体は、ほとんど虫の息に近かった。顔色を変えたライアットが慌てて治癒を施し、アルティナが回復薬を口に含ませる。

 懸命な治療の効果で、ザックスの顔色が徐々に戻りつつある事に安堵の色を浮かべたクロルは、自身も傷だらけのボロボロの姿のまま、無人の大広間を見渡した。

 闘いの中で壊れた幾つもの道具の破片が無残に飛び散り散乱するその場所は、3人の激闘がいかに凄まじかったかを物語る。

 バラバラになった《鉄機人》の残骸によろよろと近づいていったクロルはその破片を一つ拾い上げた。まだじんわりと熱を持つそれが少しずつ冷えてゆく様子は、あたかも一つの命の終わりを告げるかのようだった。

 それを手にしたまま、クロルはぽつりと呟いた。

「終わったよ、ラフィーナ、ごめんね、キミの仇を討てなくて、でも、いつか……きっと……」

 一筋の涙がその頬を伝い、やがて堰を切ったように溢れだす。泣き崩れるクロルを僅かに残っていた優しいマナの残滓がそっと包んでいった事を、その時の彼が気付くことはなかった。




2012/11/14 初稿




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ