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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚03章 ~騒乱の都市編~
81/157

38 ライアット、語る!

 暗闇の中に静かに身を潜める。

 ケル石のぼんやりとした輝きの中、幾つもの影が己の周囲にそっと近づきつつある事を気配で感じ取る。頃合いを見計らって頭上に光弾を放つと、それを合図にモンスター達が一斉に飛びかかった。上下に大きく飛び跳ねるその動きは実に厄介だが、パターンはさほどかわらない。頭上から襲い掛かってくる複数の影を上手く飛びのきながらかわして、動きの止まったところを《鉄槌メイス》で叩きのめす。補助魔法で強化した腕力で数体のモンスターを一瞬にして叩きつぶし、予備の《円形の盾》で襲ってきた鋭い鉤爪をしっかり受け止めると、そのまま床にたたきつけて力任せに踏みつける。

 一見、野蛮ともいえる闘い方ではあるがその動きに全く無駄はなくモンスターの群れはあっという間に瞬殺された。最後の一匹をメイスで叩きつぶすと物足りぬかのようにそれを振り回しながら周囲を見回す。うっかりのこのこ近づいて来た手ごろな獲物に、一発とはいわず数発叩き込みたい欲求をじっと抑えて、ライアットは戦闘態勢を解いた。転がる換金アイテムになど目もくれない。貧乏パーティに所属する冒険者達が見たら悲鳴と非難の嵐である。

「相変わらず、物騒だな」

 のこのこ近づくザックスの言葉に返事をする事もなく、ライアットは手ごろな休憩場所を探す為に周囲を見回した。

 今の彼の左腕にはドラゴンとの戦闘の際に使用した半紡錘型の《輝く大盾》はない。それの使用には何らかのリスクが伴うらしく、戦闘後のライアットの顔からは若干の疲れの色が消えない。

 直ぐ近くに手ごろな岩を見つけたライアットはそれに腰掛けるべく、ザックスに背を向けた。

 探索開始よりライアットはザックスに対して助言も意見もしない。先ほどもクロルが変節するや否や、ライアットはその場を離れ、周辺警戒の役割を自分から買って出ていた。

 それは決して悪意からではなく、そこに彼なりの意図があるのだという事にザックスはうすうす気付きつつあった。

「小さいのは落ち着いたか?」

 クロルの泣き声は離れた場所にいたライアットにも届いていたのであろう。岩に腰掛けるとライアットはバッグ》から水筒を取り出す。

「驚いたよ、アイツが突然あんな風になっちまうなんて……。もっとしたたかで、しっかりした奴だと思ってたのに……」

「突然……か」

「何だよ、引っ掛かる言い方だな」

 取り出した水筒に口を付けると、ライアットはごくりと旨そうに飲み干した。

「小さいのは突然、そうなったわけではない。そう見えたのはお前の目が曇っているからだ。あれは、ここに入った最初の時からずっと無理をしていた。いや、違うな……。もっと前、この街で暴れ回っていた時からたった一人で無理を重ねてきたのだ」

「おっさん、何、言ってんだよ」

 その言葉に愕然とする。

「考えてもみろ。あれはホビット。大地の守り人といわれる本来穏やかな種族の出身だ。同族の中では小さいのは確かに変わり者かもしれんが、その本質は、荒ぶる自然と共に生き、生と死のバランスの中で形なき物と向き合って生きるのが本来の在り方。目先の事に一喜一憂し、争い事が当たり前の人の世界の中では、己の心を見失うのは当然だろう?」

「でもアイツは、ずっと俺達とうまくやってきたじゃないか。変な発明品を取り出したりしてさ?」

「必死だったのだ。分からんのか、若いの」

 岩の上に座ったまま、ライアットは真正面からザックスを見据える。これまでそのように彼と向き合った事はなかった。ザックスに対して初めて見せる顔だった。

「一年近く前、お前達は皆、同じスタートラインに立っていたはずだ。だが、今のお前は《魔将殺し》の肩書を持ち、そろそろ上級クラスに届こうかという中級冒険者。元気なのだって、今や押しも押されぬ立派な魔術士だ。それに比べて小さいのはどうだ? あの《鉄機人》とやらがなければ、只の足手纏いの存在でしかなかったはずだ」

「待てよ、おっさん、俺たちだって、そんな上等な……」

「分かっておる。侮るな。お前たちが自分達の精一杯で戦い抜いて、それでもいつも満足な結果を得てこられなかった事くらい十分に知っておるわ。だがな、それでも比べてしまうのだ、彼我の差というのをな……。それは人の形をしたものの本能みたいなものだ」

「おっさん……」

「恩師の形見、自分の発明、あるかどうかも分からぬ己の力。そんな物に必死にしがみついて、小さいのはずっとここまでやってきたのだ。時にお前をからかいつつも、折れそうになる己の心に鞭打ってな……」

 泣きじゃくっていたクロルの顔が思い浮かぶ。

「そんな小さいのが頼みにしていた物が、ここにきて次々に崩れ始めれば、弱気になるなという方がおかしかろう……」

「気付いてたのか、おっさん」

「伊達に殿についていた訳ではない。一番後ろにいれば、そのパーティの大抵の事は見えるものだ。お前達に遅れを取りたくない、足手纏いと見られたくない、そんな想いを抱えて小さいのは恩師の残したというからくりの力に頼って、懸命に己を奮い立たせてきたのだ」

 そこまで話してライアットは大きく息をつく。思いつきもしなかった事実を次々に並べたてられたザックスには、言葉がない。

「小さいのは前に進む事に決めたのだろう?」

「あ、ああ」

「ラフィーナといったかな。今の小さいのにとっては、その娘の存在が最後の心の支えのはずだ。誰かのため、あるいは大切なものの為に己が何かをしてやるという事――それは結局、己の自己満足の為であることに多くの者は気付かぬが、それをきっかけに生きるための何かをつかんでいくものだ」

「知ってたのかよ」

「侮るな、と言ったはずだ。その程度の下調べもせずに、お前達に同行などするわけなかろうが……」

「…………」

「お前は少し周囲の人間を侮りすぎるところがある。人の一生は、お前が考えるよりもずっと深く、重く、険しい。確かに愚かな者やあるいは愚かなままに年を取る者も星の数ほど存在するが、それでも人はその置かれた状況なりに何かを考え、懸命に生きていくものだ……」

「だったら、なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ。もっと早く分かっていたら、アイツがあんな風に泣く前に何とかできただろうが……」

 その言葉にライアットの返答はない。代わりに《バッグ》から葉巻を取り出し、火を付けると口にする。吐き出した煙がプカリと浮き上がり、ケル石の輝きの中でぼんやりと広がっていく。


『義父様の悪い癖なんです』

 何かの拍子にイリアがライアットの喫煙について話題に出した事が思い出される。姉妹五人がかりでライアットの悪癖を直させようと、神殿内でてんやわんやの大騒ぎを起こしたことを懐かしそうに話す姿が、脳裏に浮かんだ。そんなザックスを前にして、煙をぽっくりと吐き出しながらライアットはぽつりと呟いた。

「教えたところで、どうなるものでもなかろう」

 その言葉はザックスの勘にひどく障った。

「少し、冷たいんじゃないか、おっさん。急造パーティとはいえ、今のあんたはまぎれもない俺達の仲間だろう。仲間が困難にぶつかってたら庇い合い、支え合うのが当然だろう」

「違うな、それは。単なるお前の都合だ。お前は物事の表面を見ているにすぎん。それに前提からして間違っておる。俺はお前達の同行者であって仲間ではないぞ」

 その言葉に絶句する。思わぬライアットの言葉にまるで頭を殴られたかのような衝撃に襲われ、ザックスは言葉を失った。

「お前は俺の事を仲間だと言った。確かにお前は共に戦った者全てを対等の仲間と認め、受け入れる事のできる人間だ。そのような資質を持つ人間は希少価値であり、お前のもつ美点の一つであろう。だがな、相手も又、同じように考えているかという事とは全く別の問題だ」

 葉巻を口にしながらもライアットの表情は変わらない。淡々と真正面からザックスを見据えて言葉を続けた。

「この探索が終わった後、お前達はともにこれからも歩んでゆくつもりだろう?」

「そりゃ、クロルやラフィーナさん次第だけどな……。そうなっていけばいいとは思っている」

「だが、俺は違う。これから先も、お前達に力を貸す事はあるだろうが、それでも見ている場所も目的も違う。同じ方向を常に向いて共に歩き続ける訳ではない」

「そりゃそうだろうけどさ……」

「大事なことだ。俺は結局のところ、お前達にとっては他人でしかない。そういう人間はパーティ内の問題に波風を立てたり刺激を与える事は出来ても、問題の本質に触れる事はできないし、触れてはならないのだ」

「よく分からねえよ」

「小さいのが苦しんでいたという事――それはお前や元気なのが、肌で感じ取ってどうにかしなければならないということだ。たとえ、俺がその事に気付いていても、決してその事には触れられない」

「なんでだよ?」

「分からぬか? お前達はこれから先も共に歩むのだろう? ならば仲間の感情の機微が理解できなくてどうする。問題の解決ができるのはお前たち自身だけだ。仮に偶然おきた争いの中、他人の俺が口を突っ込んでその時は表面的に上手くいくかもしれない。だが、その次はどうする? さらにその次は……?」

「それは……」

「互いの感情の行き違い、主張の行き違いの差を理解し、どう受け止めて決着を付けるのか。そのやり方はお前達が時間をかけて独自に編み出し、これから見出していかねばならんのだ。リーダーだからといってお前が格好を付けて無理して背負いこめば、いつかはその重みがお前を苦しめて押しつぶし、やがてはパーティそのものの破綻へとつながってゆくだろう」

 ザックスに言葉はない。ライアットの一言一言が重みとなって、彼の心に重くのしかかってゆく。

「たとえ、同じ国同じ種族の者同士であっても人は本来皆違う者。ぶつかり合わねばその差が分からない。結局のところ人はぶつかり合うしかないのだ。ぶつかり合い傷つけ合い、そうやって互いの差をまず認識する。ぶつかった上での互いの差の認識なしに表面的に理解し合うふりをするなど愚の骨頂。だがそれだけではダメだ。その差をどのようにして埋めるのか。その為の技術が必要なのだ」

「技術、なのか……」

「そうだ。時にそれは議論ということもあるだろう。酒を飲んで感情を吐き出して共有する事もあるだろう。殴り合って理解することだってある。共に小さな悪事を働いたりする事も。やり方など種々千万、人の数ほどある。冒険者として時を過ごしてきたのなら、お前だってそれを見てきたはずだ」

 いくつかの出来事が思い当たる。バンガス達と共に過ごした時には、奇しくもザックス自身がライアットと同じ立場に置かれていた事を思い出す。ガンツ=ハミッシュという場所には、そんなやり方が無数につまっていた事に改めて気付いた。

「中には陰惨なやり方もある。混乱の種を俺達のような他所の人間に押し付け、陰湿なやり方でまとまる者達。得てしてそれは手っ取り早い手段であるが、そんな奴らの側からは人は離れていくものだ。いずれは押し付ける相手がいなくなり、最後は互いにそれを押し付け合い無残な末路を迎える。だが貧乏くじを引く事を嫌い、最後に至るまでにいち早く抜けるという利用し合うだけの関係ならば、それも又、一つの方法だ」

 滅びさったであろう己の部族の事がふいに思い浮かぶ。すっかり黙り込んだザックスの姿を眺めていたライアットだったが、不意に小さな笑みを浮かべた。

「知っていたか? あのウルガ達だって随分派手にやりあっていたんだぞ」

「えっ?」

「ああ見えて3人とも気が強かったからな……。いい加減いい年をした奴らが、本気になってやり合う姿に付き合わされるのは閉口したものだ」

 懐かしそうに遠い目をしてライアットは語る。彼にとってウルガ達はどんな存在だったのだろうか。

「結局のところだ……流れる川の中で角ばった石が丸くなり川底に転がるかのごとくだな……。長い時を共に過ごして、ようやくどうにかなれる……かも知れぬのが、人同士なのだ。尤も……」

 溜息とともに、煙を大きく吐き出す。

「その時間が許されぬ間に、突如として奪い去られるのも冒険者の運命、といえるがな」

 その言葉が深く染み渡る。多くのパーティと行動を共にしてきたライアットは、その現場を数多く目の当たりにしてきたに違いない。さらにライアットはぽつりと呟いた。

「小さいのはいずれ大きな壁にぶち当たるはずだ。仲間とは庇い合い支えあうものだというのなら、元気なのと一緒にあれをしっかり支えてやれ」

 壁とはなんなのか、問うたところで素直に答える事はないだろう。そういう考え方をする男なのだとザックスは少し理解した。

 そんなライアットにふと、思いついた疑問をザックスはぶつけた。

「なあ、おっさんの目的って何なんだ?」

「俺の……か、それは……」

 暫し遠い目をしていたライアットだったがザックスと目が合うや否や、ライアットはニヤリと笑う。そこはかとなく湧きおこる悪い予感のせいか背筋に悪寒が走る。このパターンは確か、マリナとの会話の際に頻繁に起きる現象である。

 そしてザックスの予感は見事に的中した。

「今のところは唯一つ。愛娘につきかけた害虫の徹底駆除だな」

 害虫とは誰の事か尋ねるまでもないだろう。やっぱりそういうオチかとがっくりと膝をつく。

「最後にきてそれかよ……。いい話が、台無しじゃねえか……」

 その言葉にライアットは不敵に笑う

「甘えるな。何の故あってお前ごとき若造に、いい話を恵んでやらねばならん」

 ふてぶてしく傲慢極まりない表情でライアットは言い放つ。

「悩んで、苦しんで、とっとと、どこぞのダンジョンでくたばるがいい、若いの。それで全ては丸く収まるんだからな……」

「ふざけんな! あんたの思う通りになってたまるかよ!」

 結局のところ、この男はやはり天敵でしかない。その事実を改めて認識する。

 睨みつけるザックスをふんと鼻で笑い飛ばしたライアットは、小さくなった葉巻を岩に押し付けて立ち上がる。そして二人は互いの武器を引き抜いて身構えた。

 それを合図と見たのだろう。

 先ほどからちょろちょろとザックス達の周囲に湧き始めていたモンスターの集団が、一斉に襲い掛かる。

 暫しの剣撃が周囲に轟き、やがてそれらが静まった後には、再び訪れた静寂の中に立つ二人の冒険者の姿がぼんやりとケル石の光に照らし出されていた。




2012/11/09 初稿




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