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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚03章 ~騒乱の都市編~
76/157

33 ザックス、涙ぐむ!




 様々なアクシデントはあったものの、ボスモンスターを倒した一行は十一層内の開けた場所で最初の露営を行っていた。あいかわらずケル石が周囲を覆って一時離脱が不可能な状況では、モンスターにいつ襲われるとも限らない危険なダンジョン内で周囲を警戒しながら休息するしかない。

 四人のメンバーを交代で見張りに立てつつ、ひと時の休息をむさぼる。広い地下空間内に息づくモンスター達の動向は決して侮れず、うつらうつらとしては目を覚ますという状況では完全な休養という訳にはいかなかった。それでも、常にアルティナとの二人での行動を基準に考えていた頃よりも遥かに行動の幅が広がっている事に気付いたのは、ザックスにとって小さな喜びだった。

 慣れぬダンジョン探索は思わぬ負担をかけるもの。絶対的に経験不足なクロルの心身の状態を心配したものの、当の本人は極めて元気であった。初めてのダンジョン探索で巻き込まれた事件による大きなトラウマもないようで、彼は一人の冒険者としてその確かな一歩を着実に歩んでいるようだった。

 時代の理不尽に大きな怒りを溜めこんでいたザックスに至っては、もともと怒りを翌日に持ち越さぬ主義のせいか、前日に《ケルベロス》相手に発散して一晩眠る事ですっきりした顔で翌日を迎えていた。

 大きなトラブルもなく露営を終えた彼らは、立ちふさがるモンスターを討伐しつつ、最終層を目指して一路邁進していた。




《アテレスタ》地下に広がるダンジョンの構造は十一層あたりから少し様変わりし、複雑な迷路層と広大な地下空間層が交互に現れ、先を急ぐザックス達の行く手を遮っていた。

 多くのパーティと共に無数のダンジョンに挑戦してきたライアットによれば、このような構造のダンジョンはさほど珍しい訳ではないらしい。ただ、その多くが未踏破迷宮として協会に登録されており、踏破するには何かと面倒である事が、冒険者達を敬遠させる原因の一つになっているようだ。

 十一層以降完全に前人未到の領域になっている迷宮に徘徊するモンスター達は、標準のものよりも一ランク程度強くなっている分、討伐時に得られる換金アイテムのレベルも僅かに高い。もっとも出現モンスターの種類はありふれた物であり、当然得られる換金アイテムにもさほど珍しい物は見当たらない。

 回復役のライアットの存在とガンツから送られた物資のお陰で、攻略中止を常に意識させられるほどの物資不足に陥る心配は全くないものの、攻略を無事に終えた後での細々とした収支の結果はおそらく、色よいものではないであろう。

 ミッションを組む数多のパーティのリーダー達の苦労が己に覆いかぶさってきつつある現状を、ザックスは今初めてひしひしと肌で感じていた。

 内部情報の少ない迷宮攻略では、実利的な面で得られる物は少なく、多くの場合その収支はよくてトントンか若干の赤字であることが多い。それを考慮せずに果敢に未知の領域に挑んだパーティが得られるのはほとんどの場合、名誉のみである。それをどうとらえるかは人それぞれであるが、名のあるパーティの多くが、そんな経験をより多く積み重ねていることはまぎれもない事実だった。

《魔将》という疫病神に取りつかれた事が原因で始まった初めてのミッションは、小生意気な新参者や無愛想なベテラン冒険者という新たな要素が加わる事で、ザックスとアルティナに、これまでとは違った一面を見せるパーティ行動を味わわせた。だが、モンスターとの遭遇率が上がり行動に余裕がなくなり始めた頃から、それまで順調だったこの急造パーティの連携に少しずつ綻びが生まれ始めていた。


 現れた《ヘルハウンド》の群れに対して、アルティナが《火炎連弾》で先制の一撃を加える。

 動きの速い《ヘルハウンド》の群れに対してのそれはあくまでも牽制であり、魔法障壁の籠手を展開しながら収まりつつある爆炎の中心地に飛び込んだザックスは、最も大型の物を最初に仕留めた。すぐさま一時後退をかけてばらばらになった群れが態勢を立て直さないうちに、周囲の幾匹かを《連続斬り》で仕留めて牽制する。

「ザックス!」

 アルティナの声と同時にその場に身を伏せる。二人だけのパーティとして長い時間を共に過ごしてきた二人は、このあたり阿吽の呼吸で意思が通じている。身を伏せたまま、彼女の再度の攻撃魔法によるモンスターの掃討を待つザックスだったが、彼の頭上を走ったのは見慣れぬ光線の軌跡だった。

「クロル! どいて!」

 アルティナの声で背後の状況を素早く察知したザックスは、その場から転がって離れると、慌てて立ち上がり、打ち漏らされた一匹が飛びかかってくるのを横なぎに払う。すぐさま振り返ったザックスの視界には、その傍らを駆け抜けて隙だらけになったアルティナに向かって、二匹の《ヘルハウンド》が飛びかかる光景が映る。予想外の事態に、間合いと威力の異なる魔法に切り替えようと精神を集中していたアルティナは対応が遅れ、棒立ちになっていた。

「逃げろ」とザックスが叫んだ瞬間、彼女の前に立ちはだかったライアットが《鉄槌メイス》と《シールド》を使って上手く処理して事無きを得る。気を抜くことなく周囲を見回して打ち漏らしがない事を確認すると、ようやくザックスは一息ついた。

「クロル、危ないじゃない、どうして邪魔するの?」

 一瞬、ひやりとした場面に出くわしたアルティナが、彼女の前に立つ《鉄機人》の中のクロルに抗議する。

「ゴメン、ゴメン。でもさっきよりは威力が上がってるだろ」

 クロルの呑気な答えに、アルティナがさらに反論した。

「バカなこと言わないで。あの程度の威力なら私の攻撃魔法の比じゃないわ。あのタイミングなら十分に一掃できたのに貴方が飛び出したおかげで、危なかったじゃない!」

 先ほどから、何度となく繰り返される光景である。

《鉄機人》の右腕に取り付けられたマナカノンは、当初の予想に反してダンジョン内に出現するモンスターの多くを一撃で仕留めるほどの威力を備えていた。ザックス達と同様に理力値MAXを誇るクロルの力も相まって、彼の体力が十分に保つ間は、攻撃力としては一見、合格水準に達しているかのように思えた。だが、それはあくまでも敵が一体の場合であって、先ほどのような集団戦における動きの速いモンスターに対しては、命中率の悪いその武器はほとんど無力といってよかった。

 その弱点にすぐに気付いたクロルは、持ち前の器用さでマナカノンを調整し直して、拡散照射なる対複数攻撃用の戦闘手段を編み出した。だが、規定時間内における一度の発砲の為のマナの充填量には上限があり、当然、複数の敵に対して向けられる威力は一匹に対するものよりも格段に落ち、実に中途半端だった。《欠陥武器》――かつてザックスが翻弄させられた《爆裂弾》と同じ称号を十分に与えてよいと思われるそれの扱いを巡って、パーティ間で小さな対立が生まれつつあった。

 この探索が実質3度目となるクロルは今、かつてのザックスと同様にそのマナLVが急激に上昇しつつある。只でさえ力も経験も不足している彼の成長は、この先、予想されうる難敵と対するにあたって不可欠だった。

 武器の扱いを苦手とするクロルであるが、戦闘時における状況判断能力と発想力については目を見張るものがある。彼の信条ともいえる創意工夫の精神を以て、一戦ごとに様々に模索する一方で、そのとばっちりを受けているのがアルティナだった。

 これまでザックスとの連携に慣れきっている彼女にとって、クロルが生み出す不協和音は、状況に応じて攻撃魔法を使い分けるために集中する彼女の身の安全を、度々脅かしていた。探索開始時より、パーティ内の問題に関して一切口出しせずに沈黙を守り続けるライアットのさりげないカバーによって、事無きを得ているものの、戦況を不必要に混乱させられ思い通りに事が運ばぬアルティナのストレスは、相当なものであろう。

 先頭を行くザックスも又、同様だった。

 安定した後方からの援護が得られず、後ろの二人の小さな諍いを常に気にせざるをえない状況にあっては、おちおち前だけを見ている訳にもいかず、結果として、その行動に大きな躊躇いを生じさせることとなっていた。

 合わぬ役割を無理やり押し付けられて不満を募らせるよりも、状況に応じて自分から考えて動く方がよいとする己の信条を以て、型にはまらぬクロルの長所を伸ばすべきだとするリーダーとしての彼の判断は、結果として、不満を募らせるアルティナの抗議の視線との板挟みに遭い、苦慮することとなっていた。

「また、来るぞ!」

 周囲を警戒していたライアットの声と同時に、再び《ヘルハウンド》の群れがザックス達の前に立ちはだかる。

「クロル、ここは一旦アルティナに任せて、お前は防御に徹してくれ!」

 最も合理的であろうと思われる指示を残して、再び先ほどと同じ要領で、群れに挑む。

 上手く陽動に成功して群れを誘導したザックスが、後方からの合図と同時に再び地に伏せる。瞬間、その頭上をアルティナの生み出した火炎連弾に加えて、見覚えのある光線が走り抜け、想定以上の爆発を起こして、《ヘルハウンド》の群れもろとも地に伏していたザックスを巻き込んだ。ぱらぱらと降ってくる小さな石片に埋もれつつ、爆発に巻き込まれたザックスの身体はぴくりとも動かない。

「クロル、ザックスの言葉が聞こえなかったの? 防御に徹してくれって言ったでしょ!」

「攻撃は最大の防御って言うだろ!」

「それは屁理屈よ!」

 こんがりと焦げ目がついたまま倒れ伏して動かないザックスをそっちのけに、二人の口論は途絶える様子もない。

「苦労するな……。若いの……」

 天敵であるライアットに傷を回復させられつつ、しみじみとかけられた言葉と同情の視線を受けて、悩めるリーダー、ザックスは、己に降りかかる試練の重さにとうとう涙したのだった。




2012/11/02 初稿




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