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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚03章 ~騒乱の都市編~
75/157

32 ザックス、唖然とす!




 新たな知識を得たザックスとその仲間達一行の道程は順調だった。

 彼らの前に広がる広大な地下世界はケル石の効果でぼんやりと仄明るく道を照らしだされている。

 この未踏破迷宮は通路や迷路が入り組む通常の構造とは大きく異なり、第3層以降、小さな都市が丸ごと一つすっぽりと収まるほどに広大なフロアが連続していた。時に古い遺跡の様相を示すようなフロアは、協会の手が入ったダンジョンとは異なり、ケル石のわずかな輝きのみが辛うじて周囲の光景をぼんやりと照らしだす。広大な空間の端々ではマナによって生み出されたモンスター達の息遣いが感じられ、ぽつりと彷徨うアンデッド達の鎧の金属音が悲哀の音色をたてて木霊する。

 様々な事情で《魔将》との邂逅から数日の時を徒に消費してきただけに、極力、無駄な戦闘を避け、次のフロアへと続く通路を探す事を最優先として、一行は先を急いでいた。てんやわんやの楽しげな道中事情の裏側で、《魔将》が示したラフィーナの現状を心の中で誰もが憂えるものの、焦ったところで如何ともし難い。最下層に辿りつけば全てがはっきりする――その事実を胸にして、誰もが一切、その事を口にしようとはしなかった。

 一人ではほどほどにてこずるであろうモンスター達を相手に、洗練という言葉とは程遠い強引な力押しで一蹴して、道を切り開く。大きなトラブルもなく進みつつあった彼らにとって、最初の試練が訪れたのは第10層の大広間へと続く扉の前に差し掛かった時だった。




「おお、ようやく来たか」

 予想だにしない者に予想だにしない場所で親しげな態度で突然声をかけられ、パーティの誰もが困惑した。

 ダンジョンの中で、探索中の別のパーティに出会うというのは良くある事。声を掛け合い、道を譲り合うのは冒険者協会推奨の正しいマナーであるが、大抵の場合はガンを飛ばしあって、言葉ハッタリ実力行使寸前ボディランゲージで決着をつけるのが一般的な冒険者クオリティである。時にダンジョン内で肉体言語ガチンコで立ちまわり、登録酒場のマスター共々、大きなペナルティを喰わされる間抜けなパーティが酒の肴にされる事も珍しくはない。

 ただし、それは通常の場合である。

 今、この迷宮を攻略しているのはザックス達だけであり、当然、彼らに声をかける者など存在はしないはずである。彼らに声をかけたのは、扉の側の大岩に座り込んでいた全く見覚えのない全身甲冑フルプレートだった。明らかにオーダーメイドと思えるその造りは、機能美とは少々かけ離れた無駄な装飾が端々に施されており、年代物という言葉を感じさせる。

 当惑して言葉も出ない4人の姿を尻目に、ザックスよりも若干小柄で太めの体躯の古ぼけた全身甲冑フルプレートは感心したように続けた。

「ほう、この混戦の中、従者を3人も連れてやってくるとは……。あっぱれな事よ。お主、どこの部隊のものかな?」

「えっ、ボ、ボクの事?」

 声の主と似たような全身甲冑姿の《鉄機人》の中で、クロルが面食らう。

「あ、あんた、一体誰だよ?」

「ワシが誰か、だと?」

 腰を掛けていた大岩の上にやおら立ち上がると、全身甲冑フルプレートはなぜか興奮気味に語気を強めた。

「無礼者、己らの主を忘れたと申すか!」

「そんなこと言われても……」

 機嫌を損ねつつある眼前の全身甲冑フルプレートは、他者の話を聞く、とか、状況を推察するという感覚を持ち合わせていないらしい。大岩の上で一人勝手に憤慨しはじめたその姿に、ザックス達は当惑するばかりである。

「よいか、その萎びた脳みそによく刻み込むがよい。我こそは……」

 僅かに言葉を切る。どこかで見た演出だな、と記憶を探る。

「大陸の救世主にして勇者王、《冒険者》としてその名を知らぬ者など誰一人としておらぬ、ウォーレン一世建国王その人なり!」

 周囲に再び沈黙が訪れる。拳を突き上げ大岩の上で堂々と名乗りを上げて胸をはる全身甲冑フルプレートの言葉は、聞いた者をさらなる混乱に陥れた。

「ウォーレン一世って……あの……?」

 それは、つい先日、ザックス達と多くの人々によって、めでたく終止符のうたれた国の創設者にして初代国王の名である。庭園に造られたすらりとした長身に知的で整った顔つきの銅像と目の前の小柄な全身甲冑フルプレートの体つきは明らかに一致しない。

「何をバカなこと言ってやがる」

「バカとはなんだ、バカとは! 無礼であろう!」

「よりにもよってとんでもない名前を騙りやがって……。顔をみせてみろ!」

「むぅ、それもそうか……。 仕方ない特別に見せてやろう」

 言葉と同時に鉄仮面をとる。その下の予期せぬ姿に、アルティナが小さな悲鳴を上げた。

「く、首が……」

 あるはずのものが無い。その光景に誰もが絶句する。説明のつかぬ事態の連続に誰もが当惑していた。

 当の全身甲冑フルプレートは兜を脱いだ瞬間、ぴたりと動かなくなってしまった。一向に動こうとしない全身甲冑フルプレートの姿にザックス達は顔を見合わせた。

《鉄機人》に乗ったクロルが大岩に飛び上がり、鎧の中を覗き込む。

「中は空っぽだよ……」

 脱いだ兜を抱えたまま微動だにしない全身甲冑フルプレートの全身をつぶさに観察していたクロルだったが、やおら、その兜を取り上げ、元の場所に取りつける。

「おお、ようやく来たか、ほう、この混戦の中、従者を3人も連れてやってくるとは……。あっぱれな事よ。お主、どこの部隊のものかな?」

 再び自称、初代国王が語り始める。気さくに肩を叩かれ、《鉄機人》の中のクロルは戸惑った。

「シュールね……」

 大岩の上で仲よく肩を組む二体の全身甲冑フルプレートの姿にアルティナがぽつりと呟いた。

「なるほど、そういう事か」

「おっさん、何か分かったのか?」

 一人合点がいったかのようなライアットにザックスは説明を求める。これ以上、理解不能な事態が続けば、本当に脳みそが萎びかねない。

「非常にレアなケースではあるが……、どうやらあれはリビングメイルのようだな……」

「リビングメイル? 何だよ、それ……」

「時折、迷宮内で死んだ者の強い意志や、怨念、あるいは魂といったものが、マナの力を借りて死霊レイスとなるのは知っておるだろう?」

「ああ、実際に見た事はないけど……」

「あれはおそらくそういったものが、生前、着用していた鎧に取りついてしまったのだろう……」

「じゃあ、あれは本当に国王御本人なのですか?」

「取りついた魂がそう言う以上、おそらく間違いないだろうな」

「マジかよ……」

 歴史は歪む――そんな言葉がぼんやりと脳裏をよぎる。500年という時間の長さによって、白い物も黒くなってしまう現実の前には、真実を求めて今を必死で生きる者達の苦悩など、なんと馬鹿馬鹿しいことだろうか。

「ね、ねえ、この人、どうにかしてよ……」

 自身の武勇伝を延々と語り続けるリビングメイルの傍らで、クロルがうんざりとした声で助けを求めた。己の事を語るのは好きだが、他人の話を聞くのは嫌なようだ。

 仕方なくザックスが助け舟をだす。

「なあ、国王さん、あんた、何でこんな所にいるんだ?」

 無礼極まりないザックスの言葉だったが、リビングメイルは特に気にした様子もない。

「うむ、あれは思い起こせばおよそ三か月前……」

 目の前にいるのはリビングメイル。きっと彼に顔があれば、遠い目をして過去に思いを馳せているのだろう。

「強大なフィルメイア帝国を瓦解させ、新たな国の統治機構整備という足元固めの作業の為、山の如く散在するチマチマとした無理難題の処理に飽き飽きし始めた頃、建設中の新都の真下に新たな迷宮が見つかったという知らせが我が元に舞い込んだ。紙と玉璽ぎょくじ以上の重さの物を持つ事の許されなかった毎日にうんざりしていた我は、一も二もなく飛び付いた。我と同じく平凡退屈極まりない領内見回りの日々にヒステリー寸前だった武官達100名近くを連れ、熱き冒険に胸を躍らせていたあの懐かしき頃のように、迷宮内に分け入り、モンスター達を相手に溜まりに溜まった鬱憤をはらしてまわったのだ」

「おい……」

「文官の人達は何も言わなかったの?」

「うむ、皆、快く送り出してくれたぞ」

 その言葉にアルティナが怪訝な表情を浮かべる。どうにも話がキナ臭い。いくつか気になる事もあるが、構わずに話を続けさせる。

「最初の頃はそうでもなかったが5層辺りからはモンスターの数も増え、ついに山の如くあちらこちらから現れたやつらと大乱戦になっての……、その後は……、覚えておらんな。おそらく戦闘に疲れてそのまま眠っておったのだろう。そこに現れたのがお主達という訳だ」

 彼の話に言葉もでない。

「ところで他の者達はどうした? 我も十分に休んだ事だし、そろそろ、先を目指したいのだが……」

 大岩の上できょろきょろと周囲を眺める。当然、彼の望む者達の姿など見つかるべくもない。

「ね、ねえ、ザックス」

 アルティナが小声で袖を引く。

「ああ、どうやら気付いてないみたいだな。自分が死んでるって事に……」

 彼らの実力がいかほどのものであったかは知らぬが、おそらく、大乱戦となった際に全滅したのだろう。真実を告げるべきか否か、悩むところである。なんとなく沈みがちな空気に、クロルが珍しく気を利かせた。

「で、でも驚いたな。ウォーレン一世といえば、悪の帝国を倒した伝説の三英雄の一人だろう。実物に会えるなんて感激だな」

「ちょ、ちょっと、クロル。それは……」

 慌てて、アルティナが制止する。ウォーレン達が倒した帝国とはザックスの祖先達の事であり、眼前のリビングメイルはいわば彼の仇ともいえる。自身のルーツを大切にする妖精族の目から見れば、これは非常に微妙な問題である。アルティナの態度にようやく事情を理解したクロルは、決まり悪げに詫びの言葉を述べた。

「別にいいよ、過ぎ去った遥か昔の事だ。そんな事、いちいち気にしてたら、やってられねえよ」

 さばさばとした表情のザックスに僅かに安堵の色を浮かべる二人の妖精族の仲間たちだったが、混乱の元である肝心のリビングメイルが意外な事実を口にした。

「伝説の三英雄だと……。大げさな。我らはもともと出自もはっきりせぬ只の流れ者だぞ」

「えっ、そうなの……」

 クロルは驚きの声を上げる。

「うむ。我らはもともと只の貧乏な《冒険者》だったのだ。その日の糧にも困る有様でな。ある日、とある街に入ろうとしたのだが、生憎人頭税が払えなくて、詰所の前でゴネていたら、同じような境遇の者達が集まり始め、だんだん騒ぎが大きくなってな……。気付いたら街を乗っ取って、いつのまにか打倒帝国の旗印に担ぎ上げられておって……。まあ、後はノリだな……」

「おい、ちょっと待て……ノリって……」

 絶句するザックスに構わず、リビングメイルは続ける。

「グリフォンに乗って天空を駆け巡る帝国の騎士達の姿は、実に見目麗しく女達にももてはやされた。それを見ながら嫉妬していたのは事実だな。彼らの戦闘力は確かに脅威だったが、なにぶん絶対数が少ない。圧倒的なグリフォンライダーの力に頼り切った為か、帝国の一般兵はかかし同然。巨大な統一帝国の力により長い平和の時代が続いたせいか、一度、勢いづいた反帝国勢力の炎はあっという間に大陸中に燃え広がり、神殿の後ろ盾もあって、あっさりと帝国は瓦解した。気付けば我は新たな国の王の一人に祭り上げられておったというのが、真相だ」

「…………」

「今思えば、気の毒な事をしたと、少し反省しておるのだ。あの日、税を徴収すべく我が前に立ちはだかった役人達は、己の職務に忠実だった訳だ。結局、新王国の統治制度は旧帝国の模倣そのものであったし、統治する側に回るとそういった者達の苦労があって国が成り立つという事が良く分かる。権力というのはたしかにうまい思いをさせてくれるが、その為には山積みの雑事を一手に引き受けねばならん。責任などという形の見えぬ良く分からん重荷を背負わされてな……。自由気ままな《冒険者》暮らしの方が、我には性にあっていたかも知れん」

 およそ500年前のフィルメイア帝国滅亡の一部始終は、様々な演劇や戯曲の題材として大陸に住む多くの民衆達に語り継がれている。創世神の啓示をうけた3人の凛々しい若者達が圧政者の手先である悪漢による妨害を受けながらも苦難と試練を乗り越える。ついに彼らが美しい花の咲き乱れる湖畔で出会い、悪の帝国を打倒すべく剣を合わせて誓いを立てる場面では、多くの観客達が感動にうち震える。

 それらがすべてフィクションであり、幻想を粉々に破壊する程の説得力ある生々しい現実が、当事者の口から語られた訳であるから、聞いた者達の動揺は計りしれない。何よりも下らぬ嫉妬とノリが原因で討伐され、大陸の南端へと追い立てられたザックスの祖先達の無念は、忍んでも忍びきれない。

「惨いわね」

「全く……」

「元気をだせ、若いの」

 歴史の真実に愕然とするザックスに、三人の仲間達の同情がよせられる。

「だ、大丈夫。気になんかしてねえよ。オレは、お、大人だ……」

 言葉とは裏腹にザックスの拳は震えている。勿論、やるせない怒りによって……。

「こういう言い方はどうかと思うけど、まあ、彼も報いを受けた訳だし……」

「どういう事だよ?」

 アルティナの言葉に、ザックスが怒りを抑えつけたまま小さく尋ねる。

「文官達が彼とその部下をこのダンジョンに快く送り出した、って言ってたでしょ。おそらく戦乱から統治と安寧の時代を迎えるに至って、その環境に適応できそうにない戦馬鹿達を統治能力に乏しい国王もろともダンジョン内に送り込んで、抹殺を図ったのが真相じゃないかしら……。庭園内の扉の厳重な封印や、通路に仕掛けられていた即死系のトラップは、中にいるモンスターに対してではなく、万が一にも送りこんだ彼らが戻ってこないようにする為の物だと……」

「そこまでするのかよ……」

 驚くザックスの視線が一瞬、ライアットのそれと合う。反射的に視線を逸らすその姿から、アルティナの推測が限りなく真実に近い事が十分に理解できた。同時に押さえつけていた怒りが、再びふつふつと湧きあがる。

「つまり、こういう事か……。後先考えぬ無責任なバカ共のお陰で、オレ達の祖先は全てを失い、今度はそのバカ共すらも葬って、国の名前の影に隠れたまま表にすら出てこない名も知れぬ奴らが、長年、密かにおいしい思いをしていた訳だ……」

 大陸の南端へと追いやられたザックス達フィルメイアは、以来、現在に至るまで、厳しい生活を強いられている。ザックスが故郷を離れるきっかけとなった事件も、故郷での生活の厳しさと貧しさゆえに起きた悲劇だった。

 ともあれ所詮は時代の流れである。

 バカに出し抜かれた祖先達が悪いと言われてしまえばそれまでだが、その後の処理を誤り、後々まで禍根を残し続けて現在の子孫にまでその咎を背負わせてしまうのはあまりに間抜けな話である。

 何者かの陰謀によって捻じ曲げられた歴史の中で、同胞達が踊らされ続けた事を知ったザックスだったが、ただ、その怒りの矛先を眼前のリビングメイルに向ける事には、未だ僅かに躊躇いを覚えていた。

「ま、まあ、幸か不幸か、そんな奴らの末裔にとどめを刺したのはフィルメイアであるキミ自身って事になってるんだから……」

 やり場のないすさまじい怒りの波動をピリピリと周囲にまき散らすザックスを、クロルは若干怯えた声で慰めるものの、効果などあろうはずもない。

 そんな彼らのやり取りなど全く意に介せぬ眼前のリビングメイルは、呑気にザックスに向かって命令を与えた。

「そこの従者。お主、ちょっと周囲を回って、他にやってくる者がいないか、見て参るがよい」

 従者呼ばわりされたザックスのこめかみに、ついにピシリと青筋が立つ。

「そんな奴は一人もいねえよ……」

 低く吐き出すようにザックスは言う。

「今、なんといった、お主?」

「あんたの部下は誰も来ないって言ったんだ。アンタ達がここに入ってから、もう500年近い時間が経過してるんだ。アンタの部下達は、今頃、皆アンデッドになって、モンスター達と仲よく迷宮内を彷徨ってるよ」

 四分の一程度は潰したけどな、という言葉を小さく呟く。

「ご、500年だと……」

 その言葉に、リビングメイルは絶句する。

「馬鹿を申すでない。ならば我はどうなる。人間がそんなに長生きできる訳ないであろう」

「だから、しっかり死んでるんだよ、あんたも……。嘘だと思うならその空っぽの鎧の中に手を入れて自分の身体があるか確かめてみろ!」

「ちょ、ちょっと、ザックス」

 容赦ないザックスの態度をアルティナがたしなめるものの、激しい怒りにうち震える今の彼の耳には届くはずもない。

「な、何という事だ……」

 ザックスの言葉に従ったリビングメイルは、大岩の上で己の死の事実に愕然としている。だが直ぐに立ち直ったのか、ザックスに質問を重ねた。

「お、お主、今、500年といったな?」

「ああ」

「では、我が王国はどうなったのだ?」

「滅んだよ、つい最近、めでたくな……」

「な、何という事。それで、一体どんな者達によって滅ぼされたのだ、蛮族か、あるいは……?」

「あえていうなら、この地に住まう人々だろうな……。国があまりに腐敗し過ぎて、皆で見放したってところさ」

「嘆かわしい。己を守る国を見放して一体、どうやって外敵から身を守るつもりだ?」

「どうにかなるんじゃないか。新しく生まれ変わったこの街を中心にして色々画策してるみたいだったぜ。この地の豊かな食材と交易路を利用して一大料理文化圏を作ろうって動きもあるらしいからな」

 つい先日の祝勝会で、小耳に挟んだ話が思い出される。

「なんと、嘆かわしい事よ。一体、猛き漢どもは何をしておったのだ?」

「新しい職探しに街を走り回ってるよ」

 腹が減っては戦どころか生活ができぬのが、現実である。身も蓋もないザックスの言葉にリビングメイルは暫し呆気にとられた。

「ええい、情けない、我が直接出向いて『戦う漢の生き様』というものを、一つ説教してくれようではないか!」

 言葉と同時に大岩の上から飛び降りて、派手な金属音を立てながらリビングメイルは走り去ってゆく。

「いいの、放っといて?」

「いいんじゃないの、別に。上にはオレ達以外の冒険者だっているんだし……」

 どこか投げ遣りな態度のまま、もうこれ以上この問題に関わりたくないとばかりに、ザックスは歩き出す。

「こういうの、話し合いで解決っていうのかな?」

 クロルの何気ない呟きに一言、「知るかよ!」と吐き捨てて、最初のボスモンスターが待つ大広間へと続く大扉を強引にこじ開け、一人、ザックスは無言で進んでいく。

「今は、そっとしておきましょ」

「そうだね……」

 顔を見合わせた3人の仲間達が小さくため息をつき、少し遅れて彼の後について行く。こうして前代未聞のリビングメイルとの遭遇戦は双方に、精神的にはともかく、肉体的な犠牲は全くなしに、平和裏に幕を閉じることとなった。

 とはいえ、全てが丸くおさまった訳ではない。

 歴史の残酷な真実の一端を垣間見ることで破裂寸前のザックスのやり場のない怒りのとばっちりを受けたのは、大扉の向こうに広がる広間に待ち構えていたBクラスボスモンスター《ケルベロス》だった。

 500年以上もの間、侵入者を待ち続けた《ケルベロス》は、ようやく現れた初めての侵入者の姿に喜び勇んで、威嚇のうなり声を上げようとした。だが、激しい踏み込み音と共に突如として眼前に現れた侵入者によって、凶悪な面構えの三つの頭部を有無を言わさず斬り飛ばされ、鋼の強度を持つ体毛に覆われた巨躯をずたずたに切り裂かれ、マナの光となってあっさり消えさってしまった。

慌てて駆けつけた彼の三人の仲間達が、全く出番がないままあっさりついた結末に呆気に取られた事は言うまでもない……。




2012/11/01 初稿




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