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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚01章 ~魂の継承者編~
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07 ザックス、苦戦する!


「汚ねえ店だな。大丈夫なのか? この店?」

 見た目通りの外観に正直すぎる感想を述べるザックスに、ダントンは苦笑する。

「店は外見じゃねえ、中身が問題なんだってのが、ここの店主の信条と口癖でな。妙な事を口走ってるとブッ飛ばされるぞ」

 店の対面を指さすダントンに、なるほどとザックスは頷いた。塀には何かが勢いよくぶつかった後とそれを補修した跡が幾重にも重なっている。

 自由都市《ペネロペイヤ》の東地区にはアイテム屋や鍛冶屋が乱立する一角がある。冒険者御用達の店が立ち並ぶその場所に、ザックスは装備の新調の為に、ダントンと連れだってやってきた。

 手持ちの所持金は十分すぎる。それでも安くいい物を求めてしまうのは貧乏生活が長いせいであろう。

《ヴォーケンの鍛冶屋》という看板を掲げたオンボロな外観のその店の内部は、うってかわって整頓されている。掃除も隅々まで行き届いているようで、様々な武具が鈍い輝きと共にそこかしこにならべられている。各々の武具の刃が生み出す緊張感が店内に満ち、ここがダントンの評価通りの場所である事をザックスは肌で感じ取った。

「よう、坊主、ヴォーケンの親父はいるかい」

 ダントンとはすっかり顔見知りなのであろう。にこりと笑った見習いらしい少年は、二人を迎え入れるといそいそと店の裏手へ向かった。

 しばらくして現れたのは、巨大な鍛冶槌を片手に抱えたクマのような男だった。火の側で時間を過ごす事が多いせいか、その肌は浅黒くやけている。長年、鍛冶槌を振い続けたせいか、並みの人間の太腿程もある太い腕と頑強な背中が印象的だった。

「なんだ、ヘタレ盗賊じゃねえか。まだ生きてたのか」

「相変わらずだな、クソ親父。近頃は安い大型店に押されて景気はすこぶる悪いっていうじゃねえか」

「へっ、あんなところに品物入れるのは下手くそな鍛冶屋ばかりと相場は決まっているもんだ。粗悪品掴まされてダンジョン内で命もろともポッキリ逝った時には、己の馬鹿さ加減を呪ってればいいのさ」

 容赦のない二人の挨拶だった。度肝を抜かれたザックスを尻目に、店番をしていた少年は気にする様子もなく、訪れた二人の客の為に飲み物を準備している。

「で……、今日は何の用だい」

「ああ、こいつに適当な剣でも見繕ってもらおうと思ってな」

「うちに、適当なものなんて一つも置いてねえぞ」

「言葉の綾、ってやつだよ。上客は大事にするもんだぜ」

「上客? こいつがか?」

 ヴォーケンと呼ばれた鍛冶屋の親父は、無遠慮な視線でザックスを頭のてっぺんから足の先まで値踏みする。

「まだ駆け出しのヒヨッコじゃねえか、相変わらず新人の手ほどきか?」

「こいつはそんなタマじゃねえよ。俺達の仲間になるかもしれないってやつだ!」

「何っ!」

 ギラリとヴォーケンの目が光った。睨みつけるような視線をダントンはどこ吹く風といった様子で涼しげに受け流す。

「悪いがテメエとの付き合いはこれまでだ、ダントン。力のない奴を盾に利用するようなクズに売る武器はねえ」

「なに、耄碌してやがるクソ親父。鍛冶場にこもりすぎて脳味噌が膿んじまったんじゃねえか。たまにはしっかりと日の光でも浴びるんだな。こいつはあんたの作った失敗作を、いとも簡単に起動させちまったんだぜ」

 ダントンの遠慮ない言葉にヴォーケンは眉を潜めた。

「何、かましてやがる。こいつはどう見たって戦士だろうが。なんでそんな奴があれを起動させられるんだよ」

「ウソなんて言っちゃいねえ。こいつは姐さんのお墨付きだ」

「エルメラの? 本当かよ……」

 ヴォーケンはうなり声を上げて黙りこんだ。ふと、『能天気な鍛冶屋の失敗作』という言葉が思い出された。先日の闘技場で使われた《閃光弾》はこの鍛冶屋が作ったものらしい。しばらくして口を開いたヴォーケンは、しぶしぶといった様子で自身の負けを認めた。

「なるほど、よくわかった。だがよ、ダントン。いくらこいつが規格外だからって、テメエらと肩を並べるには無理がありすぎるんじゃねえか?」

「だから今、こいつがモノになるよういろいろと手を打ってるんだよ。クソ親父、あんたの店はそのための栄えある一番目に選ばれたんだ。分かったらとっとと、こいつに似合いの剣を持ってこい。俺達はこれから防具屋にアイテム屋廻りと忙しいんだから」

 ダントンの悪口など意にも介さず、ヴォーケンはザックスをじっと見つめている。そしてぽつりと尋ねた。

「オメエ、《フィルメイア》だな?」

 出自を尋ねられ、ザックスは暫し躊躇した後で素直に頷いた。

 独特の深い赤みを帯びた瞳は、知る者ぞ知る《フィルメイア》の有名な身体的特徴である。国を出てからまださほど時のたっていないザックスは、平均的な《フィルメイア》の素養を十分に備えていた。

「ダントン、いつまでにこいつをモノにするつもりだ」

「次の満月の晩だな」

「全然時間がねえじゃねえか」

 ぶつぶつと呟きながらヴォーケンは店の裏手へと引っ込んだ。しばらくして戻ってきた彼がカウンターの上に置いたのは、両手持ちの《バトル・アックス》だった。

「おい、クソ親父、俺は剣って言ったんだぜ。耳が遠くなっちまったのか?」

「うるせえ、へっぽこ盗賊。ちょっと黙ってろ」

 ザックスに向き直ったヴォーケンはザックスに尋ねた。

「使い方は分かるか?」

「まあ、一通りは」

「さすがに《フィルメイア》だな。じゃあこいつを持っていけ。テメエは線が細すぎる。まずは膂力の強化を意識するんだな。仲間はどうした。どんな奴と組むんだ?」

 その問いに躊躇いを覚えたザックスはダントンの顔を見る。

「親父、こいつは暫く単独でやるんだ」

「マジかよ。オメエらしくもねえ、スパルタだな」

 暫し、ザックスを睨みつけるかのように眺めていたヴォーケンは、店の裏手に入り、小さな箱を持って戻ってきた。

「こいつを使いな」

「なんだよ、これ?」

「マジックアイテム《身代わりの腕輪》だ。詠唱士系の術師が使う光術系の幻惑魔法と同じ作用をする。ついでに防具に身軽なものを選べば、当面はなんとかなるはずだ」

「おいおい、大丈夫かよ。テメエが趣味で作った欠陥アイテムは御免だぜ」

「やかましい。こいつは俺の創作の中でも自信作中の自信作だぜ。気軽に失敗作だなんて、ふかしてんじゃねえ」

「だったら、なんで売れねえんだよ」

「うるせえな。上手くペイしねえんだから、仕方ねえだろ!」

「腕のいい術師と組めば、そんなバカ高いアイテム要らねえんだから、当然だな」

「近頃の奴らはどいつもこいつも頭が固えんだよ。道具なんて使う奴次第でどうにでも使えるってのによ。テメエの価値観から外れるものには見向きもしやがらねえ。チンケなやつらが幅を利かす嫌な世の中になったもんだ」

どこかで聞いたような言葉だった。ヴォーケンの言葉に従う事を了解したザックスは、ダントンにその旨を告げる。ダントンは再び交渉に入った。

「いくらだ?」

「しめて五万に負けといてやる」

 その言い値に思わずどきりとする。だがダントンは涼しげだった。

「おい、クソ鍛冶屋。負けるって言葉の意味知ってんのか。いつからテメエのスキルには《強欲》ってのが入った。どう見ても三万、いや二万五千ってとこだろうが」

「何言ってやがる、このへっぽこ盗賊。テメエのスキル《鑑定》はどこへ行った。四万五千だ!」

「おいこら、ケツの穴の小さい値引きなんかしてちゃ、カミさんに逃げられるぞ。三万だ!」

「うるせえ、惚れた女を前にいつまでも指を咥えて眺めてるヘタレ野郎に言われる筋合いはねえ。四万だ!」

「鉄ばっか、相手にしてるから『忍ぶ恋』なんてモノの醍醐味が分かんねえんだよ。三万三千だ!」

「鉄ってのはな、女よりもデリケートな生き物なんだ。タイミングを逃しちまえばすぐに拗ねられちまうんだよ。三万八千だ!こいつで納得できないなら、よその店に行きやがれ!」

「質の良い《火晶石》をギルドを通さずに格安で渡してやってるのは、どこのどなた様なのか、忘れたのか。三万五千だ!」

「ちっ、いいだろう。そいつで手をうってやろう。三万六千だ!」

 ヴォーケンの言葉にダントンはにやりと笑うと、交渉締結の握手を交わす。互いに肩で息を切らしているところをみると、どうやら本気の勝負であったようだ。

 ザックスの隣で成行きを見ていた見習いの少年が、そっと耳打ちする。

「この二人はいつもこんな感じなんですよ。うちの親方もダントンさんも結構楽しそうでしょ」

「成程、あれは楽しんでいるっていうのか」

 ザックスには握手を交わしたまま、二人がにらみ合っているように見える。よく見ればヴォーケンより小柄なダントンの額には脂汗が浮き、水面下では未だに壮絶な握手合戦が続いているらしい。

「そろそろ、いいかよ」

 しびれを切らして割って入ったザックスの言葉で、二人は固く握りあった握手をようやく解いた。互いにしびれかけた手をカウンターの下でぶらぶらと振り解す様子にあえて目を瞑り、ザックスは支払いを行った。

「さて、こいつの用件はここまでだ。今度は俺の用件を聞いてほしいんだが」

「今度はなんだ」

「なぁに、自由都市《ペネロペイヤ》で一番の腕を誇る鍛冶職人のお前さんには大したことじゃない」

「舐めるな。俺の腕は大陸一だ!」

「じゃあ、その大陸一の鍛冶職人にこいつを注文したいんだが……」

 ニヤリと笑みを浮かべて、ダントンは懐から紙片を取り出しヴォーケンの前に開いた。何気ない様子で紙片に目を通したヴォーケンの顔色が変わった。

「ダントン、オメエ……」

「大した事じゃないだろ、大陸一の鍛冶職人さんならな……」

 僅かにおどけた様子のダントンに対して、ヴォーケンはその硬い表情を崩さない。

「こいつはホネだぜ。材料には《魔法銀ミスリル》、いや駄目だな、最低でも《精霊金アマルガム》、それも純度の高い奴が必要だ。《神鋼鉄オリハルコン》なら完璧なんだろうが、あれは俺も一度しか見た事がねえ。精錬にとてつもなく手間暇がかかるしな。あてはあるか?」

「《精霊金アマルガム》か。二つ三つ、あてはない事もないが、そっちのギルドを通した方が確実じゃないのか? 問題は魔法調金のほうだろ」

「ギルドを通すと時間がかかっちまうんだよ。中間マージンをぼったくろうとする馬鹿が、わんさか湧いてくるおかげでな。調金に関しては大丈夫だ。材料さえあれば調金に長けた知り合いを総動員していくらでも作り出してやる。だが、その分、値は張るぞ?」

「あんたの言い値で買ってやる。納期は次の満月の晩までに間に合わせてくれればいい。どうだ?」

「いいだろう、けどよ、ダントン。お前、本気なのか」

「ああ、本気だ。今度こそケリをつける……つもりだ」

「そうか……」

「じゃあ、頼んだ。期待してるぜ」

 そう言い残したダントンは、ザックスに合図して店を後にする。

「死ぬんじゃねえぞ、へっぽこ盗賊! オメエにはまだ、貸しがたっぷりと残ってるんだからな!」

 その言葉に小さく右手をあげてダントンは答える。

 「ありがとうございました」と彼らを送りだす少年の声が、がらんとした店内に静かに響き渡った。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 眼前に立ちふさがるのは古さだけが際立つ巨大な扉。その前に立ちつくしたザックスはここ十日間の苦闘を振り返り、大きなため息をついていた。

「ようやくここまでたどり着いたか……」

 クナ石の首飾りを首元から引っ張り出して、自身のステータスを確認する。


名前    ザックス

マナLV  18

体力   110 攻撃力   150 守備力   138

魔力   MAX 魔法攻撃    0 魔法防御  125

智力    83

技能   102

特殊スキル 収奪 加速 部分強化 直感

      斧撃術

称号    初級冒険者

職業    戦士

敏捷   132

魅力    45

総運値    0 幸運度 MAX 悪運度 MAX

状態    呪い(詳細不明)

備考    協会指定案件6―129号にて生還


武器    戦斧

防具    金剛糸の上衣 金剛糸のズボン 羽の靴

その他   なし


 ステータスを確認した後で首飾りを元に戻したザックスは、腰の《ポーチ》から携帯ボトルを取り出すと一息に飲み干した。体力回復用の滋養水が身体の隅々まで染みわたる時間、静かに目を閉じるとおよそ十日前の出来事を思い出していた。




 ヴォーケンの鍛冶屋を後にした二人は、その足で防具屋とアイテム屋を回りダンジョン探索に必要な装備を調えた。

 翌日のウルガ達との朝食の席で、ダントンはザックスに二つの試練を与えた。その一つがおよそ十層から二十層で構成される初級レベルダンジョンの単独踏破だった。

《サザール大陸》及び《大円洋》周辺の地域において、冒険者協会に登録されたこの《初級レベルダンジョン》の数は全部で十三。

 すべて地下階層構造になっており、周回モンスターのレベルがDもしくはE、ボスモンスターのレベルはCもしくはDである。初心者の迷宮をクリアし、見習い冒険者になりたてのパーティが挑む為のものであり、十三のダンジョンをすべて攻略すれば、マナLVはたいてい10を超える。

 ただ、総取得経験値がパーティの頭数で割り振られる為、多くのパーティは初級レベルダンジョンを半数程度クリアしたら、大抵はより身入りの高い中級レベルダンジョンに挑むようになるのが通例だった。

 ダントンはこのうちの五つのダンジョンの単独踏破をザックスに命じたのだった。


 自由都市から各ダンジョンへの道程は冒険者協会が管理する《転移の扉》によって行き来する。

 中級レベル以上と登録されたダンジョンはその構造に関わらず、人気度や大陸にまたがる各自由都市間の縄張りの問題もあって、その管轄が厳密に決められている。

 実入りが高く人気度の高いダンジョンの中には予約制のものもあり、三か月先までキャンセル待ちなどといったところも珍しくない。そのような制約の少ない《初級レベルダンジョン》は踏破によって得られる実入りが少ない事もあって、どこの都市からでも自由に行き来ができた。

 当初、ザックスのマナLVが10程度であった為に、協会に所属するダンジョン管理官たちは彼の単独挑戦に難色を示していたのだが、ダントンの強引な交渉によってザックスの単独挑戦は許可された。

「まあ、気をつけて行ってこいよ」

 軽い言葉でザックスを送りだしたダントンとの別れ際に、餞別だと探索スキル《直感》のきっかけを与えられたものの、ザックスの本格的なダンジョン踏破は困難を極めていた。


 初級レベルダンジョンは見習い冒険者達が初めて挑むものであるだけに、その上層部は比較的難易度が低い。パーティで挑む者達が一匹の低級レベルモンスターを数人がかりで倒す事ができる為、中階層あたりまでは比較的楽に攻略が可能である。

 人数不足を装備の質と特殊スキルで補ったザックスも、初めの内は楽に攻略を進める事が出来た。だが、中階層を越えたあたりから、様相が変わり始める。

 モンスターの強度レベルこそさほど変わらないものの、問題は出現時の数にあった。

 複数人によるパーティであるならば、攻撃、防御、回復と役割を分担して事態に当たるところを、彼は全て一人で補わねばならない。複数同時攻撃能力を持たない今のザックスには数頼みの弱小モンスターすら脅威となっていた。


 大木槌を振り回す妖精種モンスターに囲まれてタコ殴りにされる事数回。

 動きの素早い吸血飛行系モンスターに追いかけられ噛みつかれて貧血寸前になること数回。

 大型昆虫系モンスターに囲まれてその薄気味悪さに背筋を震わせる事数回。

 スライム族に押し潰されそうになること数回。


だが、恐ろしいのはモンスターだけではない。あちらこちらに仕掛けられた数々のトラップが新米冒険者に牙をむく。

射出型の仕掛け杭や大きく揺れる大鎌などはお約束。足元に気を配りながら、モンスターと対峙する状況は数倍の疲労となって圧し掛かった。

それでも幸運なこともある。現れたモンスターがトラップに嵌って自滅する姿には、大きな笑みがこぼれた。

だが、そこへ悪運が重なった。日頃の行いがいいからさと、休憩がてらうっかり寄り掛かった壁に仕掛けられたスイッチが作動し、大量の水がザックスを押し流した。水に流すのは厄介事というのが相場であるが、己が流されては元も子もない。

数度のリタイアの末に、ようやくたどり着いた最深部階層への扉の前に辿りついた時の感慨はひとしおである。だが、そこにあった仕掛けを思わず踏んで、あっさりダンジョン外へと放り出された。油断大敵雨あられ。

 一晩不貞寝をした翌朝に、クナ石と《跳躍の指輪》を併用して、ダンジョン内に設置された転移ポイントから再挑戦する事が可能である事をようやく思い出したのは、高い授業料といえた。


 鍛冶屋のヴォーケンの自信作《身替りの腕輪》で生み出された幻影によって、どうにか事なきを得ていたが、白刃の上を歩むが如き道中は、彼の神経をぎりぎりと研ぎ澄ませた。

(まったく、ここまでよく生きていられたよな……)

 ウルガ達の実力を改めて思い知る。

 初級レベルのダンジョンですらここまで手古摺ってしまう状態である。前回の初めての踏破において、いかに分不相応な者たちと組んでいたのかという事実をまざまざと見せつけられた。

 あの『若様』達御一行ですら、自分とは釣り合わぬのではないかと思わず落ち込みそうになる。

 それでも、人間というものは死ぬ寸前まで追い詰められると、とてつもない力を発揮するものらしい。

ぎりぎりまで研ぎ澄まされた感覚は探索スキル《直感》を習得、発動させ、その他のスキルも幾度もの戦闘の中で磨きに磨き抜かれて、今や手足も同然のように扱える。

 だが、挑戦の半ばあたりからは逃走の回数ばかりが目立ち始め、さほど大きな収穫はなかった。逃走が増える以上、換金アイテムの収集も不可能となり、只ですら実入りの少ない初級レベルダンジョンにおいては致命的だった。

 十万近くあった所持金も高価な装備と複数のタンジョン探索に必要なアイテムの購入の為に底が見え始め、実に心もとない。又、釣りをしながら食費を切り詰めねば為らぬ生活に逆戻りなのか、とザックスは思わず落ち込みかける。だが、捨てる神あらば拾う神あるというのが人生である。なんとかなるさとカラ元気を振り絞って立ちあがった。

「そろそろいくか」

 滋養水の効果で体力が十分に回復すると、ザックスは眼前の巨大な扉に体重を預け、ゆっくりと押し開ける。

 《帰らずの扉》と呼ばれるその扉はボスモンスターの待ち受ける大広間へとつながる。入ってしまえば、ほぼ完全に後退は不可能である事からそう呼ばれるその扉をたった一人で開けるのは、初めはかなりの度胸を要した。仲間さえいればこんな苦労などしなくてもいいのに、一体何時になったら普通の冒険者生活を送る事ができるのだろうか、と愚痴りながら、室内の気配を探る。

 ここまでの攻略の途上、一対一となりやすいボスモンスター戦は、高価な装備によって嵩上げされたザックスの能力と特殊スキルの恩恵で、比較的危なげなく事を進めていた。外見と種族から予想される特殊攻撃に気をつけさえすれば、さほどの問題はあるまい――数度の成功体験は自信となる。だが、時としてそれは油断へとつながる。

 悪運度MAX――彼を悩ませる理不尽なパラメータは、ここにきて、いかんなく発揮された。




 風を切る音が直ぐ傍らを突き抜け、続いて硬質の物体が背後の石造りの壁に大穴をあけてめり込んだ。強靱な大広間の壁石が音を立てて崩れて行く様子に、ザックスは背筋を凍らせた。直撃すれば死は確実に免れない。不気味な音が立て続けに室内に響いていた。想定外の事態に動揺こそしなかったものの、難敵を攻めあぐねて、苦戦の最中だった。

 最深部階層大広間の魔法陣の上でザックスを待っていたのは、子供の遊ぶゴムまり程度の大きさの《カーボンスライム》だった。 どことなく愛嬌のあるその姿に一瞬、気を抜いた彼だったが、直ぐにその判断が誤りであった事に気づかされる。

 並みのスライムなど足元にも及ばない能力値は実にランクBに該当した。

 特殊スキルである《加速》を使ってもそのスピードに追い付く事は出来ず、真に恐るべきはその特殊能力にあった。

 自身の身体の硬度を自在に操る事でその形態を自由に変化させた《カーボンスライム》は、身体の一部を床に食い込ませ、軟体化した身体を十分に引き延ばして弓矢の要領で自らその身体を弾き飛ばす。

 ザックスの攻撃の遥か射程外から、文字通り生きた砲弾と化して襲いかかる。しかも軟体化した際の《カーボンスライム》には戦闘斧の一撃は全く効力がなく、さらに数度の攻撃の最中に回避し損ねたザックスの戦闘斧はその柄を破損し、攻撃力を大きく下げていた。

「こいつはもしかして……、大ピンチってやつなのか?」

 僅か数週間内で何度も死にそうな目にあってきた身としては、今一つ実感が湧かない。すでにそのあたりの感覚は麻痺しているのだろう。だが効果的な攻略法が全く思いつかない現在の状況は間違いなく危険であるに違いない。《身代わりの腕輪》で生み出した幻影を使ってどうにかやり過ごしながら、対策を考える。と、再び飛んできた砲弾がザックスの腕をかすめ腕輪が砕け散った。

 ――マ、マジですか?

 足元で無残に砕け散った腕輪の残骸を目にして顔面が蒼白になる。気付かぬうちにその便利さにずいぶんと依存していたらしく、無くなってしまった心細さに心が震えた。

「どうするよ……」

 これも悪運度のたまものか、と呆れつつ、ザックスは縦横無尽に容赦なく飛び交う生きた砲弾を必死でかいくぐる。とはいえ、抵抗もむなしく、気付けば部屋の片隅にまで追い込まれ、絶体絶命の窮地に陥っていた。

 獲物を追い詰めた事を確信したのかのように、跳ね跳びながら移動する《カーボンスライム》の跳躍間隔が徐々に小さくなる。これまで何度も見てきた攻撃態勢に入る寸前の準備段階である。

 床に張り付いたが最後、身体を引き延ばし、最後の一撃を放ち、ザックスの身体に大穴をあける事になるのだろう。隙だらけである事が分かっていながら攻撃の術がない、そのいら立ちにザックスは歯ぎしりする。

「ええい、こうなったら一か八かだ」

 部屋の隅に身体を押し付け、柄が破損した戦闘斧の背を両手で支えて、自身の正面に縦に構える。来る方向は分かっているのである。後はタイミングの問題だけだった。

 体内のマナをフル活用して自身の身体全体の強化をイメージする。魔法とは結局イメージなのさ、というエルメラの言葉を頼みに、乏しい想像力を掻きたてて不可視の盾を幻想する。

 許容外のマナの使用によって押し寄せる目眩と吐き気を必死で耐え忍ぶ。

 ザックスの姿をあざ笑うかのように《カーボンスライム》が動きを止めて跳躍態勢に入った。強力なマナ酔いに途切れそうな意識を手放さぬようにして、その発射のタイミングのみに集中した。その姿が僅かに揺れたように見えた瞬間、正面に構えた折れた戦闘斧に強烈な荷重がかかった。

「負けてたまるか!」

 大きな叫びと共に、全身のマナを活性化させ、集中する。

 強力な荷重が全身にのしかかり、マナ酔いの視界は大きく揺れる――まさに最悪の気分だった。

 不意に、全身に掛かる重さが喪失した。目標を消失し、バランスを崩して勢い余ったザックスの身体が前方へと転倒する。

 慌てて起き上がった瞬間、強烈な頭痛が襲い、おもわずうめき声をあげる。ようやく周囲を見渡したザックスは、己の足元に砕け散った《カーボンスライム》の残骸が発する消滅の光に安堵した。

 ――どうやらなんとか生き残れたようだ。

 足元に転がる初見の換金アイテムを拾おうとして、そのまま石床の上に倒れ込む。

「もう、二度とやらねえぞ」

 換金アイテムを手に、床に転がったまま《跳躍の指輪》にマナを込め、息も絶え絶えにダンジョンを脱出する。

 こうしてザックスはどうにか第一の試練をクリアしたのだった。



2011/07/21 初稿

2013/11/23 改稿



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