21 謎の戦士、現る!
フィルメイア兵団の撤退を知った本隊はザックス達に前進の命令を下した。老人の署名の入っている事を確認した彼らはゆっくりと道を歩き出した。
他の大通りではフィルメイア兵団が敗北した事実を受けて王宮警備隊の一団が王宮前広場まで後退しつつあった。ザックス達《冒険者》の一団の前に立ちふさがっていた警備隊もいずれは後退し始めるはずである。ゆっくりと前進しながら彼らの動きを確認したザックス達だったが、警備兵達は予想外の行動に出たのだった。
「ザックスさん」
再び奇妙な形の遠眼鏡でその事を確認したサンズの報告で事態を知ったザックスは、小さく舌打ちする。全軍に停止命令を再び出すと、本隊へと伝令を走らせた。
「どういう事でしょう」
彼らの前に位置した警備兵達は後退ではなく前進を始めていた。戦略上まったく意味のないその行動は、おそらく命令違反のたぐいであろう。
「よくある事さ……」
ザックスの言葉にブルポンズの面々は疑問を投じる。
自身の所属する集団の戦略的敗北を認める事が出来ずに、それまでの役割に固執する。厳しい規律によって、己を律してきた者達ほど、そのタガが外れた時の動揺は大きい。
何をもって敗北とするか――それが戦の難しさである。
戦力をぶつけ合う事が戦のすべてではない。
互いの戦力を突き合わせながらも、状況が不利と判断したなら形だけの敗北を受け入れ、しかる後、折をみて温存した戦力で反抗の機会を探す。今この街でおきている戦はその典型である。王宮にいる者達はその選択の為に様々な手段を模索しているのだろうが、残念ながら彼らの意図は前線に立つ兵には伝わらなかったらしい。
敗者の美学に酔いしれそこで思考停止して無駄な犠牲をまき散らす。戦場でよくある光景である。そんな彼らの姿にザックスはかつての部族の兄弟達の姿を重ねていた。
冒険者達の集団が待機しているにも関わらず、前進を続けた王宮警備兵達の一団は互いの顔が見えるところまでやってきてようやくその足を止めた。
互いの間に徐々に緊張感がみなぎってゆく。
その数およそ50名強。
そろいの《軽装鎧》に斧槍を手にした一団の空気は、殺伐というよりはヤケッパチ気味であり、10人五列の密集隊形を構成する警備兵達の動きにはどこか、息の合わない様子が見える。
やがて指揮官らしき男が進み出て叫んだ。
「そちらの指揮官は何処に?」
やれやれ又かと苦笑いする。又、一騎打ちとなれば今度は拙者がいくでござる、というのがイーブイの言だが、用心するにこしたことはない
「オレがそうだ!」
名乗り出たザックスを一目見たその男は、まだ若いザックスの姿をみて鼻で笑った。
「我ら王宮二級警備団《ダッセーズ》、貴様ら反乱軍に撤退を命令する」
その言葉にザックス達の後方から口々にヤジが飛ぶ。
「ちょっと待て、アンタ達こそ後退命令がでているはずだろう、命令違反じゃないのか?」
「黙れ! 反乱軍め、貴様らごときに我らの行動をどうこう言われる筋合いはない!」
「筋合いはなくても、アンタ達はこの街の住人の安全を守るのも仕事だろう? ここで無益な争いをして住民まで戦闘にまきこむつもりか?」
「住人の安全だと! 我らが守るべき価値のある住人がいったいどこにいる?」
手にした斧槍の石突きをガツンと大地に叩きつけ、指揮官は堂々と胸をはる。
「我ら、王国崩壊以前より、一意専心、粉骨砕身の努力を以てこの国に仕えてきた。夏の暑さも冬の寒さもただひたすらに耐え忍び、この手の《斧槍》と共に日々の務めをただ黙々とこなしてきた。にも拘らず!」
一人の男が前に進み出る。
「税金泥棒とそしりを受けた!」
さらに一人が前にでる。
「上にミスをおしつけられた!」
次いで続々と。
「コネがないので出世もできない!」
「女房に逃げられた!」
「ムスメに邪険にされた!」
「給金が安い!」
「家賃が払えずに家を追い出された!」
「出会いがねえ!」
「可愛い嫁さんももらえねえ!」
「イケメンがなんだ!」
「希望がない!」
「ハラ減った!」
口々に不満を募り、皆、男泣きに泣いている。少しばかり的外れなものはご愛嬌だろうか?
「それでも、我ら、腐っても王宮警備隊。ただこの手の《斧槍》とともに街を蹂躙する悪漢を成敗するのが仕事である! 故に……、我ら《ダッセーズ》、大義の為、反乱軍に断固、闘いを挑み、ここで華々しく散るのみである!」
「大義……なのか?」
言葉とは真実を覆い隠すためにある、などというのが誰かの言であるが、彼らの論じる建て前は納得いくものではない。だが、ザックス達の前に立つ彼らがギラギラとみなぎらせる気迫は本物であり、どうやら、溜まりに溜まったフラストレーションのはけ口をこの場に求めているらしい。
「仕方がないでござるな」
イーブイが手を挙げると同時に、アマンダの酒場の半数の冒険者達が前に出る。
十人五列のダッセーズに対して、正面中央部に位置する《ザ・ブルポンズ》の面々を中心にして鶴翼の陣を敷く冒険者達。
集団戦の技術はないものの、戦士としてのキャパシティはこちらに有利である。
無傷という訳にはいかないだろうが、負ける要素は少ない。
死者を出さぬに越した事はないが、戦場である以上残念ながらそれは理想論である。他者に武器を向ける以上、自身も相手の死も覚悟せねばならぬことは必定である。
「では、やるでござるか」
イーブイの言葉と同時に《ザ・ブルポンズ》の5人が一歩前に出る。戦の開始の合図に相応しいのは、やはり彼らによる『名乗り』であろう。
小さく頷き合い、イーブイが口火を切ろうとしたその瞬間だった。
大通りを挟んだ建物の上に一発の火球が上がる。
爆光に照らされ、二つのシルエットが鮮やかに浮かび上がった。
『ジャンジャカ・ジャーン』
聞き覚えのあるさわやかな声が通りに大きく響いた。どうやら風術を応用した拡声現象を利用しているようだ。何事だと見上げたザックスの背に、ブランカの時とは全く意味の違う悪寒が走った。
大通りに軒を連ねる五階建ての建物のうちの一つの屋根の上。真円の蒼月の輝きを背にして決めポーズと共に立っている二人の姿。
片方の女性は、流れる金髪を後ろでひとくくりに結いあげ、整った身体のラインにぴったりとフィットした漆黒のラバースーツを身に纏っている。なまめかしいスリットの入ったそのスーツを見事に着こなしたその顔は、目元と耳元を隠す怪しげな仮面で覆われている。完全に隠せていない耳の先端部分がツンと飛び出ているのはご愛嬌というものだろう。
さらにもう一方の、まだ少女と思しきシルエット。
豊かな銀色の髪にぴょこりと立った小ぶりの兎の耳。同じように怪しげな仮面でその目元をかくした彼女は、神殿の物とは全く異なる巫女服姿に身を包んでいた。《ファンレイヤ》に立ち寄った際の古着屋で、サンズが手にとって、《ハカマ》、《ナギナタ》とかいう言葉と共に何やら古着商と話しこんでいたのが記憶に残る。確か東方イステイリアの物であるという話だったが……。
「ザックス殿。あれは、もしや……」
「言うな、イーブイ、人違いだ。これは悪い夢だ」
そう、これは何かの間違い、『真冬の夜の夢』なのだ。だが、そんなザックスの心情など気にも留めずに、屋根の上の二人は堂々と『名乗り』を上げた。
『この世に巨悪、蔓延って、力なき人々が涙する』
『例え、天落ち、地割れ、人見放せど』
『闇に蠢きほくそ笑む悪漢を』
『決して許さぬ、正義の味方!』
『流離の美人仮面魔導士、ゴールド・サン!』
『同じく。謎の仮面巫女少女、シルバー・ムーン、ここに見参!』
『変わりゆく未来に希望を抱く《アテレスタ》の人たちと』
『明日のために戦う戦士達を困らせる悪い方々は』
『創世神に代わって』
『お仕置きです!』
背中合わせに立ったままの完璧な決めポーズと共に、二人の声が木霊する。建物の窓からそれを見ていた街の住人達はしばしあっけにとられていたものの、一拍の間を置いてやんやの喝さいが上がった。
「いいぞー、謎の戦士ー、もっとやれー」
「ママー、あれ、なーに?」
「しっ、見ちゃいけません。ちょっと、パパ、何、鼻の下伸ばしてるの!」
二人のパフォーマンスに殺伐としかけていた大通りの空気が一気に霧散し、住民たちの歓声と口笛が夜空に響き渡る。
「ま、負けた……、か、完全に持っていかれたでござる」
イーブイが膝をつく。
「我らの強敵出現、という訳か」
腕を組んだままの姿でデュアルが不敵に笑う。
「おやまあ、私の想像よりも遥かに素晴らしい出来ですね」
サンズは手放しで喜んでいる。
「…………」
ついに歌う事を忘れたシーポンはホロンと竪琴を一つ鳴らすと、唖然としている。
――そして、肝心のザックスは、虚ろな目をして通りに座り込み、「悪い夢だ……」と呟き続けていた。
唖然としているのはダッセーズも同じである。
理不尽な役回りと思い通りに行かぬ現実を嘆き、半ばヤケッパチ気味の悲壮な覚悟をもって臨もうとした人生最後の戦場が、一瞬で喜劇の舞台と化したのである。その動揺は計り知れない。
一人がぽつりと口にする。
「ち、痴女?」
「誰が痴女よ!」
すかさず屋根の上から怒りの言葉と同時に、火炎連弾が炸裂した。
多少の手加減はあるものの、大型モンスターをも倒す一撃である。密集隊形にあったことも災いし、《軽装鎧》の上からまともに爆風を受けて半数がバタバタと倒れた。
「く、くぬぅー」
苦悶の声を上げる彼らだったが、それでも彼らの忍耐力は並々ならない。
「こ、この程度の熱さ、照りつける夏の日差しに比べれば!」
大地に石突きを叩きつけ、彼らは不屈の闘志で立ち上がる。それは滅びゆく漢達の姿だった。
「だったら、これはどう?」
続いて氷結連弾が降り注ぐ。彼らの頭上で砕け散った氷の塊が吹雪となって降り注ぐ。
「な、なんのこれしき。凍てつく冬の寒さの中、ただひたすらに立ち続ける我らの前には、涼風に等しいわ!」
恐るべきダッセーズ。
動機こそ少々不純なれども、その忍耐力はケタはずれである。あるいは彼らも又《探索者》の素質を持つ者なのだろうか。
「あれぞ、まさに漢の姿でござる」
すっかり感心したイーブイの横でデュアルが頷いた。
だが、鋼の如き忍耐力を以てしても、如何ともしがたい事態が彼らを襲った。
一部の兵たちの防具が甲高い金属音と共に転がり落ちる。どうやら防具の留め金が急激に熱せられて冷やされた事によって壊れてしまったらしい。
「ば、馬鹿者! 武器防具は我らが魂! あれほど手入れは怠るなといったであろうに!」
「し、しかし、隊長殿! 折からの経費削減で我らのそれは武器防具屋で値切りに値切った処分品。品質の保証はないと店主殿にも念をおされたはずであります!」
「それを知恵と気合で乗り切るのが、我らダッセーズ魂であろう。強い戦いの志さえあれば防具はそれに応えて、己の身体に張り付くもの。貴様らにはそれが足りんから醜態をさらすのだ!」
言葉と同時に隊長の防具がカランと石畳に転がった。一同の間に冷ややかな空気が流れる。
「と、とにかくだ」
こほんと一つ咳払いをした隊長は、そのまま正面を向き直ると再び仁王立ちとなる。
「まだだ! まだ、終わりはせん! 我ら最後の一兵たりとも後退することなく勇猛果敢に特攻し、滅びゆく漢の意地を貫き通……」
瞬間、明かりの煌々とともった建物の窓から黒い物体が投げ付けられた。鉄兜をかぶった隊長の頭に見事に命中し、からからと音を立てて石畳の上に転がっている。それはしっかりと磨きこまれた鉄鍋だった。
「いい加減にしないかい、このダメ亭主! 一体何時までそこで馬鹿やってんだい!」
「か、かあちゃん」
「この数年、アンタら馬鹿な男衆がつまらん意地とやらを張り合ってる時に、アタシ達女衆がどれだけ苦労しながら協力し合って日々の生活を乗り切ってきたと思ってんだい!」
その言葉をきっかけに、周囲の家々の窓から様々なものが投げつけられる。鍋だけではない。すりこぎ、お玉、フライパン、挙句の果てには銀の閃光を描いた包丁が彼らの眼前の石畳にグサリと突きささる。
調理道具だけではない。この街の住人である女達の激しい罵声が、彼らの頭上に襲い掛かった。
「お務めにかこつけて、病気の娘を放っぽらかしてたアンタに、子供がなつく訳ないだろう」
「アンタが家を追い出されたのは酔っぱらって、壁に大穴開けたからだよ!」
「女を口説きたきゃ、お風呂ぐらい入んな!」
「ふられたのは顔がブサメンだからじゃない。心がブサメンなんだよ!」
「まさか戦のどさくさにまぎれてうちの店のツケを踏み倒そうとしてんじゃないだろうね! しっかり取り立てに行くから覚悟しな!」
建物の窓という窓から豪雨の如く降り注ぐ《魔法の言葉》は謎の仮面魔導士の強力な攻撃魔術にすら耐えきったはずの彼らに計りしれぬ心理的ダメージを与えた。降りかかる罵声に、一人、又一人と心をへし折られた彼らは、涙と共にその場を駆け足で後退し始めた。
「ま、待て、逃げるな、これは巧妙な策略なのだ! 我々はいかなることがあっても……」
許可なく撤退を始めた部下達をその場に必死で留めようとする隊長だったが、無情な《魔法の言葉》の矢が彼の心臓に止めとなって突き刺さった。
「いい加減にしないと離婚だよ! 後始末は一切、自分でするんだね!」
「か、かあちゃん、お、俺が悪かったよ」
最後まで抵抗を続けていた隊長もついに陥落し、涙と共に撤退を始めた。
こうして《アテレスタ》の古き男たちは敗れ、一滴の血も流さずに滅び去っていった。勝敗を決したのは冒険者達でもなければ、屋根の上の二人でもない。この街に暮らす人々の生きる力だった。
「無情でござるな……」
「あ、ああ。惨いな……」
「鍋は剣より強し、ですね……」
「我らに負けたのでない。彼らは時代に負けたのだ」
デュアルの言葉に一同が一斉に頷いた。
ザックス達の背後で佇む冒険者達も、その余りに非道な成行きに、呆然とした面持ちで去ってゆく男たちの背を同情の視線で見送っている。
シーポンの奏でる悲しげな旋律が、そんな彼らの背中を優しく慰める。物事が新しく生まれ変わるには犠牲がつきものとはいえ、この街に暮らす男たちの未来には多大な困難が待ち受けているようだ。
『鉄鍋の反乱』
後に、この日の出来事を語る吟遊詩人達の唄う詩には、滅び去った漢達のこの物悲しいエピソードがそっと盛り込まれ、聴衆達の涙を誘う事になるのである。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「まったく、お前達は……」
ダッセーズが立ち去って、いよいよ終止符が打たれるかもしれないとの期待に湧く大通りの真ん中で、屋根の上から降りてきた二人に対して、ザックスは呆れた様子で立ったまま『オセッキョウ』していた。
「今回は神殿で大人しくしてるって、約束だったよな、アルティナ。おまけにイリアまで……」
「アルティナ? 誰よ、それ? 私は『流離の美人仮面魔導士、ゴールド・サン』よ!」
「そ、そうです、私は『謎の仮面巫女少女、シルバー・ムーン』……です!」
「あのなあ……」
悪びれずに胸を張るエルフ娘と、顔を赤くしているウサミミ少女の姿に、こめかみに手を当ててザックスは絶句する。
二人はそれぞれエルフである事、神殿関係者である事を隠す為に変装したつもりなのだろう。ザックスにはどうしても仮装にしか見えなかったのだが……。
さらにそのパフォーマンスは、ザックス達が《アテレスタ》に来る道中において、サンズがイリアと共に研究していた振付を何パターンかアレンジしたものだった。
二人の行動は、アルティナだけでなく、イリアの意思によるものでもあるようだ。そして当然、その後ろに控えているはずのマリナの姿までもが、ちらついて見える。
いつもはイリアに決して危険な事をさせようとしないはずのマリナのここ暫くの迷走ぶりに、ザックスは当惑する。やはり慣れぬ《アテレスタ》での生活は、冷静な彼女にも大きな負担を与えているのだろうか?
「まあまあ、ザックスさん、お二人は貴方の事が心配だったのですよ」
「そりゃ、まあ、分かってはいるけどさ……」
サンズにそう言われると、二人を強く責める事はできない。
己を見失いかけてブランカに止めを刺そうとした時に制止してくれたのは、おそらく彼女達であろう。彼女たちがいなければおそらくザックスは取り返しのつかない過ちと業を背負う事になっていたはずである。
さらに修羅場になりかけたダッセーズとの戦いの空気を一掃し、彼らを無血撤退させる為の立役者となっている。結果オーライとはいえ、この事態は彼女達の大胆な行動の結果である事は疑いようもない。
規律という常識と理不尽という非常識の間で頭を悩ませるザックスの前で、当のエルフ娘が小さなくしゃみを連発する。
「そんな格好してるからだぜ」
あきれ果てたザックスの言葉にアル、もといゴールド・サンは抗議した。
「しかたないでしょ! もっと早くに登場しようとしたら、引き止められちゃったんだから」
「もっと早くに、ってお前達、一体いつから屋根の上にいたんだ? 大体、引き止められたって、誰に?」
「ザックス様、実は……」
イリ、もとい、シルバー・ムーンが小声で小さく耳打ちする。彼女の話を聞くや否や、ザックスの顔に僅かに明るい色が浮かんだ。
「そうか、あいつが……」
そのひねくれた表情を思い浮かべる。心の奥底に引っ掛かっていたもやもやが解消され、ザックスは安堵した。
「とにかく、二人とも《外套》を着るんだ! 特にアルティナ、皆が目のやり場に困ってるだろ!」
艶めかしいスリットから除くアルティナの白磁の肌から目を逸らしながら、ザックスは言う。ふりかえると、《アマンダの酒場》の冒険者達が、ザックスと同様に一斉に目を逸らした。
「だから、今の私はゴールド・サンだって……」
ぶつぶつと文句を言いながら《外套》に身を包むその姿に、《ペネロペイヤ》に帰り次第、パーティの編成について必ず見直しを行おうと固く決心する。
「ザックス殿、そろそろ我らも前進するでござる」
ダッセーズによるアクシデントで、王宮前中央広場への部隊の集結は彼ら冒険者達と民兵団の集団が一番遅れているはずである。
全部隊の集合によって王宮はその固く閉じた城門を開放せざるをえないだろう。いつまでもぐずぐずしている訳にはいかない。
そう考えたザックスが後続の部隊に前進の合図を送ろうとしたその瞬間だった。
小さな悲鳴がはるか前方の中央広場から聞こえたような気がした。自身の傍らに立つアルティナが厳しい表情でそちらを見つめている。
「ザックス、向こうで戦闘が起きてるわ」
人間よりも聴覚の優れたエルフの彼女が言うのだから間違いない。耳をすましたザックスにも僅かばかりであるが悲鳴に混じってぶつかりあう剣戟の音が聞こえるような気がした。
「どういう事だ?」
すでに王宮警護団は全て王宮内に撤収し、解放軍と争うはずはない。彼らが王宮内から再出撃する事は戦略的に無意味である。
「仲間割れ、同志討ちの類いでござるか」
イーブイの言葉に沈黙する。解放軍は所詮、旧ウォーレン王国内の各所からの烏合の衆である。何らかの拍子に対立の火種が燃え上がる事も十分にありうる。
「オレ達で先行しよう。イリアは……」
そう言って暫し黙考する。戦場になりかねぬ場所に彼女を連れて行く事に躊躇うザックスに、すかさずアルティナが言った。
「私が彼女の側にいるわ」
「それでは私も側にいる事にしましょう」
アルティナに続いてサンズが同意する。今は迷っている時間はない。彼女達の言外の言葉にザックスは決断する。
「分かった。イリア、危なくなったら、すぐに逃げるんだぞ」
ザックスの言葉にイリアは素直にコクリと頷いた。
《アマンダの酒場》の冒険者達に後事を託したザックス達は、急ぎ前方に広がる中央広場へと向かったのだった。
2012/04/11 初稿