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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚03章 ~騒乱の都市編~
63/157

20 ザックス、死闘す!

 周辺の建物の窓から多くの人々が注目する大通りの真ん中で、ブランカは槍を携えて待っていた。

 決闘の場に遅れて出てきたザックスは戦いの空気に飲み込まれぬようにのんびりと自分のペースで歩きながら深く呼吸する。

「遅かったな」

「わざとさ、少しはイラついてくれてると嬉しいんだがね」

 そんな相手ではない事は十分に承知している。技量、経験全てが上の相手に対して、常に挑発的な言葉で己を鼓舞しながら、ザックスは相手の空気に飲み込まれまいとする。一度敗北したという事実は己の精神の深い所に傷を与えている場合が多い。乗り越えるためには大きな犠牲を伴うものだ。

「戦う前に一度だけ聞いておこう。お前、フィルメイアに戻るつもりはないか?」

「何?」

「度胸もいい、腕もある。お前を部下に欲しい」

 その言葉に胸がざわめいた。小さく舌打ちする。

 過去の過ちを正し失くした物を取り戻す事ができるかもしれない――心のどこかでフィルメイアに戻れる事を望む自分がいる。その事実が許せなかった。

「動揺を誘うつもりか。くだらんやり方だな。アンタの部下になってオレが一番にやる事は制裁を加え足りないと騒ぐアンタの部下を切り殺す事か? 悪いがオレはペネロペイヤの《冒険者》ザックスだ。偉大な先達の魂を受け継ぎ、仲間と共に仇敵を追う唯の《冒険者》だ」

「そうか、ならば仕方がない、始めよう」

 その言葉と共に場に緊張が満たされて行く。

 槍を構えたブランカに対してザックスは《ミスリルセイバー》を引き抜き応戦する。すでに補助魔法の三段がけは済ませてある。

 当然ブランカもそうであると考えるべきであろう。彼の正確な力量は分からない。確実に言える事は自分よりも上の世界を見ているということだけである。

 互いに《瞬速》の世界に身を置いた二人の間に不意に走った閃光を、ザックスは反射的に愛剣ではじきとばした。衝撃がジワリと手首を襲う。下手な攻撃は命取りである。相手の間合いぎりぎりの距離を保ちながら隙を見つけ、長物の弱点である手元へと付け入らなければ勝機はない。

さらに槍の一閃が走る。続いて連続して。

 致命傷をぎりぎり交わしながらザックスは愛剣で穂先を弾き飛ばして隙を窺う。決して下がる事は許されない。間合いの狭い武器で一度下がってしまえば一気呵成に責め立てられ、瞬く間に槍に貫かれる事になる。

《ルドル山》の骸骨達の槍襖などとは比べるべくもない。一撃一撃に文字通り必殺の念が込められたその攻撃は、ザックスの身体だけでなく精神を削ってゆく。

防戦一方の戦況に舌打ちしながらも歯を食いしばってその場に留まった。恐るべき槍の連撃を直感だけで辛うじて防ぐその様は見ている者達の肝をさぞかし冷やしている事だろう。

 不意に槍の攻撃が止み、ブランカが下がる。反射的に追いかけようとする自身の身体を理性が留めた。

 ブランカの顔に僅かに笑みが浮かぶ。明らかな誘いだった。

(遠いな……)

 彼の手元まで僅か数歩、だが、その距離が圧倒的に遠い。彼の造る穂先の壁がザックスを決してそこに踏み込ませようとせずにたちはだかっていた。

 劣勢の戦況に気合を吐き出して飲み込まれまいとするザックスに再び穂先の雨が襲う。だが、それは先ほどとは比べるべくもない強力な攻撃へと変貌する。

 緩急を自在に付けた攻撃がザックスの視界を襲う。先ほどまでのスピード一辺倒の攻撃に目を慣らされたザックスには効果的だった。ついに腹部に強力な一撃が入る。彼の防具が《ミスリルダイン》でなければ致命傷だった。

 たまらずザックスは魔法障壁の籠手を展開する。左前に構えたザックスに対してブランカの猛攻が始まった。

 一方的に下がりながらも大きな円を描いて決して壁面に追い込まれぬように防御するザックスをブランカの槍が追う。一度ついてしまった流れはもはや留まる事はない。籠手を前面に構えてなんとか反撃の糸口をさがそうと試みるものの、槍が生み出す距離の壁の前にザックスは途方にくれる。籠手に守られた左腕に、防具に包まれた腹部に、数度強力な打撃が叩きこまれる。

(勝てない……)

 一瞬の気の迷いだった。

 振り回された槍の柄が空を切り裂き、ザックスの右わき腹を叩きのめす。《瞬速》の世界の中でのスピードにのった一撃である。ブランカよりも軽いザックスの身体は通りの反対側まで弾き飛ばされた。

 身体の中を暴れ回る痛みを押さえこんで無理やり起き上がる。ブランカは追ってはこなかった。

 その事を確認するや否や、途端に襲ってくる身体の重さにザックスは耐えられずにしゃがみこむ。ブランカの一撃の衝撃は内臓にまで達したようだった。回復にはしばらく時間を要するだろう。深呼吸と共に痛みをやり過ごしながらも、ブランカの気配を探る。ザックスを打ち取る絶好の好機でもあるに関わらず、彼は追ってこようとしなかった。ようやく立ち上がれるようになったザックスは慎重に少しずつ近づいてくるブランカの様子にふと気付いた。


 ――彼の呼吸が荒い。


 考えてみれば、彼は戦いの開始時点よりずっと攻撃し続けている。そろそろ息が切れてもおかしくはない。そう考えたザックスはさらにあることに気付いた。あれほどの攻撃を受けながらも自身の身体に致命傷はない。防具の性能もあるが、致命傷を与える為なら、ブランカ程の使い手ならば一度や二度くらいチャンスはあったはずである。

 そして、さらに一つ。

 先日ザックスに致命傷を与えた《流星槍》をブランカはここまで一度も使っていない。何か使えない理由でもあるのだろうか?

 一つだけ思い当たる理由があるが、まずはこの劣勢な状況を挽回する方が先である。

 立ち上がったザックスは己の剣を鞘におさめた。その動きに近づきつつあったブランカは足を止めた。

 ザックスの意外な行為に周囲が驚きの声を上げた。

 ブランカは用心深く槍を構える。再び補助魔法を3重掛けしたザックスは、魔法障壁の籠手を展開させて無造作にブランカに向かって歩き出す。

 間境に達する一瞬、再び閃光が走る。

 右前に構えて槍を放つブランカに対して背中側に一歩踏み込んだザックスは激しい踏み込みと共に籠手の障壁ごとブランカの身体に激突した。

 槍を突き出した瞬間にザックスの不意打ちともいえる《体当たり》をまともに受けたブランカの身体は、先ほどのザックスの時と同じように弾き飛ばされた。

 槍を握りしめたまま弾き飛ばされ倒れたブランカはすかさず起き上がる。心なしか彼の顔色が変わった事に、ザックスは小さな手ごたえを感じた。

(効いている……)

 希望は力を生み出す。すかさず再び彼に向って無造作に歩いて間合いを詰めて行く。即座に槍を構えたブランカだったが、その一閃は先ほどのものよりも遥かに遅かった。今度は反対側に回り込んだザックスの体当たりを正面からまともに受けたブランカはそのまま背中から石畳みに叩きつけられる。十分すぎる手ごたえだった。

 ザックスの反撃に固唾をのんで成行きを見守っていた冒険者達の一団から歓声が沸き起こり、フィルメイア兵団からは悲鳴が上がる。

 槍を支えによろよろと起き上がろうとするブランカにザックスは追撃の《体当たり》をしかける。ブランカは成す術もなく再びはじき飛ばされた。ザックスの優勢に冒険者達だけでなく建物の窓から成行きを窺っていた人々までが喝さいを浴びせ始めた。

 過去、槍の名手であるブランカにこんな戦い方をしかけた者はいなかったのだろう。いや、彼と同じレベルの世界の中で、このような戦い方で挑んだのはザックスが初めてだったのだろう。


 ――もう一発。


 さらに同じ攻撃で畳みかけようとする、その瞬間だった。ザックスの背に強烈な悪寒が走った。

 よろよろと槍を構えたブランカの姿に踏み込もうとした足を止め、素早くバックステップで飛び下がる。その瞬間、無数の閃光が走り、槍の穂先がザックスの頬をざっくりと抉った。

 頬から流れる血がぼたぼたと石畳を濡らす。技を放ったブランカは槍を構えたままピクリともその場から動こうとしない。

《流星槍》――今の一撃は間違いなくザックスに致命傷を与えたあの技だった。

 技を放ったブランカは息を荒げながらも左前に槍を構えたまま目を閉じて、あらぬ方向を向いている。ザックスはその姿に強烈な悪寒を感じた。

《ミスリルセイバー》を引き抜き、彼の背に回り込んで、完全に死角をとる。愛剣を中段に構え、《閃光突き》の構えをとる。じわじわと近づき射程に捉え、《閃光突き》を放とうとしたその瞬間、無数の閃光が再びザックスの視界に広がった。

 飛び下がって追撃に備えるもののブランカは追ってはこない。目をつむって槍を左前に構えて立っているだけだった。先ほどまで荒かった息は徐々に整えられつつある。

(やっぱりそういう事か……)

 その原理はザックスの《体当たり》に似ていた。槍による無数の突きをほぼ同時に放つ為に、体内のマナを右腕に凝縮集中し攻撃の一点において爆発させる。発動に大きなタメを要する迎撃専用のカウンター技。それが《流星槍》の正体なのだろう。

 さらにブランカは《心眼》によって間合いを計り、鉄壁の防御陣を敷いている。彼の間合いを侵すと同時に《流星槍》が発動し、獲物がしとめられることとなる。

 決して負けない布陣を敷いた彼に負けたくなければ、その間合いに近づかねば良い。あるいは、《ルドル山》で使い果たして手元にはないが、離れた場所から爆裂弾を投げ付けるのも有効なはずだ。

 だが、おそらくそんなやり方ではダメなのだろう。

 完璧な守りの布陣を敷いたブランカのこの技を破らない限り、誰もが納得のいく勝利とはなりえない。心理的にザックスを追い込んだ老獪さに感心しながら、ザックスは反撃の糸口を探す。

(やっぱり、あれだろうな……)

《ルドル山》で偶然身につけた新たな技、それを以てしなければこの場面は乗り切れないだろう。

《居合斬り》――《アテレスタ》に帰還の後、試しに見せたその技の弱点をイーブイはあっさりと見破った。

『初撃から二撃目、さらに、三撃目へと続く過程に無駄が多すぎるでござる。最初の一撃は次の一撃への布石、抜いたが最後、一気呵成に畳みかけて相手にその力を出させることなく勝利する――そのつもりで技を組みたてねばならぬでござる。さらにザックス殿の愛剣《ミスリルセイバー》ではおそらく引き斬る際の力が弱くなるでござろう。強敵に対しては補助魔法による強化を上手く利用せねば、たちどころに破られるでござろうな』

 まだ未完成のその技であるが、完成へのヒントはブランカの《流星槍》から得られた。

《爆力》によって強化された膂力をさらにコントロールして彼の繰り出す一撃を凌ぐと同時に攻撃に転ずる。迎撃技である《流星槍》をさらに迎撃するという、とてつもなく高度な戦いを要求される事になる。

バッグ》を探り薬滋水の瓶を取り出して一息に飲み干した。頬の傷が消え、体力がわずかに回復する。一方的に不利な勝負を挑まれているのだからこれくらいは許されるだろう。放り捨てた空瓶が甲高い音を立てて割れ、その音に目を閉じていたブランカがピクリと反応した。彼の気配に全く乱れはない。閉じた目で完全にこちらの動きを捉えているふしがありありと見える。

《ミスリルセイバー》を鞘におさめたザックスはそのままブランカが最も技を出しやすい位置へと移動した。自然に技を出せる以上、こちらからのタイミングも計りやすい。彼の間合いぎりぎりの場所に立ったザックスは納めた剣の柄を軽く握ると、腰だめに構えた。

 じわじわと間を詰めて行くザックスと、《心眼》でその気配を読んで待ち受けるブランカ。

 互いの気迫が間境でぶつかり火花を散らす。

 二人の間に壁の如く立ちはだかる槍の制空域に、ザックスはついに踏み込む。と同時にブランカの槍が無数の閃光を生み出した。

 それに合わせるようにザックスは剣を抜き放つ。

 鈍い金属音が周囲に響き渡り、強力な衝撃と共にザックスは愛剣をつかんだまま弾き飛ばされた。右手を襲うしびれに愕然とする。


 ――目論見が甘かった。


 ブランカの《流星槍》によって出来る制空域の壁は、ザックスの想像を遥かに超えて彼の前に重く立ち塞がっていた。

「冗談じゃねえぞ」

 最初の槍の壁を抜きつけの一撃で撥ね飛ばし、大技で出来た隙をついてさらにそのまま踏み込んで斬りつける――その最初の一撃すら撥ね飛ばす事は容易ではない。

 激突の瞬間、それなりにマナを右腕に集中させたつもりだったが全く足りない。

 再び隙もなく槍を構えて待ち受けるブランカには、今やどこにも乱れはない。自身の技に絶対的な自信をみなぎらせて彼はザックスの次の攻撃を待ち受けていた。

「踏み込み方が甘いでござる、ザックス殿」

 イーブイの声が後方から響いた。その言葉に苦笑する。

(怖い事言うなよ……)

 あの圧倒的な槍の制空域の中にさらに深く身を置いて技を出せと彼は言ったのである。その客観的な視点からのアドバイスは真実をついている。だが、それを実行する事は並々ならない。

(もっと前に……)

 彼の槍のスピードが最大値に至る前に、死ぬと分かっていてもさらにその先の世界に踏み込む事……。今、ザックスに求められているのはただそれだけだった。

 小細工は決して許されぬ相手――強敵に対して己の全て以上の物をさらさねば、その先に道はない。

『戦場にたつあらゆるフィルメイアの命は羽よりも軽い』

 ふと、その言葉が思い浮かぶ。

「……ったく、いいこと言ってくれる、昔の奴らってのは」


 ――深く大きく息を吸う。そして再び《居合斬り》の構えに入った。


 覚悟の決まったザックスは、制空域ぎりぎりの位置から倒れるように先ほどよりも大きく踏み込んだ。

 ブランカの《流星槍》とザックスの抜刀の一閃がはげしく激突する。

 甲高い金属音が周囲に鳴り響き、その衝撃に耐えきれなかった一方の武器が弾き飛ばされ、夜空に舞った。激突した二人は交錯し、一方の身体が音を立てて地に倒れた。

 夜空に舞った刃がその勢いをなくして落下を始め、鋭く地面に突き刺さる。

 半ばから切断された槍を手にしたまま仰向けに倒れたままのブランカは、ピクリとも動かない。その胸部は防具ごと袈裟がけに一閃され、傷口からあふれ出す血が石畳を汚した。

 立ったままのザックスと倒れたブランカ。

 二人の勝負の決着によって、大きな歓声と悲鳴が周囲に大きく響き渡った。




 剣を握ったまま動かぬ右腕を左腕で支えながらザックスは倒れたブランカに近づいた。

 どうやら技をだした一瞬に込められたマナの力にザックスの腕は耐えられなかったらしい。二撃目を斬りおろした時にかかった強烈な負荷でザックスの腕の筋肉は大きく損傷していた。もしもブランカが倒れていなければ、敗北していたのはおそらくザックスの方だろう。

 仰向けに倒れたままのブランカとザックスの視線が合わさった。

「み、見事だ……。止めを……刺せ」

 これは戦である。

 ブランカの死をもって敗北が決し、フィルメイア兵団は敗軍として約定どおりに街を撤退する事になる。約定を交わした以上これを守らねば、フィルメイア兵団は今後あらゆる場所で卑怯者のそしりを免れない。

 戦場の作法を守る事。それは戦場に生きるフィルメイア達の誇りである。

 だが、そのためにはブランカの命が必要だった。

 勝利の為に彼に止めを刺す。戦いに勝ったザックスに残るのは、再び同胞に手を掛けたという事実のみである。

(結局、オレはそういう星周りなんだな……)

 ザックスは左手に持ち替えた《ミスリルセイバー》を静かに振り上げる。

 今のザックスは指揮官である。ブランカと同じく、味方の多くの命を背負う立場にある彼は指揮官として当然の決断を下さねばならなかった。

 彼の死をもって決着を――フィルメイアであれば当然のルールに従ってザックスは振り上げた左腕に力を込める。


 ――ダメよ!

 ――いけません!


 瞬間、ザックスの脳裏に言葉が走り、振り下ろそうとする剣の動きが止まった。

 制止の言葉と同時にザックスの胸を幾つもの思い出がよぎった。故郷を出て以来、知り合った多くの人々の顔、そして共に過ごした多くの時間がよみがえった。

(オレは何をやってたんだろう)

 苦笑いと共に振り上げた剣を下ろし傍らに置く。《バッグ》から高級薬滋水の瓶を取り出すと、倒れたブランカの傍らに片膝をつき黙って差しだした。

「な、なんの真似だ……」

「勝負はついた、俺が勝って、あんたが負けた。これはどうにも変えようのない事実だ。これ以上の犠牲は無意味だ」

「お、お前、命がけの決闘の意味をなんだと……」

「勘違いするな! オレは《冒険者》だ。アンタ達フィルメイアの流儀に従う義理はねえ。それにもう、同胞に手を掛けるのはうんざりだ!」

 しばし、睨み合っていた二人だったが、やがてブランカはザックスの提案を受け入れ《高級薬滋水》の瓶に口をつけた。傷口の出血は収まったもののまだ完全な回復には至らないようだった。

 彼らの周囲にブルポンズとブランカの部下達が集まってくる。

 部下達に腕を借りて助け起こされたブランカを守る様にして、他の兵たちがザックス達に武器を突きつけた。そんな彼らにたいしてザックスは平然と胸をはった。

「引け、武器を収めろ、俺達の負けだ」

 ブランカの言葉に部下達は即座に従い、武器を下ろして彼の背後に控えた。一人の男だけがその命令に従わずにザックスを睨みつけたまま動こうとしない。あの日初めにザックスに因縁をつけた《鉤爪の部族》の男だった。

 睨みつける彼の目を、ザックスは堂々と真正面から受け止める。しばしの睨み合いの末に、やがて、男は視線を逸らし、ブランカの背後に控える男たちの中に消えて行った。

「約定どおり、敗北を認め、この街を撤退しよう」

 すぐさま周囲に副官であるルッケンスの大音声が響き渡り、彼らの敗北宣言に事の成行きを見つめていた街の人々の歓声がどっと湧いた。

 人々の歓声の中、敗北の印を掲げたフィルメイア兵団が完璧な整列と共に撤退準備を果たし、頭であるブランカの号令を待っている。

 部下の肩を借りてその場を立ち去ろうとしたブランカだったがふと、思い出したように振り返ってザックスに告げた。

「ザックス……だったな。一つだけ忠告しよう。新たな生き方を望むなら、それまでの己の全てを受け入れろ。己を否定すればそこにとらわれる。お前がフィルメイアであった事、フィルメイアとして身につけたものは生涯消える事はない。それを全て抱えて前に進め!」

 僅かに一息ついた彼はさらに続けた。

「バカな年寄り共の為にお前達の未来を奪い去ってしまった事、フィルメイアを代表して詫びる。許せ」

 その言葉にザックスは目を見張った。小さな笑みを浮かべてブランカは続けた

「さらばだ、いずれどこかでまた会おう。もっとも、お前は俺のいる戦場には二度と出てくるな。お前のような甘い奴は混乱の元だ!」

 その言葉を最後にフィルメイア兵団長の顔を取り戻したブランカは、部下達に号令をかける。彼の号令に従い総勢100名近くの兵団員達が、堂々と敗者の印を掲げてその場を後にする。外門に向かう道を譲られた彼らは、民兵団の汚いヤジなど一切気にする事もなく整列して堂々と進軍し、街を後にして行く。

「結局、勝者は彼らでござるな」

「ああ、見事に利用されたな……」

 サンズの回復魔法を右腕に受けながら、ザックスはイーブイに答えた。

「ザックス殿も、もしかしたらあの中にいたのでござるかな?」

 その問いに彼は暫し沈黙した後で、答えた。

「そうだな。でも、人生に「もしも」はない。今が全てなんだ」

 その言葉はひと時の勝利に酔いしれる冒険者達の歓声に混じりかき消されていった。




2012/04/10 初稿




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