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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚03章 ~騒乱の都市編~
62/157

19 ブランカ、笑う!

 天空には真円を描いた蒼月が煌々と輝いていた。

 その日の昼過ぎ、都市とその外縁部を結ぶ3つの門は開かれ、城外に控えていた近郊領主達の手勢が粛々と歩を進め、大通りに陣を張った。夕暮れになるころにはようやく解放軍に所属する全ての部隊が集結し、《アテレスタ》市内はかつてないほどの緊張感に包まれていた。

 外門の一つに比較的近い位置にある《アマンダの酒場》の店前の大通りにはザックス達《冒険者》を先頭にして、その後ろにこの街の有力者たちによって組織された民兵達が武器を持って集っていた。尤も、訓練などほとんど受けていない彼らは戦力というよりは数合わせの烏合の衆であり、それ故に暴発する危険性を多分にはらんだ実に危うい存在だった。

 アマンダの叱責を受けて頭を冷やしたこの街の冒険者達は、ザックス達よそ者の指揮下に入る事を納得したうえで彼らの後ろに控えている。自分たちよりもずっと経験のある上級冒険者達の申し出に、初めは戸惑ったものの、結局彼はそれを受け入れた。

 ザックスが50名近い彼らに与えた役目は、彼らの後ろに控えている300名近い民兵たちを抑える事だった。彼らのうちたった一人たりとも、冒険者達の前には出させない、場合によっては実力行使も已むをえない――ザックスの強い決定に彼らは大きく驚いたものの、それが最善の策である事を了解した彼らはその意に従った。前の敵と後ろの味方の両方に気を配らねばならないその役割は、前衛に立って前だけをみていればいいザックス達よりも遥かに厳しい仕事であると理解したからである。

 時がたつにつれて徐々に緊張が高まっていく陣内にはアルティナの姿は無かった。

 神殿でイリアとマリナさんの事を守ってほしい、そのザックスの願いに彼女はしぶしぶと承知した。この戦が終わった暁にはきっと又、臍を大きく曲げるのだろうが、皆が無事に乗り切れるのならばそれに越した事はない。

「盤上の駒とはきっとこのような気分なのでござるな」

 前衛に立つ5人《ザ・ブルポンズ》のリーダーであるイーブイは、からからと笑いながらそんな冗談を飛ばす。たった五人の前衛の後ろに《アテレスタ》冒険者の一団およそ50名が中衛として構え、後衛に民兵団およそ300名が備える。この通りの布陣は他の通りに比べ実に頼り無いものだった。

 3つの大通りに面した建物の窓には全て明かりがともり、この街のほとんどの住民が集まってそこから事の成行きを見つめている。長きに渡った騒乱がいよいよ終わりを迎えるかもしれない――期待と不安が様々に入り乱れる中で、《アテレスタ》の夜はひっそりと深まりつつあった。

 今、王宮内では一切の血を流さずに事をおさめるよう、最後の駆け引きが行われている。

 王宮内からは全兵力が3本の主要通りに配置され、王宮前広場を守っていた。彼らを降伏させ、王宮前の中央広場を占拠した時、全ては終わる。

 各通りに配置された兵達は決して敵勢力と衝突せぬようにしながら、解放軍本隊からの命令通りにじわじわと前進して圧力をかければよかった。夜明け前には事は全て終わるだろう、そんな楽観的な予測が流れる中、ザックスは自分達の前方に広がる戦の行方にそこはかとなく不安を感じていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 通りの遥か彼方にうっすらと見える解放軍の陣の明かりに溜息をもらす。

「頭、こいつは、間違いなく負け戦ですぜ」

「だろうな……」

 自身の右腕の言葉に不敵に笑いながら答えたのは、フィルメイア第三兵団長ブランカだった。


 再三のこちらからの突き上げにもかかわらず雇い人である王宮官吏からは何の音沙汰もない。その場に待機せよ――当初の命令が継続され続けるこの状態では、いずれ前進してきた敵兵力との激突は必至である。おそらくそれが狙いなのだろう。

 彼らの後ろには王宮二級警備隊およそ五〇名が陣取っているものの、彼らに動きはない。


 この戦、決して勝てる見込みがない事は王宮内に立てこもる官吏達も分かっているはずだ。彼らとてそこまで愚かではない。問題はいかにして負けを認めるかということだろう。

 例え負けるにしても総勢300名近くの王宮警備隊の戦力は手元に残しておきたいはず。となると、かませ犬としてぶつけられるのはおそらく雇われ者であるフィルメイア兵団であろう。金をもらっている以上、これも仕事のうちである。勇猛果敢なフィルメイア兵団の名を穢すことなく百名近い部隊の損失を最低限にしながらこの苦境をのりきらなければならない。

 だが、彼らの眼前に立ちふさがるのは《冒険者》達の集団。集団戦では一日の長があれども、その基本的な戦闘能力は彼らに分がある。特に遠距離からの《魔術士》の広範囲型攻撃呪文を先制攻撃で打ち込まれれば、損害は必至である。

《探索者》として、マナの力を使いこなせるのは彼と彼の片腕、そして二、三人の分隊長のみ。まともにぶつかれば、損害を与える事は出来るだろうが、おそらく確実に敗北の道を歩むことになるだろう。

「さてさて、困った事だな」

「顔と言葉が合ってませんぜ、頭」

 いつもと変わらぬ二人のやり取りに周囲に控える分隊長達の顔にも笑顔が見える。

 そんな二人の元に伝令が続々と走った。

「申し上げます。王宮からの返答はありません。現在、担当官にさらなる突き上げを……」

「ご苦労」

「前方の《冒険者》の集団に一切変化はありません。民兵たちも完全に抑え込まれており、今のところ扇動工作の効果はありません」

「そうか」

「内応者には引き続き工作を続けさせろ」

 眼前の部隊の指揮官は、どうやら戦を知っている人間のようだ。

 勝利が確約された戦場では浮足がちになりそうなところをしっかりとこらえて、状況を見定めているふしがある。中途半端な仕掛けは許されそうにない。

 事態は思ったよりも悪い方向に転がっているようだ。そんな不安にかられかけたブランカだったが、ふと、彼に報告に来た伝令兵がその場から離れずに、何かを言いたそうにもじもじとしているのに気付いた。

「どうした、用がすんだら持ち場に戻れ」

 ブランカと同じ部族の出身で日頃は何かと近しい存在ではあるが今は戦の最中。甘えは許されない。そんな事は百も承知のはずの彼らしくもないその行動に不審を覚える。

「それが……、頭、実は敵側の司令官らしき人物についてお耳に入れておきたい事が……」

 越権行為である事を百も承知でそう言いだしたところをみると、何か大切なことなのだろう。

「構わん、述べろ」

 伝令役の男は、彼の命令に、声をひそめて、彼とその側近にのみ聞こえるように事実を報告する。兵団を混乱させる事態を引き起こしかねないその報告に彼の気遣いを感じながら、ブランカは小さく笑みを浮かべた。

「そうか、やはり、生きていたか……」

 言葉と同時に立ちあがる。

「ルッケンス、どうやらこっちにも運が向いて来たようだぞ」

 ブランカの言葉に彼の片腕である男が返答する。

「同胞のよしみで見逃してでももらうんですかい?」

「まさかな。今更そんな仲にはなれんよ、互いにな」

 ブランカが立ち上がる事で周囲に控えていた分隊長達が活気づく。そんな彼らをその場に座らせて、彼は続けた。

「これより全軍をルッケンスに預ける。お前達は部下達に撤退の準備をさせろ」

 その言葉に一同が揺れた。

「頭、一体、それは……」

「俺はこれから使者として奴らの元に行く。俺にもしもの事があればお前達はルッケンスの命令に従え。これはフィルメイア第三兵団長としての命令だ! 文句のある奴は前に出ろ!」

 出る者などあろうはずもない。過去、このタイミングで己の意見を述べようとして、顎の骨を砕かれた者は片手の指に余る。

「ではすぐにとりかかれ」

 ブランカの号令と同時に分隊長達が立ち上がる。本陣内は彼とルッケンスを残して誰もいなくなった。

「頭、何をやる気かなんて、野暮な事は一切聞きませんが……」

 長い付き合いである。伝令からの報告を聞いた時点でブランカの考えなどとっくにお見通しである。そして、それは孤立無援のこの状況で最良の一手である事も十分に理解していた。

「野暮なら言うな。『戦場に立つあらゆるフィルメイアの命は羽より軽い』忘れたわけじゃないだろう」

「そりゃ、まあ」

「だったら、後は任せた。完璧な整列で奴らを撤退させろ。第三兵団の名を汚させるな」

 傍らに立てかけてあった槍を手に取り、いそいそと楽しそうにその場を後にする。

 そんな彼の背を見送って後に残されたルッケンスは、溜息をつきながらぼそりと呟いた。

「ったく……、面倒臭そうな事は全部こっちに押し付けて……。つくづく尻の軽い大将だ。お願いですから、もう戻ってこないで下さいよ」

 指揮下に入って以来彼の何十回目かになるその呟きは、静かに消えて行った。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 大通りのはるか向こうの陣には、思い出深いフィルメイアの旗が悠々とたなびいていた。

 おそらく自分に瀕死の重傷を負わせたあのブランカが率いているのだろう、そんな確信がザックスの脳裏をよぎる。

《探索者》――マリナの話を信じるならばそれほど数はいないはずである。だが、決して油断はできない。

 相手の力量を見誤って大やけどをするのは一度で十分だ。大切な仲間達を一人たりとも失う訳にはいかない。そのためならば如何にえげつない戦術でも使わねばならない。戦いは勝たねば意味はない。それが幼いころからフィルメイアで叩きこまれた真実だった。

 現に彼らはそれを実行しつつある。後方の民兵団から聞こえてくる、けっして動こうとしないザックス達への批判は彼らの内応者によるものである事は分かっていた。例え不利な状況であっても確実に勝つための布石を打っていく、戦力差があろうともそれを脅かそうとするフィルメイアの知恵にザックス達《冒険者》は対峙せねばならなかった。

 そんな彼らの元には先ほどから二つの矛盾した命令が送られていた。


 ――前進せよ、交戦もやむなし

 ――その場に留まれ


 前者の命令を完全に無視して、ザックス達はその場に留まり続けていた。ザックスが従うのは老人の署名の入った命令書のみである。

 どうやら王宮内のやり取りは膠着しつつあるようであり、もはや実力行使もやむなしという意見が本隊の中で生まれつつあるのだろう。いかに事前工作しようとも所詮は烏合の衆。慣れぬ戦場の空気にあてられ、攻撃本能を刺激されつつあるようだ。

 当初の予定なぞ、どこへやら。最初に誰をぶつけるか、その事で意見が分かれていた。

 勝利は得たいが己の手勢は失いたくない。周辺領主達の小さな打算が交錯する中で、戦後の街の主導権を握りたい一部の有力者が逸って攻撃命令を出そうとし、それを協会長自ら抑えこんでいるようだ。老人には老人の仕事がある、彼は言葉通りに己の戦場で戦い続けているようだった。


 ――相手に動きがあるまでは、決して動かずに防衛に徹せよ。


 定期的に送られてくる老人の命令通りにザックスはその場に留まり続けていた。後方から聞こえてくる民兵団の雑音はアマンダの酒場の冒険者達が完璧に抑え込み、シーポンの竪琴の演奏を筆頭にブルポンズの面々がザックスの揺れがちな心を支える事で、陣内は比較的冷静に保たれていた。

「ザックスさん、誰かこちらに近づいてきたようですよ」

 怪しげな形状の遠眼鏡で相手方の様子を観察していたサンズがそんな事を言い出した。サンズから受け取った遠眼鏡を覗き込んだイーブイがさらに続ける。

「使者の旗を持っておるでござるな」

 近づいてきているのは二人の男の姿。そのうちの一人は使者を示す旗を無造作に担いでいる。遠眼鏡を受けとったザックスは急いでそれを確認する。そこに映った人物の姿にザックスは驚きの声を上げた。

「イーブイ、彼を迎える。ついて来てくれ」

「私達はどうしましょう」

 サンズの問いにザックスは答えた。

「ここで待機を。後ろの奴らには絶対に動かないように徹底してくれ」

 言葉と同時に歩き出す。今、膠着しかけていた戦場に小さな変化が生まれようとしていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「久しぶりだな、傷はもういいのか」

 持っていた使者を示す旗を共の者に向かって無造作に放り投げると、左手に槍を持ったままブランカは尋ねた。

 彼の左手に十分に警戒して間合いを保ちながらザックスは答えた。

「おかげさんでね。貴重な体験ができたよ」

 戦場にルールなど存在しない。使者だからといって気を許していたら、そのまま刺殺されも文句は言えない。勝つためにあらゆる手段を。それはフィルメイアの戦いの姿勢である。

「そうか、なら、話は早い。道を開けろ、小僧」

 ぎろりと睨みつけるブランカの視線をザックスは決して逸らそうとはしない。戦いはすでに始まっている。

「なんで陥落寸前の負け犬の言葉を聞かなきゃならないんだ。頼みごとをするときは丁寧に頭を下げるもんだぜ、おっさん!」

「同胞の先達に対しての態度を知らないのか。所詮は《翼の部族》という事か」

「何を勘違いしてるか知らんが俺は唯の《冒険者》だ。《探索者》なんて紛い物はもっと恥ずかしそうに、道の端っこを歩くんだな」

 互いの視線がぶつかり合い火花が飛び散る。やがてブランカがニヤリと笑った。

「どうやら完全にふっ切っているようだな。ならばちょうどいい。お前に一騎打ちを申し込もう。俺が負けたら部下達は敗軍の印を掲げてこの街を撤退する。勝ったなら勝者の印を掲げてこの街から立ち去る。これでどうだ」

 どう転んでも僅かな犠牲で事態が大きく変化する事に変わりない。ザックスかブランカのどちらかが死ねば済む事である。

「オレは別に構わんが、生憎と決定権は俺にないんでね」

「成程な。ならこれを解放軍の本陣に届けさせろ」

 イーブイに向かって書簡が放り投げられる。ブランカが述べた通りの文言が書かれた中身に目を通したイーブイが小さく頷いた。これで彼らは決して約定を違える事は出来ない。

「では半刻後にまた会おう」

 言葉と同時に踵を返し、すたすたと立ち去って行く。伴の男が慌てて、その背を追った。離れて行く大きな背に、ウルガのそれが重なって見えた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「決定が下ったでござるよ、ザックス殿」

 書簡を持って直接本隊に走ったイーブイがザックスの元に再び現れた。

「そうか、爺さんは何か言ってたか」

「別に、何も。ただザックス殿の意思を確かめただけでござる」

 命令書に老人のサインを確認したザックスは、それを丸めて傍らにいたサンズに預けた。

「そうか、じゃあ、行ってくる」

「ザックス殿、勝てるでござるか?」

それは周囲にいた仲間達全ての想いだった。

「さあな、勝敗は時の運だからな。まあ、二分か三分ってところだろうさ」

「怖くないのでござるか?」

「怖いさ、イーブイも見ただろ、あのおっさんを」

 数え切れぬほどの人間相手の修羅場で戦ってきた猛者である。ザックス如き若造が対等になれることなどあろうはずもない。

「まあ《剣の魔将》よりかはちょっとましってところだな」

 そう言い残すと歩き出す。実際は全く違うのだろうが自分よりレベルの高い者は皆同じように見えてしまうものだ。

 彼の勝利を願うシーポンの竪琴の力強い調べがその背を押す。

「ザックス殿」

 その背を見送るイーブイの表情に複雑なものが浮かぶ。

「いつもの彼らしくありませんね」

 珍しくサンズが厳しい表情を浮かべた。

「己を見失う……彼も又、迷い人」

 デュアルがぽつりと呟いた。

「大丈夫です、きっと彼は彼であり続けるでしょう、彼を支える音色達も又、彼を見守っているのですから」

 竪琴を奏でながらのシーポンの言葉は暗い夜空に優しく散って行った。




2012/04/09 初稿




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