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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚03章 ~騒乱の都市編~
56/157

13 イリア、居残る!

 イリアをワイアードの屋敷に一人残して、再び馬を飛ばして《ルドル山》に辿りついたのは日が完全に暮れた後だった。

 ふもとで小キャンプを張り、夜明けとともに周囲が明るくなって徐々に山の全景がはっきりするにつれ、その異常な景色に溜息をつく。

「非常識な景色だな」

 ザックスの《ルドル山》に対する感想は、その言葉に集約されていた。

 季節は冬である。

 周辺の山々の木々はすっかり葉を落とし、冷たい風の吹きつける中を暖かな春に備えて、じっと耐えているというのに、この山とその周辺のみが青々とした緑に包まれている。

 さほど高いとは思えぬその頂きに向かうほどに濃くなる緑の色は、もはや驚きを通り越して気味が悪い。

 多くの人々が飢えに耐えているというのに、ごく一部の者だけが食の心配をすることなく放埓に過ごしている、ふと、そんな光景を連想してしまう。

「これは、ずいぶんと歪んだ光景ですね」

 サンズも又、驚きを隠せぬようである。

「そうか、ここらじゃ、こんなの当たり前だぜ」

 ボイドがぽつりと呟いた。

「まあ、とにかく、先を急ごう。と、その前にどうやらお客さんのようだ」

 視界の先には数匹の獣形モンスターの姿がある。いきなりのその歓迎はこの先の困難な道のりを暗示しているかのようだ。

「ちょっと、お待ちを、ザックスさん」

《ミスリルセイバー》を引き抜き、先制攻撃を仕掛けようとするザックスをサンズが止めた。

 どうしたんだ、と尋ねるザックスに彼女はその場に留まるようにのみ忠告すると、そのままモンスター達の動向を見守る。

 暫くすると向かってこようとしていたモンスター達が、一匹、又、一匹と消えて行く。ザックス達と接触するころには全てのモンスターが消え去っていた。

「これは?」

 呆気にとられるザックスにサンズが尋ねた。

「ザックスさんは山岳型ダンジョンは初めてでしたね?」

「ああ」

「山岳型ダンジョンではモンスターの出現持続時間は地下型ダンジョンよりも遥かに短いのです。その出現持続時間は召喚陣との距離や規模に比例しているというのが一般的な見解です」

「つまり、それって、上手い事やれば無駄な戦闘はせずにすむってことなのか」

「そうです、このあたりの冒険者もそのような戦略で頂きを目指す事が多いと思うのですがいかがです? ボイドさん?」

 突然答えを求められたボイドは、驚いた様子で返答する。

「あ、ああ、悪いな。オレはこの山に本格的に登るのは初めてなんで、余り詳しくないんだ」

「そうでしたか」

 言葉と同時にすたすたと先頭を歩こうとするボイドの背を眺めながら、二人は顔を見合せる。

 このクエストで一番厄介なのはこいつかもしれないな、そんな事を考えながらザックスは初めての山岳型ダンジョンに挑む事となった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 暖炉の中では自由闊達に踊る炎に包まれた薪が明々と燃え、その場所は冷たい風の吹きすさぶ外界とは別世界である。

 扉の向こうに人の気配はするものの、カギはかかっていない。軟禁状態といえるのだろうが、候爵家の今のイリアに対する扱いは人質への扱いとしては破格のものだった。

(一体、私は何をしているのだろう……)

 窓の向こう遥か彼方にうっすらと連なる山々の景色を見つめながら、イリアの心の中にふとそんな思いが浮かんだ。

 自身の無責任な行為で敬愛する姉巫女をよその街へと追いやり、彼女を追いかけた先で己の軽率さを思い知らされ、今も又、大切な想い人の足かせになってしまっている。多くの命の行方を背負った彼は、今頃どんな思いで危険な山を登っているのだろうか?

 自分は何もできぬ子供ではない――己を真実から遠ざけようとする周囲に心のどこかで反発していたのだろう。そんな無意識の焦りがここしばらくの醜態に繋がっているということに、イリアはうっすらと気付き始めていた。

 小さく丸くため息を吐く。

 僅か二日、冷たい風の中をザックスの背で馬に揺られ続けた程度で体力を消耗した。明らかに足手まといになってしまいつつある現実から目をそらそうと気持ちを張りつめてはいたものの、ワイアード候爵の提案に心のどこかでほっとしてしまった事は気のせいではない。そして侯爵の提案に、安堵をおぼえたのはきっとザックスも同じだったに違いない。

 己に嘘を重ねても身体は正直である。柔らかな寝台で一晩ぐっすりと眠ってしまった身体はあちこち悲鳴をあげ、想像以上の負荷を溜めこんでいた事を訴えていた。

 もしもザックスについていったならば途中で動けなくなっていただろう。

 ダンジョンに向かう冒険者は常に前に向かって進み続けねばならないのに、後ろばかりを気にさせてしまっては本末転倒。

 共に歩くには二人の距離は余りにも隔たりすぎている――その現実はイリアの小さな胸に大きなしこりとなっていた。




 朝食の後に彼女の様子を窺うべく暖かな茶を持参したメイドが、直に主が到来する事をイリアに告げた。暫くして、丁寧なノックの音と共に当のワイアード候爵が現れた。

「ご不便をかけるな、巫女殿」

「いえ、人質の身で過分な心遣い、痛み入ります」

《アテレスタ》の地では寒さと病と飢えに震える人々がいるというのに、今の彼女は人質とは名ばかりの候爵家の客人として十分なもてなしを受けていた。そんなイリアにワイアードはからからと笑いながら告げた。

「まだ若い身でありながら、巫女殿もお人が悪い。人質などとは所詮、方便であることにお気づきでありましょうに……」

 その言葉に小さな違和感がこみ上げる。そんなイリアの姿をじっと見つめながら彼は続けた。

「しばし、不便をお掛けしますが、2、3日ほど当屋敷にてご滞在くださいませ。しかる後に家人に《アテレスタ》にまでお送りさせましょう」

「一体、どういう意味ですか?」

「言葉通りの意味ですよ」

 にこにこと笑みを浮かべてワイアードは答える。

 ああ、この人の頭の中にはザックス様が無事に帰還する事は最初から入っていないのだ――そう、イリアは思い至った。

「ザックス様達は必ず無事に帰還します!」

 強い願いがその言葉に込められる。

「無理ですな……」

 イリアの想いをあっさりとワイアードは否定した。失礼、という言葉と共に室内のいすに腰掛けたワイアードは遠い目をして静かに続けた。

「今年の冬の初め、あの《ルドル山》に登った者達は誰も帰ってきませんでした。《冒険者》だけではありません。傭兵、薬商、さらには病に苦しむ我が子を助けようと無謀な挑戦を行った近辺の集落の者達に至るまで全て、ね。」

「そんな……。侯爵様はそれを止めようとなさらなかったのですか」

「勿論この地を預かる領主としての警告はいたしましたよ。ですが、彼らは聞く耳など持つはずもない。貴女の同行者達と同じようにね。他者の忠告を聞かぬ愚か者は死ねばよいのです。人質と称して貴女を引きとめたのは、貴女が創世神殿の巫女だから……。我が領地内で神殿関係者、それも貴重な人材である巫女殿に万一の事があったとなれば、神殿から如何なる咎めを受けるか知れたものではありませんからな」

「そんな理由で……私を」

「この国に住まうものならば神殿の威光をないがしろにする事の恐ろしさは身にしみております。例え、貴女が巫女としても人としても未熟であったとしても、私は貴女の後ろにある神殿への畏怖と共に、いかなる手段を持っても貴女をお引止めせねばなりません。それが所領を預かる領主の務めなのですから」

 イリアを引き止めた後、山へと赴いたザックス達が戻らぬ事で、ワイアードの判断が正しかった事が証明され、創世神殿に対して何らかの見返りを要求するという事なのだろうか?

「それでもザックス様は……必ず、無事にお戻りになられます」

「例え、あの冒険者が奇跡を起こすほどの力があっても、その周囲にいる者達は貴女のように彼を信じることが出来ますかな……」

「それは……」

「人の世に裏切りというのはいくらでもあるものですよ……」

 その言葉に沈黙する。

 サンズはともかく、本音を隠してザックス達に同行するボイドの事は、イリアですら無条件で信用していない。

「少しばかり四方山話にお付き合いくださいませんか、巫女殿」

 遠い目をしてワイアードは語った。

「巫女殿。貴女はこの国がなぜ滅びの道を辿ってしまったのか、ご存知ですか?」

「神殿と王が対立したからだ、と窺っておりますが……」

「それは、表向きの理由です。本当のところは違います」

 僅かに厳しい表情でワイアードは続けた。

「この国が滅んでしまった理由。それはこの国が『豊か』だったからです」

「豊かだから……。一体それはどういう意味ですか?」

 豊かである――それは幸せなことのはず。幸せな国が何故、滅びの道を歩まねばならないのか?

「豊かな自然の恩恵を受け、豊富な食料の産地を持ち、さらに周辺諸国との交易の要衝地として500年近くもの間、この国は繁栄してきました。大変皮肉なことですが、国家が機能を失い、国政が行われなくなっても尚、多くの民の生活が破たんせずにいるという事がそれを証明しています」

 国が滅べば民は飢える。そして残された富と食料を巡って悲惨な争いを行い滅亡した民族の存在例は、サザール大陸の歴史に無数にある。

「先人達が努力してそのシステムを作り上げたが故にこの国の豊かさは成り立っていた。だが、いつしかこの国に住む者達は皆、その事を当然のことと享受してしまった。国王から末端の民草に至るまで……。そしてその傲慢さゆえにこの国は嘘と不誠実と裏切りが当然の如くまかり通る様になってしまった。その象徴こそ王都《アテレスタ》の現実なのです」

 忌々しい、そんな内心を隠す事もなくワイアードは続ける。

「前王の生み出した混乱もその後の神殿との争いも本来ならば回避は可能だった。だが、そうしようと本気で考えた者はほんの一握り、いえ、ゼロに等しかった。長い伝統や歴史にしがみつき、誰もがきっと誰かがなんとかしてくれるだろう、どうにかなるだろう……そう考えて思考を停止した。いち早く不幸な未来を洞察し、声をあげる智者を異端者として寄ってたかって押し潰し、膠着した人の輪の鎖にどっぷりとつかる……。

 自分達は定められた中で一生懸命にやっているのだ。物事がうまくいかないのはきっとどこかに悪い奴や怠けものがいるからだ――互いを疑い傷つけあう己のその在り方こそに、一番問題があるなどとは考えようとすらしない。

 ウォーレンという国のシステムはすでに腐りきって堕ちてしまっています。そしてそれに触れたあらゆる人の思考をも腐らせる。

 いかなる賢者や愛国者の力を以てしても土台が腐ってしまえば成す術はありません。ほんの一握りの力で支えるにはウォーレンという国は余りに大きすぎる。それ故に今、国という枠を解かれてしまった多くの領主や貴族たちは己が領地と領民を生き延びさせるために様々な新たな枠組み作りの試みを行っています。

 だが、そんな彼らの努力に反するかの如く、かつての栄華を夢見て王国の再建を夢想する者達もいる。大きな物、伝統あるものに縋って生きて行く、そんな者達の幻想の礎となっているのが《アテレスタ》王宮に居座る王宮官吏たちなのです。彼らを排除し、ウォーレン王国再建の幻想を打ち砕いて新たな道を開かねば、この地に住まう人々に未来はないのです。それ故に我らアテレスタ周辺に領地を持つ者達は皆、ハツカル病に関する知らせを《アテレスタ》に届けることは無かった。決して示し合わせた訳ではありません。《アテレスタ》の未来を担うであろう子供達を生贄にする事で、そこに住まう人々に己の置かれた現状を認知させ、もはや国の復興など夢物語でしかない事を知らせる……、それが我らの意思なのです」

「そんな……」

「あの山に向かった貴女の同行者の方々がなさろうとしている事は、我々にとって迷惑極まりない事なのです。本来ならば道中、我が手の者によって消してしまうのが道理。ですが、幸運な事にあの山の湖には正体不明の魔物が住み着き、訪れる者達に皆等しく破滅をもたらしています」

「候爵様はご自身の領民の為、罪のない《アテレスタ》の子供達を犠牲にするのは当然とおっしゃられるのですか?」

「多数を生かすために少数を切り捨てる……それはあらゆる統治の基本でしょう? 長きにわたってその原則を忠実に守りぬいて来たのは貴女ご自身が身を置く創世神殿ではありませんか」

「そんな事はありません。《アテレスタ》神殿に仕える方々は皆、今も神殿に運ばれる人々の為に懸命な努力を行っているはずです」

 今も尚、苦しむ人々の為に奔走しているであろうマリナの姿が脳裏をよぎる。

「それはほんの一面的な物の見方でしかありませんな、巫女殿。例え《アテレスタ》ではそうであったとしても、遥か彼方の《エルタイヤ》の最高神殿ではこの地の今と未来を天秤にかけて様子見をしている――それが現実ですよ」

「ですが、そのように多くの犠牲の上に成り立った新たな生活の中で、この地に住まう人々は再び安心して暮らせるのでしょうか? 私だったらそうは思えません。この次に切り捨てられるのは自分達かもしれない――そんな不安はやがて新たな火種となって侯爵様ご自身をも燃やし尽してしまうのではありませんか」

 イリアの言葉にワイアードは小さく顔を歪めた。

「確かに貴女のおっしゃられる通りかもしれません。弱き民草が新たな環境で生きて行くためにはその心を支えるよりどころと呼ぶべきものは必要でしょう。己が生きる基盤が多くの者達の犠牲の上に成り立っている。嘘や偽りを真実だとして自分達は平然と生きてきた――その事実を知れば、無知な彼らの心に計りしれぬ傷を負わせることにもなるでしょう。

 だが、多くの者達は皆、自身の眼前の事にしか興味を持たぬのも又事実。自身の預かり知らぬ場所で苦しむ者達がいたとしても関心を持たぬのが道理なのです。

 巫女殿、貴女はきっと多くの暖かさに包まれて幸せに育ってきたのでしょうな……。ですが、全ての者達がそうであるとは限りません。愛された記憶のない者に人を愛する事はできませんが、それでも生きてゆく事はできるのです。人の世に必要なものは強さのみであって、所詮、物事の善悪などは幻にしかすぎぬのです」

「そんな事……」

 だが、その先の言葉は続けられない。

 ワイアードの言葉は正しい。だが、すべてではない。その事を彼に伝える術がない。言葉での論破は可能かもしれない。しかしながら、それを裏付ける人生の重さが若いイリアにはなかった。

 イリアは唇をかみしめる。結局ここでも自分は子供でしかない。その事実のみが思い知らされた。




 ふと、館の外から馬のいななきが聞こえ、次いで何者かの言い争うようなこえが聞こえる。

「如何した、一体何事だ、騒々しい」

 ワイアードの命で玄関に走った使用人が、暫くして息せき切って駆けもどる。

「申し訳ありません。侯爵様。今しがた当屋敷に再び《アテレスタ》より冒険者の一行が訪れ、《ルドル山》への入山許可をよこせと……」

「ならばいつも通りの対応をすればよかろう」

「それが、その……」

 僅かに室内のイリアに目を向けると使用人は続けた。

「先だっての冒険者達と同様に彼らは《アテレスタ神殿》からの依頼状を持っておりまして、さらに……」

 小さく躊躇いの表情を浮かべながらさらに続ける。

「一行の中にエルフがおりまして、こちら側の対応にいたく不満を募らせ、これ以上引き延ばしをするならばこの地にエルフの呪いをかけるのも辞さないと……」

「何! エルフ……だと!」

 人間を良く思わぬエルフによって引き起こされたと思しき様々な逸話や伝説は大陸中に存在する。彼らの機嫌を損ねたばかりに領地が衰退した、否、そのような噂がたったばかりに周辺領の領主たちに敬遠され、領民たちにまでそっぽを向かれた――馬鹿げてはいるが決して笑い飛ばす事のできないその噂は、領地を経営する者にとっての死活問題である。

 晴天の霹靂ともいえる事態に、ワイアードの顔面は蒼白となっていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 登山開始よりおよそ3時間。さほど大きな問題もなく一行は緑豊かな頂きを目指して順調に歩を進めていた。

 勾配のきつい斜面に無理やり開かれた山道の道のりは険しいものの、さほど凶悪なモンスターにも出会う事はない。飛行タイプや足の速い物以外のモンスターからは極力逃げるという戦術は功を奏し、思ったよりも早く目的地に着けそうだった。

 だが、ザックスの人生において物事が順調にいく事などあろうはずもない。否、あってはならないのだ……創世神にそう運命づけられているかのように彼らの前に障害が立ちふさがった。

 ようやくぬけた森の向こうには深い断崖が現れ、そこにかけられたつり橋が下方からの風にあおられながら頼り無く揺れている。

「なんともお約束だな」

 基部の所々が腐りかけ、今にも落ちそうなつり橋である。冒険者達ですらまともに山に入ろうとしないのだから、補修などされるはずもなく手つかずの状態なのだろう。本来ならば大事をとって回り道を選択すべきだろうが、生憎と今は時間が惜しい。

「仕方ない、順番に渡ろう」

 四つん這いになって崖を覗き込み、遥か下方に流れる川の様子を眺めながら決断したザックスだったが、ふと、いつもと様子の違うサンズの姿に気付いた。いつもはいかなる場面でも仲間たちとともに朗らかに笑っているはずの彼女が、なぜか真っ青な顔をしている。

「お、おい、サンズ、もしかしてどこか具合が悪いのか?」

 ザックスの質問に対するサンズの答えは意外なものだった。

「す、すみません、わ、私……、た、高い所だけはどうしても苦手で……」

 言葉と同時にへたり込む。どうやら、そのまま一歩も動けそうにない。

 その姿に当惑する。只でさえ、今にも崩れ落ちそうな橋であるのに一度に二人分の体重をかけてはさらに危険な事はこの上ない。回り道をするにも時間は惜しいし、迷っている時間もない。パーティのリーダーとして決断すべき場面でザックスは大いに悩む事となった。

と、振り返ったサンズが明後日の方向を向いていたボイドに言葉を掛けた。

「すみません、ボイドさん。私を背負って、あちらまで渡っては頂けませんか。私のせいで回り道する訳にはいけません。高レベルの《盗賊》の方ならば確か《軽業》の特殊技能をお持ちのはずだったと思いますが……。」

《軽業》――自身とその身体に抱えた物の重さを一定時間軽量化する特殊スキルの事である。以前にダントンに見せてもらったそれを思い出したザックスは慌ててボイドに確かめた。

「やれるのか、ボイド?」

 その問いにボイドは嫌そうな表情を浮かべながら答えた。

「まあ、そりゃ、できねえ事はないが……、俺がこのおばさんを背負うのかよ……」

 どうもこの男は今一つ現状の厳しさを理解できていないきらいがある。

「すみません。ご迷惑をおかけします」

 申し訳なさそうに言うサンズに、仕方なくため息をついたボイドはその背にサンズを背負った。

「それでは、私達が先に参りますので、ザックスさんは後からゆっくり来てください……」

「あ、ああ」

 その言葉に僅かに違和感を覚えながらも、ザックスは音を立てて軋む今にも崩れおちそうなつり橋を渡り始めた二人の背を黙って見送っていた。




2012/04/01 初稿




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