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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚03章 ~騒乱の都市編~
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11 ザックス、苛立つ!

 剣の一閃がしんと冷え切った空気を切り裂いた。

 目覚めてから二日の後、ようやく起き上がる事ができるようになったザックスは中庭の一角で、愛用の《ミスリルセイバー》を手に鍛錬に励んでいた。まだ、身体が本調子ではないらしく僅かに足元がふらついているように感じられる。そんな自身の無様さに舌打ちしながら剣を振るうザックスの目には、あの瞬間のブランカの動きがしっかりと焼き付いていた。

 互いに《駿速》の世界の中に身を置いている以上、条件は同じ。そして彼の槍技《流星槍》は一瞬のうちに彼の身体をほぼ同時に貫いていた。ザックスの完敗だった。仮にザックスが《探索者》の存在を知り、ブランカがそうであると知っていたとしてもおそらく結果は同じ。二度目、三度目の機会があってもその圧倒的な技量の前には今のザックスは成す術もない。命が惜しくばさっさとこの街を立ち去るのが賢明な選択というものだろう。

 だが、その選択を素直にできないのが戦士である。一度ついた負け癖を払しょくするのは並々ならない。

 時間を忘れて鍛錬に励むザックスはふと背後に人の気配を感じた。よく知る者の気配に戸惑うことなく剣を振り続けた。

「熱心ですね……」

 振り向いたザックスの前に立っていたのはマリナだった。

「お身体の具合はいかがですか?」

「ああ。まだ少しふらつくけど、お陰さまでね……」

「秘薬の効き目は万全というところでしょうか」

「あ、ああ……」

 にっこりとほほ笑んでのマリナの先制攻撃に、ザックスはすかさずやり返す。

「死にかけた人間を蘇生させるだけでなく、壊れかけた人間関係も修復してしまうんだから、さすがは《神霊薬エリクサー》だな」

 ザックスの反撃に珍しくマリナが言葉を失った。

「お陰でずいぶんと貴重な物を見る事が出来たしな。マリナさんが怒るところなんて初めて見たよ」

「ザックスさん、もう忘れて下さいな……。あまり女性を辱めるものではありませんわ」

 僅かに顔を赤らめてマリナは言った。

「実を言えば、あなた方の顔を見た瞬間、ほっとしてしまったのです。こちらに来て以来、ずっと無意識に張りつめていたものが心の中から消えてしまうのが、きっと怖かったんですね。だから、あなた達に八つ当たりしてしまった……。私もまだまだ未熟ですわ……」

 平凡な日常を営む《ペネロペイヤ》からやってきて、騒乱の地に身を置く事で、緊張感にさらされ続ける。彼女の言葉は当然の事だった。

「それにしても、悪かったな。なんだが、アンタ達には迷惑の掛けっぱなしのような気がする」

「お気になさる事はありません。エルフの姫君の事もそうですが、今回の事も元はといえば神殿の事情から端を発しているのですから。必要な時にたまたま必要なものがあった。それだけのことですわ。瀕死の状態の旅人を回復させたことで、この地の神殿の権威の回復に一役買っている――そんな現実もございますわ。

 もっともどうしても恩返しをせねばザックスさんの気が済まないとおっしゃられるのならば、やぶさかではありませんが……」

 悪戯っぽく笑うマリナにザックスは苦笑する。

 ここは上手くごまかさねば、後々いろいろとまずい事になりかねない。ない智恵を振り絞って対策を立てようとするザックスの姿をマリナはおかしそうに眺めている。と、彼女がその美しい眉根をわずかに寄せた。

「あら、何事でしょうか?」

 不意に建物内に、何者かを制止しようとする小さな叫び声があがる。反射的にマリナをかばって周囲の様子を窺うザックスの視界に予期せぬ光景が映った。

 勢いよく開いた建物の扉から神官達の制止を振り切って小さな影が転がる様にとびだすと、一目散に二人に駆け寄ってくる。

「ジル!」

 駆け寄ってきたその少年の名を同時に呼んだ二人は互いに顔を見合わせる。

「ザックスさん、あの子を知っているのですか?」

「ああ、ここに来た日にちょっとな……」

 駆け寄ってきたジルは、立ち止まるや否や、肩で息をしながらザックスに言った。

「に、兄ちゃん。あんた、やっぱり生きてたんだな」

「神殿前に放り出されていたザックスさんの事を私達に知らせてくれたのはジルなのです」

「放り出されていた?」

 ザックスが深手を負わされた場所から神殿までは大きく離れている。おそらく何者かが負傷した彼を運んだのだろうが、一体何者の仕業なのか見当もつかない。事情を尋ねようとしたザックスだったが、ジルは真摯な瞳でマリナに縋った。

「そんなことよりも姉ちゃん! 頼むからオイラ達を助けてくれよ!」

「一体どうしたのですか? ジル……」

 許可された者以外立ち入る事を許されないこの場所に、無理矢理踏みこんできたジルを拘束しようと駆け寄ってきた神官達を静かに制したマリナはジルに尋ねた。

「ミューリが、オイラの妹分達が病気なんだ。施術院の奴ら、順番を待てって言うけど、待ってなんかられねえ。なんか普通じゃねえんだよ!」

 その言葉にマリナはわずかに眉を潜める。尋常でないジルの様子に彼女は何かを感じたのだろう。

「分かりました。私が参ります。案内して下さい、ジル」

 走り出すジルとそれにつきそうマリナの後を何気なく追いかけたザックスの脳裏には、とてつもなく悪い予感が走っていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 待合室の廊下に震えるように身を寄せ合っていた子供達の中に、ぐったりとした二人の様子を見つけたマリナは、急いで彼らを施術院の寝台へと運んだ。

 さほど熱は高くないものの、腕にうっすらと湿疹が浮かび、声をかけてもぼんやりと生返事を繰り返すばかりである。

「どうして、こんなになるまで放っておいたのですか?」

 マリナの問いにジルは悔しそうにうつむいた。

「オイラのせいなんだ。施術院が忙しくなって、オイラが忙しそうな姉ちゃんに迷惑かけないように昼間、神殿に近づこうとしなかったから、みんなそれを真似しちまって……。こいつらも只の風邪だから大丈夫だって言って、無理してたのにちっとも気付かなかったんだ。頼むよ、姉ちゃん。なんとかしてくれよ……。そっちの兄ちゃんの時みたいにこいつらの事も治してやってくれよ」

 耳聡いジルは先日のザックスの一件の噂を知っているようだ。縋るようなジルの瞳にマリナは戸惑いの色を浮かべた。

「重い病気なのか?」

 傍らに付き添っていたザックスの問いにマリナは僅かに溜息をつく。

「ここ最近、都市内の子供達の間に流行っている病のように見えるのですが……、このような症状は初めてです」

 マリナによって呼び寄せられた医療神官達が子供達の状態を見るが、彼らも初めて見るその症状に首をひねるばかりである。

「姉ちゃん、どうにかならないのかよ」

「どうなんだ? マリナさん」

 二人の問いにマリナは当惑した表情を浮かべて答えた。

「人は病にかかる事で体内のマナのバランスが崩れ偏りが生じます。私達巫女にできる事はあくまでも体内のマナの調整のみ。滞りがちなマナを活性化したり、熱で活性化し過ぎたマナを鎮めて体内のバランスを整える事で、あくまでも病気を治すのは患者自身の力任せなのです。薬剤を使った根本的な治療について専門的な事は、ここにおられる医療神官の方々の分野なのですが、その彼らでも分からないとなると……」

 その美しい眉根を寄せたマリナの姿にジルは唇をかみしめる。寝台の周囲には騒ぎを聞きつけやってきた神官長アリウスの顔も見える。誰もが、この未知の状況に当惑の色を浮かべていた。

 この少女はもう助からないのだろうか、ふとそんな思いがザックスの胸をよぎる。弱い子供は死んでいく――故郷では当たり前のその光景は、ここでもやはり同じなのだろうか。

 ふと、隣りの寝台で横になっていた老婆がぽつりと呟いた。

「ハツカル病じゃな」

「ハツカル病?」

 聞きなれぬその名に周囲の者達が眉を潜める。

「お婆さん、いったいそれはどんな病気なのですか」

「お前さん方、医術に携わっているというのになんにも知らんのじゃのう……」

 マリナの問いに心底呆れたような口調で、身を起した老婆は続けた。

「ハツカル病とは十年か十五年に一度この辺りで流行る風土病じゃよ。一度かかってしまえばもう二度とかからない子供に特有の病気でな……、初めは風邪に似た症状じゃが、そのうち湿疹が腕や足に現れ、やがて全身に広がっていく……。そうなると手はつけられん。高熱に意識を奪われやがて黄泉路へと旅立つ。見たところその子はあと十日というところじゃな」

「治療の方法はあるのですか?」

「名前の通り、ハツカル草という薬草を煎じて飲めば直ぐに治るさ」

「ハツカル草?」

 初めて聞くその名にマリナも周囲の医療神官も顔を見合わせる。そんな様子に老婆は僅かにいら立ちをみせるように続けた。

「やれやれ、アンタ達何にも知らんのじゃのう。近頃の子供達の様子を見て、わしらですらそうじゃないかと疑っておったというのに……。昔ここにいた神官様方なら誰もが知っておったぞ」

「ちょっと待て、婆さん。あんたこうなる事が分かってたってのか?」

 それまで黙って話を聞いていたザックスがたまらずに割り込んだ。

「あんた、ガキ共が死ぬかも知れないってのに、黙って見てたってのか」

 ジルと出会った時の会話が思い出される。どこか拗ねた目をした老婆の姿に、故郷の身勝手な老人達の姿が重なった。

「当たり前じゃ、なんでわしらが手を貸さねばならん。この街をこんな風にしたのはお前ら若い者達じゃろう。古い物を悪しき物、忌まわしき物として切り捨て、改革だの変革だのと独りよがりな目先の発展にばかりうつつを抜かして嘘に踊り狂うから、世の中のバランスが崩れ、国が崩壊したんではないか。人の世にはどんなに時代が変わっても決して変えてはならぬ物がある、それを疎かにしてしまえば、こうなってしまうんじゃ!」

 語気を僅かに強めて老婆は続ける。

「身寄りのある者達はとうにこの街を逃げ出しておる。今、この街に残っているわしら年寄りはみんな身寄りなぞない孤独なもの達ばかりじゃ。自分が食っていくことで精一杯というのに、なんで縁も所縁もない者を助けねばならん」

「ふざけんな、あんたそれでも人間か!」

「そうじゃよ。わしらはこうやって自分だけを頼りに生きてきたんじゃ」

 その言葉を最後にプイと横を向く。老婆の態度に怒りを露わにするザックスの腕をマリナが掴んだ。

「ザックスさん、いけません。今はそれ以上、触れるべき事ではありません」

「でも、マリナさん、こいつらは……」

 感情的になったザックスの言葉をマリナが小さな微笑みで制した。彼をそのまま自身の背に追いやり、老婆に向きなおったマリナは、彼女に静かに語りかける。

「御免なさい、お婆さん。ここにいる者達は3年前によそから派遣された者ばかりで、皆、この地の事情を知らないのです。このような時、皆さんがどうやって切りぬけてきたのか、お知恵を貸していただけませんか」

 マリナの言葉に老婆は僅かに沈黙した後でぽつりと答えた。

「知恵も何も、こんな時は王宮か神殿が薬を用意したものさ。風土病とはいえハツカル病の流行は滅多にないから、昔から街の薬問屋にもそう在庫はおいてはいなかった。尤もこんなご時世だからね。すでに薬問屋そのものがほとんど店を畳んじまってるからあてはないだろう」

「となると、可能性があるのは王宮という事……ですか」

 老婆の言葉に神官長のアリウスが呟いた。彼の周囲の者達からは躊躇いがちな空気が生まれる。今の王宮の内状を知る彼らは、その事実が困難である事を十分に理解していた。

 重く広がる沈黙の空気に耐えきれなくなったザックスは、小さく舌打ちをすると、その場から離れて行く。

 施術院の扉を乱暴に開け放つと廊下を歩き始めようとした。

「お待ちください、ザックスさん」

 彼の背にかけられた声に振り返ると、そこにはマリナとアリウス、さらにイリアの姿がある。

「さっきは悪かったな、取り乱したりして。でもオレは、ああいう年寄りがどうしても許せないんだ」

「いいえ、仕方のない事です。それよりもザックスさん、どちらに行かれるのですか。今回の事でもしかしたら私達神殿から新たなクエストを依頼する事になるかもしれませんので、できれば、こちらに残って頂けると有り難いのですが……」

 マリナの隣りに立つアリウスがザックスに告げた。

「その事なんだけどな……」

 僅かに躊躇した後で、ザックスは続けた。

「薬の入手先についてオレにも一つ心当たりがある」

「ザックスさんに、ですか?」

 驚きの声を上げる彼らにザックスは小さく笑いかけた。

「忘れたのか? マリナさん。オレは《冒険者》だぜ」

 この街に来て日の浅いはずのザックスの言葉に意外そうな表情を浮かべる二人の隣で、イリアがあっと小さな声を上げた。

「すぐに薬を入手できる可能性は多分ないけど、何か具体的な対策は見つかると思う。協力者も必要だしな……」

 その言葉にようやくザックスの意図を察したマリナの顔に明るい笑みが浮かぶ。

「姉さま、私もザックス様に同行します」

「イリア、あなたまで……」

「今の私はこの神殿に縛られている訳ではありません。ここを離れられない姉さまに代わって、私がザックス様をお助けします」

「でも、しかし……」

 治安の悪い《アテレスタ》の街は物騒な事この上ない。つい先日もザックスが襲われ、死にかけたばかりである。

「だったらオイラがついて行くよ。道案内なら出来るからさ。また厄介事に巻き込まれたくないだろ」

 いつの間にか現れたジルの申し出に、ザックスは苦笑いを浮かべた。

「分かったよ。道案内を頼む。行き先は《アマンダの酒場》だ」

 ザックスの言わんとする事をようやく理解したアリウスが彼に告げる。

「成程、そういうことでしたか。では何かの対策が見つかりましたら直ぐにこちらに教えてください。今回の一件は私の権限で神殿からのクエストとして正式にそちらに依頼する事になるでしょう」

「分かりました。それじゃあ、また後で……」

 足早に立ち去ってゆくザックスをイリアとジルが追う。

「良い方法が見つかれば良いのですが……」

 アリウスの呟きにマリナは小さく微笑んだ。

「大丈夫ですよ。神官長様。彼はどんな時でも必ず道を切り開いて来られた、頼れる《冒険者》なのですから……」

 言葉と共に小さく微笑む。その横顔を見つめるアリウスの顔に小さな驚きの色が浮かんだ事に、マリナは気付かなかった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ハツカル病かい。厄介な事になっちまったねえ」

 ジルの案内で路地の裏道を通ってやってきたザックス達から事情を聞いたアマンダは、そんな言葉と共に眉を潜めた。

「ああ、滅多に流行しないって聞いたんだけど、ここなら過去に薬草の入手についてのクエストを受けた事があるんじゃないかと思ってな……」

「ああ、あんたの言うとおり、以前はたまに受けていたよ」

 その言葉にザックス達の顔に明るい笑みが浮かぶ。

「ハツカル病ってのはもともと大した病気じゃないんだよ。十年か十五年に一度、流行するなんて言われているけど、実のところはほとんど毎年、この季節になるとこのあたり一帯に流行る病なのさ。ただ大抵は風邪とほとんど症状が変わらないから皆それとは気付かない。そして一度かかってしまえば身体に抵抗力ができて二度とかからなくなる。人間には個人差があるから一生かからない人ってのもいれば、時折重い症状が現れる者もいる。勿論今回のように特定の周期で多くの子供達の間に重い症状が現れるのも事実さ。そういう時はやはりいくらかの死人はでてしまう。実態が正しく理解されていないから、慢性的に薬不足でね、そういうときにはうちの冒険者達が薬草を取りに、とある山へ向かっていたのさ。ただね……」

 僅かに息をつくとアマンダは続けた。

「大流行の兆しがある時は、得てして周囲の村々や貴族の所領から王宮に知らせが伝わるものなんだけど、それがなかったとなるといよいよこの街は見捨てられたのかもしれない、ということになるわねえ」

 ザックスが考える以上にこの街を取り巻く事情深刻らしい。とはいえ、街の将来などはザックスには手に余る問題である。今は目先のジルの妹分達を助ける事だろう。

「ともかく、その山に行けばハツカル草ってのが手に入るんだな。でも、今は冬だぜ。大丈夫なのか?」

「ああ、季節は問題ないよ。あの山……《ルドル山》は少し特殊な場所でね……。問題はもっと別のところにあるのさ」

「やっぱり問題あり、なのか?」

「まあ、いろいろとね……。アンタ、山岳型ダンジョンってのは知ってるかい?」

「いや、初耳だ」

「山のあちらこちらに召喚陣が配置されて地下ダンジョンと同じように定期的に魔物が現れる場所をそう呼ぶのさ。《ルドル山》ってのはその山岳型ダンジョンとして冒険者協会に登録されていてね。レべルは中級の下あたり、本来は中級冒険者になりたてのパーティの絶好の狩り場だったんだけど……」

 わずかに遠くをみつめるように溜息をついたアマンダはそのまま言葉を続けた。

「四、五年前から薬草のある頂上の湖に妙な魔物が居ついたらしくて、薬草を採りに行った奴らが皆帰ってこなくなっちまったのさ」

 アマンダの話にイリアが小さく息をのんだ。

「事態を解明しようといくつかの腕のいい上級者パーティがそこに向かったんだけど、皆同じように帰ってこなくてね。只一人だけ帰ってきた奴もいたんだけど『泉の魔物が……』というばかりで発狂したまま廃業しちまって。仕方なく協会本部に要調査区域として調査依頼を出したんだけど、神殿追放や国王暗殺のごたごたもあって何年も放置されたままになってるのさ」

 さすがは冒険者協会、相変わらず良い仕事をしているようだ。

「他に薬の入手先にあてはないのか?」

 ザックスの問いにアマンダは静かに首を振る。

「難しいね。この時期なら周辺の村々も自分達の村の子供の為にストックを使いきっちまっているだろうし……。一番確率が高いのは王宮なんだろうけど、今のあそこじゃねえ」

「ちょっと待てよ、本命はあそこなんだぜ」

「ここだけの話、あまり良い噂を聞かないんだよ。税収がほとんど途絶えちまってるから、官吏共が次から次へと王宮内の金目のものを売っぱらって、今や宝物庫にはネズミのフンしかないなんて言われてるのさ」

「マジかよ」

「仮に奇跡的に薬が残っていたとしても、自分達に何の得にもならないことに王宮官吏共が素直に協力するとはとても思えないんだよねえ」

 絶望的なアマンダの言葉にザックスは沈黙する。

「兄ちゃん、やっぱり駄目なのかよ……」

 ここまでザックス達を案内してきたジルが顔をひきつらせる。苦しむ妹分の顔を思い浮かべて泣きそうになったその頭に片手をのせると、ザックスは大きく息をついた。

「どうやら行くしかないだろうな、《ルドル山》ってところに……」

 その言葉にアマンダが顔色を変えた。

「バカ言ってんじゃないよ。ちゃんと話を聞いてなかったのかい。上級冒険者のパーティですら帰ってこなかったって言っただろ!」

「ああ、分かってるよ。でも、薬草を入手するにはそれが一番確実なんだろ」

「そりゃ、そうだろうけど……、アンタ一人で行くつもりかい?」

「ここは冒険者の酒場だろ、誰か、いねえのか。こいつは神殿からのクエストだ。良い稼ぎになると思うんだけどな……」

 後ろを振り返ったザックスはアマンダとの会話に聞き耳を立てていた冒険者達に呼び掛ける。だが、彼らは一斉に目をそらし、ザックスの呼びかけに応じようとする者はいなかった。

「アンタ達、よそ者の冒険者においしい所を持っていかれてもいいのかい」

 アマンダの声にも答える者は皆無である。冗談じゃねえ、バカ言ってんじゃねえよ、そんな空気が彼らの間にたちこめる。

「残念だけどこれが現実さ。ここらで《ルドル山》の事を知ってるヤツは、絶対に近づこうとはしないんだよ」

「そういう問題じゃないと思うけどな……」

 ここがガンツ=ハミッシュならばザックスに同行しようとする物好きなどいくらでもいるだろう。少なくとも二階席に座る者たちならば、そうするはずである。この店にたむろしている冒険者達は何か大切な物を無くしている、覇気のない彼らの姿はザックスにそう感じさせた。

「仕方ない、オレ一人で行くよ」

「あっ、アンタ……」

 アマンダはザックスの顔を唖然として見つめている。正気じゃねえ、ザックスの背後に座って事の成行きを眺めているだけの冒険者達の間からは、そんな空気が漂っている。

「だったら私が同行します」

 自分以上に突飛な事を言い出した少女にザックスは驚いた。

「気持ちは嬉しいけど、無茶だ、イリア」

「大丈夫です。魔法弓はありませんが回復は得意ですし、こう見えても逃げ足は速いんです。決して足手纏いにはなりません!」

「ダメだ、大体マリナさんが許す訳ないだろう」

「それでも目の前で困っている人がいるんです。せめて微力でも私にお手伝いさせてください」

 一度言い出してしまったら決して引かないイリアの強情さは、彼女を知る誰もが認めるところである。

 だが、現実は美談では語れない。マナレベル10前後の初級冒険者クラスの力のイリアでは、この緊急を要するクエストにはおそらく足手まといになるだけだろう。

 当惑するザックスに別の声がかけられた。

「それでは私も同行しましょう」

 現れたのはサンズだった。ザックスの予期せぬ負傷によって、彼女は暫くの間この街に足止めされたままだった。

「水臭いですよ。ザックスさん。こんな時こそ私達ブルポンズを頼ってくださればよいのに……」

 朗らかに笑いながら階段を下りてくる彼女は旅支度をとっくに終えている。彼女なら十分な力になるだろう。

「全くアンタ達は無茶にも程があるってのに……。でも、冒険者ってのは本来そういうもの……なんだよねえ」

 呆れた様子で呟いたアマンダだったが、ザックスの姿を眺めてふと何かを思いついたのかさらに続けた。

「ちょっとついておいで。アンタ達に渡しておきたいものがあるからさ」

 言葉と同時に立ちあがると傍らの倉庫へと入っていく。顔を見合わせたザックス達は慌てて彼女の後をついて行く。

「確かこのあたりにしまっておいたと思ったんだけどねえ」

 カビ臭い空気と埃まみれの部屋の中でとある大きな木箱の中を探っていたアマンダはすぐにいくつかの品を取り出した。

「あんたはこいつを持っていきな」

 渡されたのは《魔法銀ミスリル》製の《ブリガンダイン》だった。ブランカの槍によって3か所を損傷したザックスの《神性護符の上衣》はイリアによってなんとか補修されてはいるものの、すでに防具としての機能はあやしい状態である。

「いいのか、こんな物もらって……」

「こいつは昔、とある《冒険者》が払えなくなった宿賃の代わりにおいていった物でね、それなりに高価な品なんだけど、今のこの街じゃ、二束三文の値打にしかならない。《鎖鎧チェインメイル》よりもはるかに身動きがとりやすいはずだよ」

「それから途中まではこれも必要だね」

 さらに渡されたのは寒さ対策の《外套サーコート》だった。

「山を登り始めたら必要なくなると思うから《バッグ》にでも入れておくんだね」

「必要ないって、オレ達が登るのは冬の山なんだろ?」

 冬山の厳しさは故郷でさんざん経験している。だが、そんなザックスにアマンダは笑って答えた。

「行けば分かると思うけど、あの山だけは今、冬じゃないんだよ」

「へっ?」

 思わぬ言葉にザックスの目が点になる。その傍らで当惑するサンズとイリアの様子を眺めながら、アマンダは続けた。

「まあ、百聞は一見にしかずさ……。それよりももっと大きな問題はあの山一帯を所領にもつ侯爵のほうでね……。一応、あたしからも紹介状を書いておくけど、無理難題を吹っ掛けられるかもしれないから……気をつけるんだよ」

「あ、ああ」

 どうにも前途は多難なようだ。

「イリアさん、よくお似合いですよ」

外套サーコート》を着てくるりと回って見せるイリアにサンズが声をかける。

「これでお揃いですね」

 出発前の不安感をぬぐい去ろうと、少しだけはしゃいでみせるイリアの姿を見つめながら、アマンダがぽつりと呟いた。

「ガンツはやっぱり人を育てるのが上手いんだねえ。アタシもアイツのようにできれば、あの子達にもっと違った未来を与えてやれたのかもしれないねえ」

 それは飲んだくれたままの自身の店の冒険者達への言葉なのだろうか。しみじみと呟くその言葉は急ぎの旅支度に腐心するザックス達の耳に届く事は無かった。




2012/03/30 初稿




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