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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚03章 ~騒乱の都市編~
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06 アルティナ、迷う!



 二日目の中盤を過ぎる頃には攻略を諦め、来年度の参加権を巡って塔内の各所に仕掛けられたアイテムボックスの争奪戦を始める者達が続出しはじめた。複数の参加権を取得して高値で売り付けようとする者達も現れる。

 各層毎に一つ置かれたスペシャルアイテムボックスには実行委員会が用意した様々な景品が入っており、第十層ではアルティナがそれを見つけだした。だが、その中にはなぜかツルハシが入っており、期待外れの安価さに誰もが言葉を失った。

「あんたの幸運度っての、あまり当てにならないわね……」

 期待外れの景品に脱力しながらのミンの言葉に、アルティナ自身も首をかしげていた。


 自由都市の街おこしイベントということもあって、通常のダンジョンと異なり生死にかかわるような危険なトラップは存在しない。だが、延々とループし続けるルートに数多くのパーティが音を上げ始め、攻略不能の区画に辿りつくと完全に諦めムードを漂わせて塔を後にする者達も増えた。

 低階層部では頻繁に見られた外部へと放り出されるトラップは階層が上がるごとに徐々に姿を消していったものの、代わって様々な技巧をこらしたトラップが彼らの行く手を阻んでいた。仕掛ける者と解く者の知恵比べを要求されるその展開は各々のパーティの足並みに徐々に差をつけ始めていた。




 その午後、初めて第十九層へと到達したミン達はなぜか早めに探索を打ち切り、街へと戻った。

 昨日の池への頻繁な落下のせいか、風邪気味のターニャと彼女に付き添ったジョアンを残して、ミンはアルティナを連れてとある裏酒場へと向かっていた。

 昼間にもかかわらずカーテンを閉め切った薄暗い室内には見覚えのある冒険者達の姿があった。記憶を探ったアルティナは、彼らがトラップタワーの中階層から上階層で出会ったパーティのメンバー達である事を思い出した。

 抜群の脚線美を誇るミンと美貌のエルフであるアルティナの姿に、小さく口笛が吹かれる中、堂々と進んだ二人は窓際の空いたテーブルに向かった。ミンに言われるがまま四人がけのテーブルに二人で並ぶという不自然な座り方をすると、彼女はやってきた店員によく通る声で注文をする。

「温かい果実酒を二つ、それからつまみに金剛石を……」

 彼女の奇妙な注文にアルティナは眉を潜めその真意を尋ねようとした矢先、二人のテーブルにすぐさま一人の冒険者風の男が近づいてくる。又、先日のように争い事になるのだろうかと不安になったアルティナだったが、男の用件は違った。

「姉ちゃん、二十層への情報があるんだが1000シルバでどうだい?」

 だが、男にミンはピシャリと大きな声で言い放つ。

「悪いわね、情報に対してこちらも同格の情報でのみ答えるわ。金品の取引は一切しないことにしてるの」

「ちっ、景気の悪い奴らだな」

 小さく舌打ちをして男は席を離れて行く。そんな姿を眺めながらミンはアルティナに囁いた。

「金剛石ってのはね、合言葉なの」

「合言葉?」

「ここにいる奴らの多くがタワー内の上階層にいたのは分かるわよね。この店では彼らと情報の交換をすることができるのよ。高層階になればなるほどトラップの難度が上がって冒険者達のパーティ数が減ってきてるでしょう。転移先が階層を飛び越えてる事もあるし……。

 おまけに早々にリタイアした根性無しの奴らも出始めてるからね。だがら、互いに塔内の区画情報を出し合って、攻略の足がかりにしようってわけ。毎年少しずつ難度が高くなっていくのに対する冒険者側のささやかな抵抗ってところね。」

「信用できるの?」

 トラップタワーでは区画内で出会った冒険者同士が頻繁に騙し合う姿を目撃している。正直、50万シルバのお宝が目的の彼らが真実を語るかどうかは甚だ疑問である。

「相手次第ね。そのためにあちこちの奴らに声をかけてそいつが本当の事を言うかどうか確かめておいたんだから。私、一度会話を交した奴は決して忘れないって特技があるの」

 昨日今日と、騙される事を承知でタワー内において頻繁に他の冒険者パーティに声をかけていたミンの行動に疑問を持ったのだが、どうやら彼女なりの意図があるようだ。

「さあ、来るわよ。交渉は一切私がやるからあんたは私の隣りで微笑んでて……。あんたの美貌やエルフという種族の存在感も相手を惑わすエサになるんだからね」

 片目をつぶってミンが囁いた。そんなミンの勢いに押されるままにアルティナは頷く。これも人間の強かさというべきものなのだろう。そんな事を考えながら近づいて来た男達にミンの隣で言われるがままにぎこちなく微笑むことにする。

「こっちは十六層のほぼすべての情報を持っている。欲しいのは十八層の情報だ」

「十六層ならいらないわ。欲しいのは十五層のC、G区画あるいは十七層のF、I区画ってとこかしら」

 傍らで口元に微笑を浮かべて無言で座るエルフの存在に緊張しながら交渉を進めようとする男に対して、ミンは容赦なく斬り込んで行く。さらに色々な冒険者達がやって来ては、二人の前に座って交渉を持ちかける。彼女と堂々と渡り合う者や決裂して憤慨しながら席を立つ者、あるいは協力と分け前を持ちかける者。そんな彼らを鮮やかに捌きながら、ミンは次々に攻略マップの空白部を埋めて行く。

 日がとっぷりと暮れ夕食時を迎える頃、店を出たミンの手元のマップには十分な情報が集まっていた。

「さあ、明日がいよいよ本番よ! 今夜はしっかり食べて騒いでグッスリ眠って、明日は大物をゲットするんだからね!」

 ガンツ=ハミッシュの流儀にすっかり染まったミンの言葉に笑みをこぼしながら、二人は活気づいた夜の街を歩いていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



《ユーテリヤ》街おこしイベントも最終日となると人々の期待のボルテージは最高潮に達する。

 未だに解放されていない各階層のスペシャルボックスの内、時価50万シルバの《宝珠》を手に入れるのはどのパーティなのか? パーティリーダーの名と解放されたアイテムボックスの取得者が事細かく記載された掲示板の前で、観客達は固唾をのんで見守っていた。特に最も確率の高いと思われる最上層のスペシャルボックスのコーナーは注目の的であり、その組み合わせを巡って盛大なトトカルチョが組まれている。

 そんな地上での大騒ぎに反して、タワー内のとある区画では攻略マップを手にしたミンが仲間たちと共に首をひねる姿があった。

 昨夜しっかりと大騒ぎした後、早くに目を覚まし、夕べ得られた情報からいくつかのルートを推察した彼女だったが、そのどれもが尽く外れ、彼女達の前には行き止まりの壁が立ち塞がっていた。

「おっかしいなあー」

 今日何度目になるかも分からぬその言葉を呟きながら、ミンは手元のマップを覗き込む。

「見落としはなかったの?」

「ないわ、可能性のある全ルートをもう3度も辿り返したでしょ!」

「じゃあ、場所が違うとか……。実はもっと下の階層だったとか……」

「それは、絶対にありえないわ!」

 力強くミンが断言する。

「トラップの配置は上層階に行くほど厳しくなっている。お宝の額から考えてもそのこと自体がダミーとは考えにくい……。まかり間違って、あっさり2日目辺りに見つけられる事なんてないようにね。お宝があるのは上層階である事は一目瞭然なのよ。なのに……」

 そういって彼女は口ごもる。彼女の手元のマップを覗き込んでターニャが続けた。

「なぜか20層の北端区画とその周辺に近づけないのよね……」

「でもこんな場所でのこのこしてると、よそのパーティに持っていかれるんじゃないの?」

 ジョアンの言葉にミンが首を振った。

「それは考えにくいわね。気付かない? すれ違った他のパーティの奴らもどこか浮かない顔でマップとにらめっこしてたでしょ」

「言われてみれば……」

 偶然同じ区画にいた別パーティのメンバー達の顔を覗き込んで二人は頷いた。よく見ればあちらのメンバー達も不安げな顔でこちらの様子を窺っている。

「毎年、塔の構造そのものは変えようがないんだから、今年、初めて使われる新しいパターンのトラップがあるとか、あるいは……」

 ぽつりと呟いたアルティナに視線が集まる。僅かにはにかみながらアルティナは続けた。

「お宝が初めから存在しないとか……」

 その言葉に3人が顔を見合わせた。

「新しいパターンのトラップはともかく、いくらなんでも、それはないでしょ」

「そうね、そんなことしたら、来年から人は来なくなるんだし。街は大損害になるわよ」

「そうよね……」

「制限時間である日没まではまだかなりの時間がある事だし、とにかくもう一度、怪しげなところを見直しましょ! それでもだめなら新パターンのトラップの存在も考えなきゃならないわね」

 ミンの言葉に頷いた3人は再び元来た道を引き返し、時価50万シルバのお宝を手にすべく、新たな別の可能性を模索し始めていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ねえ、あんなとこに転移魔法陣なんてあった?」

 同じ場所を何度も往復し、その地味な作業にさすがにそろそろ音を上げかけていた頃、ふとターニャが物陰を指さしてぽつりと呟いた。見ればそこには転移魔法陣が見慣れぬ輝きを放っている。

 はじめは何気なしに顔を見合わせた彼女達だったが、手元のマップと突き合わせてその魔法陣が未確認の物である事を確かめるとあわてて駆け寄ろうとした。その瞬間だった。

「よう、姉ちゃん達! また会ったな!」

 一つ向こうの区画から松明代わりのナイフの刃の輝きと共に現れたのは、先日の食堂でミン達とひと悶着起こしかけた《マイロンのパーティ》の面々だった。メンバー5人のうち4人までが獣人族である彼らも又この最上階近くをうろうろとし、ミン達もその姿を幾度か見かけていた。

 先日と同じくミンに声をかけた狼族の男は、下卑た笑顔を張り付けてミン達の様子を窺っている。

 彼らの現れた方向からは死角になり、先ほど彼女達が見つけた魔法陣の存在には気付いていない。このまま彼らに気付かれぬようにやり過ごすべくミン達は互いの視線でそれを確認する。

「悪いけど、今あんた達とじゃれてる暇はないの。50万シルバのお宝とあんた達を天秤にかけるほど馬鹿じゃないのよ、私達」

 不自然でない程度に軽く挑発しておいて、そのままマップを覗き込む。そんなミンの姿に彼らは一瞬顔を見合わせたが、先日のように憤慨する様子はない。

「違いないな。それだけのカネがありゃ、おまえらなんかよりもはるかにいい女共と遊べるってもんだ!」

 野卑な笑い声を上げると彼らはミン達の狙い通りに違う場所へと歩を進める。ただ一人、リーダー格のマイロンだけが黙ってミンの様子を見ていたが、直ぐに何も言わすに立ち去って行った。彼らがその場所を去った後、たっぷり100を数えてその気配のない事を確認した彼女達は、大急ぎで魔法陣の元へと走り寄った。先ほどよりもマナの輝きが若干薄まったように感じられ、いずれはその輝きは消えて行くことになるのだろう。

「時限式の解放トラップなのかしら。こんなの初めて見るわね。いい腕のトラップ師を雇ってるのかしら?」

「トラップ師? こういうの、作れる人がいるの?」

 ミンの言葉にアルティナがさりげなく尋ねた。そんな彼女の質問にミンがため息をつきながら答える。

「詠唱士系の魔術士職や技能士系の盗賊職の中には術師としてはそれほどでもないけど、異常に空間魔法や転移魔法の才能に恵まれた人が時々現れるの。戦闘中にトラップを仕掛けて、モンスターを嵌めるのはあまりに効率が悪過ぎて、ダンジョン探索には不向きなんだけど、あちこちのお金持や国のお抱えになってその才能を発揮する人ってのはいるのよ。

 人の盲点を突き合う日進月歩のマニアックな世界だから、面白トラップからえげつない殺戮トラップまでその内容は様々ね。依頼次第で結構儲かる仕事っていうんだから、羨ましいったらないわ。私もそんな才能があったら、こんなとこでチマチマお宝探しなんてすることはなかったのに」

 心底羨ましげな声で言う辺り、トラップ師という仕事に思い入れがあるのだろうか。

「まあ無い物ねだりしても仕方がないわね。今は目先の50万シルバ! 《宝珠》を手にして何が何でもこのミッションに勝利するわ!」

 言葉と同時に魔法陣に手を伸ばす。ゆっくりと始まる転移の波動で3人の横顔がぶれて、どこか笑っているようにアルティナには感じられた。




 転移した先の空間は見慣れぬ明るい場所だった。天井に記された区画番号を確認したジョアンが喜びの声を上げた。

「間違いない。ここは初めて踏み込むところよ」

 塔の北端部にあたる今日初めて踏みこむ場所。今まで決して踏み込む事の出来なかった区画のうちの一つである。まだ他のパーティがこの場所に踏み込んだ様子はない。

 4人の顔に笑顔が浮かぶ。急ぎ四方に分かれて周囲を探索し、程なく目的の箱を探し当てた。

「50万シルバか……。これで装備の新調ができるわね。それも思いっきりいい奴で……」

「ええ! 私は食べ歩きと温泉がいいな。めぼしい所にはもうチェック入れてるんだから!」

「ちょっと待ってよ。大物掴んだら、そのうちのいくらかを使って宴会を設けるのがガンツ=ハミッシュの暗黙の了解だったはずよ」

「うそー。そんな決まり事があるの? 面倒くさーい」

 3人の視線がアルティナに集まるが彼女は首を振る。彼女とて今のガンツ=ハミッシュでは新顔である。店内の暗黙のルールなど相棒の彼でなければ分からぬ事である。

「まあいいわ。さっさと箱を開けましょう」

 僅かに震える手でミンが箱に手をかける。と、彼女の顔に奇妙な表情が浮かび、僅かに目つきが変わった。

「おっと、待ちな、姉ちゃん。それは俺達のモノだ。汚ねえ手で触るんじゃねえよ!」

 不意に聞き覚えのある下卑た声が彼女達の背後からかけられた。振り向いた先に立っていたのは《マイロンのパーティ》の面々だった。

「バカ言わないで! これは私達が先に見つけたのよ」

「箱はまだ開けられた訳じゃねえ。だから俺達にも権利があるんだよ」

「そんな訳ないじゃない。あんた達、横取りしようっての?」

「粋がるのはやめな。こっちは5人。あんた達は女4人だ。それにどう見ても戦闘向きのパーティには見えないんだがな……。それでも俺達とやり合ってみるかい?」

 腰の武器に手をやり、互いに様子を窺い合う。重苦しい緊張感が徐々に周囲に満ちて行く。

 先に動いたのはミンだった。

 小さくため息をつくと彼女は腰に引っ掛けていた《鋼鉄の鞭》から手を放す。

「分かったわ。降参よ!」

「ミン!」

「いいの、あんな奴らに渡しちゃっても?」

 ジョアンとターニャが悲鳴を上げる。

「仕方ないわ。今あいつらとやりあっても勝ち目はなさそうだし。ここでつまらない怪我をするのは馬鹿みたいだわ」

 すでに術式発動の準備を終えていたアルティナを制止して、ミンはマイロン達に道を譲った。

 歓声を上げて箱に近づいて行く彼らの姿に、ジョアンの目に悔し涙が浮かぶ。そんな彼女達の傍らで、ミンは男達に声をかけた。

「ところであんた達、よくこの区画にたどりつけたわね」

「おまえらの様子がおかしいのにうちのリーダーが気付いたんだよ。そういう事に滅茶苦茶鋭いんだ、マイロンは」

「へえ、そうだったの。所詮コソ泥だけあって儲け話には鼻が効くのね」

「何を言っても無駄だ! そこで指をくわえて俺達が宝を手にするのを眺めてるんだな」

 最後尾を歩く大柄なマイロンの姿を睨みつけながら、ミンは男達から事情を探る。彼らの注意が箱に向けられるのを見計らって、ミンは仲間達にその場から少しずつ離れるように指示した。

「よっしゃあ、これで大金持ちだぜ!」

 狼族の男が箱に手を掛ける。その瞬間、ミンの顔に小さな笑みが浮かんだ。男達の中でただ一人、リーダーのマイロンがそれを見逃さなかった。

「待て!」

 慌てて仲間を制止する。だが、時すでに遅く、開かれた箱から閃光が放たれ怪しげな色の煙が立ち昇った。ミンの指示に従ってその様子を離れた場所で眺めていたアルティナは、急ぎ自分達の周囲に風の結界を張った。

「どういう事?」

「トラップよ。あの箱はスペシャルボックスなんかじゃないわ!」

「本当?」

「第十層でツルハシを見つけたでしょ。あの時とは箱の色合いが僅かに違ったの。初めは気のせいかと思ったんだけど、あの箱には鍵がかかってなかった。どうぞ開けてくださいといわんばかりにね……。結果は見てのとおりよ」

 閃光と煙に涙を流してのたうちまわる男達の姿を、風の結界の中から四人は眺めている。鋭い嗅覚のせいか、ミンにさんざん絡んでいた狼族の男は、ぴくぴくと失神していた。

「自業自得ね、行きましょ」

 仕込まれたのは麻痺性のガスなのだろう。ふらふらになった男達の姿を確認したアルティナは風術で周囲の空気を一掃すると風の結界を解いた。

「すごいわね。これなら別にこいつらとやりあってもよかったかな……」

 彼女の術の威力に3人の仲間たちが目を丸くする。その姿にアルティナは小さく照れ笑いを浮かべた。

「でも、どうするの? あれがトラップだったとして本命はどこにあるのかしら?」

「まだ全ての区画をさらった訳じゃないわ。他に魔法陣が隠されているかもしれない。バカ共に先を越される前に急ぎましょ!」

 そんなやり取りをした彼女達はその場を後にしようとする。だが、彼女達の背後で異様な咆哮が上がり、周囲の壁面に反響して不気味に木霊した。

「ちょっと、一体何よ」

 魂を凍らせるようなその咆哮の元を確かめようと4人は一斉に振り返る。ガスにやられふらふらしながらも立ち尽くしている男達。だが、そのうちの一人の風体が異様な姿に変化へんげしていた。

「あれって、まさか……」

 変化へんげしたのはリーダーのマイロンだった。獣人族の戦士による獣戦士化――初めて目の当たりにするその異様な光景にミン達は絶句する。

「冗談じゃないわ! 何考えてんの、あんた! トラップにかかったのはあんた達がマヌケだったからでしょう。報復に獣戦士化なんてやりすぎよ!」

 だが、彼女の言葉に返答はない。血走った目が赤くぎらぎらと輝き、剛毛に覆われごつごつとした太い筋肉が脈々と波打っている。牛族の戦士は獣戦士化する事によってその体力と膂力を大幅に上げる。獣人族はその先天的資質によって獣戦士化の度合いも様々に異なるのだが、眼前のマイロンという男の変化がほぼ全身に至っているところをみると、彼は純粋種あるいはそれに近い存在なのだろう。

「おい、マイロン、いくらなんでもそれはやり過ぎだぜ! あんたが本気になっちまったらあいつら殺しち……ギャ!」

 彼をたしなめようと近づいた豹系猫族の男が無造作に殴り飛ばされる。そのまま男の身体はまるでゴムまりのように転がって、離れて立っていたミン達のところに撥ね飛ばされた。

「あんた! これ一体どういう事よ」

 顔を半分程潰されかけ、血だらけになったその姿に顔をしかめながら、ミンは声を震わせ、横たわった男の胸倉を掴んで尋ねた。嫌そうな顔をしながら魔法をかけるターニャの治癒を受けている豹系猫族の男は、怯えた目をして声を震わせた。

「お、俺にも何がなんだか分かんねえんだよ。マイロンのあんな姿なんて初めて見たんだから……。俺達のレベルじゃ獣戦士化なんてまだとても無理なんだよ」

「ちょっと、それって……」

「ああ、多分暴走してる……。あの変な匂いのガスのせいで理性が飛んじまって、マイロンの中で何かのスイッチが入っちまったんだ」

「あんた達、力自慢の獣人族なんでしょ!狼や豹がいて、どうして牛の暴走程度止められないのよ!」

 通路の奥では暴走を止めようとする仲間たちが、獣戦士化して暴れまわるマイロンに次々に殴り飛ばされ、踏みつけられた狼族の男の一人がうめき声を上げている。

「じょ、冗談じゃねえ。俺達の中じゃ、あいつがダントツに強ぇんだ。日頃は物静かで冷静なんだが、一度キレたり酒で理性を失っちまうと例え獣戦士化してなくてもその暴れっぷりは容赦ねえ! 俺達はそんなアイツに心酔してパーティを組んでるんだ」

「だったらあんたもその凄い仲間に撲り殺されてきなさい。本望でしょ」

 吐き捨てるように叫んだミンが掴んでいた胸倉を放すと、男の後頭部は固い床にたたきつけられ、低いうめき声を上げた。

「逃げるわ! あんなのに関わってたら、こっちが持たない。幸いアイツとち狂ってるみたいだし、こっちに気付く前にずらかるわよ!」

「この人……、放っておいていいの?」

 躊躇いがちなアルティナの言葉に、ミンは冷たく言い放った。

「自業自得よ。自分達の不始末は自分たちで償ってもらいましょ!」

 言葉と同時に走り出す。すぐさまターニャとジョアンがそれに続いた。少し遅れてアルティナがそれに続く。背後では男達のうめき声と暴走し続けるマイロンの咆哮が交錯している。

(本当にこれでいいのかな……)

 冒険者である以上、常に死の危険とは隣り合わせである。ましてや彼らの現状はミンの言うように明らかに自業自得であり、アルティナがそんな彼らの窮状に手を差し伸べるいわれなどない。

 だが、この三日間、お祭り気分の中で楽しんでいたこのクエストの結末に殺伐とした思い出が加わってしまうのはどこか淋しかった。50万シルバのお宝を手に入れる事は冒険者として実に心躍る思いがあるが、ミン達ほどに思い入れがある訳ではない。

(こんな時、彼だったらどうするだろう)

 今、自分の側にいない相棒の事を考える。と、彼女達とは逆方向に走ってゆく彼の姿が思い浮かんだ。


――ああ、そうだった。


 こんな時彼ならばきっと暴走を止めに向かうだろう。彼がお人好しであるからかどうかは分からない。だが、何度死にかけながらも、眼前の困難に立ち向かう事で、彼はあの魔将すらも打ち倒し、夢の世界に閉じこもっていた彼女自身も救われたのだ。

 自然と彼女の足が止まり、前を行く3人の背中がどんどん小さくなっていく。このペースなら彼女達は無事に逃げきれるだろう。

(だったら、やるしかないわね)

 彼女はそんな彼のパーティの一員なのだ。ならばとるべき行動は決まっている。

 左手に輝く輝聖石の指輪にマナを込めながら、彼女は元来た道を引き返した。難敵が立ちふさがるはずのその場所に向かって走る彼女の足取りはそれまでよりもはるかに軽やかだった。




2012/03/21 初稿




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