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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚02章 ~仲間の絆編~
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24 ザックス、目覚める!



「力を貸して欲しい」

 満月の夜を翌日に控えたその日、夕食を共にした席上でザックスとアルティナは3人の偉大な先達に頭を下げられた。

 必要なのはお前達の運勢値である――聞きようによっては余りにも失礼この上ない要求ともとれるが、それでも彼らは礼を尽くして、二人の協力を求めていた。

 彼らの因縁を知り、また、魔将との事は二人にとって避けては通れない問題である事を思い知っている二人は互いに顔を見合わせると彼らに協力を申し出た。その言葉に顔を明るくした3人だったが、いざ、打ち合わせの段階になってアルティナが強く反発し始めた。

「3人についていくのは私だけでいいわ。貴方はここで待っていて!」

「お前、何を言い出すんだ。だいたい悪運度MAXは俺だけのパラメータなんだ。留守番するのはおまえだろう? 幸運度だけがMAX値のお前に、ダントンのいう最悪の選択ってのができる訳ないだろう!」

「大丈夫、別の方法を使うわ。私が責任をもって彼らを求める場所に導いてあげる。だから、貴方はここにいて」

「だから、なんで俺だけが留守番してなきゃなんないんだ!」

 頑ななアルティナの態度にザックスは戸惑った。

 思えば神殿からのミッションを終えて帰還して以来、アルティナの態度がどこかよそよそしい。

《杯》の魔将と名乗る男との出会いを彼女に報告したものの、なぜかうわの空のまま、彼女の意識は別のところにあった。いつもは朗らかな性格の彼女のはずだが、どこかイライラして落ち着きのない様子が感じ取れた。

 ウルガ達への同行を巡って睨み合う二人だったが、やがて彼女は視線をそらすと自ら妥協の意を示した。らしくないな、と思いつつも彼はウルガ達と共に打ち合わせを続ける。

 明日の勝利を願って乾杯した麦酒の味が妙に苦く感じられたザックスは、小さな胸騒ぎを覚えていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 それは激しい戦いだった。否、激烈な戦いだったというべきであろう。

 上級冒険者が自身の命を危険にさらして全力で戦う――それはこれまで経験してきたどんな戦いよりも凄まじかった。

 圧倒的な《剣》の魔将の力。

 それに対抗したウルガは自身の身体を竜戦士化する。対して魔将も又、己の身体を異形化し、二体の異形の戦士の戦いは大地を震わせた。

 一時は優勢かと思われた冒険者側だったが、やがて、その戦況にほころびが生まれる。魔将の地力は彼らの予想を圧倒していた。

 鋭い刃で強靱な胸板を貫かれたウルガ。目論見を見抜かれ負傷したダントン。圧倒的な魔将の力に対して決定打を持ちえないエルメラとライアット。

 4人の冒険者達はいつしか窮地に陥っていた。

 離れた場所からその様子を窺っていた彼は、堪らずそこに飛び込み彼らに加勢する。だが、実力不足の彼は圧倒的な魔将の力の前に不様に地に這いつくばった。

 鋭い刃が彼の頭上から襲いかかる。瞬間、彼の時間が止まった。


「だらしない。貴様、一体いつまでそうして寝てるつもりだ?」

 知らないはずだが知っている声が脳裏に響く。その声に周囲の風景が揺らいだ。

「せっかく力を貸してやったというのに、あの戦いをなかった事にするつもりか?」

 その言葉に彼の心が大きく動揺する。

「どんなに望んだところで過ぎ去った時は帰ってこない。何度繰り返そうが所詮、夢は夢でしかない。

 いかに強さを誇ろうとも、自身の時を止めてしまった者が、前に進み続けようとする者に敵うはずがなかろう?」

 そう、彼はこの戦いの結末を知っている。そして逃れようのない悲劇とその代償として自身が得たものを……。

「さっさとケリをつけろ! いつまでも下らん世界で遊ぶでないわ」

 尻を蹴飛ばすかの勢いで掛けられた言葉に、彼の意識が無理やり覚醒していく。

 フェードアウトしていく闇の中で窒息するかのような激しい苦しみにもがいたザックスは、ようやく真実の目覚めに至った。




 全身が落下していく感覚と共に目を覚ます。

 そこは自身がよく知るガンツ=ハミッシュの酒場兼宿屋の一室だった。大量の寝汗に不快感を覚えた彼は、備え付けの水差に直接口をつけて、中の水を飲み干した。

 周囲は暗く静かだった。

 窓からは満ちきった蒼月の姿が煌々と浮かび上がる。

「アイツ、やりやがったな……」

 天空に浮かび上がる満月の姿を目にしながら、ザックスは自身の置かれた事態をようやく把握した。

 出発前の店内での食事の際にアルティナに勧められたグラスを飲み干した後で、彼は強烈な睡魔に襲われた。おそらく眠り薬が混ぜられていたのだろう。

 それまでのぎくしゃくとした空気を何とか修復しようとした彼女の申し出を受けたつもりだったが、どうやらそれが裏目に出たらしい。否、それこそが最も正しい選択であったのかもしれない。

 暗がりの中、ランプに火をともして室内を見回した。

 自身がよく知るはずの部屋。だが、細部は大きく異なっている。その事実にザックスはため息をつく。

 一体自分はどれほど無為な時を過ごしてきたのだろうか?

 慌てて起き上がり装備を身につけると彼は自室の扉を開けた。いつもならば大抵誰かとすれ違うはずの廊下には人の気配がない。

 いや、廊下だけでなく宿全体から人の気配を全く感じられなかった。

 ゆっくりと歩を進めたザックスは、そのまま酒場の通用口へと向かった。深呼吸をひとつすると思い切ってその扉を開ける。そこには彼の予想通りの光景が広がっていた。

 店内は全くの無人だった。

 明かりだけが煌々とともったその場所に、人のいた気配は微塵もない。自身がよく見知ったその場所はとうに姿を変え、すでに存在しないはずであるにも関わらず、以前と同じ姿のままで彼の眼前にある。試しに2階席にまで上がってみたがやはり同じだった。

 そのまま店内の各所を見回ったザックスはもう一度だけ、二階の一番席を振り返ると、そのまま通りへの扉を開けた。


《ガルガンディオ通り》――そう名付けられたその場所もやはり無人だった。

 否、通りだけではない。

 街そのものがゴーストタウンと化していた。いかに夜も更けているとはいえ、《ペネロペイヤ》中で最もにぎやかな場所の一つであるこの場所が無人となる事などあり得ない。僅かに首をひねったザックスだったが、直ぐにとある事に思い至り、彼は全力で通りを駆けだした。

 目指すは《旅立ちの広場》だった。


 特殊スキル《駿足》を発動させ、彼は暗い夜道をひた走る。家々に時折、明かりのついた様子が見いだせるものの、人の気配は相変わらず全くない。夜空には不気味に蒼月が輝きを放っている。

「静かだな」

 小さな呟きが漏れる。

 よく知るはずの場所、だが、決して知らぬ場所。周囲の風景はあの夏の日のままだった。

 はるか北地区の小高い丘の上に立つ神殿が、明々と光を保つ。あの場所に彼女達はいるのだろうか。

 夜道を全力で走りぬけながらザックスはふと考えた。

 長い幻を見ていたような気がする。あるいは心地良い夢というべきか。

 だが、どんな夢にもいつかは終わりが訪れる。だからこそ彼は目覚めたのだろう。そして真実と向き合わねばならない。それが彼のこの世界での役割だった。


 走り続けたザックスは目的地である《旅立ちの広場》へと到着した。やはりその場所も人影はなく、広場の端々には閉じられた出店が軒を連ねていた。

 そんないつもと変わらぬ夜の風景の中にただ一か所だけ、《旅立ちの広場》にいくつかある《転移の扉》の一つがぼうっと蒼い輝きを放っている。まるでここがゴールだといわんばかりの輝きを放つ《転移の扉》に、ザックスはおそるおそる近づいてその様子を窺った。

 これを潜ると後戻りはできないな――彼はそう直感した。


――一度だけ後ろを振り返る。


 息を潜めるかのようにして立ち並ぶ幾つもの建物の姿が彼の視界に映った。遥か北区にある小高い丘の上にある神殿は、相変わらず明々と光を保っている。

 振り返れば、懐かしい人々とここで過ごした時間はとても楽しいものだった。誰もが幸せに笑える満ち足りた世界。このままこの場所に留まる事を望んではいけないのだろうか?

 だが、思い出を手繰ったザックスは首を振った。

(後悔はしないな?)

 己に問うたその回答は『是』であった。

 幾つもの思い出と決別し、前を向いた彼は《転移の扉》に足を踏み出した。ザックスを飲み込んだその扉が強く光ると同時に、周囲全ての光景が闇の中へと消え去っていった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



《転移の扉》を潜ったザックスが現れたその場所は、彼にとって苦い思い出の残る場所だった。

 あれから意図的に避け続け、一度も訪れようとしなかったその場所に立った彼は、周囲の様子を窺った。

 天には真円を描いた蒼月が煌々と輝き、はるか離れた海岸に打ち寄せる波の音が優しく響いてくる。その場所は記憶の中のあの日と変わらぬ、否、あの日そのものだった。と、ダンジョンの入口付近に漠然と立っている見知った者の後ろ姿を見つけた。

 黄金色に輝く髪、妖精族特有の長くとがった耳。自身の相棒としてこの世界で共に時を過ごしたアルティナの姿がそこにあった。ゆっくりと彼女に近づいていくザックスに対して、彼女は振り向こうとしなかった。気配に敏感な彼女が気付かぬ訳がない。

「アルティナ」

 彼女のすぐ後ろに立った彼は静かにその名を呼んだ。ザックスの声に彼女の肩がピクリと揺れた。

「アルティナ」

 再び声をかける。

 その言葉にようやく彼女は振り向いた。泣いていたのだろう。その目は真っ赤に充血していた。両手を固く握りしめ、まるでその中にあるものを固く守っているように見える。

「探したぜ」

「来ないで!」

 言葉と共に踏み出そうとした彼をアルティナが拒絶した。その言葉にザックスは立ち止まった。

「これは渡さない! 貴方をあそこへは行かせない!」

 彼女の手の中にあるのはおそらく《跳躍の指輪》なのだろう。あの日のザックスと同じくウルガ達を導き、そのまま、ダンジョンを離脱して、この場所で朝日が昇るのを待っていたのだろうか?

 固い決意と共に自身を睨みつける彼女に、ザックスは静かに声をかけた。

「もういいんだ。全ては終わったんだ」

 その言葉に彼女は泣きはらした目を見開いた。ザックスは続けた。

「ここで待っていてもきっと彼らは帰ってこない。そして全ては幻影でしかないんだ」

「分からないわ、今度こそ、何かが変わるかもしれない!」

「変わらないんだよ、何も。ここにオレが要る限り、ウルガ達に勝つ要素はないんだ」

 その言葉にアルティナはうつむいた。やがて彼女は言葉を小さく絞り出してゆく。

「ずっと……一人だった。

 何度も何度も同じ事を繰り返して、私はその度に絶望したわ。ダンジョンの中をたった一人で歩き続けて、力を磨いて皆の力に少しでもなれるように努力を重ねた。でも、駄目だった。一度としてみんなが帰ってくる事なんてなかった。

 あの日から……何度やってもあの悲劇は変わらない。初めてダンジョンで仲間を失ってからずっと、私は無力なままだった」

「アルティナ……」

「初めてだったのよ。初めて私は一人じゃなかった、貴方に出会ってやっと共に闘う仲間を見つけたのだと、あの理不尽に答えを出すために共に闘う仲間を見つけたのよ」

「お前、気付いていたのか? 一体、いつから?」

 その言葉に彼女は首を縦に振った。

「あなたが《杯》の魔将に出会った事を私に教えてくれた時からよ。その時になって私はようやく全てを思い出した。自分がこれまで重ね続けた長い道のりも……」

「お前……」

「でもね、私はもう一人じゃない。貴方という仲間がいる。ここから私は新しい一歩を踏み出せるかもしれない。この暖かな場所で、貴方という協力者を得て私はようやく違う可能性を見出せる。

 ねえ、ザックス、ここにずっと一緒にいよう。今までのように。きっと私達はいいパーティになれるわ……」

 言葉と同時に彼女の目から涙があふれた。たった一人で世界を彷徨い、ずっと苦しかったのだろう。だが、ザックスは彼女の言葉に同意する訳にはいかなかった。黙って首を横に振る。

「どうしてよ!」

 泣きながらアルティナは叫んだ。

 もう傷つきたくないのだ、彼女の叫びにはそんな思いが込められていた。

 そんな彼女にザックスは静かに答えた。

「アルティナ、俺はウルガが死んでいった事を否定はしない。

 たしかにウルガは命を失った。だが、自身に満足をして、その道を選んだんだ! 

 幸せってのは不幸があるからこそ感じられるもの。

 不幸がなければ幸せもまた感じられないんだ。失うものがあるからこそ手に入れられるものがある。それが人の世の理だ! 

 ここは幸せに満ちた世界、いや幸せという言葉に惑わされた欺瞞に満ちた世界、そう、ここは夢の世界。俺達はお前の夢の中にいるんだ。

 ここから出よう、アルティナ! そして、現実の世界で何をすべきか考えよう! 共に闘う仲間として俺達に課せられた運命と向き合うために……」

 彼女に左手を差し出した。

「イヤよ!」

 差し出されたその手を彼女は叫びと共に振り払った。その瞬間、二人の間に何かが弾けるような輝きが生まれ、世界の全てが崩壊を始める。


――そして、全てが闇の中に沈んでいった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 すぐ目の前にいた筈のアルティナの姿が、そこにはない。

 ただ無が支配するだけのその真っ暗な闇の中に、ザックスはぽつりと一人取り残された。

 不意に彼の左手が強く輝き始める。左手に絡みつくように輝く幾筋もの銀色の髪。その持ち主である兎族の少女、イリアの存在を不意にザックスは思い出した。 暖かな夢の世界で度々、彼に警告を発してきたのは彼女だった。

 彼女はずっと彼を守っていたのだろうに、どうして忘れてしまっていたのだろう?

 悔恨がザックスの心に残る。

 だが、そんな彼をやさしく癒すかのように、銀色の輝きは闇の中を照らした。

『一人ではありません』

 そんな思いが彼の心に満ちてくる。同時に今、この闇のどこかで一人でいるアルティナの事を思った。また泣いているのだろうか? 今度こそ彼女を連れて戻らねばならない。それが多くの人たちに期待された彼の役割だった。


――だが、どうやって?


 これといった手段を思いつけず、途方に暮れかけたその時だった。

「やれやれ、ようやくお目覚めのようですね……」

 不意に虚空から彼に向って声が投げかけられる。聞き覚えのあるその声の主を闇の中に見つけると同時に、ザックスは腰の《ミスリルセイバー》を引き抜いた。

「相変わらず物騒な挨拶ですね、ザックスさん」

「そうさせたのはあんただろう? 《杯》の魔将、ヒュディウス!」

「覚えて頂いてくださって光栄です。ただ願わくば、その物騒な物を収めて頂ければ嬉しいのですが……。

 いまの私がそれで傷つけられることはありませんが、さすがに剣を突き付けられて話し合うというのは、気分的にどうも……ね」

「話し合う……だと?」

「ええ、そうですよ。この状況を解決するために、一時休戦としませんか?」

 彼の真意が分からない。黙ってただ睨みつけるザックスにヒュディウスは続けた。

「大丈夫ですよ、ザックスさん。あなたが私を傷つけられないように、私も又、貴方を傷つけることはできません。

 何よりもその厄介な護符が邪魔をしていますからね。ずいぶんと強い想いの塊で今の貴方は守られているようだ。

 だからこそ、この闇しかない場所で貴方は平然としていられるのですよ」

 言葉を重ねる魔将の目を睨みつける。そんなザックスの視線を魔将は平然と見つめ返した。


――互いの視線が交錯する。


やがて、ザックスは深く息を吐き出すと《ミスリルセイバー》を鞘に戻した。その行為にヒュディウスは笑みを浮かべた。

「勘違いするな! あんたに気を許した訳じゃねえ」

「当然でしょう。私達はあくまでも究極の敵同士なのですから……」

 不敵な笑みを浮かべる魔人に、ザックスは続けた。

「で、いったいあんたはオレに何を教えてくれよう、っていうんだ」

「そうですね、私ができる事など、貴方を眠り姫の下へと導く事くらいですよ」

 いともたやすく、彼はザックスの最も望む事を彼の眼前に並べたてる。そんなヒュディウスが一度だけ腕を振ると、はるか遠くに一筋の輝きが生まれた。

「では、参りましょう。誰もが望み、納得する、最後のステージへ……」

 先導するヒュディウスの後にザックスは続く。自身に無防備に背中をさらすヒュディウスにザックスは尋ねた。

「ここは一体どこなんだ?」

「ここですか? そうですね、あえて言うならば《狭間の世界》というところでしょうか」

 返事を期待していなかっただけに、その内容に興味が湧いた。

「《狭間の世界》?」

「貴方達が暮らす《現世うつしよ》、そして私達魔将が存在する《揺らぎの世界》。その間にいくつか存在するのが《狭間の世界》といわれるこの場所です。

 時に何者かの夢であったり、力ある者が世界の理を捻じ曲げて強引に生み出したり、あるいは強力な力のぶつかり合いの末に生まれた時空の歪みであったり……。その成立の仕方は様々です。

 この場所は《現世うつしよ》の理に縛られながらも《揺らぎの世界》でもある故に、時として《現世うつしよ》の常識では考えられぬ現象も多々起こります。

 かつて貴方が仲間と共に《剣》の魔将と戦ったあの場所も、そんな《狭間の世界》の一つなのですよ」

「へえ……」

「ちなみに今、あなたの左手に輝く護符の贈り主は、現世とこの狭間の世界の間に立って、貴方の存在とあちらの世界との懸け橋となっているのでしょう。

 いやはや、《現世うつしよ》に住まう者の身でとんでもない事をしでかしてくれるものです。お帰りの際にはその導きに従えば、貴方達は無事に帰る事が出来るでしょう。

 尤も、それが叶うかどうかは、奇跡としか言えないでしょうが……」

「どういう意味だ?」

 だが、その言葉に返答はなかった。かわりに返ってきたのは、彼らが目的地に到着した事を知らせる言葉だった。

「到着しました。ザックスさん。最後のステージは、おそらく誰もにふさわしい場所となるでしょう」

 言葉と同時に彼にそれを指し示す。

 そこにあったのは《転移の扉》だった。先ほどザックスが潜り抜けたそれとは比べ物にならぬほどに、強く眩しい輝きを放っている。

「礼は言わない。お前には貸しだらけなんだからな! いつか必ずその命で払ってもらう!」

「ええ、私もあなたと慣れ合う気など、さらさらありません」

 言葉と同時にザックスは、《転移の扉》に足を踏み入れようとする。

「ああ、そうそう、言い忘れておりました」

 その背にヒュディウスが声を掛けた。

「覚えておいてください。いかなる世界にも絶対というものは存在しません。

 そして一度時を止めた者は、前を進み続けようとする意思をもつ者に決して敵わぬものなのだ、という事を」

 まるで、謎かけのようなその言葉をザックスは己の背で受け止めた。そのまま無言で彼の身体は《転移の扉》の輝きの中へと消えて行く。

「はてさて、彼は再び奇跡を起こすのでしょうか。あるいは……」

 陰気な顔に似合わぬ笑みを浮かべて、ザックスの背を見送ったヒュディウスは、その姿を闇の中へと消していった。




2011/09/23 初稿




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