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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚02章 ~仲間の絆編~
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22 ザックス、訝しむ!

 2度目の『転職』でそれぞれ《剣士》職、と《魔術士》職についた二人は、《精霊金アマルガム》の礼としてウルガ達から送られた新たな装備を身にまとい、初めてのクエストを受けるべく、店の扉を開けようとした。

 と、不意にザックスの眼前で扉が開き一人の剣士が現れた。髪をひとくくりにして後ろで縛り上げ、まるで抜き身の真剣のような空気を放つその男にザックスはおもわず身構えた。

「ちょっと、ちょっと……」

 慌てて彼の後ろにいたアルティナがザックスの襟元を掴んで、男に道を譲った。

「かたじけないでござる」

 二人に会釈をした男は、もはや彼らに興味がないかのようにそのまま二人の前を歩いていく。続いて彼の仲間と思しき一団がそれに続いた。

「誰だよ、あれ?」

 ザックスの問いにアルティナが答えた。

「知らないの? 今うちの酒場の中級パーティで、一番の注目株って言われてる人たちよ。リーダーは確かイーブイさんって言ったかしら」

「へえ、今のが……」

 ザックスと同じ《剣士》職であろうと思われる彼は、張りつめた空気を周囲に振りまき、一目で自分よりも実力がある事が見て取れる。

「神業のような剣技を使うイーブイさんを筆頭に、強力な魔術士や僧侶、さらに吟遊詩人までメンバーに加えた凄腕パーティだって言われてたわね。次にこの店の二階席に座るのは、あの人たちだってみんな噂してるわ」

「ふーん」

 見覚えのあるような気もするのだが、そんな感覚にも今やすっかり慣れてしまっていた。自身の能力の高さを鼻にかけたものが放つ空気がなんとなく感じられる4人の姿に、ザックスはぽつりと呟いた。

「あまり、好きになれそうにない奴らだな……」

「そうね」

 振り返ってカウンターの対面に立つガンツとやり取りをする彼らを一瞥したザックスは、もやもやとする既視感と違和感を胸にしまって、そのまま店を後にしたのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



《ペネロペイヤ》東地区、鍛冶屋やアイテム屋が乱立する区画のとある一角にその店はあった。

《ヴォーケンのアイテム屋》という看板の妙に洒落た外観のその店は、周囲の風景から浮き上がっており、やたらと目立っている。店主はどうにも危ない嗜好の持ち主なのだろうか? そんな不安とともに、おそるおそるその店の扉を開けた二人を出迎えたのは、大柄な中年の男だった。

「いらっしゃい!」

 大柄な体躯にアンバランスな愛想で彼らを出迎えた男に、ザックスは来店の目的を伝えた。

「ガンツ=ハミッシュの店からクエストを受けてきたんだが、店主のヴォーケンさんはどちらに?」

「私がヴォーケンです。この度は私のクエストを受けて頂いてありがとうございます。」

 愛想の良い笑顔を崩さず、男が名乗り、二人の前に大きな箱を置いた。試作兵器の実用実験とそのレポートをお願いしたい、という彼の依頼を承諾した二人は、箱の中身の数個の球形の物体を《バッグ》に移しかえると、そのまま店を後にする。

帰り際、整った店内の様子と彼らを丁寧に送りだすヴォーケンの姿に、再び既視感と違和感を覚えながらザックスは店を後にした。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



《凡庸の迷宮》中階層――。


 襲いかかってくるモンスターの群れに放り込もうとした《閃光弾》が自身の手を離れぬうちに、強烈な閃光を放つ。敵も味方も光に巻き込まれて視力を失い、危うく同志討ちと全滅の危機を迎えたが、どうにかこれを切り抜けられたのは、ひとえに二人の幸運度のお陰だろうか。

「冗談じゃないわよ、こんな欠陥武器、一体誰が使うってのよ」

 余りの使い勝手の悪さに最も被害を受けたアルティナが癇癪をおこした。

 尤も試作武器であるからこそ実用実験が必要とされるのだろうが、その使い勝手の悪さには並々ならぬものがある。否、使い勝手が悪いというよりは、即刻お蔵入りすべきであろう。

《ヴォーケン》から預かったのは《爆裂弾》、《音響弾》、《閃光弾》、の3種類。そのどれもが欠陥の塊だった。

 まずは景気づけにと最初に放り投げた《爆裂弾》はころころと転がるとそのままプスンと小さな煙の塊を噴き出し、そのまま沈黙する。敵味方共にあっけにとられたものの、そのまま戦闘は続行し、全くと言っていいほど役にたたない。

 だが、戦闘後に回収しようと近寄った途端に、爆裂弾は小さな炎を吹き上げ、程良い焼き加減のザックスが、ぱたんと倒れた。

「こんなの危なくて、使えるか!」

 彼の怒りが通路内に木霊する。


 続いてアルティナが《音響弾》を使用した。

 ザックスの失敗を糧に、その取り扱いに慎重になりながら、マナを込めて放り投げたそれは、上手く作動した。発せられた強烈な音に蝙蝠型モンスターの集団が次々にパタパタと堕ちてゆく。

「アルティナ! 一気に焼き払え」

 きんきんと鳴る耳を押さえつつ、先頭に立っていたザックスが振り返ったその先には、音の反響をまともに受けたアルティナが、モンスター達と同様に、前のめりに、ぱたんと倒れる姿があった。どうやら耳のよすぎるエルフ族には刺激が強すぎたらしい。

「こんなの危なくて、使えないわよ!」

 涙目になって耳を押さえて座り込むアルティナに、同情の視線が集まった。

 度重なる不慮の事故にそうそうに試作武器の実験を中止した二人は、ヴォーケンのクエストと同時に受けたもう一つのクエストを達成すべく、彼らと同行していたパーティと共に二度目の中級レベルダンジョン踏破へと目的を切り替えた。

 中級冒険者になった祝いに、とガンツから直々に指名されたクエストは、とある4人組みとパーティを組んでダンジョン踏破を試みるというものだった。

 効率よく一度に二つのクエストをクリアして、しっかりと自分達の存在感をアピールしようとした彼らだったが、そうは問屋が卸さない。

 ガンツに引き合わされた実に凡庸な四人組との探索は、緊張感のかけらもなかった。

 何をするのも、とにかくいきあたりばったりの彼らの方針は、およそ計画性という言葉とは無縁であり、ゲストである二人の方が始終、ペース配分に気を配る始末である。

 もっとしっかりしろよ、と内心つっこむザックスだったが、そんな道程は不思議と楽しいものがあり、これまで緊張感ばかりの中でただゴールだけをめざしてきた二人の中に、微妙な余裕が生まれ始めていた。

 3日目の休憩の頃になるとアルティナはすっかりと彼らに溶け込み、容易く雑談に耽っている。自身にも他者にも常に種族の壁を意識させてしまう彼女にしては珍しい事だった。

 そんな彼らの雑談はやがて一冊の書物の内容へと移って行く。

「ザックスさん。ザックスさん。貴方はどう思いますか?」

 裏酒場が高額の代金で発行している季刊発行されるその書物は、『貴方が選ぶ注目の美女たち』と題され、大神殿の巫女や酒場の看板娘、さらには街の有名人や観光スポットまでが紹介されている。

 つい数日前に発行されたばかりの、その書物の巻頭見開きに映っていたのはザックスのよく知る神殿巫女マリナの姿だった。

「あれ、この女性ひと?」

「おお、ザックスさん。やはり貴方もマリナ様を……」

「同志よ。出会えた事を喜ばしく思うぞ」

「でも、抜け駆けはだめですよ」

「そうそう、マリナ様は皆の憧れなんだからな」

 どうやら4人は彼女のファンらしい。そんな彼らはこぞって、ザックスに彼女の様々な逸話を披露する。眉つばばかりのもののような気がするものの、それはそれで楽しいものだ。

 だが、そんな雰囲気に少しずつ機嫌を悪くしていく者もいる。

 一度臍を曲げると元に戻るのに少々時間がかかる上に、その咎は一方的にザックスに押し寄せてくることもあって、危ない空気を察した彼は、なんとか話題を逸らそうと試みる。

「そ、そうだなマリナさんもなかなかだがオレはこっちの娘の方も……」

 苦し紛れに適当に指し示したその肖像に4人が「おお」と声を上げる。なぜかアルティナは耳まで真っ赤になっている。

「なんだ、二人はやっぱりそういう関係だったのですか」

「うむ」

「種族をこえた恋愛。うーん。これがドラマというものか……」

「応援するぜ、ザックスさん」

 訳も分からず、ポンと肩を叩かれる。慌てて、自身が指し示したその場所に目をやる。そこにあったのはアルティナの肖像だった。強烈な違和感がザックスの中に湧き上がる。

「な、なんでお前が載ってんだよ!」

 その言葉に返答したのはリーダーの男だった。

「ああ、そういえばウルガさん達の大宴会の時に、エルメラさんの取材をしに来た人が……」

 酩酊しながらウルガとの腕相撲に耽っていた自身の知らぬ間にどうやら、様々な事があったようである。はやし立てる四人を尻目にアルティナが照れ隠しに文句を言い、そんな彼女をさらに4人がはやし立て、その場はさらに盛り上がって行く。

(何かがおかしい……)

 雑誌に映ったアルティナの肖像を眺めながら、その時、ザックスは初めて自身の違和感が決して無視できぬものであるという事を強く意識した。

 そこにあるはずのものがない、その想いが強くなればなるほど彼の左手が、少しずつ熱を帯び始めていることに、まだ彼は気付いていなかった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 4日間をかけて踏破した《凡庸の迷宮》から帰還した翌日、朝食を終えたザックスをカウンターに呼びつけたガンツは再びクエストを与えた。もともと愛想とは無縁の男であるが、その日のガンツはいつもにもまして不機嫌な表情だった。

《神殿》からの直接指名のクエスト。しかもザックスのみが単独で指名されている事に不審を覚えたのであろう。

『他都市に向かう神殿巫女の道中警護』

 そう記された依頼書を憮然とした顔でザックスに引き渡す。

「また、あの女なの! 今度は何を企んでるってのよ!」

 傍らから依頼書を覗き込み、そこに書かれた依頼人名に憤慨するアルティナをどうにか宥めて、彼は依頼を受けることを了承する。もともと彼に拒否する権限などはなかったのだが……。

「神殿とはくれぐれもトラブルを起こさんでくれよ」

 ガンツの念の入った言葉とアルティナのジト目を背中に受けながら、彼は一人神殿へと向かう事にした。

 大輪の薔薇の美貌に豊満な肢体のマリナの姿を思い浮かべて、彼が鼻の下を伸ばしていたかどうかは……定かではない。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 かぽかぽと馬の蹄が石畳を叩く音が、心地よく響く。轍に嵌ったのか、時折大きく揺れる事はあるものの、初めて乗る神殿仕様の四輪馬車の乗り心地は決して悪いものではない。

 板張りの固い座席にひしめき合って詰め込まれる乗合馬車とは異なり、ゆったりとした造りの空間に上質のクッションが効いた皮張りの座席は、気を抜くとそのまま眠ってしまいそうになる。

「寒くはありませんか、ザックスさん?」

 マナを込められた氷晶石が十分に広い居住空間内に涼を振りまき、今のザックスは汗だくで道を歩いてゆく人たちとは別世界の住人だった。

 一見暑苦しく見える神官や巫女の正装ではあるが、懐に小さな氷晶石の欠片をしのばせることで逆に涼しく快適に過ごせるものらしい。

 長時間の儀式などの際にはとても便利ですのよ、というのがマリナの話であるが、庶民の生活において一般的に使用される火晶石に比べてずっと割高な氷晶石を、そんな目的で使ってしまう神殿の存在にふと疑問を持ってしまうのはザックスだけではないはずだ。

 車内は涼しげであるにも拘らず、そんな彼の全身が火照っているのは、自身の左隣にぴたりと身を寄せ、ザックスの左腕にしっかりとしがみついているマリナのせいであろう。窓には目隠しがされ、外側から中を覗き込む事はできないものの、こんな姿を彼女のファンや信者に見られたならば、大変なことになるだろう。

 もっとも神殿の印の入った馬車にそのような不敬を犯そうとする者は皆無であり、道行く者は誰もが頭を下げ、通りを行くあらゆる馬車が道を譲って行く。

『神殿とはくれぐれもトラブルを起こさんでくれよ』

 ガンツの言葉の意味をつくづく実感する。

「い、いや、大丈夫だ」

 ともすればしっかりと押しつけられたマリナの柔らかな感触に、意識が持って行かれそうになるのをこらえて、ザックスは初めて見るよその都市の風景を車窓の隙間からのぞき見る。

《トロイヤ》市――《ペネロペイヤ》よりもはるかに小規模な自由都市ではあるものの、その場所は実に活気があふれているように見受けられる。道行く人々の顔には希望と生気が宿り、「こんな街なら暮らしてみても悪くはないな」という呟きがぽつりと漏れる。

「ふふっ、ザックスさん、では、私達の新居はどのあたりにいたしましょう。私としては日当たりと風通しのよい場所という条件は決して外せないのですが……」

 それがマリナ流の軽口である事に、今やすっかり慣れてしまっていた。

 神殿巫女という立場に加えて、その外見と穏やかな物腰のせいかずいぶんと的外れな噂が先走っている彼女だが、根はずいぶんとお茶目な性格らしい。

「まあ、その話は置いといて……」

 その言葉に美しい頬をぷくりと膨らませ少女のような仕草を見せる彼女に、ザックスは尋ねた。

「あんたへの道中警護の必要なんて全くないように思えるんだが……」

《ペネロペイヤ》大神殿から《旅立ちの広場》まで、そして《転移の扉》を潜ってその先でさらに馬車を乗り替えて、《トロイヤ》神殿へ。道行くものたちは皆、人も馬車も道を譲り、実に安心この上ない。

 当初はずいぶんと緊張していたものだったが、周囲の状況は平和そのものであり、ダンジョン内で感じられる緊迫感など皆無である。

「ま、まあ、何が起きるか分かりませんし、何もなければ、それはそれでよろしいではないですか……」

 ザックスの言葉に珍しくたじろいだ表情を一瞬見せるものの、直ぐにそんな様子を消して、うるんだ瞳でザックスを見あげる。

「もう、その手はくわねえよ」というザックスの言葉に、「つまらないですわ」と再びふくれっ面を浮かべるものの、相変わらず彼の左腕をがっしりと掴んで離さない。

 仕方がないな、と溜息を一つついた彼は、彼女のなすがままにさせておくことにした。




「おお、これは、マリナ殿、この度は遠路はるばるよくお越しくださいました。」

 神殿の入口で彼らを待っていたのは一人の壮年の男だった。すらりと伸びたやせ形の体躯のその男は、気持ちのよい朗らかな微笑みで彼らを出迎えた。

「ご無沙汰いたしておりますわ。ブレルモン神官長様。相変わらずご壮健で何よりです」

 先ほどまでの馬車の中でザックスに寄り掛かっていた姿がまるで嘘のように、彼女は姿勢を正し、神殿礼と共にブレルモンという名の男に挨拶する。

「こちらは、私の道中警護を依頼したザックスさんとおっしゃる冒険者です。新進気鋭の冒険者として今、《ペネロペイヤ》で密かに注目されておられる方ですわ」

 マリナによる大げさすぎる紹介にザックスは戸惑った。そんな彼にブレルモンは朗らかな笑みを浮かべて握手を求めた。

「おお、そうでしたか。小さな神殿ですので何かとご不便があるやもしれませんが、どうかゆるりとご逗留くださいませ」

 握手する眼前の男の姿にザックスは再び違和感を覚える。

 やはり何かが違う、その感覚が一瞬ザックスに幻影を見せた。

 見た事のないはずの、それでいて過去に出会ったような気のする肥満した一人の男の姿。その姿が眼前のブレルモンの姿に重なった。

「な、なにかと礼儀知らずなもんで、ご迷惑をおかけしますが、世話になります」

「いえいえ、どうかご自身の家のようにおくつろぎいただいて結構ですよ」

 なれぬ言葉でぎこちなく挨拶をするザックスの傍らで、マリナがくすくすと笑う。ザックスへの挨拶を終えたブレルモンは、マリナに向き直ると彼女に言った。

「では、早速ですが、マリナ様、洗礼のご準備をよろしくお願いします」

「分かりました、神官長。今日明日と二日間、精一杯お務めさせていただきます」

 言葉と同時に二人は神殿に向かって歩きだす。彼女の警護に就いた筈のザックスだったが、巫女の職務に励んでいる間の時間はすっかり手持ち無沙汰となってしまい、虚ろな時を過ごすことになった。




 日はすっかり西に傾き、本日最後の冒険者が神殿を後にする。そんな彼の姿を見送ったマリナは、それが見えなくなると同時にほっと一息ついた。

「お疲れさん」

 今日一日無為にすごしたザックスは、一日中休みなく己の務めに励んでいたマリナに、きまり悪げにねぎらいの声をかけた。

「ふふっ、なんだかとても疲れましたわ」

 言葉通り、疲れた表情を隠すことなく、マリナは傍らに立ったザックスの腕に縋りついた。

 思わずどきりとしたものの、疲れ切った彼女の顔を目にすると、それを無理に振りほどく気にはなれなかった。こんなところをアルティナに見つかったら、又何を言われるか分からない。彼女が側にいなかった事に心から安堵した。


《トロイヤ》神殿――ここで洗礼を受けるものは誰もが希望通りの職につけるという。どういう訳だか、近頃冒険者達の間ではそのような噂が広まり、この神殿に訪れる冒険者の数は急激に増えつつあるという。

 退屈な神殿内で、ふと知り合った雑用係の少年からそんな噂話をザックスは聞いた。

 余りの忙しさに、近頃は交代で周辺の神殿から応援の巫女がやって来ては、冒険者の転職の手助けをしているらしい。今回のマリナの来訪にはそういった事情があるようだった。

 夕方近くまで次から次へとひっきりなしに訪れる冒険者達の姿を相手に、いつもと勝手の違う狭い神殿内で、務めを果たし続ける凛としたマリナの姿は当に神殿巫女にふさわしいと言えた。そんな彼女の姿を眺めながら終日何をする事もなく過ごしたザックスは申し訳なく思っていた。尤も彼がこの場所できるような事など何一つなかったのだが……。

 ふと、そんな彼らの下に歩み寄ってきた下働きの少年が、僅かに緊張気味の声で二人に声をかける。

「あの、そろそろお食事の準備ができたのですが……」

「ありがとう、では参りましょうか」

疲れた表情を消し、柔らかな微笑みを浮かべたマリナが少年に礼を言う。

 その言葉に耳まで真っ赤になった彼は、ぎこちなく神殿礼をすると慌てて走り去って行く。きっとマリナの視線を意識しているのだろう。そんな姿を見送りながら彼女はザックスの腕を引いた。

「さあ、参りましょう。神殿の食事は質素な物ですから、冒険者であるザックスさんには物足りないかもしれませんが……」

「ただ飯喰わしてもらうんだから、文句は言わねえよ」

 彼女に腕を取られるままザックスは歩き出す。マリナに懐に入られることにすっかり慣れてしまったザックスだったが、不思議と嫌悪感はなかった。




2011/09/21 初稿




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