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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚02章 ~仲間の絆編~
38/157

21 アルティナ、本領発揮する!

 激しい熱が空間を焼き尽くす。

 炎に巻き込まれた小型獣型モンスターの群れは次々に戦闘不能になり、残った数匹に白銀の閃光が襲い掛かり、あっというまに殲滅される。通路に転がる換金アイテム群を消滅前に回収してしまえば、一連の行為は全て終了だった。

 どんなものよ、と胸をはるエルフ娘に「ご苦労」と一声かけた彼は、そのまま先を目指す。

「ちょっと、もう少し感謝とか労りの気持ちとかを表現できないの?」

と言いながら追いかけてくる相棒の抗議を軽く聞き流しつつ、二人は次の標的を探していた。




「お前達にはこれから二人で《初級レベルダンジョン》を踏破してもらう」

 刀折れ、矢尽きかけながらも、どうにか相方の暴挙の阻止に成功した買い物行の翌日、朝食の席でダントンは新米冒険者である二人にそう提案した。

 転職クラスチェンジを終え、マナLVこそ10であるザックスとアルティナであるが、実質的なダンジョン攻略はこれが初めてである。

 通常、《初心者向けダンジョン》を攻略して冒険者デビューしたパーティ達が初めて挑むのが《初級レベルダンジョン》であり、二人の実力からみれば妥当なところであろう。足りない人数分は彼らのLVに不相応な装備の質で嵩上げすることで困難な状況を乗り切れということらしい。


 抱腹絶倒、傍若無人、前代未聞、言語道断、空前絶後、赫々云々……いかなる言葉を用いても十分に形容できない二人の珍道中が今、ここに始まることとなった。




「ちょっとこの卑怯者、パタパタ飛び回っていないで、降りてきて正々堂々と戦ったらどうなのよ!」

 ダンジョン内の空間を自在に飛び回る飛行型モンスターに向かって、護身用の短槍を振り回してアルティナが抗議の声を上げる。

「おまえ、《詠唱士》だろう。そういう相手は攻撃魔術で対処したらどうなんだ……」

 ザックスの冷静なつっこみなど聞く耳を持たず、アルティナは《短槍》片手に追い回す。追われる側のモンスターが彼女の無茶な要求に困った顔をしているのは、おそらく気のせいだろう。


「いやあ、虫、虫、あんなの嫌いよ! もう帰る!」

 現れた虫型モンスターの群れに突然泣きだすアルティナ。

「ちょっと待て、お前、エルフだろ……。森の中に虫はたくさんいなかったのか?」

 逃げ出そうとするアルティナの襟首を引っ掴んだザックスに、アルティナは泣きながら抗議する。

「あんなおっきいのは無理! 理不尽よ! 壊れちゃう!」

「いや、その理不尽なのがダンジョン探索だろう?」

 すっかり冒険者の本分を忘れてしまった相棒にザックスは困り果てた。


「そこのあなた、妖精族のくせにモンスターに成り下がるなんていったいどういう了見よ!」

 大木槌を持った小型妖精種に突然理不尽な説教を始めるアルティナ。

 例えて言うなら人間がペットの動物に「どうしてお前は人間らしく振舞えないのか」と説教しているようなもの、説教される方もいい迷惑である。自身の身体よりも大きな木槌を抱えたまま戸惑うモンスターの姿に、なぜか同情してしまう。

「言葉が通じてねえだろ」

 冷静なザックスのつっこみなど当然耳に入る訳もなく、腰に手を当て居丈高に振舞うアルティナの姿に、彼はあきれ果てていた。


「キャー、可愛い、プヨンプヨンしてるー。見て見……ムギュ!」

 あらわれたスライムの愛嬌ある容姿に、目を輝かせてぬいぐるみ感覚で抱きつこうとしてしっかりとかわされ、前のめりに倒れたところを上から押し潰されるアルティナ。

 その前代未聞の暴挙にザックスはついに言葉を失った。パートナーの選択を誤ってしまったのだろうか、などと真剣に悩んでしまったのは良い思い出だろう。


 ともかく、てんやわんやのバカ騒ぎを繰り広げながら、どうにか最下層にたどりついた二人だったが、ザックスのドジっぷりも負けてはいなかった。

 初のボスモンスター戦を前に英気を養うべくダンジョンを一時離脱した二人だったが、うっかりクナ石のマーキングを忘れてしまい、二人の挑戦は再び初めからやり直しとなったのである。

「なんてことすんのよ! 貴方みたいなぼうっとしてる人に任せてたら全滅よ!」

 自身のマヌケさ加減を棚に上げ、ザックスに怒りをぶつけるアルティナに理不尽なものを感じたものの、やはりこれは己のミスである。しぶしぶ彼女の要求通りにリーダーの印である《跳躍の指輪》を渡すこととなった。

 だが、翌日の挑戦においては最下層直前に仕掛けられたトラップをリーダーの彼女自身がうっかり踏んでしまい、二人はダンジョン外へと強制転移させられる。当然、クナ石のマーキングなどしてはおらず、ダンジョン踏破は再再度のやり直しとなった。どんよりとしたものを背負ったまま、その日の夜は互いに無言で不貞寝を決め込んだ二人の姿は哀れだった。


 踏破開始当初はさんざんな失敗を重ねた二人だったが、探索に慣れるにつれて徐々に息も合うようになり、彼らの道程は大いに安定し始めた。

 特にアルティナの攻撃魔術の威力はケタはずれであり、中階層辺りから徐々に増え始めるモンスターの頭数に対する複数同時攻撃は実に効果的だった。

 時折、前に立つザックスを巻き込むお茶目をやらかす事はあるものの、一行の快進撃の原動力となっていた。

 大抵の場合、詠唱士系の多くの術者は柄頭に聖輝石を嵌め込んだ《魔法杖ロッド》を使って術を発動させる。聖輝石を起点にマナを集中させ、《魔法杖ロッド》の先端を目標に差し向ける事で術の発動方向をイメージするのである。

 だが、上級レベル冒険者であるエルメラと同じく、そのような補助道具を一切必要としないアルティナは、左手の指にはめられた《聖輝石の指輪》を起点にマナを集めると自由自在に術を発動させる。スキルLVこそ低いものの、彼女の術の一発一発に込められた途方もないマナの力は、並の術者では到底足元にも及ばない威力を秘めていた。

 時折ザックスを悩ませるマナ酔いの症状も、元来マナというものを生まれた時から当たり前に感じ取り、自在に扱う事の出来るエルフならではの特性なのか、彼女がそれに悩まされる様子は一切見られない。

「理力値MAXの恩恵って奴かな……」

 そんな顔で淋しそうに笑う彼女の心中は察して余りあるが、炎・氷・雷・風・地・光・闇の7系統の内、5系統までの、攻撃魔術を自在に操る彼女の力は戦力として欠かせないことは疑うべくもない。

 現れるモンスターの群れに先制攻撃で大ダメージを与えて、ザックスが止めを刺す――それが彼らの戦闘スタイルとして定着しつつあった。




「すげーな、お前ら。たった二週間で6個もクリアしちまったのか」

 無事に最後の踏破を終え、僅かにボロボロの姿になって、二人は根城であるガンツ=ハミッシュの酒場にようやく帰還した。

 当初のダントンの指示は5つだったものの、ダンジョン探索の面白さに目覚めてしまった二人は、その勢いのまま、指定された期間内にさらに、もう1つのダンジョンを踏破していた。やり直しの回数を含めれば実に8つ近いダンジョンを踏破した事になり、この成績は初級冒険者としては驚異的なものであろう。

 最後のダンジョンにおいてのボス戦で想定外の強度の敵に遭遇したものの、苦戦の末にどうにかこれを退け、二人は堂々と帰還したのだった。

「当然でしょ! 私の攻撃魔術にかかればこんなもの、どうってことないわよ!」

 驚くダントンを尻目に、形のよい胸をしっかりと張って自慢げなアルティナの姿に、周囲の者達は「おおー」とどよめいた。

 だが、空気が何かおかしい。その原因に気づき、ザックスは彼女につっこんだ。

「お前、インナーが破れてるぞ」

「うそー、どうして早く教えてくれないのよ」

 声を上げ、胸と尻を押さえた彼女は、顔を真っ赤にしてその場から逃げ出していく。

「お前さん、もう少し、気をきかせたらどうなんだ」

 ダントンが呆れたようにザックスに忠告する。

「別にいいさ、このくらいはご愛嬌ってもんだろ」

 それは2週間近く続いた彼女のお守に対する、ささやかな反撃といったところだろうか。

「そんなことよりも……」

 といって、ザックスは《バッグ》から一つの鉱石の塊を取りだした。いぶかしげにそれを眺めていたダントンだったが直ぐに顔色が変わった。

「こいつは《精霊金アマルガム》じゃねえか」

「ああ、そうらしいな、換金所の職員達も大騒ぎだったみたいだしな」

「どうやって手に入れたんだ、それもこんな純度の高い奴を……」

「ああ、最後のダンジョンでやり合ったボスモンスターが残して行ったんだよ、かなり手古摺ったけれどな……」

 自身の武器すら失い、能力の限界値ぎりぎりまでを駆使した、実際はかなり危険な戦いだった。

 そんな想定外の強度のモンスターが残していった換金アイテムを冒険者協会のアイテム換金所で《鑑定》してもらった結果、これがAAランクのレアアイテムと判明したのだった。初級レベルダンジョンでの取得という事もあって、いくつかの報告書を書かされるといった面倒な手続きに悩まされた二人だったが、売却を熱心に進める職員達の申し出を断って、持ち帰る事にしたのだった。

「そう言う訳で、こいつはオレ達からあんた達への感謝をこめてっていうことでさ……。アルティナも了承済みだ」

「おい、いいのかよ」

「なんだよ、必要なかったのか? たしかあんた達、この間《精霊金アマルガム》がどうのって言ってたじゃねえか……」

「なんだ、覚えてたのか」

 突然のザックスの申し出にダントンは戸惑っているようだった。時価にして50000シルバ、場合によっては出すところに出せばそれ以上の価格になるそれをあっさりと譲られて戸惑っているのだろうか?

 だが、直ぐに顔を上げたダントンは満面の笑みを浮かべてザックスに感謝を示した。

「助かったぜ。恩に着るよ。こいつがあれば、俺達の目的もどうにか果たせる事ができるかもしれねえ」

「役に立てて嬉しいよ。アルティナも大いに乗り気だったからな」

「礼は必ずするぜ!」

精霊金アマルガム》の塊を《バッグ》におさめたダントンは、そんな言葉を残すとすぐさま店を出て行った。心なしか彼の足取りは軽く感じられた。

「そんなものはいいってんだよ、俺達はあんた達にずいぶんと世話になってるんだから」

 そんな言葉を呟きながらも、これと似たやり取りを前にしたような気がするなと、いう思いがザックスの中に不意に浮かび上がった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 凄絶な《初級レベルダンジョン》攻略ツアーを終えた翌日の昼下がり、二人の姿は再び《ペネロペイヤ》大神殿の前にあった。

 ザックスの隣りに立つアルティナは相変わらず不機嫌な様子であるが、ザックス自身はリラックスしていた。

 いよいよ中級職になるにあたって、本格的な特殊スキルを身につけることのできる段階に入る事もあり、自身の授かる『クラス』がどんなものになるのかという事は実に楽しみである。

 そんな期待感と共に神殿の門を潜った二人だったが、意外な事態が彼らを待ち受けていた。


「どうも、作為的なものを感じて仕方ないのだけど……」

「あらあら、一体何のことでしょうか?」

 比較的まばらな待合室で順番を待っていた二人の前に現れたのは、先日ザックスを担当したマリナという名の女性巫女だった。

 ザックスを洗礼の部屋へと誘おうとする彼女に、先日のリターンマッチとばかりにアルティナが声をかけた。

「神殿巫女がわざわざ冒険者を出迎えにやってくるなんて、ずいぶんとサービスが行き届いてるじゃない」

「皆さん忙しいので、様々な仕事を役割分担してるだけですわ」

「その割にはザックスだけの待遇がいいのは、私の気のせいかしら?」

「いえいえ、私達神殿巫女は創世神の名の下に、皆平等に扱わせていただいておりますのよ」

「そう、で、ザックスの腕に押しつけられた貴女のその破廉恥な胸は一体どういうことなの?」

「あらあら、それは邪推というものですわ。エルフ女性のスタイルの良さは、世の女性達の誰もが憧れておりましてよ」

 ザックスを挟んだ二人の美女が、ふふふ、ほほほ、と笑みを浮かべて微笑にらみあう。待合室内にいた誰もが息をひそめて3人を遠巻きにし、成行きを見守っている。

「な、なんでもいいけどさ、と、とにかく場所をかえないか」

 ようやくの思いで絞り出したザックスの一言が、膠着しかけた待合室せんじょうの空気を動かした。

「そうでしたわね、私とした事が、当のザックスさんを忘れてしまうなんて……。さあ、早く参りましょう、ザックスさん。ああ、大丈夫ですわ、そちらのエルフの方。あなたのパートナーは責任を持って私が一切の御世話をさせて頂きます」

 意味深長な言葉と共にマリナに腕を引かれてゆくザックスの背に、アルティナの怨嗟の声が掛けられる。

「この、裏切り者!」

 どうしてオレはこうも理不尽な役回りにおかれてしまうのだろう? そんな想いを胸にザックスはマリナに連れられるままに洗礼の部屋へと向かったのだった。




「ええっと……、これはどういう事なのでしょうか、マリナさん」

 上階層から清らかな輝きと共に流れ落ちる滝の水を滔々と湛える泉のそばで、ザックスはうろたえながら彼女に尋ねた。

「別に、『転職』の為に只の洗礼を行うだけですわ」

 何事もないかのようにマリナは答える。だが、ザックスの目に映る彼女の姿は只事ではない。

 先日の転職の際にも着用した腰巻だけの姿で泉の傍らに立つザックスの側には、同じく女性冒険者用の洗礼着に身を包んだマリナの姿があった。

 豊かすぎる胸、しっかりとくびれた腰、張り出した臀部。

 滝の水しぶきで僅かに湿った洗礼着が透けたままの状態でその大胆な姿態に纏わりついている。そのような姿で大輪の薔薇の美貌に柔らかな笑みを浮かべて佇む彼女の姿の破壊力は凄まじい。上級冒険者の最上級爆裂術すら足元にも及びはしないだろう。

「どうみても、只の洗礼・・・・じゃないだろうが!」

 だが、ザックスの抗議の声は虚しく消えて行く。破壊力抜群の姿態をそそと近づけ、マリナはぴたりと彼に身を寄せた。この状況で反抗の意思を保てるような勇敢な男は、まず存在しないだろう。

「では、参りましょうか、ザックスさん」

 彼女の柔らかな吐息が、その甘い香りが、柔らかな感触とぬくもりが、彼の意識を支配していく。

「イテッ」

 不意に彼の左手が痛みを発した。

 弱い力であるがまるで彼の手の甲を抓り上げるかのようなその痛みに、ザックスは僅かに正気を取り戻す。ふと気付けば、マリナは彼の左手をじっと見つめ、小さく微笑んでいた。

「あらあら、可愛らしいマナの乱れですこと……」

 宥めるようにそれをさすると、再びザックスに告げた。

「それでは改めて、参りましょう、ザックスさん。大丈夫、大船に乗ったつもりで、安心してお任せ下さいな」

 言葉とは裏腹に、ザックスの腕を掴んだマリナの手からは、僅かばかりの緊張が感じられた……。




 2度目の洗礼をどうにか乗り切ったザックスは、世話になったマリナに礼を言うと洗礼の部屋を後にした。別れ際のどこか疲れた表情を浮かべる彼女の姿が妙に気になったものの、マリナはそんなザックスを有無を言わせずに部屋から送り出した。

 先日のようにアルティナとの抗争もなかった事は安堵すべきなのだろうが、どこかマリナらしくないその行為に、疑問を感じたものの、ともかく礼を言って彼はその場を離れた。

 冒険者には分からぬ巫女の苦労というのもあるのだろう。そう考えたザックスは大神殿の正門前で、自身と同じく転職を終えたアルティナの到着を待っていた。

 そろそろ夕方になるという事もあって、訪れる人の数よりも出て行く人の数の方が増え、正門付近は喧騒に包まれている。

 そんな中を一時間近く待たされてようやく現れたアルティナは、相変わらず機嫌の悪いままザックスの下にたどりつくや否や、開口一番、不満を爆発させた。

「聞いてよ! 神殿の奴らったら、私によりによって兎族の新米巫女なんかあてて、嫌がらせ以外の何物でもないわ……。きっとあの女が手を回したのね!」

 てっきりマリナとの事で文句を言われるかと思っていただけに、拍子抜けする。そんなザックスの内心など知る由もなく、彼女は不満を口にし続ける。

「まったく、だから創世神殿って嫌なのよ。権威ばかり嵩にきて、ろくな事考えないんだから」

 獣人族と妖精族は相容れない。それはこの世界に住む者ならば常識である。

 ただ、偏見に満ちた意見というのは聞いていて気持ちのよいものではない。なによりも種族的な偏見を受けやすいエルフのアルティナ自身が嫌うその行為を、彼女自身が無意識に行っている姿というのは、見ていて不愉快だった。

 ぶつぶつと文句を言い続けるアルティナに、初めは黙ってそれを聞いていたザックスだったが、やがて静かに彼女に尋ねた。

「で……、その兎族の巫女ってのは、お前に何か悪さをしたのか?」

 ザックスの問いにアルティナは暫し言葉を失った。それまでの不満がウソのように、しおしおとうなだれて行く。

「ううん、すごく親切だった……」

 小さく消え入りそうな声でぽつりと呟いた。

「その親切な巫女さんに、お前はどんな態度をとってきたんだ?」

 その言葉に彼女は顔を赤く染める。感情が先走ってしまったとはいえ、自身の行為を反省しているらしい。やがてさらに小さな声で、彼女はぽつりと呟いた。

「御免なさい、反省してるわ」

「オレに言っても、仕方がないだろう」

 その言葉に彼女は顔を上げる。

「そうだね、私、ちょっと行ってくる!」

 言うや否や、アルティナは元来た道を神殿に向かって駆けだしていく。

「おい、ちょっと……」

 走ってゆくアルティナの背を眺めながら、ザックスは苦笑いを浮かべた。

 一度決めたら突っ走る――それが二週間のダンジョン踏破ツアーでザックスが知りえた彼女の性格である。走り始めるとどうも周囲の事が見えなくなってしまうようだが、それでも彼女がやろうとしている事は間違ってはいないのだから仕方がない。

 どうやらまた暫くの間、彼女の帰りを待たねばないらしい。まあ、仕方がないかと溜息をついたザックスは、僅かに西日の差し始めた空を見上げた。

「兎族の巫女さんか……。俺も会ってみたかったな」

 何気ない彼の呟きが周囲の喧騒にかき消されてゆく。誰も聞くはずのないその言葉に、ふと彼の左手が僅かに暖かさに包まれたのを、その時のザックスが気付く事はなかった。




2011/09/20 初稿





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