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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚02章 ~仲間の絆編~
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19 アルティナ、振り返る!

「ねえ、かあさま、どうして、にんげんとなかよくしては、ならないの?」

 幼い彼女の質問に母はいつも困ったような表情を浮かべて返事をする。

「また、誰かにそう言われたの?」

「うん、おじさんや、おばさんはそういって、みんなこわいおかおをするの……。かあさまはいいっていったのに……」

「そう……」

 その疑問は彼女が成長するにつれて、共に成長していった。

 彼女が暮らすエルフの里に人間はいない。

 だが、里を少し離れれば人間達の暮らす集落は数多く存在し、また、時折里にやってくる人間達は馬車に様々なものを載せ、里の交易品や鈍く光るものと交換していく。里の近くではエルフと人間の両方を親にもつという者に出会った事もある。

 一見、人間など全く関係のないように思えるエルフの里の中にも、その影響が随所に見られ、事ある毎にエルフという種族の中にある矛盾を彼女に匂わせた。

『フォウハスの娘ルティル』――そう呼ばれる彼女の母は里の中で指導者的立場にある《氏族》の頭領の一人であり、その娘である彼女もまた、『フォウハスの娘アルティナ』と呼ばれ、いつかは彼女の母親のように《氏族》の頭領の一人として里を導くことを運命づけられていた。

 婚姻というしきたりのないエルフ達は、『誰々の娘』『誰々の子』と唯一の親の名を名乗り、その出自を明らかにする。生まれてすぐに里の奥深くの《先人達の森》の中にある《永遠の木々》の巨大な幹に記された系図にその名が刻まれる事で、エルフ達は里の中での己の地位を定められる。例外的に氏族の直系たる者だけが、始祖に当たる者の名を冠することとなっていた。

 特殊な地位に生まれた幼い彼女はその事に不満を持ち続け、「どうしてわたしは、ともだちみたいにルティルのむすめアルティナではないの?」と尋ねては、母を困らせていた。思えば自分はいつも母を困らせるような質問ばかりしていたな、と後々の彼女を後悔させた。


 彼女の年が十を超えた辺りからだろうか?

 エルフ達の在り方の矛盾――その問題は里の中で様々な争いの種となり《氏族》の頭領の一人である彼女の母を苦しめ、まるで餌を飲み込もうとする時の蛇のようにしっかりと絡みつき、彼女の心を絞め続けた。

《妖精憲章》に従って頑なに古くからの言い伝えを守って人間と敵対しようとする強硬派と、《妖精憲章》の解釈を変え、未来を見据えて変わりゆく時代に自分達の在り方を合わせようとする穏健派の対立の矢面に立たされた彼女の母は、人間に比べてはるかに長いはずのその寿命の半ばに至る前に、若くしてついに病に倒れ、あっけなく他界した。

『かあさまは、身勝手な年寄り達の犠牲になって死んでしまったのだ……』

 母の死と共に、代々女性が頭領を務めるフォウハス氏族ただ一人の直系の女性であるアルティナは、幼くして二人の兄達を差し置いて、一族の頭領となるべき運命を背負わされた。

 若すぎる頭領の死を嘆く事もなく、次の頭領となるであろうアルティナの後見人の地位を巡って醜く策謀を巡らす、哀れな年寄り達の姿を目の当たりにして、彼女の小さな胸の内には古い世代への嫌悪感が育っていた。

 母の死後、後見人達の迷惑な監視の下で、幼い彼女は彼らの期待に十分に応えるふりをする一方で、人間達と敵対することなく適度な距離を置きながらともに暮らそうと考えた母の想いを実現するべく、里に訪れた行商人達や、里の周囲に暮らす人間達と積極的に触れ合いながら、エルフとは違う彼らの思考と習慣を学んでいた。

 だが、母の死後、僅か数年の間にエルフの里は強硬派が多数を占めるようになり、人間との協調を求める穏健派は次第に数を減らしていった。

 元来、理知的で長命な種族である彼らが僅かな時間で変遷した背景には、戦争や内乱といった人間達の社会の変化の影響があり、平和や安寧をのぞむ彼らが自身の里とその文化を守るべく閉鎖的かつ攻撃的になっていったのは当然のことといえた。

 そんな里の中でアルティナは徐々に異端者として扱われ、彼女を擁護する者も一人、又一人と減っていった。彼女の胸の内に広がる未来への理想像と現実とのギャップは日に日に彼女を苦しめ、いつしか、彼女は里の外へと出て、世界の在り方とその行方を自身の目で確かめることを望んでいた。


 そんなある日、祖先を祭る大祭で里中が祝い事に湧き、外部への通路の警戒が緩んだその機会を狙って、アルティナはかねてからの計画通りに里を飛び出し、冒険者となるべく自由都市へと向かった。

 いくら人間達の習慣を知っていたとはいえ、道中、大きなトラブルを招く事もなく、すんなりと冒険者への第一歩を踏み出す事が出来たのは、亡き母の加護があった故であろう。

 冒険者訓練校――冒険者となる事を志す者はマナに対する適性さえ満たせば、誰にでも門戸は開かれている。

 妖精族であるエルフの彼女にとってマナは至極当たり前のものであり、彼女はなんの問題もなく訓練校に受け入れられることとなった。


『ルティルの娘アルティナ』


 冒険者協会に登録され、クナ石に映し出されたその文言に、彼女は小さな喜びをかみしめた。真実のみが記載されるクナ石に彼女の名がそう表示される事で、彼女はこれまでとは全く違う新しい自分になれたような気がした。

 こうして理想への第一歩を踏み出した彼女だったが、訓練校内での彼女はやはりどこか異端であった。


 訓練生の大半が人間、獣人、あるいはエルフ以外の妖精族で占められるものの、マナと相性の良いエルフの血を引く者が冒険者となる事は決して珍しい事ではない。親、あるいはその又親の代に里と縁を切り、人間の世界で人間に混じって暮らす者達は多く存在し、そんな彼らは純粋種のエルフが持つ創世神へのタブーに縛られる事はない。

 だが、アルティナのような純粋種のエルフが冒険者になるということは珍しく、その育ちの良さもあって、彼女は訓練生内でも少しばかり浮いた存在となっていた。

 美しい金髪を後ろでひとくくりに結いあげ、エルフの証ともいえる先端のとがった長い耳とその整ったうなじのラインは多くの者の視線を引きよせた。

 エルフという存在を端的に示す彼女の容姿は好奇の対象でもあり、彼女に近づこうとする者達からは常に打算的な匂いが感じられ、パーティへの誘いもどこか作為的だった。

 百人近い同期生の中で、彼女はいつしかとある一人の人間の青年に目を向けるようになっていた。十人並みの容姿に粗末な身なりでありながらも、何かきらりと光るものが感じられるその姿は、なぜか奇妙に彼女の興味を引いた。

『ああ、彼はフィルメイアなのよ……』

 知人の一人はそんな彼の事をそう評した。

 フィルメイア――南の貧しい部族の彼らの多くがその一生の大半を戦いの中に身を置く生き方をする。

 平和と安寧を第一とするエルフの里で育った彼女には、そのような彼の出自と彼に纏わりつく戦いの空気が物珍しかったのだろう。彼に対する好奇心の原因をそう理解した彼女は、決して自分から彼に近づく事もなく、遠くから時折、その動向に目を向けるに留まっていた。

 訓練校の卒業審査である初心者向けダンジョン踏破試験が近づき始めた頃、踏破試験とその後の冒険者活動の為に、訓練生達の間では優秀な者をめぐって引き抜き合戦が行われる。優秀な術者の素養のあったアルティナも例に洩れず、様々な者達に声をかけられることとなった。

 そんな彼らの内の一つのパーティに所属する事を決めた彼女だったが、その中に件の彼の姿があったのは、驚くべき偶然だった。

「ザックスだ」

 飾り気なくぶっきらぼうに只一言そう名乗った彼に、アルティナは好感を覚えた。

(この人とはウソのない信頼関係が築けそうだ)

 それが彼女の彼に対する印象だった。そして、彼女は見習い冒険者になる為の最後の試練に挑み、新たなスタートをきる……はずだった。


 運命の日――。


 結成して間もない、ぎこちなさばかりが目立つパーティは、頼りない足取りで初めてのダンジョンへと踏み入り、最下層を目指していた。

 換金アイテムの取り忘れ、攻略地図の読み間違い、うっかり迷子になってしまった仲間の捜索、などなど、初心者にありがちな数々の失敗を重ねながら、共に一つの目的に向かって進む仲間達の間には、いつしか小さな連帯感が芽生えかけていた。このメンバーならばきっと上手くやって行けるだろう――そんなささやかな希望がアルティナの中に生まれ始めた頃、その出来事は突然に起きた。

 踏破の時間よりも確実性を重視した彼らは、最下層近くの小さな広場で休憩を取っていた。だが、そんな彼らの方に向かって、先に最下層へ降りて行ったはずのパーティの面々が血相を変えて走り寄ってくる。

「おい、どうした、何があった?」

 その言葉に返事をする者はいない。

 恐怖の表情を顔に張り付けて自分達が逃げてきた方向を指さしながら、彼らの前を逃げるように走り去って行く。

 一つまた一つ、次々にそんなパーティが彼らの前を駆け抜けて行くことに不信感を抱いた彼らだったが、直ぐにその理由を知った。

 通路の奥からさらに逃げ出してきたパーティのメンバーの一人が炎に焼かれ一瞬の内に消失する。事態を言葉ではなく身体で理解した彼らは、即座に逃走を選択した。

「どうなってんだ! 《跳躍の指輪》が働かねえぞ!」

「あきらめろ! とにかく足を動かして逃げるんだ!」

 だが、そんな彼らの前にも魔人の姿が現れ、一人の仲間がその炎に焼かれ、消えて行った。

「畜生!」

 怒りのままに魔人に剣を向けたリーダーの男がさらに焼かれて消えて行く。高熱で溶けて変形した《跳躍の指輪》が渇いた音を立てて床石の上に転がった。

 圧倒的な優越感に浸った笑みを口元に浮かべた魔人は残った彼らを放り出し、先に逃走していったパーティの後を追って姿を消した。

 眼前でおきた突然の悲劇に発狂しそうになりながら、ただ上を目指して逃げ出す仲間達。アルティナも又、そんな彼らと共に自身の身に降りかかりつつある死の予感に身を震わせた。

(これが私の選択の結末なの?)

 あまりにも理不尽だった。夢ならば覚めてほしい。だが、ダンジョン内に次々に響く断末魔の声が彼女を現実へと引き戻す。

「諦めるな! 前に向かって走るんだ!」

 投げやりになり、いつしか足を止めそうになった彼女の手を引いていたのは、ザックスと名乗った青年だった。圧倒的な力量差に仲間達を次々に奪われ、顔も名も知らぬ者同士が寄り集まって上層階を目指してひた走る。ただこの狂気の闇から逃れようという一心で……。

 だが奮闘虚しく、最上階にたどりついた彼らの前に再び魔人が立ちはだかる。生き伸びようと果敢に最後の抵抗を試みる仲間達が一人また一人と焼き消され、そして、いつしか彼女の意識は闇へと落ちて行った。

(ああ、これが死というものなのか……)

 薄れゆく意識の中で、ただ無力感と絶望だけが彼女の心を支配した……。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 青く晴れ渡った夏の空を、海鳥の群れが気持ちよさそうに声を掛け合って飛んでゆく。

 オレもあんな風に自由に空を飛べたらもっと違う人生を送れるのだろうか、などとため息をつく。

 そんな彼の傍らには只一人の道連れとなったエルフ娘の姿がある。二人ともすっかり疲れ果てて無言のまま、青く広がる海と空を眺めていた。


 協会指定案件6-129号――そう名付けられた事件に遭遇し生き残り、冒険者となる事を選んだのは彼ら二人だけだった。

 己にかけられた呪いを解くため、施術院を出た二人はまずは冒険者として所属すべき酒場を探すべく、《ペネロペイヤ》市の大手の酒場を巡った。だが、彼らの異常値を示すステータスを一目見るなり、彼らは皆その門戸を閉じたのだった。

 2日がかりで30軒の店を回ったものの、どの店にも袖にされ、いくあてもなく今後の見通しもたたない現状に途方に暮れていた。

 そろそろ日が落ち始めた空を眺めながら、まずは今夜の寝床の確保をしなければならないと思い当たる。

「魚でも釣って、今夜は野宿かな」

「とりあえずは、宿に落ち着きましょ」

 互いのプランを口にし合って、マジマジと見つめ合う。やがてため息をついて彼――ザックスは、彼女――アルティナに告げた。

「あのなあ、オレ達は現状、先行きに全く見通しが立たないんだよ。節約と野宿は基本だろう」

 二日間共にすごして、ザックスは彼女の金銭感覚が一般人とは少しばかりかけ離れていることに気付いていた。

 それがエルフである故なのかどうかは知らないが、金銭に無頓着な彼女につき合い続けていれば、このままでは間違いなく破産である。

 昨日は初日であった事もあって、割高な旅人の宿に泊まる事をしぶしぶ納得はしたものの、もはやこれ以上の贅沢は許されない。ともかく一日も早く所属する酒場を見つけ、ミッションに挑んでぼったくられた見舞金の分も取り返さねば、目も当てられない。だが、予想されうる今後の事態を懇切丁寧に説明するザックスに対し、アルティナの回答は、ただ一言だった。

「イヤよ!」

「お前、エルフだろう。エルフってのは、森の中で野宿ってのが当たり前じゃないのかよ?」

「失礼ね。それは私達エルフをバカにしてるの? いろいろな風習の為に神聖な森の中で数日を過ごす事はあっても、エルフの里の中ではみんなきちんとした家で暮らしてるわ! だいたい疲れた顔のままで明日の酒場巡りをしたって無駄足にしかならないじゃない! 第一印象は大事なのよ!」

「とにかく節約しなくちゃ、今後の探索の下準備にも差し障るんだよ。……たく、頭が固ぇな!」

「あ、貴方、やっぱり私達をバカにしてる!」

「そうじゃねえよ!」

 二日間の無駄足で溜まりに溜まったストレスが、ついに爆発してしまったのだろうか。釣り客達の眼前で二人は喧々諤々の言い争いを始めてしまった。目覚めて以来、度々訪れる目眩と不快感がザックスの不機嫌さを倍増させ、事態はさらに険悪になってゆく。

 一向に途切れそうもない二人の言い争いに、不意に割って入るものが現れた。

「なんじゃ、なんじゃ、騒々しいのう。痴話喧嘩ならよそでやらんかい。魚が逃げてしまうじゃろうが……」

「うるせえ、今、それどころじゃねえよ!」

「お爺さんは引っ込んでて!」

 声をかけてきた老人を一睨みすると、二人は再び言い争いを始めた。

 そんな二人の姿にため息をついた老人は「どれ……」という言葉と共に二人に向かって手を伸ばす。不意に首元に掛かっていたクナ石の首飾りの重さが消失した事で、二人は驚いて老人を見つめた。その手には二つの首飾りが輝いている。

「ちょっと、お爺さん、一体どうやって?」

「まあ、ちょっとした特技じゃよ」

 にやりと笑みを浮かべると老人はクナ石にマナを込め、彼らのステータス値を覗き込んだ。

「成程のう。じゃが、冒険者協会はお前さん達に何もせんかったのかい?」

「冗談じゃない、あんなぼったくりの詐欺師集団!」

「なんじゃ、なんじゃ。えらい言いようじゃのう」

 ザックスは彼らの身に起こった事を老人に語って聞かせた。

 見舞金の半分をぼったくって何もできなかった解呪士、さらにはその足でアルティナからも騙し取ろうとした彼を殴り飛ばし、協会に突き出したザックスに対して、職員達は面倒くさそうに対応し、多数の支配下冒険者数を誇る酒場の名を挙げて、彼らを厄介払いしたのだった。

 協会からの紹介だからと訪れたその先で、彼らはステータス値を見せるなりあっさりと門前払いを食わされ、その足であちらこちらの酒場を巡ったものの、ただの一軒たりとも彼らを受け入れようとしなかったのである。

「そうじゃったか……、そいつは済まん事をしたのう」

 黙って彼らの話を聞いていた老人は、そうぽつりと呟いた。

「爺さんが謝っても仕方ないだろ。それよりオレ達は現状、手詰まり状態なんだ。どうにかしないとこのまま干上がっちまうんだよ!」

 ザックスの傍らでアルティナは小さく肩を落とす。

 ようやく彼女も現状の厳しさを理解してくれたのだろうか?

 手の中のクナ石と彼らの顔を見比べていた老人は暫し考えていたようだったが、やがて彼らに向かって言った。

「仕方ないのう。お前さん方、ちょっとワシについてこい。そっちのエルフのお嬢さんもがっかりしたままでは、せっかくの美人が台無しじゃぞ」

 カッカッと笑って、老人は竿を片手に歩き出す。顔を見合わせた二人はこの風変わりな老人の言葉のまま、彼についていく事にした。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「爺さん、ここは駄目だぜ……」

 ふらふらと先を歩いていく老人が彼らを誘ったとある店の前でザックスはため息をついた。そこは二人が最後に訪れ、懇切丁寧に駄目出しをくらった30軒目の店だった。

「なんじゃ、お前さんらは、ここでも断られたんかい」

 呆れたような言葉で老人は確かめる。

 二人の頷く姿に「まったく困ったもんじゃのう、最近の店主共は……」と呟きながら、すたすたと彼は店の扉を開けて中へと入っていく。

 顔を見合わせた二人は、再びため息をつくと、しぶしぶ彼の後につき従った。




「駄目だ、駄目だ、爺さん、いくらあんたの頼みでも、こればっかりは無理ってもんだ……」

 ガンツ=ハミッシュの酒場のマスターであるガンツは、首を振って老人の依頼を断った。

「何を言うておるか、まだ海の物とも山の物とも分からんあやつらをうまく導くのが、お前さんの仕事じゃろうが……」

「普通の奴らなら……な。あんただってあいつらのステータスの異常値をみたんだろう? だったらそんな奴らを今の時代の冒険者達が受け入れる訳ないだろう。無理に店に登録したって、どこにも受け入れられずに生殺しにされるくらいなら、現実って奴をぶつけてきっちり引導を渡してやるのが親切ってもんだろう?」

「全く、だらしないのう。未知の物事を拒絶する――そんな弛んだ精神でどうやって冒険ができるんじゃい」

「だから、それが上から見下ろしているだけの物の見方なんだよ。当のパーティにとっては死活問題になりかねないんだ。嘘だと思うならここにいる奴らに聞いてみろよ? 初っ端からケチのついたこいつらとパーティを組んで未知の冒険に挑もうとする奴らはいるか、ってな?」

 その言葉に一階席に座っていた者達は皆目をそらす。常に冒険者達と向き合っているマスターのガンツの言葉は、ある意味的を射ている。

「もういいよ、爺さん。オレとしてもこんな根性無しの奴らとパーティを組むなんて御免だ。とてもじゃないが、修羅場で背中を預ける気にはなれないな」

 ザックスの言葉に一階席の者たちがいきり立つ。そんな彼らを睨みつけながら、ザックスが店を出ようと二人に提案したその時だった。

「ガンツ、だったら俺達が面倒を見てやるよ」

 頭上から僅かばかりのんびりとした声が降ってくる。見上げた先には、一人の熟練冒険者風の男がこちらを覗きこんでいる姿があった。

「ダントン、お前達が、か?」

 その言葉に一階席がざわめいた。

「ほう、お前さん達が、かい」

 老人も又、その言葉に意外な様子を示した。思わぬ展開にザックスとアルティナは顔を見合わせた。

 この状況を素直に喜ぶべきなのか、それともいぶかしむべきなのか? 

 判断に困った二人は再び二階席を見上げた。だが、その場所に男の姿はなかった。

「きゃっ!」

 突如として背後に現れた気配にびっくりして振り向くと、アルティナが真っ赤な顔をして自身の尻を押さえている。そして彼らの眼前に先ほど二階席から覗き込んでいた男がニヤリと笑みを浮かべて立っていた。ふと、その顔にザックスは既視感と同時に戸惑いを覚える。

「まずは、クナ石を見せてもらっていいか?」

 無造作に差しだされた手とその言葉に、ザックスはふらふらと従うかのように己のそれを差し出した。

「そっちのいいケツしたエルフのお嬢ちゃんもな!」

 だが、その言葉にアルティナは警戒を示す。あいさつ代わりに尻を撫でるような男とかわす言葉なんてないわ、とでも言いたげな顔で男を睨みつける。

「おいおい、困ったな、どうもエルフってのは頭が固くっていけねえ、兄ちゃんからも一言、言ってやってくれよ」

 僅かに困ったような表情でダントンはザックスに声をかけた。

 だが、そんな彼の頭に天罰が落ちる。二階席から降ってきた麦酒のジョッキが見事なコントロールで彼の頭を直撃した。ゴツンという鈍い音と共にダントンは頭を押さえて、その場にうずくまる。

「品がないんだよ、あんたは! エルフのお嬢ちゃんが怒ってるじゃないか」

 艶のある知的な声と共に、一人の妖艶な美女がこちらを覗きこんでいる。

「……ってぇな! 何すんだよ、姐さん! 今のはちょっと洒落になんねえぞ」

「洒落になんない事をしたのはどっちだい。まずはその娘に謝るんだね! それとも今度はその空っぽの頭に椅子の一つも落としてみるかい?」

「わ、わかったよ、姐さん。悪かったな、エルフのお嬢ちゃん。ちょっとした挨拶のつもりだったんだよ!」

「アタシからも謝るよ、うちの連れが悪い事をしたね」

 二階席の手すりを軽やかに飛び越えて彼らの前に降り立った美女が、アルティナに声をかける。しっかりとメリハリのある身体のラインとその脚線美に、ザックスは再び既視感を覚えた。

「いえ、私は大丈夫です。人間の世界のしきたりにはまだ慣れてないもので……」

 どことなく硬い表情のまま、アルティナは彼女に答えた。自身をエルメラと名乗った眼前の美女は、ふりかえってザックスにも声をかけると、アルティナの首飾りを預かった。

 ダントンとエルメラがそれぞれのクナ石を覗き込む。そんな二人の姿に傍らに立っていた老人は声をかけた。

「まあ、お前さんたちなら任せて安心かのう。じゃが、その二人をどうするつもりじゃ?」

「そうだな、とりあえずこの二人の幸運度を測る絶好の標的があるからな、そいつで試してみる事にするか……」

 ダントンが返答をよこす。

「よいじゃろう、ならば爺のお節介はここまでじゃ。じゃあ、仲良くのう、御二人さん。冒険者諸君もしっかり励むんじゃぞ」

「待てよ、爺さん、あんた一体何者なんだ?」

 ザックスの問いに老人は笑って答えた。

「わしか? わしは只のおせっかいなジジイじゃよ。しっかりな、若いの!」

 そう告げると鼻歌を歌いながら、老人は店から出て行った。ぽつんと後に残された二人が礼を言い忘れたことに気付いたのは、それからしばらくしてからだった。

「じゃあ、今日はこの宿に泊まってゆっくりするんだね、明日は早いよ。ウルガもそれで構わないね?」

 エルメラの言葉に二階席から二度、足を踏みならす音が聞こえる。それは彼らの間の肯定のサインらしい。

 再びそちらに目を向けたザックスは、その場所に一人の男の姿を見出した。がっしりとした大柄な体躯のその男は、こちらを見る事もなく、席についたまま葡萄酒のグラスを傾けている。その姿になぜか、ザックスの胸が熱くなった。

「ちょ、ちょっと、どうしちゃったのよ」

「おい、お前さん、もしかして泣いてんのか?」

 アルティナとダントンに指摘されて、ザックスは自身が涙を流している事に気付いた。

「えっ、あれ……」

 思わぬ自身の涙にザックスはうろたえる。そんな彼の姿をエルメラは怪訝な顔で見つめている。

「そ、そうよね、や、やっと落ち着くことができて、ほっとしただけだよね……」

「なんだ、なんだ、だらしねえな。そんなに細い神経じゃ、この先やっていけねえぞ!」

「そ、そんなんじゃねえよ、これはただ……」

 アルティナの見当違いなフォローとダントンの呆れた声を否定しながら、ザックスは己の内から溢れるように湧きあがってくる懐かしさと既視感に、大きく戸惑っていた。




2011/09/18 初稿




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