13 ザックス、再挑戦する!
翌日の空はさわやかな秋晴れだった。
焚火のまわりで簡単な朝食を終えたあとのミーティングで、ルメーユは意外な方針を提案した。
「もう一度はじめからやり直しましょう」
このパーティにおいて、彼の提案は決定事項そのものであるといっても過言ではない。ルメーユの提案に只一人戸惑うザックスに、彼はその真意を説明した。
「第一の目的は、ザックス君のマナLVの底上げです。昨日までの2日間でそれなりに上がったかもしれませんが、このダンジョンの踏破を成功させる為の不安要素の一つであることは確実です」
ザックスは自身のクナ石を確かめる。
名前 ザックス
マナLV 29
体力 167 攻撃力 214 守備力 177
理力 MAX 魔法攻撃 0 魔法防御 168
智力 141
技能 149
特殊スキル 収奪 駿足 全身強化 倍力 直感
剣撃術 斧撃術 一刀両断 乱れ斬り 体当たり
称号 中級冒険者 魔将殺し
職業 剣士
敏捷 173
魅力 124
総運値 0 幸運度 MAX 悪運度 MAX
状態 呪い(詳細不明)全属性半減
備考 協会指定案件6―129号にて生還
協会指定案件6―130号にて生還
協会指定案件6―131号にて生還
所持金 32867シルバ
武器 ミスリルセイバー
防具 魔法障壁の籠手 神聖護布の上衣
疾風金剛のひざ当て バトルブーツ
その他 ウルガの腕輪
ルメーユの指摘は至極まっとうなものである。故にザックスは彼の言葉に了解の意を示した。
「第二の目的は私達の集団戦闘戦術の再確認です。ドメッシュがいなくなって以来、初の困難を伴うミッションにおいて私達は新しい編成と戦術パターンを練り直さねばなりません」
これは4人から離れて座るバンガスへ向けられた言葉だった。
「幸いなことに、ザックス君からこのダンジョンの攻略に当たってのいくつかの資料が提供されました。これで私達は大幅に時間の節約ができるはずです」
その朝、サックスはナナシのパーティのリーダーから受け取った資料をルメーユに見せていた。
「成程、これがあったから君は迷いなく踏み込めたんですね……」
ニコリと笑いながらルメーユはその全てに目を通した。
資料の内容を恐るべき速さで自身の物としていく彼の能力に驚いたのはザックスの方だった。仲間達の手を巡回して再び手元に返ってきたそれを《袋》に戻すと、ザックスは彼の方針に了承の意思を示して立ち上がる。
こうして、再び彼らはダンジョンの踏破を最初からやり直すこととなったのである。
「なあ、放っといてもいいのか?」
4人から遅れて後を付いてくるバンガスの事が気になるザックスは、ルメーユに尋ねた。
「いいんですよ、彼は私達と共にいるのです。決して逃げた訳ではない。いずれ元の彼に戻りますよ……」
他のメンバー達も彼の行動を気にする様子はない。皆が互いに分かりあっている――その自然な姿はザックスには少し眩しかった。
(いいもんだな……仲間ってのは……)
ふと思い浮かんだ彼らへの羨望をそっと胸にしまって、彼は再びダンジョンの入口を潜り抜けたのだった。
再挑戦を開始したダンジョンで最初に出会ったモンスターは奇しくも数日前と同じジャイアントだった。
自分達よりも大きな巨人族に対して、ルメーユの指示でブラッドンが前に出る。ギラリと輝く斧槍が中空に弧を描きジャイアントを怯ませる。鋭い刃の輝きに怯んだジャイアントの懐にザックスは飛び込み一気にその身体を切り裂いた。
「能力強化は私に任せて……」
レンディの言葉を受け入れたザックスは、己の体内のマナのコントロールに専念しながら敵を打ち倒した。
リーダーのバンガスは失ったドメッシュの穴埋めをすべく、殿に位置して、ルメーユとレンディの防御役に回る。
前日までとは全く異なる戦闘の流れにザックスは驚きを隠せなかった。
階層が深まりBクラス及びAクラスモンスターの集団と対峙しても、彼らの戦いは全く危なげなく、着実に歩を進める。何よりも周囲の援護を受け入れる事で、ザックスの身に昨日までのような一方的な負担はかからなくなった。
精神的にも余裕ができた彼の動きには、俄然、キレが生まれ始めた。戦闘終了後には換金アイテムまで集められる余裕すら生まれる。
ブラッドンと先頭を交互に入れ替わりながら歩を進める彼の頭の中にふと、中級試験で審査官となったイリア達のパーティのことが思い浮かんだ。
「結局、周りが見えてなかったのは俺も同じか……。ヘッポイやマヌケルと大して変わらないって訳か……」
先を歩くブラッドンの背にふとウルガの背中が重なった。
(未熟者め……)
自身の腕に輝くウルガの魂が、そんな言葉でザックスを叱咤したかの様に思えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「準備はいいですか」
僅か一日でたどり着いた最初の難関である第20層へと続く扉の前で、ルメーユはザックスの状態を確認する。
「ああ、多少の疲れはあるが全く問題ない。昨日とは大違いだ……」
その言葉にルメーユは小さく笑みを浮かべて続けた。
「では、再戦と行きましょう。作戦通りにいけば問題ないはずです」
侵入した大広間の中央には昨日と同様に《アイアン・ゴーレム》の威風堂々たる体躯が待ち構えている。
戦闘領域に入ると同時にルメーユの雷術《極大雷撃陣》が《アイアン・ゴーレム》を襲った。すかさず《斧槍》を構えたブラッドンが前に出て、後ろに続くザックスが《爆片弾》を頭部に向かって放り投げ牽制する。
《爆片弾》の爆発に一瞬怯んだ《アイアン・ゴーレム》に真正面から挑んだ、ブラッドンの描く刃の弧が《アイアン・ゴーレム》の巨体を削り取る。
「下がって」
言葉と同時に、再びルメーユの《雹結連弾》が飛び《アイアン・ゴーレム》の足元を凍らせた。鉄製の身体が災いし、床に両足を氷着させられた《アイアン・ゴーレム》は、片足に重心を掛けて強引に氷をはぎ取ろうとする。その瞬間、軸足の側に素早く回りこんだザックスが《ミスリルセイバー》でそのひざ裏を薙ぎ斬った。剣の切れ味に加えて、《倍力》の効果、及び体内のマナのコントロールが加わったその一閃は驚く程にスムーズに刃先に伝わり、ひざ裏から切断され片足を失った強靱なゴーレムの身体は音を立てて崩れた。
前のめりに倒れた巨人の正面にすかさず飛び込んだバンガスが、眼前のモンスターの頭部に上段から《金剛大斧》を叩きつける。
断末魔の声を上げる事もなく、頭部を一刀両断された《アイアン・ゴーレム》はそのまま動かなくなりやがて、体組織が崩れて消え始める。全く反撃の隙すら与えずにボスモンスターを完封した一同は、僅かに息をついた。
消えゆくモンスターのマナに自身のそれを同調させて、換金アイテムを回収しようとしたザックスの手に、一抱えもある鈍い輝きを放つ金属の塊が残される。
「《魔法銀》ですね、それもかなり上質の……。モンスターから獲得できる鋼材には良質なものが多いですからね……」
「へえ、こいつが……」
Aランクアイテムではあるが、レア指定されており良質な武器防具の材料となる為、その相場は一ランク上のアイテムに匹敵する。昨日までの鬱憤を十分に晴らすかのように進み続けた怒涛の一日は、こうしてようやく終わりを告げた。
自身をも含めたこのパーティの潜在能力をザックスは十分に納得していた。
これなら踏破も可能であるかもしれない、そんな予感が彼の中に芽生え始めていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
探索5日目・1-034号第40層――。
探索は5日目に入っていた。
前日に丸一日をかけてザックス達は21層から40層の扉の前までの道のりを踏破していた。
ナナシのパーティの資料はここまでの道のりにも大きく貢献し、ザックス達は様々なパターンで襲い掛かってくるAクラス、あるいはAAクラスモンスターの群れを危なげなく打ち払っていた。リーダーであるバンガスの態度は依然として変わらなかったが、それでも彼らは十分にパーティとして機能し、余裕を持ってダンジョンの道のりを進んでいた。
いささか無理な日程がたたり始め、見えない疲労が蓄積していた一同だったが、ルメーユからの休みの提案は珍しく全員によって却下され、少しでも早く踏破を完了させるべく、彼らは再びこの場所に戻ってきていた。
眼前に大広間へと続く巨大な扉が立ちはだかる。初めての探索以来もはや見慣れた光景であったが、周囲には異様な冷気が立ち込めていた。
「心の準備はいいですね……」
白い息を吐きながらのルメーユの言葉に誰もが頷いた。
ここから先の情報を彼らは全く持ち合わせていない。文字通り出たとこ勝負となることを覚悟した一同は、5人で力を合わせて扉を押し開く。大広間へと続く通路がぽっかりと口を開け、中から一段と濃い冷気が漏れ出てきた。
暗い通路を慎重に進み、ようやく開けた視界の先には恐るべきモンスターが彼らを待ち受けていた。
Sランクモンスター《ブルー・ドラゴン》である。
伝説獣と呼ばれるSSランククラスのモンスターには一歩及ばないものの、その地力には並々ならぬものがある。
「でっかいトカゲのくせに冷気を吐くのかよ。なんて非常識な奴だ……」
ザックスの素直な感想に、ルメーユが慌ててフォローを入れる。
「ダメですよ。あのクラスのドラゴンになると人間以上の知性があるんです。いくら人相が悪くて、外見が似てるからって、トカゲ扱いしたら気を悪くして暴れ出しますよ」
「あんたの言葉も十分傷つくと思うぞ」
ザックスの冷静なつっこみに、答えたのは当の《ブルー・ドラゴン》だった。
魔力のこもった咆哮と共にドラゴンは冷気を吐き散らし、周囲の温度をさらに下げて行く。まだ戦闘領域に入っていないにも拘らず、《ブルー・ドラゴン》は戦闘意欲満々といった様子である。
「先、行くぜ!」
レンディに補助魔法をかけられたザックスが前に進み出そうとしたその時だった。ザックスの前に大柄な背中が立ちふさがる。
「調子に乗るな、小僧、難敵に対して先陣を切るのはリーダーであるこの俺の仕事だって、昔から決まってるんだ。雇われ者は黙って従え」
ここまでの道中、ずっと殿と防御役に徹してきたバンガスは相当にストレスがたまっていたのだろう。自身の生存すら危うくしかねない難敵と対峙してどうやら我慢の糸がぷっつりと切れてしまったらしい。
バンガスの行動に驚き、ルメーユと顔を見合わせたザックスは、彼が笑みを浮かべていることに気付いた。
『これがいつもの彼なのです』
言外にそう語るルメーユと周囲の者達の安堵を感じ取る。故にザックスはバンガスの言葉に従った。
「上等だ! あんたの本気をきっちり見せてもらおうじゃねえか!」
「おうよ!」
言葉と同時に全員の身体が輝きに覆われる。《大僧正》レンディの光の結界が完成したようだった。それを確認すると同時にバンガスが先頭を切って走り出した。ザックスがそれに続く。すかさずブラッドンがルメーユとレンディのカバーに入った。
自身に駆け寄ってくる二人の敵に対して《ブルー・ドラゴン》は《冷気のブレス》で応戦する。はじめて出会った《グリーン・ドラゴン》よりもさらに巨大な身体と《ドラゴンゾンビ》を遥かに越える俊敏性とパワー、そして強力な《冷気のブレス》は、《剣》の魔将を除けばこれまで出会った中でも最強の敵といえる。
正面をバンガスに任せてザックスは側面から陽動をかける。
振り回される強靱な尾の一撃を確実にかわし、その背に《爆裂弾》を投げつける。思わぬ方向からの攻撃に《ブルー・ドラゴン》は堪らず標的をザックスに変更する。
だが、それこそがバンガスの思惑だった。自身の武器《金剛大斧》の刃に炎の魔力をのせて放った《大炎斬》の一撃が《ブルー・ドラゴン》の強靱な体躯を斬り裂いた。
巨大な咆哮を上げて暴れる《ブルー・ドラゴン》。そしてその姿にザックス達は自分達の勝利を確信する。
――だが、次の瞬間、圧倒的な殺気が周囲を支配した。
巨大な殺気の中央にある《ブルー・ドラゴン》の姿に慌てて飛び下がったザックスが、それと目を合わせた瞬間、ザックスの目にはそれが笑ったように見えた。
(ちょっと待て、こいつ自分の意思があるのか)
攻撃本能に任せて冒険者達を襲うモンスターにいかに高度な知性があったとしても、人間のように綿密な戦術と計算の上に攻撃を行うモンスターなどありえない。
だが、眼前の《ブルー・ドラゴン》からは明らかにそのような意思が感じられた。これは竜族所以のことなのか。あるいは……。
「うおおーー」
バンガスが再び己の武器に炎を纏わせて《ブルー・ドラゴン》に挑みかかる。その一撃を難なくかわしたドラゴンは前腕の一撃で逆にバンガスを壁面まで弾き飛ばした。攻撃をかわした瞬間、ドラゴンの姿がぶれたように見えたのはザックスの気のせいだろうか?
さらに背後に立つザックスに襲いかかろうとするドラゴンに対して、ルメーユが《極大火炎連弾》を打ち込んで援護する。その隙をついて《駿足》の効果で側面に回り込んだザックスはドラゴンの後ろ脚を《ミスリルセイバー》で一閃しようとした。
だが、次の瞬間、眼前の強靱な目標は消失し、代わりに背後からの尾の一撃でザックスも又、壁面近くまで弾き飛ばされた。とっさに籠手の魔法障壁を展開させたもののダメージは大きい。すぐ近くでバンガスの治療にあたっていたレンディが、すかさずザックスにも治癒の輝きを纏わせた。
「この野郎、間違いねえ。強化系の呪文を使ってやがる」
ザックスの言葉にルメーユが反応する。
「なるほど、そこまでの知能があると言う訳ですか。もはや伝説獣の領域に達しつつあると言う訳ですね」
「どうするよ。こいつはちょっとやそっとじゃ、倒せそうにねえぞ」
「仕方ありません。切り札を使いましょう。ザックス君にバンガス、私が援護しますので、もうしばらくだけ持ちこたえてください」
「行くぞ小僧、ついてこい」
切り札の内容を確かめることなく、ザックスは回復したバンガスの後に続く。そんな二人に《ブルー・ドラゴン》は再び《冷気のブレス》で応戦した。
「俺に任せろ」
バンガスの前に出たザックスは籠手の魔法障壁を展開して、冷気のブレスを真っ向から受け止める。
障壁で効力を弱められたブレスに反応したウルガの腕輪が輝きを生み、その効果でさらに威力を半減させる。レンディにかけられた光の結界によってさらに威力を弱められたブレスは、ザックスの髪を僅かに凍らせるにとどまった。
「やるじゃねえか」
ザックスの背後から飛び出したバンガスがドラゴンに一撃を加える。
だが、それを《駿足》の効果でなんなくかわした《ブルー・ドラゴン》に対して、ルメーユが《極大火炎連弾》を打ち込んだ。体の表面を僅かに焦がしたものの、効果はいま一つのようだ。
さらにドラゴンの足元に二つの球体が転がり爆発する。
「どうだ、2連発の大サービスだぜ!」
ザックスの《爆片弾》の爆発によって、粉砕した破片が《ブルー・ドラゴン》の両の後ろ脚にダメージを与えた。今日、初めて見る武器はさすがに堪らなかったのか、《ブルー・ドラゴン》は僅かに後退した。
「ブラッドン、まだか!」
バンガスの声にザックスは開始時より後方で戦闘に参加することなく控えていたブラッドンの姿を探す。そして、そこにあった彼の姿に目を見張った。
「あれは……」
それはかつて一度目にした光景。
ウルガがその命をかけて自身の姿を変質したように、ブラッドンも又その姿を狼族の獣戦士と化していた。
「おい、大丈夫なのかよ!」
ザックスの不安の原因をバンガスは察したのだろう。
「大丈夫だ。奴は純粋種の獣人族だ。それに獣戦士化は、それほどヤバい代物じゃねえ!」
その言葉に僅かに安堵する。
「見てな、これが俺達の切り札。ここからがブラッドンの本領発揮だ」
バンガスの言葉と同時にブラッドンの姿がかき消える。
次の瞬間、後退したドラゴンの足元に現れ、その斧槍でもって《ブルー・ドラゴン》を蹂躙し始める。
《瞬歩》を利用した連続攻撃に《ブルー・ドラゴン》は成す術もない。周囲で踊るように多彩な攻撃を仕掛けるブラッドンは《ブルー・ドラゴン》を圧倒しているように見える。だが、ザックスは小さな異変に気付いた。
「おい、なんか、ヤバくないか」
ザックスの言葉にバンガスが一瞬、不審の色を浮かべたものの、直ぐに彼の言わんとする事に気付いた。
「このヤロウ、そういう事か」
獣戦士化したブラッドンのスピードにかなわぬと見るや否や、《ブルー・ドラゴン》は防御に徹しつつ、自身の周囲を冷気で凍らせ、確実にブラッドンのスピードを殺し始めている。いくら獣戦士とていつかは体力に限界が訪れる。自身の鱗をわざと傷つけさせて、《ブルー・ドラゴン》はじっとその時を待っている。
その事に気付いたバンガスが再び走り出す。
炎を纏った《金剛大斧》を大上段に構えて、《ブルー・ドラゴン》に襲いかかろうとする。
とっさにブレスでそれを牽制した《ブルー・ドラゴン》だったが次の瞬間、目を見張った。
炎を纏った《金剛大斧》でブレスを相殺したバンガスの背を踏み台にして、その後ろに続いたザックスが真正面から襲いかかった。
ザックスの《ミスリルセイバー》の一閃が《ブルー・ドラゴン》の左目を抉り、隻眼となったそれは咆哮と同時に、空中のザックスを弾き飛ばした。
(浅かったか……)
弾き飛ばされたダメージに苦しむことなく立ち上がったザックスは、自身の必殺の一撃が僅かに左目だけしが奪えなかった事に唇をかむ。
もっと強い一撃が、もっと鋭い一撃が欲しい。
瞬間ザックスの脳裏に一つのイメージが浮かんだ。
「バンガス、もう一回行く! ブラッドン! もう少しだけ踏ん張ってくれ。ルメーユ、雷撃で援護を!」
言葉と同時に走り出す。
瞬時にルメーユの雷撃が飛び、ブラッドンが最後の力を振り絞ってそのスピードで《ブルー・ドラゴン》を足止めする。
駆け出したザックスは《ミスリルセイバー》を鞘にしまうと、柄を握り締めたままバンガスの背に向かって駆けだした。彼の背後を取った瞬間、体内のマナを左足に集めて強く床石を踏み込んだ。
強烈な踏み込み音があたりに響くと同時に、ザックスは飛び上がり逆の足でバンガスの肩をさらに踏み台にして蹴り飛ばす。
死角から突然現れたザックスの姿に全く反応できない《ブルー・ドラゴン》の首筋に飛び込んだザックスは激突の瞬間、一気に鞘の中からミスリルセイバーを引き抜き、ドラゴンの強靱な首筋を切り裂いた。
胴体から斬り飛ばされた《ブルー・ドラゴン》の首が宙を飛ぶ。
空中でバランスを失いつつザックスは、偶然宙を飛ぶドラゴンの首と目を合わせた。
――瞬間、世界が止まった。
『見事だ! 解放者よ!』
『見事って……、あんた、ドラゴンか』
『いかにも、今日の勝負は貴様たちの勝ちだ! だが、次に会うときは容赦しない。このような限定された空間内で束縛された幻影としてではなく、わが本体の力でもって相手をしよう。それまでに貴様も守護者達共々力を磨く事だ……』
『守護者達って、おい……、何の事だ?』
『我が印を貴様に与える。再会を楽しみにしているぞ、解放者よ!』
『オレの話を聞けーー』
再び世界が動き始める。
途端にザックスの身体は地面に激突した。どう、と地響きを立てて首と分断された胴体が倒れて行く。そしてすぐさまマナの輝きと共に実体を失い始めた。
戦いの終焉を確認するとレンディがバンガスに駆け寄り、ブラッドンはその場に座り込む。
大きく身体を震わせて獣戦士化を解いたブラッドンは、大きく息を吐くとその場に倒れ込んだ。
「いいのか?」
床に転がったままのザックスのもとに歩み寄ってきたルメーユに、彼は尋ねた。
「大丈夫ですよ。獣戦士化はそれほど身体に無理をかける事はありません。大きな疲労を伴いますが少し休めば回復します。それよりも、ザックス君、君の左手に輝くそれは何なのですか」
言われて己の左手を見たザックスは、そこに見覚えのない紋章を握りしめていた。
「不思議な文字が彫り込んでありますね、はて、竜人族の言葉にも似ているようですが……」
ザックスから紋章を受けとったルメーユは不思議そうにしばらく眺めていたが、やがて、ザックスにそれを返した。
「それは、君が持っていて下さい」
「いいのか?」
「どうにも厄介事の匂いがしますので、そういうのは君の領分でしょう?」
ニヤリとルメーユが笑みを浮かべた。
とてつもなく悪い物を押し付けられたような気もするのだが、的を射ているだけに反論できない。
「ルメーユ、これ、何かしら」
バンガスを回復させたレンディが床から何かを拾い上げる。手渡されたそれを《鑑定》していたルメーユは、僅かに表情を崩した。
「これは珍しいですね。ドラゴンの宝玉ともいわれる《ドラグオーブ》ですね」
「高価なものなの?」
「大した事はありません。ざっと最低価格で50万シルバ程度のものです……」
「5、50万シルバ……」
レンディとザックスが絶句する。
「あくまでも最低ですよ。これだけ大きいとおそらくもう少しくらいはするでしょうね。今回遭遇したオオトカゲさんは、ずいぶんと気前のいい方だったみたいですね」
興味なさげにそう告げると《ドラグオーブ》をぽいっと無造作にレンディに放り投げる。どうもルメーユの価値観は常人とは異なるらしい。
暫くの休息の後にようやく起き上がってきたブラッドンを加えた一同は、再び探索の続行を決定する。
「それではバンガス、ここからは貴方に指示を任せていいですね?」
ルメーユの言葉に従って、一同の中心にバンガスが進み出る。
パーティのリーダーとして復帰すべく皆の中心に立ったバンガスは、ザックスと向き合った。
ここまで二人の間には様々な行き違いがあり、互いに激しく激突する事もあった。
だが、困難な敵に共に立ち向かい、助け合う事で、今、互いの間に新たな絆が生まれようとしていた。周囲の者達もようやく訪れた和解の時にほっと胸をなでおろす。
「長かったわね……」
「ええ、これで私もようやく肩の荷が下ります」
「ガルル……」
ついに苦労が報われる時がきたか、と安堵の表情を見せる3人に見守られながら、開口一番、バンガスはザックスに向かって叫んだ。
「テメエ、よくもさっきは俺の事を2度も踏み台にしやがったな!」
「うるせえ、でかい図体が邪魔で仕方がなかったんだ! その不細工な面を踏み台にしなかっただけでも、ありがたいと思え!」
売り言葉に買い言葉。
再び二人の口論が始まり、険悪な空気が辺りを覆った。
すかさずルメーユの雷撃が飛び、レンディが《鉄槌》を投げ付け、ブラッドンが大きく咆哮したのは……言うまでもない。
2011/09/11 初稿