03 ザックス、拾われる!
口腔に広がる生温かい感触――。
次いで不思議な甘さが広がり、その後を追うかのように鋭い苦みがのど元を刺激する。
僅かの時を置いて全身が燃え盛るかの様な感覚に蹂躙される。体内で暴れまわる熱と共に息を吐き出したザックスは、再び意識を取り戻した。甘い香りと共にぼんやりとした視界に広がるのは、見知らぬ材質で編まれた胸当てをはちきれんばかりに押し上げる形のよい胸だった。やっぱり特注品なのだろうか、という疑問がぽつんと浮かびあがったザックスの頭上から、聞き覚えのない声が掛けられる。
「気がついたかい?」
初めて聞く女の声。知的で耳に心地よいその響きに、ザックスは反射的に答えた。
「なんて、わがままな胸なんだ……」
途端に後頭部に激痛が走る。地面に放り出されたらしい。
「どうやら気がついたようだね」
今度は若干、刺刺しい声が投げかけられる。
「おいおい、姐さん。そいつ、死にかけてたんだぜ。もうちっとばかり、丁寧に扱ってやったらどうなんだい」
さらに聞きなれぬ男の声が被さった。
「もう十分だね! あまり甘やかすとガキはつけ上がるからね……」
「女だって同じだろうに……って、いや、別に姐さんの事を言ってる訳じゃありませんよ、はい」
語尾に力がないところをみると、力関係は女の方が上のようだ。そんな事を漠然と思い浮かべながらも、意識が徐々に覚醒していく。どうやら気絶していたであろう己がいかにしてその過程へと至ったのかと、うろ覚えの記憶を探りながらザックスは思い出す。
確か、人として褒めるところなど欠片もない雇い主達に裏切られて放り出され、凶暴な《ドラゴン》と対峙する事になって……。その場面を思い出したところで、ザックスは飛び起きた。
とたんに襲ってきたのは、ここしばらくなじみとなったいつもの目眩だった。揺れる世界の中でしっかりと踏みとどまったザックスは、慌てて周囲を見回した。その視界に映ったのは恐ろしい凶獣の姿ではなく、さらに別の男の姿だった。
「ウルガの旦那、終わったのかい」
ウルガと呼ばれた男はその呼びかけに片手を挙げて応えた。ザックスより10歳近く年長だろうかと思われるその男は、《軽装鎧》で覆われた巨躯に《大剣》を背負っている。全体的にどことなく獣人っぽさが見え隠れするその容姿には、一目で歴戦の冒険者であるといわんばかりの空気が満ち溢れている。やり合ったところで万が一にも勝てないなと直感的に理解した。
彼の右手にはザックスが《ドラゴン》の尾に突き刺した《鋼鉄の剣》が握られていた。衝突の勢いで無残にひん曲がったその剣は、もはや使用不可能なクズ鉄と成り果て、古道具屋で二束三文程度の価値もない。鋳潰して新たな剣の材料とするしかないだろう。
「《ドラゴン》は……どうなったんだ?」
ザックスの問いに答えたのはウルガではなく、最初に声をかけてきた女と共にいた男だった。
「ウルガの旦那がとっくに片づけちまったよ。悪かったな。お前さんの獲物を横取りしちまって……」
「あいつを……。たった一人で?」
開いた口が塞がらないとはこの事だろう。
こちとらさんざんに逃げ回って瀕死の重傷を負わされた立場である。危うく獲物にされかけながら、オレの獲物だなどと主張出来る訳はない。それよりも、たった一人であのような強敵をあっさりと片付けてしまった男の実力に驚嘆するばかりだった。
ザックスを一瞥するとウルガと呼ばれた男は、もう一人の男に声をかけた。
「このあたりの周回モンスターはあらかた片づけちまって、しばらくは出現しないだろう。早いとこ本題に入ったらどうなんだ、ダントン」
若干、苛立ち気味の声でそう告げるウルガに苦笑いを浮かべながら、ダントンと呼ばれた男は了解の意思を示した。
「俺の名はダントン。こっちの旦那がウルガで、そっちの綺麗な姐さんがエルメラだ。年齢は聞かない方がいい、殺されたくなかったらな」
ウルガの傍らに立っていたエルメラがダントンに石を投げる。褐色の肌に均整のとれた抜群の美貌。ダークエルフという言葉を連想させる人間族の彼女の姿に目を奪われる。ニヤリと笑って冷やかすダントンに今度は火球がとんだ。どこかシリアスに至りきらぬ空気が漂う中で、ザックスは彼らに名乗る。
「ザックスだ。見習い冒険者……未満だ」
ふてくされ気味に自己紹介をしたザックスに再びニヤリと笑いかけ、ダントンは尋ねた。
「一週間前の例の一件で生き残った総運値0の見習い冒険者……殿だよな」
「……。なんでそれを?」
「まあ、そんなに警戒しなさんな。実はそんなお前さんに俺達は用があって探してたんだよ」
「オレに?」
ダントンと名乗った男は朗らかな笑みを浮かべて話し続けた。
「酒場のマスターに偶然、お前の話を聞いてな。あちこち探し回ってようやく足取りをつかんだと思ったら、どうもおかしな奴らと一緒にダンジョン探索に向かったって言うじゃねえか。ところで……、一緒にいた奴らはどうしたんだ?」
きょろきょろと周囲を窺う彼に、忌々しげにザックスは答える。
「とっくに逃げちまったよ、俺をドラゴンの餌にしてな!」
舌打ちするザックスの肩をポンとたたくと、ダントンは続けた。
「まあ、同情はするが、自業自得だ。騙される奴が悪い。これに懲りたらクエスト内容は選ぶ事だな」
「仕方ないだろ。他に手がなかったんだから……」
不貞腐れるザックスに肩を一つすくめると、ダントンはさらに続けた。
「まあいいさ。捨てる神あれば拾う神ありってね。そんなお前さんに俺達は用があるんだよ」
「オレに? どんな?」
「正確にはお前さんの運勢値になんだがな……。ちょっと見せてもらっていいか?」
ザックスの首飾りを受け取ったダントンは、それにマナを込めて地面に彼のステータスを浮かび上がらせた。
名前 ザックス
マナLV 05
体力 40 攻撃力 55 守備力 48
魔力 MAX 魔法攻撃 0 魔法防御 40
智力 37
技能 35
特殊スキル なし
称号 なし
職業 なし
敏捷 38
魅力 17
総運値 0 幸運度 MAX 悪運度 MAX
状態 呪い(詳細不明)
備考 協会指定案件6―129号にて生還
武器 非資格者による閲覧の為表示不可
防具 非資格者による閲覧の為表示不可
その他 なし
「見事なもんだな。幸運度、悪運度がともにMAXで総運値0。こんなの初めて見たぜ。いつからだ? こんなになったのは?」
気付けばウルガとエルメラも真剣な表情で覗きこんでいる。輝きの消えたクナ石の首飾りを受け取ったザックスは、それを首元に戻して答えた。
「初心者の迷宮で気絶した後からだよ。目が覚めたらこんなになっちまってた。協会の奴らは『呪い』のせいだって言うんだが、本当のことなんて分かんねえってのが本音だな。ところで……、オレに用って一体何だ?」
「実はな……」
僅かに言い淀むと三人は視線を合わせた。何か含むものがあるような空気にザックスは警戒感を示す。一度、騙されたばかりである。用心するに越した事はない。僅かな時を置いて、ダントンが切り出した。
「俺達には、とある目的があるんだが、今、かなり行き詰っててな……。そんな俺達にとってお前さんが救いの神になるんじゃないか、と考えたのさ……」
全く内容の見えないその言葉に、ザックスの脳裏に疑問符が浮かぶ。
「勿論、お前さんをかなりの危険に巻き込む事になるんだが、お前さんにとってもそれなりにメリットはあるはずだ」
「待ちな、ダントン」
それまで黙って二人の話を聞いていたエルメラが、口を挟んだ。
「あたし達はまだあんたの与太話を信じた訳じゃないんだ。足手纏いのお守りは御免だよ」
「まあ、待てよ、姐さん。言い出しっぺの俺だって半信半疑なんだ。だからこれから証明してみよう、って言ってんだろ」
どうにも腑に落ちない話である。又利用されて切り捨てられるのは御免だ、と警戒感を露わにするザックスに、ダントンは説明を続けた。
「さっきも言ったように俺達はお前さんの総運値に興味をもっている。正確には総運値0にではなく幸運度MAX、悪運度MAXの方にだ……。こいつは俺の持論なんだが、冒険者の運勢値ってのは、幸運度、悪運度共に各々の場面において影響されるんじゃないかって……」
「退屈な御託はいいから、簡潔に結論だけを述べてくれればいいんだよ」
茶々を入れるエルメラにダントンは苦笑いを浮かべると、ザックスに向き直る。
「……ったく、どいつもこいつも短気だな。まあ、要するにお前さんの幸運度MAXの恩恵を確かめる為に、これから俺達とパーティを組んでこのダンジョンを探索してみないかって事だ」
「あんたたちとか?」
A級に分類される《ドラゴン》をたった一人で打ち倒せる男のいるパーティである。他の二人だってかなりの実力を持っているのは一目で分かる。そんな彼らにとっては、この中級者向けのダンジョンの攻略など朝飯前といったところだろう。一体何が必要なのだろうか?
「このダンジョンは過去幾度も数多のパーティによって攻略されてんだが、実は最下層のボスモンスターは強さこそBクラスながら、SSランクのレアドロップアイテムを持っているらしい。こいつには今、二十万シルバの懸賞金がかけられていて、それを頂いちまおうって寸法なのさ」
「レアドロップ? 二十万シルバ?」
「モンスターの落とす換金アイテムの取得方法には様々なやり方がある、ってのは訓練校で習っただろう。最下層にいるこいつの落とすレアアイテムの取得条件は純粋に運勢値が影響するらしい。簡単に言えば運次第ってことだ。そこでお前さんの出番って訳だ。お前さんの役目は俺達のパーティに入って戦闘に加勢し、最後の瞬間に止めを刺して落とすアイテムを収集することだ」
「なんか雲をつかむような話だな」
「まあ、懸賞金やレアドロップアイテムの話はついでみたいなもんだ。要はお前さんの運勢値の力を俺達に示してほしいのさ」
一体、彼らの本音はどこにあるのだろう。そんな疑問が頭から離れない。迷うザックスにダントンは驚くべき条件を示した。
「なんだったらこれから最下層まで手に入る換金アイテムはすべてお前さんに渡してもいい。ここは中級レベルとはいえかなりの身入りになることで有名なダンジョンだ。ひと財産も夢じゃないぜ。どうだ、悪い話じゃないだろう?」
「確かにな……」
先立つ物は必要である。先行きの全く見えぬ身としては目の前の絶好の機会を逃す訳にはいかなかった。騙された時は又、その時考えよう。迷いの晴れた顔でザックスは了解の意思を示す。
「だったら善は急げだ、さっさと最下層まで行って、上手い晩飯にありつこう……」
ダントンの言葉と同時にウルガが無造作にポンと何かを投げ渡した。慌てて受け止めたザックスの手の中にあったのは《跳躍の指輪》だった。
「そいつにマナでお前さん自身を登録したら、そのまま持っててくれ。怖くなったらそれを使って逃げ出せばいいさ……」
「なんか、あんた達……。なりふりかまってないみたいだな……」
ザックスの言葉に一瞬三人の顔に暗い影が走った。しばらくの沈黙の後、それまで黙り込んでいたウルガが、ポツリと一言呟いた。
「俺達にはもう時間がない。この機会を逃したら次はいつになるのか……」
その言葉は重くザックスの心に響いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
凄まじい――。
頭に浮かんだのはその一言だった。上級冒険者達の実力にただただ唖然とする。
マナLVの最高値50を誇るウルガを筆頭にLV40代後半の二人の計三人の戦闘は、見習い冒険者ですらないザックスの理解の範疇を越えていた。
ザックスを加えた一行は第十層のボスモンスターを、咆哮を上げさせる事もなく一蹴した。
さらに続く下層において並みいる周回モンスターを一撃、もしくは二撃で瞬殺していく。凶暴極まりない周回モンスター達の群れが容赦なく斬り伏せられ、撥ね飛ばされ、焼き尽くされていく。『若様』一行と同じく、一見無造作な力押しだが、その実、相手に合わせて攻撃パターンを巧みに変え、最も合理的な手段でモンスター達を駆逐していた。息のあった連携でモンスターに反撃の隙すら与えずに完封してゆくその姿は、このパーティに回復役が全く必要ない事を納得させる。
第二十層の飛行系ボスモンスターはそんな彼らの不意をつくかのように、一行の急所であろうザックスに強力な火炎弾を吐きつけた。だが、あっさりとそれを読み取ったウルガに割って入られ防がれる。逆にエルメラの《極大火炎連弾》で翼を焼き尽くされ、地に堕ちたところをダントンによって首を刎ね飛ばされ、断末魔の叫びさえ上げる事はなかった。
これが冒険者のあるべき本当の姿なのか……。眼前に繰り広げられる戯曲的な光景の前に、ザックスはただ息を飲むだけだった。そんなザックスの内心など全く気にも留めず、彼らは快進撃を続け、最下層へと順当に歩を進めていた。
「思ったより手ごたえがなかったな」
このダンジョンを初めて踏破した冒険者達によって『錬金の迷宮』と名付けられたその最下層、第三十層の扉の前で一行はようやく小休憩をとっていた。
並みのパーティなら確実に一日以上要するその行程を、僅か数時間足らずで駆け抜け、その間立ちふさがる周回モンスターから一度も逃亡する事なく鮮やかに殲滅していた。
「さすがに最短踏破記録と云う訳にはいかなかったわね」
あっさりとそんな言葉を言ってのけるエルメラだったが、この一団がその気になればそれすらも実行出来てしまうだろうと思えるから、恐ろしいものである。
各ダンジョンの最短踏破記録は、協会によって記録されれば冒険者達の名誉となると同時に懸賞金の対象でもある。それ専門のパーティも存在するらしく、冒険者の世界には様々な人々がいる事が窺える。
若様一行とは異なり、彼らはダンジョン内の地図を持ってはいなかった。おおよその感覚でダンジョンの構造の癖を掴み、順路からトラップの位置まで、ほぼ正確に把握しているようだ。探索系のスキルを磨けばそんな事は朝飯前さと、事もなげに言うダントンにザックスはひたすら感心するだけだった。
「それにしても……」
と、ザックスは周囲を見回した。
「こんな物、一体どうやってできたんだろうな」
圧倒的に強いパーティの中に身を置いて、アイテムを拾う事以外にやる事のなかったザックスには、周囲の様子を窺う余裕が生まれていた。
ダンジョン――迷路のような通路を通って下へ下へと幾つもの階層を下り続けるその場所には、どこか人為的なものが感じられた。通路内にある魔法の明かりやヒカリゴケの多くはその発見の後、多くの先駆者達によって少しずつ備え付けられたものと聞いている。張り付くように自生する植物を掻きわけると、壁一面に時折、なじみのない模様や造形が彫り込まれている。
ふと足を止め、首をかしげて観察するザックスにダントンが声をかけた。
「お前さん、初心者のくせに妙なことに興味を持つな」
「変か?」
「まあな。大抵の初心者の興味ってのは、ミッションやクエストでの稼ぎの結果とその分け前だろ?」
「そりゃまあ、そうだけど……」
「俺達の店には、そういう事に詳しい薀蓄のある奴もいるから、そのうち紹介してやるよ」
きょとんとした表情を浮かべるザックスに、ダントンは苦笑いを浮かべる。
「なんだ、これっきりでポイと放り出すとでも思ってたのか? 冒険者ってのは、そんなに薄情な奴ばかりじゃないぜ。共に探索に挑んで、そいつが信頼できる相手だと分かれば、そこから広がる関係ってのも、あるものさ」
「まあ、身を滅ぼさぬ程度にしとくんだね」
意図の良く分からぬエルメラの言葉に、「あ、ああ」と力なく相槌を打つ。不運だらけの己の人生にも少しは幸運が巡ってきたのだろうか。これまでの様々な出来事が脳裏をよぎる。あまり不運慣れしていると、不運である事が当たり前になってしまうところが人生の恐ろしいところである。
「じゃあ、いよいよ本命だな」
立ちあがってのダントンの言葉に、一同が僅かに身を固くする。彼らの最終目的がパーティの攻撃能力とは全く関係のないところでの問題であるだけに、さすがに抱える想いは皆、複雑なところがあるのだろう。
「相手は植物系のデカブツだ。臭気と放散する花粉にだけは気をつけろよ」
ダントンの忠告を耳にしながら、一行の最後尾についたザックスは緊張した面持ちで《帰らずの扉》をくぐった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
大広間突入もすでに三度目となれば、さすがに度胸も据わる。
二度目の突入の際には、いきなり頭上から火炎弾をぶつけられそうになり肝を冷やしたが、今度の敵はそのような小細工を弄する事もなく広間の中央、おそらくは召喚魔法陣の上と思われる場所に腰を落ちつけている。その様相は食虫植物のようなものであるが、大きさはケタ違いであった。家畜程度ならば一飲みであろう。
うねうねと伸びる無数の触手がグロテスクではあるものの、攻撃範囲に入らねば問題はない。慎重に接近する4人の気配を微妙な空気の振動で感じ取ったらしく、モンスターは、威嚇するかのように臭気と花粉を周囲に放散し始める。
すかさずエルメラが風術魔法でそれらを一掃し、同時にパーティ全員の周囲に風の結界が生まれた。切り札である臭気と花粉を封じると同時に、ウルガが無造作にモンスターに近づいていく。ウルガに対してモンスターは触手で攻撃を試みるものの、当のウルガは自身に絡みついてくるそれを手にした大剣で強引に斬り飛ばす。よく見ればウルガの大剣の刀身にはうっすらと炎が浮かび上がっている。それが斬り捨てたられた触手の切り口を焼き尽くし、その再生を封じた。
徐々に弱っていくモンスターの巨大な主茎を、その影から現れたダントンが飛び上がりざまに両の双剣で斬り割いた。声ともいえぬ断末魔の悲鳴を上げ、急所を切り裂かれたモンスターは地響きを立てて倒れ伏せる。
「止めだ、走れ!」
ザックスの傍らに不意に現れたウルガが、手にした《大剣》をザックスに押し付ける。彼の持つ熱量がそのまま乗り移ったかのような《大剣》の柄を勢いのままに両手で握りしめ、ザックスは言われるままに駆けだした。高揚感に溢れるままに走るザックスを援護するように放たれたエルメラの火炎弾が、禍々しい植物の各部を無慈悲に焼き尽くしていく。急所と思わしき場所に身体ごとぶつかって、ザックスは力いっぱいウルガの《大剣》をつきたてた。
徐々に白くなっていくその体躯がやがてぼんやりと光りはじめた。これまでと同様に輪郭をおぼろげにしながら、モンスターの巨躯は徐々に消えてゆく。実体が失われつつあるその場所に、見慣れぬ手のひら大のアイテムが転がっていることにザックスは気づいた。何気なく拾い上げる。
ザックスの側で完全に実体化する力を失い、消え去るモンスターの躯を尻目に、三人が集まってきた。
「どうだった?」
ザックスの手に握られているのは、手のひら大の植物の球根だった。ダントンがそれを取り上げ、注意深く《鑑定》する。三人が息を潜めてそれを見守る中、やがて、ぽつりと紡ぎ出すように呟いた。
「やりやがったじゃねえか……ザックス!」
僅かに震える手で、それをウルガに引き渡しながら、彼は続けた。
「SSランクのレアアイテム《ハルキュリムの球根》に間違いねえ。どうだ、俺の言った通りになったじゃねえか……」
不思議そうな顔でそれを眺めるウルガとエルメラを尻目に、ダントンが喜びを爆発させた。
「やりやがったよ、お前! たいした奴じゃねえか!」
喜ぶダントンにバンバンと背中を叩かれる。貴重なアイテムを手に入れた喜びよりも、はじめてのダンジョン踏破にようやく成功した事に、ザックスはほっと胸をなでおろしていた。
2011/07/17 初稿
2013/11/23 改稿