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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚02章 ~仲間の絆編~
28/157

11 ガンツ、吠える!

 支配下冒険者の全てが集まったガンツ=ハミッシュの酒場には、異様な熱気が立ち込めていた。

 それなりの収容人数を誇る店内は暑苦しい冒険者達ですし詰め状態となり、あぶれた者の内の幾人かは店の窓から身を乗り出して中を覗き込んでいる。

 いつもならば選ばれた者しか上がる事の出来ない2階席への階段にも多くの者達が上り、頑強な冒険者が酔った勢いで暴れてもびくともしない階段は、みしみしと今にも崩壊しそうな音を立てている。

 そこにいる者達は、誰もが怒りの表情を浮かべ、その矛先は店の中央に座る5人の姿に向かっていた。

《ザ・ブルポンズ》、彼らの所業のせいで店が営業停止処分を受ける事となったが故に、ガンツ=ハミッシュの酒場に所属する全ての冒険者が迷惑を被ることとなったのである。

 店主のガンツはカウンターの中に仁王立ちに立ったまま無言で腕組みをし、その隣にはこの店の厨房の責任者であるドワーフのハミッシュが、ガンツと同様に無言で立っている。よく磨かれた《大斧グレート・アックス》の先端を下向きに立てて仁王立ちするドワーフの姿は物々しさを感じさせ、もはや店内は一触即発の状況であった。

「この落とし前、テメエら、どうやってつけるつもりだ!」

 冒険者達の間からはそんな揶揄が《ザ・ブルポンズ》の面々に向かって飛ぶ。

 酒場の2週間の営業・及び資格停止。

 この決定によって、協会から酒場に提供されたクエストだけでなく、さらにガンツの酒場自体が直接受けていたクエストまでが、キャンセルされてしまった。

 店がその信頼を失ったが故の当然の結果であるともいえるが、おそらく裏では、自分達の計画通りにガンツ=ハミッシュの酒場を潰す事が出来なかった酒場の店主たちの、ささやかな報復行為なのであろう。

 クエストをキャンセルされ、収入が途絶える事で、とばっちりを食った冒険者達の怒りは、当然《ザ・ブルポンズ》に向けられることとなったのは言うまでもない。

「そもそもこいつが特別扱いされること自体が、おかしかったんだ!」

 声を上げたのは2階の2番席に座るパーティのリーダー・斧使いのバンガスだった。彼の標的はザックスのみに向けられ、店内はそんなバンガスの言葉に賛同する者達の罵声で溢れていた。

「こいつはウルガ達の後を、ちょろちょろくっついて回っただけの駆け出しだぜ。それをいつまでも一番席に座らせるような特別扱いするから、こんな事態を引き起こしたんじゃねえか!」

「ふざけんな! テメエらがあそこに座る事を許されないからってイチャモンつけんじゃねえ。テメエなんざ、ウルガの足元にも及ばねえよ!」

 売り言葉に買い言葉。ザックスの反論にバンガスの顔色が変わる。

「いい年こいた冒険者が、駆け出し風情にチマチマ絡みやがって、あの席に座るのが実力主義だってんなら、この店の誰もが納得いくように、テメエらで実績を積んだらどうなんだ!」

「もういっぺん言ってみろ! 小僧!」

 巨漢のバンガスの凄まじい雄叫びが店内の空気を揺らし、熱くなっていた冒険者達の肝を冷やす。だが、そんなバンガスにザックスは負けていなかった。

「文句があるならかかってこい。テメエのねちねちとした絡みにはいい加減うんざりしてたんだ。表に出ろ! きっちり白黒つけてやる」

「やめるでござる、ザックス殿。そんな事をしても何の解決にもならんでござるよ」

 互いに周囲の者に抑えつけられながらも睨み合う。そんな中、冷静な第三者の声が飛んだ。

「でも、あんた達のおかげでこの店の一切のクエストがキャンセルされて、俺達は干上がる寸前だ。この責任を一体どう取ってくれるんだ」

 その言葉に多くの冒険者たちが賛同する。正論すぎる正論にザックス達は言葉もなかった。

「けっ、やりたい放題やって、テメエのケツも拭けないんじゃ、ガキそのものだな」

 バンガスの言葉にザックスは唇をかみしめる。今、この店に訪れた事態は間違いなく自身が原因となってしまった事は疑いようもない。そして、その事に彼は成す術もなかった。だが、そんなザックスに意外な援護が入った。

「あのー。ちょっとよろしいでしょうか?」

 店内の誰もがその声の主に注目する。

 それはかつてザックスと共に中級レベルダンジョンを踏破したパーティのリーダーだった。

 彼らとの探索は実に味気ないものであり、唯一思い出に残ったのは休憩時のマリナやイリアについての会話ぐらいだった。

「確かにこの店が営業停止になることでクエストを受ける事はできませんが、ボク達が冒険者資格をはく奪された訳ではありませんよね。だったら自分達でミッションを組んで探索を行い、換金アイテムを集めれば、当座は凌げるんじゃないですか?」

その言葉に一瞬、周囲が息をのむ。だが、やがて破裂したかのように次々に罵声が浴びせられていく。

「ふざけんな、たかだかダンジョン踏破程度で手に入るカネで何ができるかってんだ!」

「自分達でミッション組める奴らばかりじゃねえんだよ! 分かってんのか?」

 声を上げているのは、協会や店から支給されるクエストにべったり頼り切った者たちなのだろう。

 そんな彼らの姿を眺めながら、カウンターの中でガンツは舌打ちをする。長い間自身が思い描いて来た店の在り方とはあまりにもかけ離れたその姿に、ガンツの怒りは頂点に達しつつあった。

「ともかくだ。今、俺達はこいつらのせいで生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされてるんだ。この落とし前だけはきっちりとつけさせてもらう! 命まで取ろうと言わねえ! 装備と有り金を全て置いて、テメエらは全員この都市から追放だ! 文句があるならここで叩きつぶして……」

「黙れ、バンガス、テメエ、いい加減にしろ!」

 カウンターを叩きつける音と共に、大音量の怒声が店内中に響き渡った。その凄まじさに誰もが震えあがり、その主に注目する。声の主はカウンターの中にいたガンツだった。ガンツの凄まじい怒りに当のバンガスも唖然としている。

「黙って聞いてりゃ言いたい放題抜かしやがって! 今まで面倒みてきた奴らがこんなクズ共の集まりだったかと思うと、本当に泣けてくらぁ!」

 さらに大きなガンツの怒声が店内に響き渡る。

「いいかボンクラ共、耳の穴かっぽじってよーく聞け!

 2階の1番席を欠番にしたのは、長年あの場所に座り続けた偉大な冒険者であるウルガ達に俺が敬意を払っているからだ!

 そして、ザックスにあそこに座る事を許したのは、ウルガ達の客分である以上に、一人の仲間として奴らの勝ち取った結末に大きく関わったからだ! それは奴の称号を見れば分かるはずだ。

 この店でウルガの葬式に出た人間ならば、ザックスの無謀ともいえる行動が勝利を引き寄せた、という事をじかにダントンから聞いたはずだ!

 よく考えろ!

 この中に一人でも魔将に挑もうってぇ、とんちきな事を考えた奴はいるか!

 ウルガ達が悩み続けた5年間、協力しようとした奴が一人でもいるか!」

 ガンツがバンガスを睨みつける。

 身体の大きさでは一回り以上、上回る上級冒険者であるバンガスがガンツに気圧されていた。さらに周囲を一睨みしたガンツは、その激しい言葉を続けた。

「今回の一件もそうだ!

《魔将殺し》のザックスを見世物にするってことは、ウルガ達の誇りを辱め、馬鹿にし、ひいてはこの店の看板に泥を塗ったってことだ!

 ザックスとブルポンズは、そんな奴らからこの店とウルガ達の誇りを守ったんだ!

 一方的に挑戦状をたたきつけられたザックスが一人悩んだ時、お前たちは奴に手を貸そうとしたか? あわよくばひと儲けしようと企んだ奴だっていたろうが!」

 その言葉に数人の者達が顔を伏せた。

「たかがクエストがキャンセルになったからってぇ、オタオタしやがって、情けねえ!

 クエストが来なけりゃ、テメエらでミッション組んで協会の管理下にないダンジョン踏破でもしたらどうだ!

 昔の冒険者達ってのは、みんなそうやってたんだ!」

「冗談じゃねえ、いつの時代の……」

 その言葉を最後まで続けさせることなく、ガンツは一睨みで黙らせた。

「いいか、ボンクラ共。この一件は、もう《ザ・ブルポンズ》の問題じゃねえ、俺の店に売られた喧嘩であり、俺が買った喧嘩だ!」

 その言葉に店内がざわめいた。そのざわめきを打ち消すかのように、ガンツは言葉を続けた。

「喧嘩を買った以上、いかなる相手であっても容赦はしねえ。

 俺の店の看板と誇りを穢し、潰そうとした協会の理事共や同業者共に容赦するつもりもねえ。堂々と盾突かせてもらう!」

「ガンツ、あんた正気じゃねえよ。協会に盾突いたらどうなると思ってんだ!」

 その瞬間、店内に凄まじい音が響く。

 ガンツの隣りに立っていたハミッシュが手にした《大斧グレート・アックス》の先端を床にたたきつけた音だった。

「履き違えるな! ボンクラ共!

 この店は俺の物だ。あらゆるルールを決めるのはこの俺だ!

 そして、この俺の意思は相方であるハミッシュの意思でもある。俺達はこの方針を一切変えるつもりはねえ! 文句のある奴はここにあるノキル酒を飲んでとっとと出て行け!」

 言葉と同時に、ガンツはカウンターの上に並べたグラスになみなみとノキル酒を汲んでいく。並べられたありったけのグラスにノキル酒を注ぎ終えたガンツは、その前で腕を組んで静かに目を閉じる。

 その姿に皆、暫くの間しんと静まりかえっていたが、やがて数人の者達が顔を見合わせ立ち上がると、グラスを一息に飲み干して立ち去って行った。

 一人、又一人、とそれに続き、ようやくその列が途切れても店内にはまだ十分以上に人の数は残っている。

「いいんだな! ここに残るってことは、この店と心中する覚悟があるってことだ!

 その気がないならとっとと出て行け! 今ならまだ引き返せるぞ!」

 ガンツの鋭い眼光と言葉に、再び数人の者達が立ちあがり、ノキル酒を飲んで店を出て行った。

「他にはいねえのか!」

 その問いに今度こそ立ち上がる者はいなかった。

「いいだろう、だったらこれより俺達、ガンツ=ハミッシュの酒場の人間は、来るべき営業再開の日に向けて一大ミッションを決行する。これは俺からお前たちへのクエストだ! 賛成の奴は協力する意思を込めて、足を踏みならせ!」

 その言葉に初めに反応したのはザックスだった。

 次いでバンガスが、さらにブルポンズが、二階席の者達が、そして気付けば店中の者達が足をふみならし、その振動が大きく店を揺らす。

「いいだろう、テメエらの意思は了解した」

 そう告げると、ガンツとハミッシュはカウンターの中から出て、皆の前に立つ。カウンターを振り返ったガンツは、目を閉じるとそれを愛おしそうに撫でて、その感触を確かめた。

 構えてから30年近く、店を開けた日は一日たりとてそれを磨かぬ事などなかった。ここを通して数多の冒険者たちと出会い、そして別れを繰り返してきた――様々な思い出と共に過去を振り返ったガンツは、やがて目を開くと傍らに立つハミッシュに声をかけた。

「やってくれ、思いっきりな……」

「いいのだな?」

 その問いに無言でガンツは頷いた。そのやり取りを訝しげに眺めていた周囲の者達は、次の瞬間、顔色を変えた。

 ハミッシュは《大斧グレート・アックス》を振りかぶるとそれを磨き抜いたカウンターに叩きつける。バリバリと音を立てて砕け散るその光景に全ての者達が呆然とした。

「ガンツ、あんた、何を……」

「黙って見てろ! バンガス、これは俺のけじめだ!」

 3度、4度とハミッシュが《大斧グレート・アックス》を叩きつけ、やがてカウンターはあとかたもなくなり、無残な木片と成り果てた。

「ご苦労さん」

 声をかけたガンツも、そして《大斧グレート・アックス》でカウンターを粉微塵にたたき壊したハミッシュにも、そのまなじりに小さな輝きが生まれていた。

 ぐずりと鼻をすすったガンツは、再び冒険者達に振り向くと、宣言する。

「いいか、これで、ガンツ=ハミッシュの酒場は一時閉店だ。これからこの店の大改修を始めると同時に、テメエらにはとことん働いてもらう。いいな!」

 その言葉に僅かにあっけにとられたものの、反対の意を示す者などいなかった。

「ブルポンズ、それからそこのお前ら……ちっ、名前がでてこねえ! まあいい、お前らにはこの店の新メニューの為の食材集めに走ってもらう。それからザックス、バンガスお前達には……」

 僅かに息を切って、ガンツは彼らに一つの命令を下した。そのあまりにも突飛な内容に、命じられた本人達だけでなく、周囲の者達までが唖然とする。

 そんな彼らにお構いなくガンツは言葉を続けた。

「いいか、テメエらへのクエストはこの店を再開するにあたっての一番の目玉だ。ここ数年、ウルガ達以外の誰もできなかった事を、テメエらはやり遂げろ!」

 その言葉にザックスとバンガスは目を合わせる。互いの不満と不信がぶつかり合い火花を散らすその姿を眺めながら、ガンツは言葉を続けた。

「いいな、できないとは絶対に言わせねえ! 必ずやり遂げて戻ってこい! それまでこの店の再開はないと思え!」

「いいだろう」

「分かったよ、ガンツ」

 互いに睨み合いながらも同意を示す。それは二人にとって嵐の幕開けであった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 深夜の《旅立ちの広場》は、日中の人の出入りがまるで嘘のようにしんと静まり返っている。

 あくびをしながら《転移の扉》の番をする夜勤の係員達以外に、人気はほとんどない。朝日が差す頃には再び行き交う人々であふれかえるようになるその場所は、静かに眠りの時を迎えていた。

 そこに、数名の冒険者達の姿が現れる。

 ガンツに命じられた食材収拾の為にこの地を離れようとする一団と、それを見送るザックスの姿だった。

「悪かったな。オレの為にあんなことになっちまって……」

「それは言わぬでござるよ、ザックス殿」

「ふっ、憎まれるのも英雄の務め……」

「お気になさらず……ザックスさん」

「ララーラララー」

 ブルポンズはブルポンズのままである。

 もはや彼らの頭の中には店の中の修羅場の事よりも、これからの旅路の事しかないようだ。

「では、ザックス殿、拙者達は一足先に出発させてもらうでござる」

「友よ、健闘を祈る」

「私達のことよりも、どうかご無事で、ザックスさん」

「ラララララ・ラー」

 飄々とした態度で《転移の扉》へと消えて行くブルポンズの姿を見送るザックスに、さらに声をかける一団があった。

「あのー、ザックスさん」

「ああ、あんた達も気をつけてな」

 修羅場と化した酒場の中でザックス達を擁護しようとしたパーティ。どうしてもリーダーの名前が思い出せないザックスの中では、密かに《名無しナナシのパーティ》と命名されている。

「よかったら、これを使ってください」

 言葉と共に紙束を一つ差し出す。戸惑いながらも中を確かめたザックスの顔に、驚きの表情が浮かんだ。

「こんなもの……本当にいいのか?」

「ええ、ボク達がお役に立てる事なんてこの程度ですから……、ただ、完全な物ではないのが心苦しいのですが」

 ザックスの手元にある紙束には、とあるダンジョンの詳細な分析が記されている。出すところに出せば相当の金額となるであろうそれらを、彼らは惜しげもなくザックスに与えたのだった。

「でも、どうして、こんなものをオレに?」

 その問いに彼らは顔を見合わせる。そして再びリーダーが、僅かに笑みを浮かべて話し始めた。

「実は、あなたとのミッションの後、ボク達もいろいろと思うところがありまして……。

 特に魔将と闘われたザックスさんの活躍を聞いて、発奮させられました。同じように肩を並べたはずの貴方がウルガさん達と魔将を倒し、対してボク達は貴方の協力を得ながらルーチンワークのようなダンジョン踏破しかできない……。

 この差はどこにあるのだろう、と考えたのです」

 ナナシのパーティの一同が照れくさそうに微笑んだ。

「これまでボク達はカネを得る事だけを目標として、ダンジョンに挑んできました。

 すでにある情報を最大限に利用し、最も効果的かつ合理的なルートで効率的に換金アイテムを集める。その事が間違っているとは今でも思いません。いくら冒険者とはいえ、カネがなくては生きていけないのですから……。

 でもそれだけではダメなのです。物足りないのです。

 ボク達をそんな気分にさせてくれたのは、多分、貴方です」

「俺が、か?」

 ザックスの答えに周囲の者達が一斉に頷いた。

「そう考えたボク達は、近頃様々なダンジョンへと挑戦を始めました。

 とはいってもボク達の取り柄は情報の収集と整理くらいです。だから、まださほど情報の出回っていないところへいっては、実地で情報を集め、分析し、それを売る――そんな事を始めたのです」

「すげぇじゃねえか、それって」

「おかげで世界がずいぶんと広がり、様々な人とも知り合えました。先ほど渡した資料もそんな人たちの一人から譲ってもらったものです。

 とはいえ、カネにはなかなかなりませんし、思い通りに事が運ぶ事なんてめったにない失敗続きの毎日です……。

 でも、それなりに充実しています。先を走っている貴方の後を追いかけている――少なくともボク達はそんな気分でいられるのです」

 わずかに誇らしげな顔で彼は胸を張って言った。

「ですから、それがザックスさんのお役に立てば、ボク達はとても嬉しいのです。

 正直、貴方の進む道は多難以外の何物でもないように思われます。

 道連れのバンガスさん達とのこともあるでしょう。できる事なら共についていってお役に立ちたいのですが、ボク達の力ではどうにもなりません。

 どうかお気をつけて、ザックスさん。そして又ガンツ=ハミッシュの酒場でお会いしましょう」

「ああ、あんた達も気をつけてな」

「ええ、実は今回、少しばかりボク達は本気なのです。これを機にガンツ=ハミッシュの酒場でその名を知らぬ者などいないパーティになるつもりです。

 それでは御機嫌よう、ザックスさん」

 語り終えた彼らは挨拶を終えると同時に、堂々と《転移の門》へと消えて行く。

「ああ、頑張れよ、ええと……」

 相変わらず名前を思い出せないナナシのパーティの姿を見送ったザックスは、ぽつりと一人旅立ちの広場に取り残された。

「負けてられねえな」

 本当に先を歩いているのはザックスではない。

 ナナシのパーティであり、ブルポンズであり、そして、中級巫女となったイリアもそうなのだ。

「やるぞーー」

 人気の少ない夜の広場で、ガンツの朝吠えのように空に向かって吠えるザックスの姿を、眠たげな眼をした夜勤の門番達が迷惑そうに眺めるのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 自由都市《ペネロペイヤ》東地区――。


 数多の鍛冶屋やアイテム屋が立ち並ぶその区画は一日中賑わいにあふれる場所の一つである。

 ダントンに連れられ、初めて訪れたその場所も、今やすっかり慣れ親しんだ場所となりつつある。ザックスの知らぬ掘り出し物を扱う隠れた名店もあるらしいのだが、その辺りの発掘はまだしばらく先の楽しみとなっている。

 周囲の壁面には先日の格闘技大会のビラが残っているが、そんな物に目を止める人々はもはや皆無であり、品物の買付や原材料の仕入れで先を急ぐ人々で道は溢れ返っていた。

 様々な工房の立ち並ぶ区画の片隅にある《ヴォーケンの鍛冶屋》をザックスは訪れていた。相変わらず掘立小屋のような外見のままの店の店主であるヴォーケンは、口こそ悪いがその腕は一級品である。

 ただ、ここ暫く元気がないようだというのが、店番兼見習いの少年の言である。長くこの店の常連であり喧嘩相手だったダントンが、冒険者を廃業しこの都市を去って行った事が原因らしい。

 ボロボロの外見からは全く想像のつかないほどに綺麗に整頓されたその店に入ったザックスは、退屈そうにあくびをしていた少年に挨拶をする。

「オレの剣、あがってるか?」

 ザックスの言葉に店の裏手へと走った少年に代わって出てきたのは、店の主であるヴォーケンだった。

「来たか……」

「ああ、終わってるかい?」

 ザックスの前に、彼愛用の《ミスリルセイバー》が静かに置かれる。きらりと輝く白銀の刀身には、美しい文様が浮かび上がる。

「ずいぶんと使い慣れてきたみたいだな」

「まあ、そこらの剣なんか足元にも及ばない切れ味だしな」

「ふん、当然だ! 何たってこの俺様が作ったんだからな」

 腕自慢をする鍛冶屋だが、その言葉には今一つキレが感じられない。

「それはそうと、こっちの方はいいのか、テメエ」

 人差指でヴォーケンは己の額を指さした。それはかつてザックスが額につけていた《賢者の額環》の事を意味していた。

「ああ、近頃は体力がついたおかげで、目眩に悩まされる事はめっきり減ったんでね。それにあのレベルの物をそうそう購入してたら、破産しちまうよ!」

「違いねえ!」

 ザックスに《賢者の額環》を贈ったのはヴォーケン本人である。

 当初は彼とダントンが作った《理法の小剣》の材料として鋳潰される予定だったが、より高純度の《精霊金アマルガム》をザックスが持ち込んだために、お役御免となったという、曰くつきの代物だった。

「そっちの方の具合はどうだ」

 ザックスの右腕に輝く《ウルガの腕輪》を指し示すヴォーケンにザックスは返答する。

「相変わらずだよ。属性半減以外の特別な能力ってのはなさそうだが、十分、お守り代わりになってるさ」

「そうか」

 ザックスの言葉に僅かにいぶかしげな顔を見せながら、ヴォーケンは腕に輝く石から目を離さない。

 この腕輪も《賢者の額環》同様鋳潰される予定だった物を、エルメラの依頼でヴォーケンがウルガの魂の石を嵌め込んでザックスに渡した物だった。大柄な体格に似合わず細かい作業の得意なヴォーケンは、独創的すぎるアイテムを作り出す職人の顔も持っている。

「竜人の力ってのは、正直分からねえからな。それは只のお守りってだけじゃ、すまねえ代物だとは思うんだが……」

「ああ、大事にするよ」

 自身の腕に輝く腕輪に大切そうに触れながら、ザックスはヴォーケンに答えた。これはウルガの魂ともいえる物。それを受け継いだ以上、半端な事などできようはずもない。

 調整を終えた《ミスリルセイバー》を試すべく、ザックスはヴォーケンの眼前で軽くそれを振る。十分に手になじんだ柄の感触にも違和感はない。

「ずいぶんと張り切ってるな。又、どこかに行くのか? 確かお前のところの酒場は、先日のバカ騒ぎのせいで営業停止中のはずだろう?」

「ああ、二週間後の営業再開に向けて、今あそこは大改装中でね。俺もガンツ本人からのクエストで、未踏破ダンジョンに挑む事になってんだ」

「なんだと!」

 素振りを続けるザックスの何気ない言葉に、ヴォーケンの顔色が変わった。

「テメエ、未踏破ダンジョンに挑戦って、仲間はどうすんだ?」

「ああ、その事ね……」

 ザックスは《ミスリルセイバー》を鞘に収めると一息つく。

 すかさず少年が運んできたアルキルの搾り汁のグラスに口をつけ、近くにあった椅子に腰かける。

「ガンツから直接のクエストでね、あの店の2番席に座るバンガスって陰険ヤロウのパーティの臨時メンバーとして挑む予定さ」

「テメエ、未踏破ダンジョンに挑む、ってことがどういう事か分かってんのか? あのダントン達でさえ、ずいぶんと危ない目に遭ってるんだぜ」

「まあな、でもこうでもしないとウルガ達の抜けた穴は埋まらない。それだけの実績がなければ、俺は店の中で認められないし、ガンツの店も又、同業者達に軽く見られ続けることになる。

 やるしかねえんだよ!」

 カランと音を立てて手元のグラスの氷が踊る。どこか遠くを見ながら語るザックスから、ヴォーケンは目をそらさない。

「ちょっと待ってな」

 暫くの間、ザックスの顔を睨みつけていたヴォーケンだったが、何かを思いついたのか店の裏手に引っ込んで行く。やがて戻ってきた彼は小脇に箱を抱えていた。

「こいつは?」

 不思議そうに箱の中を見ながらザックスはヴォーケンに問う。子供の拳程度の丸い球体のその外観は、ザックスが過去に使用した《閃光弾》や《爆裂弾》に似ている。

「テメエの言葉にヒントを得て作った改良型の《爆裂弾》だ。

 素材の質を思いっきり落とした分、強度はほとんどねえ。爆発の際には器も一緒に砕け散って、その破片が対象物を破壊する、って危ない代物だ。マナのチャージ時間は従来の3分の1。臨界から5秒でドカンだ。威力は従来の3分の2程度。だが、使い勝手は格段にいいはずだ」

「それはすげえな」

「50個ある。持って行け! カネは要らねえ!」

「おい、いいのかよ」

 その言葉にヴォーケンは無言でうなずいた。

「まだ試作品だからな。そんな物を自在に扱えるやつは高位の魔導士を除けば、お前以外に今のところいねえ。当然魔導士達はテメエの炎術のほうに誇りを持ってるから、そんな物、見向きもしねえ。そいつはおそらくお前自身の助けになるはずだ。《爆片弾》、取り合えず俺は今、そいつをそう呼んでいる」

 過去、様々な戦いで秘密欠陥兵器として、数多の強敵との戦いで勝利の立役者となったヴォーケンの創作物は実に心強い。

「そいつを使って、無事にダンジョンを踏破して戻ってこい。代金が払いたかったら、その後で聞いてやる」

「ああ、分かった。ありがとう。存分に使わせてもらうよ」

 感謝の言葉と共にザックスは箱の中の《爆片弾》を《バッグ》にしまいこみ、ヴォーケンに礼を言って店を出るザックスを見習いの少年が送り出していった。その後ろ姿をカウンターの中で見送りながらヴォーケンはぽつりと呟いた。

「新しい伝説の幕開け……か。時代ってのはテメエの言うように次の世代へと自然に受け継がれていくんだな、ダントン」

 古いなじみの名を呼びながらヴォーケンは感慨にふける。だが、ザックスを送り出して戻ってきた見習いの少年を見るなり、彼はニヤリと笑って大声で怒鳴りつけた。

「今日は店じまいだ。久しぶりに大物を打つぞ! 炉の火を上げて準備をしろ! 鍛冶屋の誇りを掛けた伝説の名品って奴を打ち出してやる!」

 言葉と同時にいそいそと去ってゆく親方の背に気持ちいい返事を送った少年は、すぐさま準備に取り掛かる。

 鍛冶場へと向かう親方の顔が、以前のように生き生きと輝いている事を敏感に感じ取った少年は、久しぶりの大仕事に胸を高鳴らせるのだった。




2011/09/07 初稿




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