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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚02章 ~仲間の絆編~
26/157

09 ザックス、集う!




 神殿の紋章の入った馬車が《ペネロペイヤ》大神殿裏手の通用門の前へと到着する。

 まだ日の高い時間に堂々と正面から帰れば大きな騒ぎになるであろうことを考慮しての措置であったが、いざ出迎えの者が誰もいないというのもさすがに淋しいものである。

「ようやく、帰ってこれましたね」

 馬車を降りたマリナは、そのふくよかな胸を反らせて大きな伸びをすると開口一番、さわやかな秋の空に向かってそう呟いた。

「マ、マリナ様、こちらはいかがなされますか?」

 随伴の神官がよろめきながら下ろそうとした荷の中には、かつて、ザックスがマリナへの貢物として捧げた大きな木箱があった。最高神殿を離れる際に贈られた餞別の品々が無造作に放り込まれたその箱の内側には、マリナ自身の筆跡で『ザックス寄贈』と書かれてある。

「荷は巫女寮の方に届けておいてくださいな。さほど急ぐ物でもありませんから、ゆっくりとお願いいたします」

 マリナにいいところを見せようと張り切る彼にそう告げると、彼女は振り返り、馬車の中で荷をまとめていたもう一人の道連れが現れるのを待った。輝く銀の長い髪と小ぶりの兎の耳が特徴的な愛らしい少女が、真新しい中級巫女の印を胸に輝かせて降りてくる姿に手を貸そうとする。

 その頃になってようやく年季の入った通用門付近に、彼女達を迎えるべく3人の巫女達の姿が現れた。ずいぶんと急いだのであろう。肩で息をしながら、彼女達はとるものもとりあえずといった様子で、こちらへと駆けてくる。

「お、おかえりなさい、マリナ姉さま、イリア! 御免なさい、出迎えが遅れてしまって……」

「あらあら、3人ともどうしたのです? 神殿巫女は常に優雅に立ち振舞う事を、忘れてはなりませんよ」

 二人からいくつかの荷を受け取ろうとしながら3人は口々に出迎えが遅れた事を詫びる。

「お務めが大事ですから、私達の出迎えなどは後回しでよいのですよ。ですが、今日はそれほど忙しい日ではなかったと思いますが……」

ゲンを担ぐ冒険者達にとって、転職には日が悪いという事で敬遠され、多忙な巫女達にとっては比較的負担のかからない日を選んで、マリナ達は帰ってきたつもりだった。

「それが、姉さま……」

 3人の巫女達は顔を合わせる。

 真ん中にいたエルシーが僅かに視線をイリアに向けた後で、マリナにおずおずと切り出した。

「実は数日前から神官長様達を始めとした上の方々が気難しいお顔で会議室にこもられまして……。神殿内の空気もすっかりピリピリとしてしまって……」

「あらあら、それはゆゆしき事態ですね。一体何があったのです」

「実は……」

 そういうとエルシーは懐から一枚の紙片を取り出し、おずおずとマリナに差しだした。4つに畳まれたそれを開いた彼女は、大きく踊る見出しとその内容に眉を潜めた。それは闘技場覇者何某からザックスに叩きつけられた、件の挑戦状だった。

「姉さま、いったい何があったのですか」

 脇からひょこりと覗き込んだ兎族の少女も、その内容に目を通す。きっと不安を抱えるであろう彼女を気遣ってエルシー達は口々に慰めようとした。

「だ、大丈夫、こんなの只のいたずらよ……」

「そうそう、彼も、まともに相手にする事なんてないから……」

「まったくいくらネタに詰まったからって、興行主もつまらない演出をしたものよねえ」

 彼女たちの言葉に、当のイリアはきょとんとした表情を浮かべる。意外な彼女の反応に3人の巫女達は顔を見合わせた。

 そんな彼女たちに向かってイリアは微笑みを浮かべると、その可愛らしい口を開いて静かな口調で告げた。

「大丈夫ですよ、姉さま方。ザックス様ならきっとうまく切り抜けられます」


――堂々と、自信たっぷりに。


 妹巫女のその言葉とマリナ譲りの笑顔に、3人の姉巫女達は一瞬呑み込まれそうになった。

「こっのー!」

 二人の巫女がイリアを羽交い絞めにしてその両頬をつねり上げる。

「ちょっと、どうしちゃったのよ、その余裕は!」

「中級巫女になって、大人の階段も登っちゃたのかしら……この娘は」

「フミャア、い、いひゃいれす。ね、姉ひゃま!」

「ほらほら、しっかり顔をお見せなさい」

「駄目よ! いそいで大人になんてなっちゃ……。あんたは一番年下なんだから、ずっと私達の可愛い妹分なんだからね……」

 そんな3人の姿を目にしながらエルシーはマリナに尋ねた。

「あの娘。少し変わりましたね。いい経験をしてきたのかしら……」

「ええ、件の彼のおかげで巫女としても人間としても一回り成長したようですよ」

 妹分の成長に目を細めながらマリナは答えた。

「ほらほら、3人ともその辺にしときなさい。神殿巫女は常に優雅に振舞わねばならないのを忘れたの?」

「エルシー姉さまにだけは、その台詞は絶対に言われたくないわ」

「似合わないと思います」

「だよねー」

「なんだとー」

 イリアを中心にきゃっきゃっと笑い合う4人の妹巫女達の傍らで、マリナはもう一度手の中の紙片に目を通した。

(どうやら、大事になるかもしれないですね)

 欲に目のくらんだ者達が、藪をつついて大きな竜を出すことにならねばよいのですが……。マリナの胸に一抹の不安が広がった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 グラスを床にたたきつける音が、店内に響きわたる

「おい、おっさん、ザックスって奴を出せ、って言ってんだよ、ここにいるんだろうが……」

 数人で徒党を組んで現れたのは格闘技大会の興行主の手先のチンピラたちであろう。そんな彼の鼻先で、我関せずとばかりにグラスを磨き続けるガンツにしびれを切らしたのか、彼らの声は大きくなるばかりである。

 今度はカウンターの上に並んでいたものを数個まとめて床にたたき落とす。派手な音が鳴り響き店内は明らかに殺気だっていた。

 いそいそと勘定をすませて立ち去るのは、この店の食事目当てにやってきた一見の客たちであろう。店内に残る大抵の者達は、休みを持て余して昼日中から酒を飲んで語り合うこの酒場に所属する冒険者たちである。

「おっさん、俺達もガキの使いじゃねえんだ、手ぶらで帰るわけにはいかねえんだよ」

「知った事か。うちは酒と食い物を出す店だ。持ち帰りメニューならそっちだぜ。ただし、カネはあるんだろうな?」

「てめえ、ふざけてんのか」

 とうとうしびれをきらした男はカウンター越しにガンツの襟首を掴んで、両手で締め上げる。ガンツが手に持っていたグラスが床に落ちて割れる音が再び大きく店内に響いた。

「ザックスってやつがいないんだったら、テメエでもいいんだ、きっちりと事情の説明……アギャァ」

 二階席から落ちてきた《鉄槌アイアンメイス》が男の頭の上に直撃する。ガンツの襟首を掴んでいた男は、そのまま床に大の字になって伸びてしまった。リーダー格の男をやられて仲間たちが色めき立つ。

「誰だ! 出てこい!」

 だが、そんな彼らの頭上を飛び越して、一つの声がガンツに向けられた。

「おい、ガンツ、そろそろいいだろう。こっちはせっかくの休みに気持ち良く酒を飲んでいたいんだ。キャンキャン喚くザコ共に大きな顔させると、せっかくの酒がまずくなっちまうだろうが……」

 ガンツの店が誇る2階席の荒くれ者達。その中でも最も気の荒いと目される7番席に座る者達の言葉にガンツは一つため息をついた。

「仕方ねえなあ。お前ら、もうちっと我慢って奴を勉強したらどうだ」

「それを冒険者(おれたち)にいうのかよ、ガンツ」

「まったくだ」

 二階席に笑いが生まれる。

「テ、テメエら、俺達を無視すんじゃねえ!」

 自分達の存在を忘れたかのようにふるまう彼らの姿に怒りを爆発させる。そんな彼らに向かってガンツは静かに告げた。

「お前ら、ここがどこだかよく分かってないみたいだな」

「な、何だと……」

「しかも、ずいぶんとうちの大事な備品を壊しやがって。常日頃から、ダンジョンで大変な思いをして戦う冒険者様方に気持ち良く食事してもらうために、うちの店で扱う食器はそんじょそこらの安物じゃねえんだぞ」

 その言葉に、店内が爆笑する。

 荒くれ者達が集う店でそんな物を出せばあっという間に店は破産である。

 ちなみにガンツが先ほどから拭いていたグラスは、そんじょそこらの安物以下の値段であり、このような状況を見越してわざと彼らの前に並べていたのである。

「な、なんなんだ、お前ら」

 いつもと勝手の違う店内に流れるどうにもおかしな空気に、男達はたじろいだ。気付けば彼らの周囲には屈強な男たちが、手ぐすね引いてガンツの一声を待ちわびている。

「こ、こんな真似して、お前らただで済むと……」

「やれ!」

 ガンツの一言で暇と力を持て余した荒くれ者達が一斉に襲い掛かる。あっという間に裸に剥かれてロープでぐるぐる巻きにされた彼らの姿は余りに滑稽だった。

「ガンツ、こいつらどうするよ。ダンジョンの中にでも放り出すか?」

「そうだな、この間中級レベルダンジョンの最下層前に印をつけたから、あそこくらいがちょうどいいだろうな」

 その言葉に数人の顔が恐怖に歪む。

「いや、こいつらは聖者の像から逆さに吊っておけ。もしも仲間が助けに来たらそいつらもまとめて吊ってしまえ」

 よっしゃあ、という声と共に荒くれ者達が男達を抱えて店を出て行く。

「ったく、お前ら、それだけの元気があるんだったら、未踏破ダンジョンにでも挑戦したらどうなんだ」

 呆れた口調でそう呟きながらガンツは箒と塵取りを持ちだして、割れたグラスの破片を片付ける。

 そんな一連の事態を二階の2番席に一人座っていた大柄な男は冷めた目で眺めていたのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「協会長、また、こんなところで釣りをなさっておられたんですか!」

「協会長? 一体誰の事じゃ? 騒々しいのう。魚が逃げてしまうじゃろうが」

 引き揚げた竿で気の利かぬ部下の頭をぽかりと打つ。それなりに年齢のいった男が涙目になりながら老人に抗議する様は、はた目からは滑稽であるが、当の本人にしてみればたまったものではない。

「それどころじゃありません。《旅立ちの広場》でガンツのところの冒険者達が大変なことをしでかしてくれまして……」

「……で、誰か困る者が出たのか?」

「いえ、それは……」

 日頃から神官たちの手を煩わせるチンピラやごろつきが、次々に捕まえられては聖者の像に逆さ吊りにされてゆくのである。

 多くの者達は手放しでこれを大いに喜び、珍しい物見たさにあちらこちらから人々が集まってくる。そんな彼ら目当ての臨時の出店は大繁盛。いいことずくめである。

 一つまた一つと《聖者の像》に新たなオブジェが吊り下げられるごとに、冒険者達はヤジ馬達と歓声をあげ、それを肴に酒を飲む。実に楽しそうな事この上ない。自分も目の前の老人を縛りあげて、広場に吊るす事が出来たらどんなにすっきりするだろうか――そんな光景を思い浮かべて……頭を振った。

 いや、待て、これは常識的なものの考え方ではない、と我に返った部下の男は再び老人に懇願する。

「とにかく直ぐに戻ってください。あちらこちらからの苦情で、本部も支部もてんやわんやなのです」

「……ったく、情けないのう。そんな事、自分達の頭で考えてどうにかできんのか……」

 どっこいしょ、と重い腰を持ち上げる。

 面倒くさいのう、と呟きながら、釣竿を片手にふらふらと歩いていく老人の後を、魚の入ったバケツを持った部下の男がついて歩く。

「……で、ワシが頼んだ事は全て終わっておるかのう」

「それは、もちろん。調査はほぼ終了し、大神殿からはすでに面会の日取りも通知されております」

 ボケたふりをしているが、それは表面上の事。

 常に数手先を読み切った上での彼の采配は、人材不足の冒険者協会を奇跡的に支え続ける原動力となっている。それが見抜けずに老人の言を軽んじたばかりに、大きな失態を招き僻地へと飛んで行って反省している同僚は多い。

 若いうちから目先の欲得に振り回され、そのまま、年をとってどうにも薄っぺらい人生観しか持てないダメな年寄り達が増え続ける中、このような老人は今時珍しい。もっとも部下としてはたまったものではないが……。

「結構じゃ、結構じゃ」

 カッカッと笑いながら老人は先を歩く。

「さて、ワシも件の珍しい飾りのぶら下がった《聖者の像》を眺めに行くとするか……。おお、そうじゃ、写影具の準備が必要かのう。だれかワシと一緒に映ってくれる若い娘はおらんかのう。ミミとシッポがあれば大歓迎じゃ」

 その言葉に頭痛を覚えながらも、部下の男は彼の獲物の入ったバケツを下げて、後をついて歩くのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 人の集まる場所には様々な空気が生まれる。

 華やかな場所には華やかな空気が。厳かな場所には厳かな空気が……。

 そして荒々しき場所に集う人々は、その激しい興奮を周囲と共有し、己の闘争本能を満たさんと原始的な感情に己の身を預けようとする。そんな空気の充満する闘技場の中で、その日最大のメインイベントが、今、始まろうとしていた。

 激しい打楽器が鳴り響く試合場の上では、闘技場現覇者であるデュラグヌスが腕組みをして対戦相手が現れるのを待っていた。成人男性の優に頭二つ分は高い身長に丸太のような腕と足、そして鍛え上げられた身体を誇る彼は我慢の限界に達しつつあった。

 開始予定時刻はとっくに過ぎており、フラストレーションを溜めた観客達はしきりに罵声を浴びせ始め、それはいつしか闘技場の覇者である彼に向き始めていた。

「ふざけおって!」

 今朝方、《ペネロペイヤ》市内で対戦相手であるザックスの姿が見かけられた、という知らせが興行主からあったものの、それ以降の足取りは一切入ってこない。一方的に挑戦状を叩きつけておいて、相手の意思も確認せぬままこの日を迎えてしまったために、彼の精神的な負担は想像以上に大きかった。

 度重なる観客達のブーイングについに耐えられなくなったデュラグヌスは、組んでいた腕を解き、大声で叫んだ。

「うるせえぞ、観客共! どうやら《魔将殺し》って奴は、この俺に恐れをなして逃げたようだ。きっと《魔将》を殺ったなんてのもただのフカシに違いねえ! 所詮冒険者なんてのは口先だけの連中だ! 適当にダンジョンで小金を稼いで、だらだらと遊んでいるような奴らが、毎日激しいトレーニングで鍛え上げているこの俺様にかなう訳がねえ、そうだろうが!」

 デュラグヌスの叫びに賛同するように、拍手が鳴る。

「宣言通りザックスって奴は今日から《卑怯者》だ! テメエらはここから出ると同時に大声で街の中で叫んでやれ! 特に奴の根城のガンツ=ハミッシュの酒場あたりでな!」

 会場が湧く。気を良くしたデュラグヌスはさらに大声で叫んだ。

「けっ、今日は俺の相手も逃げちまった事だし、暇でしょうがねえ! 誰でもいいから飛び入り参加で俺とやり合おう、って奴はいねえか。おい、そこのお前、どうだ!」

 その言葉に会場が静まり返る。

 自分では闘わず、他者の戦いを観戦する事でしか興奮を味わえない観客達に、ここ2年近く全く負けなしで闘技場覇者の座に君臨し続ける男に挑もうなどと酔狂な人間がいる訳がない。先ほどまでとは一転して水をうったように静まる観客席に舌打ちしたデュラグヌスが、試合場を降りるべく背を向けようとした、その瞬間だった。

「オレでよかったら相手するぜ! デュラちゃん!」

 その言葉で一気に会場内の空気の温度が下がる。

「誰だ! もういっぺん言ってみろ!」

「だからオレでよかったら相手する、って言ってるだろう! デュラりん! テメエの耳は飾りか?」

 確信的な暴言に会場内に失笑が湧く。声はデュラグヌスの直ぐ側、観客席の最前列近くからである。

「出てこい、テメエ、なめた口叩いた以上、どうなるか、分かってんだろうな!」

 その言葉に一人の男が立ちあがる。観客席最前列より2列目。それなりに体格はあるものの、自身が相手にしてきた闘技者達に比べればずっと線の細い貧弱な姿にデュラグヌスは戸惑いを覚える。そんな彼にさらに男は毒舌を放った。

「なんだ、なんだ? でかい図体してボケた面しやがって、テメエの対戦相手の顔も知らねえ、なんて言い出すんじゃねえだろうな! こっちは朝からわざわざ入場チケット買って、待っててやったのによ!」

 その言葉にデュラグヌスは唖然とした。

「お前、まさか……」

 男は試合場に上がることなくゆっくりと周囲を歩きはじめる。そして一言こう告げた。

「《魔将殺し》の冒険者、ザックス様の登場だ! 身の程わきまえぬ馬鹿な筋肉ダルマにお仕置きの時間だ!」

 その言葉に会場がどよめいた。




『本当に大丈夫なのかよ、それで……』

《ペネロペイヤ》への帰路の荷馬車の上での、イーブイの忠告にザックスは驚いた。

『大丈夫でござるよ。会場内は皆興奮して試合に注目しておるでござるからな、後は十分にイラつかせて平常心を失わせる事でござる。イラつくほどにこちらの奇襲の成功確率はぐんと上がり申す』

 その時には半信半疑ではあったものの、状況はイーブイが予想したように動いている。ゆっくりと試合場の周囲を回りながらザックスはデュラグヌスの挙動を見逃さない。

『決して、対等な場所に立ってはならないでござる。そうなってしまえばこちらは不利であり申すからな……』

 その忠告通りにザックスは彼の様子を探る。

(大したことないな……)

 泉の側でのイーブイの言葉が思い出される。

『これまで多くのダンジョンで難敵と一人で戦ってきたザックス殿は奴を前にした時、おそらく相手に対してさほど脅威は覚えぬはずでござる』

 彼の鍛え上げられた肉体に比べれば、ザックスのそれは及ぶべくもない。

 だが、デュラグヌスの存在は小さかった。これまで闘ってきたドラゴンや、魔将、そして竜戦士化したウルガに比べれば、余りにちっぽけだった。

 見てきた世界の差なのだろうか? そんな事をふと思いながらもザックスは《駿足》《全身強化》《倍力》をひそかに発動させた上で、用心深く、自身の最も効果的な攻撃ポイントを探る。

『真ん中でござる。相手の重さの真ん中を掴むのでござる!』

 特訓の最中、イーブイをなかなか弾き飛ばせずにいたザックスに、彼はそうアドバイスした。相手の重さの真ん中を掴む事で自身の体当たりの衝撃を全て叩きつける事ができる、そのコツを掴んだザックスは、注意深くデュラグヌスの周囲を回る。

「どうした、《魔将殺し》、さっさと上がってこいよ、とっくに試合開始時刻は過ぎてるんだぜ!」

「それは試合が始まってる、ってことなんだろうな」

「当たり前だ!」

 のらりくらりと言葉を交わすザックスに、デュラグヌスはさらにいら立ちを募らせる。

「じゃあ、遠慮なく……」

 言葉と同時に試合場に飛び上がる。その足が地についた瞬間、試合場に彼の凄まじい踏み込みの音が響き渡った。電光石火のザックスの体当たりがデュラグヌスの身体を捉え、弾き飛ばされた彼の身体はあっさりと観客達の頭を飛び越え、はるか会場の壁面に叩きつけられてめり込んだ。

 ピクリとも動かぬ壁面にめり込んだデュラグヌスの身体に、会場の観客達はみな呆然とする。あわてて駆け寄った会場係達も大混乱だった。観客達にはおそらく何が起きたかなど全く分からなかっただろう。自身の理解を越えた場面に遭遇した彼らの答えは、一つしかなかった。

「反則だ!」

 誰かの言葉が次々に会場内に伝染し、やがて、それらがシュプレヒコールとなってザックスに向けられる。どんどんエスカレートして足をふみならし始めた観客に対して、ザックスはやおら腰の《ミスリルセイバー》を引き抜き大声で叫んだ。

「うるせえぞ! 一人じゃ何にもできねえ、クズ共め! 文句があるならかかってこい! ここからはさっきのように手抜きはしねえ! 百人でも、二百人でもかかってきやがれ! 《魔将殺し》の冒険者の恐ろしさをテメエらの身体にたっぷり刻んでやる!」

 悪役そのものといったその言葉に観客達は、さらにエスカレートし始める。

「金返せ!」と叫び始めた観客達は、もはや暴動寸前となり会場内は一触即発のムードに支配された。

(おいおい、さっきと違うじゃねえか……)

 きらりと輝く《ミスリルセイバー》を掲げながらザックスは冷や汗をかく。

 先ほどのデュラグヌスのパフォーマンスを真似てみたのだが、やはり体格の遥かに劣るザックスでは説得力がなかったらしい。所詮人間は、中身ではなく見た目でしか判断されないということだろうか?

 自身の席をけり飛ばして立ち上がった観客達は直に試合場に上がってくるだろう。もはや絶体絶命のピンチである――そう思った時だった。


「えーい、鎮まれぃ、鎮まらぬか!」


 戯曲じみた台詞が観客達の間を駆け抜け、その言葉を発したであろうと思しき者達がすっくと立ち上がる。混乱する観客席の中で、フードのついた外套をしっかりと着込んだ怪しい4人組が周囲の注目を浴びている。

「なんだ? テメエら?」

 その問いに答える者は無い。代わりに、「トォー!」という掛け声と共に、4つの影は観客席から飛び上がり、試合場の真ん中に立つザックスの周囲にひらりと降り立った。

 降り立つと同時に、彼らは着ていた外套を脱ぎ棄てる。見知ったその姿にザックスは安堵し、突然の出来事に観客達は唖然とする。

 そんな彼らに向かって4人は堂々と『名乗り』を上げた。


「東に闘争あらば、鬼神の如く焼き尽くす。我こそは炎の闘士、イーブイ!」

「西に混乱あらば、雷光の如く駆けつける。同じく雷撃の魔術士、デュアル!」

「南に弱者あらば、もろ手を差し伸べる。紅一点、大地のごとき慈愛の僧侶、サンズ!」

「北に苦悩あらば、涼やかな音色でもって吹き飛ばす。風任せにさすらう吟遊詩人、シーポン!」

「我ら四人、友の為、義により参上仕った!」


 ビシリとそれぞれのポーズを決め、唱和した4人がザックスを促す。すかさずザックスもそれに応えた。


「中央に理不尽あらば、問答無用で斬り捨てる。我こそは《魔将殺し》にして、光速の超剣士、ザックス!」


 ザックスを中心に更なる新たな『決めポーズ』で周囲を圧倒する5人の声が唱和する。


「我ら、東・西・南・北・中央無敵! その名も《ザ・ブルポンズ》!」


 瞬間、火球が天井に向かって打ち上げられる。空中で鮮やかに生まれる小さな爆発の連鎖の衝撃が興奮した観客達を怯ませた。

 同時に5人の周囲に風の結界が生まれ、シーポンが数歩前に進み出る。

「猛り狂う者達よ! 我が涼やかな音色で静まるがよい!」

 場内をシーポン渾身の魂の旋律が、虹色の帯となって駆け抜けた。


――そして、《ザ・ブルポンズ》を除く会場内にいた全ての者達が、白目をむいて失神したのだった……。




 新生《ザ・ブルポンズ》――冒険者達の誇りと名誉を守り、敢然と理不尽に立ち向かうべく、彼らは今、再び立ちあがった。

 だが、この一件の裏側で密かに暗躍する者達は、好機とばかりにこの混沌とした事態を利用し、彼らとその所属するガンツ=ハミッシュの酒場を窮地に追い込むことになったのである。




2011/09/05 初稿




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